「先生……」
「私に、もっと力があれば……」

 無事にガルガンチュワへと降り立った一同は、黒い空に輝く光を見つめていた。
 あれは、自分たちをこの場所へ送り届けるためにと無数のモンスターを相手に奮闘する恩師の光。
 命を賭して作り出している光だった。

「泣いている暇はないわ。先を急ぎましょう……」

 目の前で大事な人が戦ってくれているというのに、余りに非情なその言葉は、全員の心に強く突き刺さっていた。
 言葉を発したミュリエルは悲しみに暮れている中で1人、為すべきことを為そうとしていたのだ。
 余りにも無慈悲な言葉にも聞こえる。それでも、自分たちは先へと進まねばならないと。
 彼女は両手を血がにじみ出るほどに強く握りしめ、無力感に耐えていた。

 先に、進まなければ。

 彼女を見て、全員が感じた思いだった。
 しかし。

「悪いが、これ以上は進ませられねぇなぁ……?」
「!?」

 目の前……自分たちの進行を妨げるように立ち尽くす巨躯。
 仲間内で唯一の男性であるセルよりもはるかに大きい。
 肩に置かれている大剣の存在感も大きく、強大な威圧感すらも感じてしまう。
 その破滅の将の名は……

「八虐……無道ッ!!」

 破滅の中でも随一の巨体を誇る、豪腕の将……ムドウだった。

「破滅の将……この人数相手に勝てるとでも?」
「へっ、勝てなくてもいいんだよ。後しばらくで、俺の望む世界がやってくんだからなぁ」

 ムドウは自らの敵を舐めまわすように流し見ると、満足そうに笑みを浮かべた。
 どいつもこいつも上玉ばかりだ、と言わんばかりに。

「……拙者が合図したら、先に見える建物へ走るでござる」

 小さく口にしたのはカエデだった。
 視線は鋭くムドウを射抜き、一抹ほどの憎しみすら感じられる。
 彼女は無言でムドウとの距離を詰めると、自慢のスピードを活かしてムドウに攻撃を繰り出した。
 数度の衝突音の後、彼の間合いのギリギリ外でカエデはちらりと背後を見やった。

「行け、行くでござるよ!!」

 この声に、一同は走り出した。
 ムドウは追うこともなくあっさりとその姿を一瞥し、視線を再びカエデへと戻していた。

「いいのかよ? お仲間を先にやって……独りぼっちで俺に勝てると?」
「貴様など1人で充分! 柊カエデ……参るっ!」

 カエデは己が敵を打ち倒すため、その一歩を踏み出したのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.75



「ハサハっ!!」

 来た道を逆走し、敵の中に残してきた少女の名をは叫んだ。
 彼女の元に近づくたびに敵の死体は増えていき、おびただしい死臭すら漂っている。
 果たして彼女は無事なのだろうかと、心配せずにはいられない。
 その心配だけが後から自分を追い立て、自然と焦りが前に出てしまう。
 だからこそ彼女の姿をいち早く見つけようと周囲に目を凝らす。

、こっち!!」

 おびただしい死体の山の中で、ユエルは声を上げた。
 彼女は元々メイトルパの亜人。人というよりは獣に近いため、鼻が利く。
 死臭に表情を歪めながらも、必死になって声を上げていた。

「早く……っ!」

 駆け寄れば。
 そこには、たくさんの返り血を浴びたハサハの姿があった。
 紺の着物はどす黒く染まり、頬にすら血糊がべっとりとついていてすでに乾ききってしまっている。
 疲れきっているためか、ぴんと立っているはずの耳が力なく垂れてしまっている。

 ……やはり、自分でなんとかすればよかった。
 そんな後悔が頭を駆け巡る。
 はゆっくりと、彼女の身体を抱き上げた。

「お、にい……ちゃん……」
「……ケガは?」

 そんな問いに、ハサハは力なく首を横に振る。
 あの剣の乱舞のためか、敵は彼女に近づくことすらできなかったのだろう。
 正直な話、あの攻撃を目の当たりにして彼女に近づくなど、自分でもできるかどうか分からないのだから。
 ケガがないことに安堵し、大きく息を吐き出すと、彼女を強く抱きしめた。

「ありがとう、ハサハ。君のおかげだよ……ゆっくり休んでくれな?」

 彼女の身体はすでに透けていて、送還の光すら発し始めている。
 元々アヴァターこちらでの彼女の身体は、共界線からサバイバーを通して得た魔力で形作られているのだから。

「でも……」
「大丈夫。俺たちは大丈夫だから」

 彼女を安心させるように笑みを浮かべた。
 どちらにしても、彼女はもうここに留まっていることはできない。
 送還されるのみ。

「ごめんな、巻き込んで。でも……もうすぐ終わるから……全部」

 救世主候補たちはすでにガルガンチュワの中。
 頭上から閃光が幾度となく発されているのが気になるが、今は自分たちのことで手一杯。
 でも、自分もあそこへ行かねばならない。
 無限召喚陣は破壊した。モンスターが出てくることがなくなったため、あとは王国軍で対処できるだろう。

「向こうで、待っててくれ。俺も、必ず戻るから……」

 そんなの言葉に、ハサハは小さくうなずいた。

「あそこに、なにか……こわいものがあるの。気を、つけて……ね?」
「……ああ」

 彼女の言う『こわいもの』とは、おそらく破滅の将や鎧に取り込まれた大河のことだろう。
 真の救世主の力……あれは巨大すぎる。
 一般人や戦う力を身につけた戦士たち、そして彼らすらも上回る力を持つ救世主候補たちすらも圧倒するほどの巨大な力を、あの雪の中に強く感じていた。

「ハサハ、あっちで待ってるから……ね」

 彼女はそう口にして薄く笑みを浮かべると、光のつぶてとなって消えていった。
 喪失した感触に、思わず拳を握り締める。
 感じたのは一抹の無力感。
 自分には破壊できる力があるのに、助けを借りなければ無限召喚陣すら壊すことはできないのだから。

「っ……」

 ふるふるふるふる。

 考えたことを全部吹き飛ばす。
 もう、吹っ切ったはずだから、と。

 ……自分にできることを。自分にしかできないことをする。

 これだけが、今の彼にできることだから。

!」

 声が響いた。
 頭上に巨大な影が現れ、強風が吹き荒れる。
 見上げた先に見える無機質で無骨なそれは。

「ヴァルハラ……ネスティか」

 機界の最高位に位置する召喚獣の一、純粋な破壊の力を追及した、科学の産物。
 それは少し離れた大地に降り立つと、

「こちらは滞りなく。彼が少し無理をしたようだがね」

 ネスティはそう口にすると、隣でうなだれているバノッサを見やった。
 その視線にどこか侮蔑すら含んでいるのは気のせいだろうか?

「調子に乗ってな。魔力を使い果たしてしまったんだ」

 敵の殲滅だけを見て先のことを考えず、召喚術を使いまくったのだ。

「僕は言ったはずなのだ。もう少し魔力の操作方法を学ぶべきだ、と」
「……うっせェよ、メガネ」

 そんな彼の表情は、どこかダルそうだった。






「ひゅー♪ ハデにやってんなァ、おい」

 ヴァルハラに乗ってガルガンチュワを目指す4人は、目の前の閃光に感嘆の声を上げていた。
 翼を持つモンスターを相手に1人で互角以上に戦いつづけている1人の女性――ダリアだった。
 彼女は浮遊術を巧みに使いこなし、爆撃の魔法を唱えては敵を落としつづけている。
 空中に魔力球を設置し、誘爆を仕掛けているのだ。
 小さな炎で誘爆する爆発の連鎖にはまっているのか、敵は炎で焼き尽くされ、爆風に吹き飛ばされて仲間と激突し落下していく。
 今までに1体たりともガルガンチュワへ近づけずにいた。

「あの人はなにをしているんだ!? アレは死にに行っているようなものじゃないか!」
「ダリア先生……」
「…………知り合いか?」

 ネスティの問いに小さくうなずいた。
 視線を彼に向けずに、ダリアだけを見やる。
 顔色はいつもより良くない。
 随分と長い時間戦っていたのだろう、浮かんでいるだけで敵の攻撃を躱すのが精一杯のようだった。
 大量に設置した即席の魔力爆弾の誘爆を待っている状態、ともいえるだろう。

「ネスティ」

 指差す。
 その先は、ガルガンチュワからは外れた敵の軍勢。

「あそこを狙えと?」

 その言葉にうなずく。

「彼女を助けてやって欲しい」

 ここからでは、自分の力は届かない。
 だからこそ、他に力を頼る。
 頼らねば、先へは進めないから。

「頼む」

 ネスティはを数瞬見つめると、再び前方を向き直った。

「……わかった。しかし、ここでヴァルハラを力を借りれば、君たちを送り届けた後で僕は還ることになる。それでもいいか?」

 前回の戦いで、アヴァターに来たときの魔力量を目安ながら分かっていたのだろう。
 だからこそ中位のオペレイクスを使い、残った魔力でヴァルハラを召喚したのだから。
 それを考えると、調子に乗って大規模のモンスター殲滅を行ったバノッサの力は大きいだろう。

「上等だ。メガネ、テメェはここで戻っとけ。あとは俺様が全部ブッ潰してやるよ」
「君はバカか!? 魔力もないのに、どうするって言うんだ!?」
「ハッ、俺様はテメェと違って戦えンだよ」

 腰の剣を抜き放ち、突きつけてみせる。
 先ほどよりも顔色は良くなっているが、まだまだ本調子とはいえないだろう。

「まったく……それで、どうすればいい?」
「ああ……ネスティ、頼む。助けてやってくれ」

 それは、ただ自己満足でしかない。
 でも、彼はもう失いたくなかった。
 自分の知る『生命』を。

「確かに、僕としても目の前で命を失うのは不本意だからな」

 ネスティは残りの魔力をヴァルハラへ流し、指差す。
 首元からは融機人ベイガー特有の鋼の皮膚が浮かび上がる。

「我が声を聞き届け、引け! ……破滅への引き金を!」

 言葉を紡いだ瞬間、装備されていた巨大な砲塔から極太のレーザーが撃ち出される。
 その巨大な力は彼が指を差した方向へ向かって真っ直ぐに飛来し、敵を滅ぼしていった。



「え……?」

 目の前の敵を吹き飛ばすレーザーは勢いすら留めることなく後方の敵すらもなぎ払い、殲滅していく。
 その光はまるで、ガルガンチュワの放った魔道兵器の光とよく似ていた。

「っ……誰……?」

 光線の根元を見やると、光で見にくいが数人の人影が見て取れた。
 その中に1人、彼女の知る存在がいて。

、君ね……あり、がと……」

 ふ、と彼女の表情に安堵が現れる。
 緊張の糸が切れたのか、一直線に落下していく。

「ネスティ、彼女のところへ!」
「……まったく君は人使いが荒い!! 少々揺れるぞ、掴まれ!!」

 送還されつつあるヴァルハラは、一直線に彼女に向かって飛来していく。
 真下まで来ると、は落ちてくる彼女の身体を抱きとめた。

「へへっ、色っぽいねーちゃんじゃねェか」
「ふきんしんだよ、バノッサ!」
「るせェよ、ケモノガキが。不謹慎って言葉すら知らねェくせに」
「ユエルだよーっ!! それに、ふきんしんくらい知ってるもんっ、バカーっ!!」

 彼女の命をかけた戦いは、ここに幕を閉じたのだった。






サモキャラ活躍話。
ハサハとネスティの活躍は、ここで終わりです。
このあとはバノッサとユエルが出張ります。
我がサイトの連載では、彼らが一番オルドレイクと因縁がありますしね。


←Back   
Home   Next→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送