「…………」
ガルガンチュワへと降り立ったはダリアをその場に寝かせ、ケガがないことを確認して安堵した。
周囲を見回せばまるで舗装された滑走路のまん真ん中にいるような感覚にすら陥ってしまうほどに、とにかく広かった。
空は相も変わらず暗いまま。青空を暗雲が立ち込め、支配してしまっている。
そして。
「やはり、か」
送還の光を纏わせたネスティの姿があった。
ありったけの魔力を費やして召喚、攻撃したヴァルハラはすでに送還されてしまっているが、彼も今、まさにリィンバウムへと戻ろうとしていた。
「中途半端なところで還ってしまうのは正直不本意だが……その人を助けられただけでもよしとしておこうか」
「ああ、すまないな。ありがとう」
と視線を交わらせて小さく息を吐き出すと、メガネのずれを直すように眉間の部分に指を当てた。
「状況から察するに、この先が正念場なんだろう?」
は小さくうなずいた。
自分たちがおかれた状況から何から、全部見透かされているような視線に苦笑しながら。
ネスティは彼の背後……暗雲の中に潜んでいる存在に目を細める。
「…………」
バノッサ、ユエルの順番に視線を移動させ、再びへと戻すと。
「この面子では少々心配ではあるが……」
「っせェよ、メガネ」
「あーっ、ユエルのことバカにしてるでしょ、そうなんでしょ!?」
魔力のほとんど残っていないバノッサと、召喚術を扱えないユエル。
そして、白兵戦のみに特化した。
魔法戦になれば間違いなく瞬殺されるであろうメンバー構成に、心配なんだよとネスティが言いたい気持ちもわからないわけではなかった。
「まぁ、今更悔やんだところでどうしようもあるまい」
透け出した身体を気にすることなく、呆れたように息を吐き出した。
「ユエルと彼はさておき、一番心配なのは、君なんだ……必ず、戻って来い」
いいな?
最後にそう口にすると、の返事を待つことなくネスティをかたどっていた魔力は霧散し、光のつぶてとなって消えていった。
Duel Savior -Outsider- Act.76
最後の一粒までが消えるのを見届けると、自分たちを囲う暗雲へと視線を向けた。
「おい、あそこの連中はどーすんだよ?」
「ここは敵地だからな、遠慮は要らないさ。でも、ここでアレ全部を相手するのは時間の無駄だな……」
ダリアは今、動けない。
かといってここにおいていってしまえば、連中のエサになってしまうだろう。
奥まで担いでいくのも手だが、破滅の将クラスの敵がでてきたときに足手まといになってしまう。
だったら。
「……ユエル、いけるな?」
彼女に任せよう。
とにかく、連中を動けなくしてしまえばいいのだから。
「わぁ、ユエルの出番だねっ!? 任せてよっ!」
一歩前へユエルは踏み出す。
表情には笑みが浮かび、この状況を余裕で切り抜けられるということを如実に告げていた。
魔力を代償として辺り一帯の敵であるモノを震え上がらせる、恐慌へ導く声。
【恐声】。
敵を脅かして一時的に行動を止める【大声】を昇華させた、彼女だけの力。
それは。
「――――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!」
彼女が敵と認識しない者には、何も聞こえない声だった。
空気を大きく吸い込んで発生した声の波は瞬く間に周囲に響き渡り、暗雲に隠れた敵はすべて行動不能へと陥っていた。
「ゼハァ、ゼハァ……」
「大丈夫か? ……いけるか?」
「当たり前っ!」
魔力を消費した代償として彼女は大きく息を切らしていたが、心配そうに見つめるに向けてガッツポーズを向ける。
「それじゃ、行くぞっ!」
3人は真っ直ぐに目の前にそびえたつ建物へと走ったのだった。
「っ……」
カエデは表情をゆがめながらも、真っ直ぐにムドウを睨みつけていた。
「俺の狙いは、はなっからお前ぇ一人よ。柊の嬢ちゃん」
「……思い出したか、貴様の犯した罪をッ!!」
「いーや? 食い残しをよ、思い出してな」
彼に突き刺さる視線は鋭いものの、カエデの身体は動きを見せることなくその場に立ち尽くしていた。
傀儡の術。
カエデの父を殺し、母を殺し、それでも暴れる彼女に仕込んでおいた術だった。
後々のためにとっておこうと。
自分が楽しむためだけに。
「へへっ、いい身体に育ちやがって……涎もんだぜ……」
大剣の切っ先でカエデの服を弄び、笑みを深める。
カエデの表情が、自身の無力さや悔しさで、ゆがみきってしまっていた。
そのときだった。
……かつん。
服の中から零れ落ちた、小さな石。
それは救世主クラスの仲間たちで残した記念の品。
反動で映った映像に、カエデは目を丸めていた。
「幻影石かよ……へ、みんなで仲良しごっこか」
「そ、それに汚い手で触るなっ!」
幻影石を一瞥し、ムドウは再びカエデへと向き直った。
仲良しごっこが気に食わないわけでもなく、ただ自分の目的を達するために。
……楽しむために。
「まぁ、くだらねぇ仲良しごっこもこれで終わりだ。例の救世主ってヤツも、そろそろくたばる頃だぜ」
その言葉に、カエデは目を見開く。
自分にとっては大事な仲間である彼。
どんなときでも前向きで、臆病風に吹かれる自分の背中を押してくれた彼。
そしてなによりも、自分の師が親友(とも)と認めた。
そんな彼なのだから、こんなところで負けはしない。
カエデはそう信じていた。
「大河殿は負けない! 絶対に負けないでござるッ!!」
「けっ、そいつはどうかねぇ……」
「貴様に大河殿の何がわかるっ!! 分からないくせに、適当なことを口にするなぁっ!!」
仲間だから。
人の一生に比べたらはるかに短い間だったけど、同じ救世主候補として最高の仲間だから。
ベリオも、リコも、リリィも、ナナシも、も。
みんな大事な仲間だからこそ、信じられる。
襲い掛かる困難には絶対に負けないと、信じられる。
だからこそ、ムドウの一言が許せなかった。
「た……っ!?」
「うるせぇよ。自分の状況、わかってねぇのかよ?」
カエデの首にひたり、と大剣の刃が押し当てられた。
冷たい感触に荒くなっていた声が止まる。
怒りにより感じていた熱が、瞬く間に冷めたような感覚が背筋を走り抜けていった。
「安心しな、俺は慈悲深い男だからな。楽に綺麗に殺してやるよ」
これまでかっ!
近づいてくる自分の死期を感じながら、目を閉じようと瞼に力が篭もった。
少し。本当に少しの力で瞼は閉じてしまうというのに。
「あ……」
カエデの目に、1枚の絵が飛び込んできた。
仲間たちが寄り添い、楽しそうに笑っている絵。
リリィが、ベリオが、リコが、ナナシが、大河が、未亜が、自分が。
そして……
(師匠が、笑ってる……)
カエデの隣に立っているが。
(みんなが、笑ってる……)
刃が頚動脈へ近づき、皮を破り、内側へと食い込んでくる。
(死にたくない……違う、拙者は……)
強く思った。
みんなの笑顔を見るまでは。
仲間とともに再び笑いあうまでは。
誰一人欠けることなく『自分の居場所』へ帰るまでは。
「拙者は死ねないッ! 拙者が死ねば、みんなが笑えないっ!! だから……」
声が聞こえた。
「来いッ!! 黒曜――――ッ!!」
魂からの叫びに答え、閉ざされた次元の壁を突き破って、それは具現した。
黒く輝く漆黒の手甲。
彼女の力。
「うおっ!」
異次元からの召喚によって発生した衝撃波がムドウに襲い掛かる。
彼の巨体はその衝撃に耐え切れず、弾き飛ばされていた。
「貴様……この野郎!!」
憤慨する彼の声をあっさりと無視して、その深緑の瞳に彼の姿を映し出す。
「汝、八虐無道。宝嬉元年国許において、咎なき我が父母を討ちて立ち退きし大悪人……」
憤慨するムドウを冷たい視線で射抜きながら、凛とした声が響き渡る。
「否……そのようなことよりも、大河殿を……」
「てめえぇぇぇっ!!」
巨体とは思えない速度でムドウがカエデに迫る。
大剣が振りかぶられながらも、ただ真っ直ぐに彼を見つめていた。
まるで、これからの戦いの勝敗が見えているかのように。
「我が仲間を……我が宝を愚弄した……!!」
カウンターの要領で繰り出されたのは紅蓮の炎。
大剣による斬撃を持ち前の身軽さによって紙一重で躱した彼女は、そのまま一歩を強く踏み込んでの渾身の一撃をゼロ距離から繰り出した。
腹部に感じた強い衝撃とともに、ムドウの巨体は背後へと吹き飛んでいく。
「それこそ、万死に値する大罪である」
「がぁっ!?」
背中から地面に着地し、ぐぐもった声を聞きつつその姿を瞳に映し出す。
右手右足を引き、左手は真っ直ぐにムドウへ向けて、右手に小太刀を握りしめた。
「天網恢々疎にして漏らさず……」
「……ほざけぇっ!!」
体勢を立て直したムドウは再びカエデに向けて突進を敢行する。
しかし……
「ぐぅっ……!? な、なんだんだよ……この声はぁ……っ!?」
突如感じた激しすぎるほどの虚脱感を感じて、カエデを目の前にしてうずくまってしまっていた。
まさに好機。両耳を塞いでうずくまった彼の巨体が、攻撃の確実性を物語っていた。
実は彼、ユエルの【恐声】の余波を受け止めてしまったのだ。
「汝の悪行も……ここまでだッ!!」
右手の小太刀に雷を纏わせ、真っ直ぐ。
ただ真っ直ぐに、まるで吸い込まれるようにその切っ先がムドウの心臓へと突き刺さった。
さらに纏わせた雷が全身を駆け巡り、焼き尽くす。
「ぐおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」
ムドウは小太刀を手放して距離を取ったカエデに向けて、うつぶせに倒れ伏したのだった。
断続的にビクンビクンと身体が震え、ムドウの身体機能を徐々に奪い去っていく。
「た、ただじゃ……死なねぇぜ……お前も、道連れだぁ……」
勝利したことに歓喜していたカエデを嘲るように、語りかけた。
「っ!?」
感じた違和感。
全身に篭もっていた力が一気に抜け落ちて、その場に膝を落としてしまう。
「ちっ……効きの遅い、毒だぜ………………」
そんな言葉を残して、破滅の将が一人――悪逆のムドウは倒れた。
カエデの首筋に刃を当てたとき。
当てられた刃には、人の命を奪う毒がしこたま塗られていたのだ。
刃と毒。二段構えの凶器を、ムドウは振るっていたのである。
「たい、が……どの……もうすぐ、助けに……っ、し、しょぉ……」
幻影石を拾い上げ、ふらつきながらも足を先へと進めていくが。
彼女の身体には、もはや立ち上がる力すら残っていない。
「ししょう……」
身体を横たえたカエデの視界を、闇が覆い尽くしたのだった――――
「、あそこに誰か倒れてるよ!!」
敵の一団を突破し、視界が拓けた先に。
彼女は倒れていた。
大きい傷はないものの、顔色は明らかに良くない。
緑の髪の隙間からのぞく閉じた目は、苦悶を醸し出していた。
「なんか持ってやがるぜ……って、指が開かねえし」
彼女――カエデの手に強く握られている『何か』を知ろうと指を開こうとしたのだが、びくともしないらしい。
しまいにはあまりの自分のやっていることの意味のなさに、おもむろに剣を取り出すと「切り落とす」とか言って剣を振りかざすのを慌てて止める。
奥を見やると、黒焦げの巨体が同様に横になっている。
破滅の将の一人――ムドウだと気づくのに、時間はかからなかった。
「う〜ん、彼女を何とかしてやりたいが……」
バノッサを見る。
じっと見つめるを見てか、つんとそっぽを向いてしまう。
そんな中で。
「。この人……カエデだったっけ? 毒にやられたみたい」
「わかるのか?」
「うん。ほら、傷口のトコ。ちょっと腫れてるでしょ?」
傷らしい傷は、彼女の首元以外にはなさげ。
しかもその首もとの傷は見事なまでに腫れあがって、色を紫に染め上げていた。
普通に首元を切っただけなら、このようにはならないはずだ。
一番有力なのが、傷口から入り込むばい菌。
しかし、現在の彼女の状況がそれは違うと物語っているようで。
「解毒……バノッサ」
「ンだよ?」
「解毒……」
「そんな術、俺様が持ってるわけねェだろ」
「バノッサはつかえないなー」
「……殺すぞ、ケモノガキ」
そんなことをいいつつも、バノッサはなんとリィンバウムの毒消しを持っていた。
しかも、色が妙なところを見るにおそらく仲間の忍びが独自の製法で作ったものだろう。
あまり強い薬ではないらしく効果のほどは期待できないが、ないよりはマシというもの。
はゆっくりと毒消しを飲ませると、周囲の安全を確認して彼女をその場に残すと建物の中へと侵入を果たしたのだった。
カエデの正念場をお送りしました。
倒れている彼女をその場に放置してくっていうのは薄情かもしれませんが、
そこはスルーしてやってください。
そうでないと、夢主一行は行く先々で荷物を抱えなければなりませんから(苦笑)。
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