「このワナをかけた人間に心当たりがあります……私が、決着をつけます」


 ガルガンチュワ内部、迷路のように枝分かれしている道を、ただ一つの目的のためだけに突き進んでいた。
 道が分かるわけではない。けど、彼女たちは大河の居場所がわかっているかのように先頭を走っていたのである。

 そして、たどり着いたのは学園の中庭ほどの広さを持つ部屋。
 この部屋には、ついさっきまで無数のワナが仕掛けてあったはずだった。
 しかしそれを解除したのは、こともあろうにベリオで。
 彼女の裏の顔とも言える『ブラックパピヨン』が、最後の1つを残して全部解除して回ったのだ。
 ベリオ=ブラックパピヨンという図式が仲間たちの頭の中に出来上がったところで、ベリオの冒頭の言葉。

 最後のワナは誰かが残って解除しないとその先で全滅のトラップが発動するから。

 壁に隠れた最後のスイッチを押す。
 すると、隣の部屋でなにかの音が響き渡った。

「……わかったわ」

 納得し、最初に答えを口にしたのはルビナスだった。
 今はとにかく時間がない。一刻も早く大河の元へ行かなければならなかったから。
 彼女の好意に甘えてしまおう、という結論に達したのだ。
 1人がそう答えてしまっては、事情を把握している仲間たちはうなずかざるを得ない。
 残るベリオに一言ずつ言葉をかけて、彼女を除く一同はその部屋を後にしたのだった。



「…………」



 重苦しい音が響き、扉が閉まる。
 一族の、そして今までの経験により感覚を研ぎ澄ませ、

「いるのはわかってるわ……出ていらっしゃいっ!!」

 叫んだ。
 ここに、いるのだ。
 ワナを張り巡らせた存在が。

「よく見破ったな……完全に気配は消していたつもりだったが」
「その声、やっぱり……」

 彼女の大切な人にして、最大の敵。

「シェザル兄さん……」

 破滅の将にして、彼女の兄である存在だった。



Duel Savior -Outsider-     Act.77



「親愛なる妹よ……久しぶりだな。さぁ、その手を離せ。そして我らの元に来るのだ」
「この解除スイッチは、死んでも離しません。私はそのためにここに残ったのだから」
「ふむ……それでは力づくということになるな」

 シェザルはその手を振り上げ、

「くっ……」

 彼女の頬を叩いた。
 スイッチから離れるまで、何度も何度も。
 感じる痛みに耐えながらも、その場から離れない彼女の意思は強く、結局彼女の身体を自身の腕力にものをいわせてひっぺがしたのだった。
 ワナが作動する気配はない。

「く……もう遅いか。先に進まれてしまったようだな」

 そんなシェザルの声を聞いて、ベリオは安堵して見せた。
 これでいい。仲間たちは無事に先へ進んだ。
 できることなら、このまま自分も先へと進みたい。しかし、それは間違いなく無理だろう。

「私の可愛い妹よ……何故兄と共に来ないのだ?」

 大事な妹を殺したくはないのだ、とシェザルは言う。
 しかし、それは無理な注文だった。
 目の前にいる兄は敵で、かけがえのない仲間たちがこの先で待っている。
 それに。

「私には、約束がある……惚れた男が待ってるのッ!!」

 声高に叫んだのだった。
 今も苦しんでいる彼を助けて、日常へと帰る。
 楽しい日々が待ってると確信しているから。

「ふむ、救世主の器にたぶらかされたか……では私と戦うと? 召喚器もなしで、この破滅の将が一人、凶刃のシェザルと戦うと?」

 召喚器がなくとも、戦える。
 この身にはもう一人の『アタシ』が宿っている。
 お互いにその存在を認め合った、友が。
 自らが纏った空色のローブを脱ぎ捨てる。
 その先にいるのは、

「闇に羽ばたく虹色の蝶……」

 ほとんど裸に近い服装と、目の周りを覆い隠す仮面。
 そして、右手には鞭。
 人のプライドをぶち壊すことに快感を感じる、

「ブラックパピヨン参上!!」

 もう一人のベリオがそこにいた。

「お前はこちら側だと思ったのだがな……」
「惚れた男が待ってるんでね! 悪いけど先に行かせてもらうよ、兄さん!!」

 鞭でその場を数度叩き、シェザルと……家族と決別し先に進む意思を見せたのだった。




 シェザルは持ち前の素早さを活かしてパピヨンまでの間合いを詰める。
 外からでも攻撃は可能だが、確実に仕留めることのできる状態を作り出さねばならない。
 ましてや、相手はパピヨン=ベリオである。
 仮にも救世主候補である以上、今のベリオ以上に戦えるパピヨンだからこそ、自身の持ちうる殺しの技術を存分に活用するのだ。
 まず、ナイフを投げる。
 同時に間合いを詰めて、紐のついた十字手裏剣で切り刻み、身動きの取れない状態で銃とバズーカで追い討つ。
 対人戦で殺しをしたときは、たいていはこれで片がつく。
 無論それでパピヨンが同じようにやられてくれるとは彼自身思っていないからこそ、攻撃を繰り出すまでの間彼女に注意を向けていた。

「フフフ……」

 パピヨンは微笑を浮かべたまま、飛んできたナイフをかがんで躱した。
 やはり、と言わんばかりに自身の予測が当たっていたことに軽く喜び、袖口を振りかざす。
 本来なら入らないほどに大きなそれが、なぜにシェザルの袖の中に隠されていたのかは、不明だ。
 パピヨンの挙動を観察しながら、袖口を前方へ。
 遠心力による反動で、中から飛び出したのは十字の刃。
 中心を紐で固定することでヨーヨーのように戻し戻し使うのだ。
 しかし。

「蝶のように〜♪」

 歌でも歌っているかのように口ずさみながら、パピヨンは身体の位置をずらしていた。
 刃は彼女の真横を通り過ぎ、羽織っていたマントの裾を軽く切り裂く。
 はらりと舞い落ちる裾を気にすることなく、パピヨンは鞭を操り刃を戻す瞬間に狙いをつける。
 今の彼は無防備だからこそ。

「それっ!!」

 鞭を両腕ごとシェザルの身体に巻きつけ、拘束したのだった。

「く……っ」
「アハハハッ!! これでアタシたちの、勝ちだね!!」

 どこから取り出したのか、っていうかどこに持ってたのと言わんばかりに大きな銅像を取り出した。
 石造りの土台の上には、なんだかよくわからないなにかのオブジェ。
 それを思い切り振り上げると……

「そらそらそらそらァ!!」
「おぶっ、ぐはっ、うぐぁ、が……」

 その銅像でもって彼女が思うがままにシェザルを殴りまくったのだった。


 …


 ……


 ………


「どっちだ……」
「なんか、どこに行っても同じよーなトコが続くねぇ」

 は、迷っていた。
 カエデに処置を施して意気揚々と内部に侵入したのだが、ここに来て彼の方向音痴っぷりが炸裂していた。
 行けども行けども同じ壁。
 味方に合流すらもできず、モンスターだけを倒しつづけていたのだ。
 で、現在はモンスターが倒れている中で首をかしげている。
 隣のユエルも同様に。

「てめぇら、少しは考えて行動しろよっ!!」
「そんなこと言うけどな、俺はこう見えて地図と方位磁針がないと目的地にたどり着けないのだ!」
「自慢するとこじゃねェーっ!!」

 盛大にツッコむのはこともあろうにバノッサだった。
 今のこの場では、彼の方向感覚が頼りなのかもしれない。
 元々地図などないわけなので、先頭がバノッサでも同じだったかもしれないが。

「とにかく、先へ進もうよ。さっき、かすかにだけどドスンって音が聞こえたんだ」
「ホントかっ!?」
「なんでそれを早く言わねェんだよっ!!」

 ユエルの言葉に、一抹の希望が見え隠れする。
 彼女曰く、さっきから同じような振動が何度も来ているらしい。
 彼女の中にある野生の本能が感じ取った結果だった。
 ああ、ユエルの背後から後光が差してるよ。

「で、どっちなんだケモノガキ!?」
「コッチコッチ……って、だからケモノガキっていうなっ!!」
「よし、行こう。ユエル、道案内頼むな」
「まっかせてよっ!」

 彼女がいてよかったと、ホントに感じた瞬間だった。


 ………


 ……


 …


「あー、スッキリしたっ♪」

 清々しい笑顔で汗を拭うパピヨン。
 シェザルは、銅像の下敷きになっていた。
 周りには赤い液体が撒き散らされており、銅像の片隅が妙にどす黒いのは気のせいだと思いたい。

「しかし、まさか兄さんに勝てるとはネェ……」

 歓喜にむせぶ前に、どこか気になっていた。
 兄が、こんなあっけなく負けてしまうものなのだろうかと。
 殺しを最大の喜びとして、人を殺しつづけてきた殺人快楽者の兄。
 そんな兄が、殺すためならなんだってやってのけるあの兄が自分なんかにこんな簡単にやられるわけがないのだ。

「もしかして……!!」
「残念だったな」

 振り向いた先で、彼は無傷で立っていた。
 そして、身構える間もなく衝撃が彼女を襲った。
 背後に向けて宙を舞い、背中から床にたたきつけられる。

「けほっ……けほっ……くっ」

 いつのまにやら、水色のローブを身に纏っている。
 パピヨンが気絶したのだ。
 その影響で、内側にいたベリオが強制的に前へと押し出された。
 いつの間にどうやって服を着たのかというのは謎だ。

「ふっ……意識が戻ったか。ではもう一度聞く」

 戦闘前に尋ねたことと同じことを、シェザルは口にした。
 我らと共に来ないか、と。
 それでも。自分が戦える状態じゃなくても。
 それだけはできない。

「友達を……好きになった男を裏切るなんて、できる訳ないっ!!」

 もとより、覚悟はできていた。
 破滅の将たちが姿を見せた、あの橋での戦いのときから。
 もし目の前にいる彼が兄だったら……否、それが兄でも戦い抜くと。
 彼女の意思は、とにかく強固だった。

「そうか……やはり」

 軽く息を吐き出して、シェザルは呟く。
 お前の血は平民の汚らわしい愚かな血だったのか、と。
 それはベリオにとってはとても重大なことだった。
 彼女は最初から、兄と父が家族だと思ってきたから。
 シェザルが放った言葉は、それを違うと証明しているようなもので。

「そんな……」
「父さんは子供欲しさにお前を盗んだのだ。そして、お前は我々の期待通り、可愛らしい娘に育ってくれた」

 自分は、兄と父の本当の家族じゃなかった。
 その事実が、心に大きくのしかかる。
 ……幸せだったから。
 やさしい父と兄に囲まれて、欲しいものは何でも手に入って。
 ひもじい思いもすることなく、何不自由なく育ってきたから。

 ではなぜアヴァターに召喚されたのか。

 それは家族で祭りに出かけたときのこと。人々が行き交う中で、二人が仕事を始めたのだ。
 父の仕事は、いわゆる『盗み』と呼ばれる犯罪行為。ありていにいってしまえば泥棒である。そして、兄の仕事は殺人だった。
 その鮮やかな仕事っぷりを、彼女は目撃してしまった。ゆえに、理解してしまった。
 自分が着ている綺麗な服も、今まで食べてきた食材も、自分の周りにあるすべてのものが彼の『盗み』による結果だということに。そして、自分がその家族の一人であることに。
 嫌悪感を感じた。自分の周りのものはすべて人から盗んだものだったから。
 何も知らない自分に嫌気が差した。
 だからこそ父から逃げ、兄から逃げ、彼らの行為を償うために神の道を目指した。
 そんなときに、アヴァターの召喚されたのだ。

 閑話休題。



「私はお前が成熟した後は、手足を切り取り、美しい悲鳴を上げる彫像として、長き人生の伴侶となってもらうつもりだった」

 狂っている。
 家族だった自分から見ても、そう思える彼の言動。
 ……そうか。あのままあそこにいても、いずれは死んでいる運命だったんだ。
 ベリオ自身にそうとすら思わせる。

 そして、ベリオの視線の先に浮かぶ、一枚の画像。
 床に叩きつけられたときに落としたのだ。
 寄り添い、微笑みあう仲間がいた。
 彼女を暗い闇から救い出そうと奮闘してくれた、大切な男が自分に微笑みかけてくれている。

(そうよね……)

 迷うことなどない。
 兄と、そして父とも決別した。今の私には、仲間がいるから。

「きっと助ける! 私を救ってくれたのは、大河君だった!!」

 彼がいなければ、きっと今でも心を開くことすらできなかった。
 自分を助けてくれた彼を、今度は助けてあげるんだ。

「私は大好きな人の所に行くの!」



 聞こえる。



 今なら、きっと応えてくれる。



「邪魔……しないで!!」



 私はまだまだ……戦える!!


「来てッ! ユーフォニア!!」


 そう叫んだ瞬間。
 彼女の手には、美しい装飾の施された純白の杖が握られていた。










ベリオ戦、召喚器を取り戻すところまでをお送りしました。
超原作準拠です。申し訳ありませんです。
夢主ルートとベリオルートみたいな感じで分けないと、
どうしても上手く書くことができませんね(苦笑)。


←Back   
Home   Next→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送