「はぁ、はぁ……っ!」

 破滅の種子にとりつかれて正気を失った街の人たちを拘束するように、クレアは命令を下した。
 対処法など数えるほどしかなく、現状ではそれも不可能。
 唯一できることといえば、ガルガンチュワの中にある『神の座』から大河を切り離して大規模な魔力行使を止めさせることだけだった。
 しかし、必死になって廊下をひた走る緑髪の少女にはそれを考えているヒマは無かった。

「師匠……っ」

 破滅の種子にとりつかれた人間は、いくら抗おうとも破滅の構成員として動き出す。
 救世主候補の中でも極めて高い戦闘能力を有する彼が暴れれば、惨劇どころの話ではなくなってしまうから。
 なんとしても、止めねばならない。

「カエデ……っ、待ちなさい!」

 彼女の焦りを止めたのは、リリィだった。
 どんどんと遠ざかっていくカエデと、自分の足の遅さに嫌気がさしてか、大声で叫んだのだ。
 息を切らしながらも立ち止まったカエデに追いつくと、

「落ち着きなさい」

 まず一言、そう告げた。

「しかしリリィどの……」
「よく考えなさい。今私たちがアイツに近づけば、きっと一瞬で殺されるわ」

 これは事実だった。
 自分たちは召喚器があったから今までモンスターを相手にできたようなものだから。
 無論なくても戦えはするものの、武器を仕入れているヒマも無い。
 そんな状況でカエデが出向いたところで、貴重な戦力が無駄になるだけだと。
 リリィは矢継ぎ早にそう口にした。

「それに、アンタ血が大の苦手じゃない。外は今、アンタにとっては地獄に等しいはず。1人で出て行ったところで、の所まで行けずに犬死によ」
「……っ」

 返す言葉もなかった。
 自分は血が苦手で、今は戦う力すら持たないただの人。
 そんな自分が彼の前に立って、何ができるのかと。

「アイツなら、心配ないわよ。あれでいて芯は強い。今だって、きっと必死に戦ってるはずだから」

 『 』という1人の人間を、心から信じているのだろう。
 クラスメイトとして、仲間として。
 そして、1人の人間として。

「……かたじけない、リリィどの。少し、焦っていたようでござる」
「まったくよ。アイツのことなんだから、心配するだけ無駄なの」

 つんとそっぽを向くリリィ。
 久しぶりに彼女らしい一面を垣間見て、思わず笑みを零してしまう。

「と、とにかくっ! もうすぐお義母さまたちが来るわ。合流して、みんなで大河を助け出すの」

 大河を神の座から引き剥がせば、膨大な魔力供給は離れても助かる。
 今も街で暴れている人々も、鎮まるはずだから。

「リリィ!」
「お義母さまっ」

 2人は後続組と合流し、当真大河救出作戦を開始するのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.71



「この先は危険ですっ! 裏へお回りくださいっ!」

 そう叫ぶ兵士の背後では、街の人々が涙を流しながら互いを殺しあっている。
 こんなこと、本当はしたくないのに。
 考えとは裏腹に、身体は勝手に動きだす。
 意識を飛ばしても動く身体は止まらず、物言わぬ破滅の兵士と化していた。
 むせ返るような血のにおいと、聞こえる怒号と悲鳴。

「ひ……酷いっ!」

 未亜が叫んでしまうのも、無理はないというものだった。
 何とかしないといけない。でも、それをしている時間はない。
 だから。

「裏に回りましょう……」

 ミュリエルは皆にそう告げた。

「この人たちを見捨てていけとおっしゃるのですかっ!?」

 ベリオの怒気をはらんだ一言を、ミュリエルは肯定する。
 貴方たちは優しすぎる。でも、今ここで力を使って、大河を救うことなどできはしない。
 だから、ここは先へ進むのが最善だと。

 最悪だがそれが今、自分たちにできる最善だった。
 ベリオも、突きつけられる事実に声を返すことはない。
 召喚器を持たない自分。癒しの力だけが行使できる自分。
 そんな自分が、目の前の惨劇をどう対処すればいいのだろうかと、自問する。
 しかし、答えはミュリエルの一言に集約されてしまい、無力感に駆られていた。
 そんな中で。

「あれは……」

 未亜は1人の少女の姿を視界に納めていた。

 ――ねぇ、おねえちゃんもきゅうせいしゅさまなの?

 自分自身に尋ねてきた、小さな少女。
 名前はリアだっただろうか。
 母親とともに、仕事で離れ離れになってしまっている父の身を案じ、偽りの救世主伝説を信じて止まない少女。
 そんな彼女が今、母親の手によって死の淵に立たされていた。
 その細い首に両手をかけて、襲い掛かるどす黒い意思に抗うこともできず指に力が込められる。

「いたい……いたいよぉ、おかあさん…………いたいよぉ……」
「あ……ああ……リア、ダメ……私はそんなこと……したくないのにっ」

 母親の目から大粒の涙が零れ落ちていく。
 しかし、そんな表情とは真逆の行動を、彼女は取っている。

「ダメ……」

 一歩を踏み出す。
 今の状況で、自分に何ができるだろう。
 駆け寄ったところで、何をしてあげられるのだろう。
 ここぞというときに、なぜ自分には何もできない?

 力が欲しい。
 全てを破壊し尽くす力ではなく、今のこの状況からみんなを救い出せる力を。
 力が欲しい。
 自分のためではない、みんなのための力を。


 ……力が欲しいっ!!


 それは、心の底からの願いだった。


『ならば呼んでください……貴女と共にある、私を』


 トレイターは言っていた。
 『心の底から願えば、召喚器はきっと応えてくれる。力を貸してくれる』と。
 目の前の親子を救うために、苦しんでいる人々を救うために。

 ……聞こえた。

 今なら、きっと喚べる。







「ジャスティ―――――ッ!!!」







 …………



 ……



 …




「っ!?」

 立ち上ったのは、純白の光柱だった。
 淡く、それでいて力強い。安心感を与えてくれるような、強い力。
 それは、学園から発されていて。

「……え?」

 何かが打ち上がったかと思えば、黒雲に穴が穿たれて。

「…………(汗)」

 その中心から黄金の光が反転し、無数に分裂すると。
 黄金のシャワーが、王都全体――否、世界全体に降り注いでいた。
 もちろん、今のに躱す気力などありはしない。
 身体の自由がきかないのだから。
 なので。

「うっ、おおぉぉぉっ!?!?」

 降り注いだ光の1つに、見事に打ち抜かれていた。

 痛みは無い。
 むしろ、打ち抜かれたあとのほうが調子がいい。
 っていうか、今まで留めるのがやっとだった身体が、自分の意志で動かせるようになっていた。
 すでに光の雨は止み、穿たれた雲間からは太陽の光が降り注いでいる。
 そして。

「あ……」

 遠くから聞こえていた怒号や悲鳴が、消えてなくなっていた。




 …………



 ……



 …




「信じられない」

 それは、ミュリエルの驚きを秘めた声だった。
 助けたい、人々を救いたいという純粋な思いが、奇跡をもたらしたのだ。
 先ほどの黄金の雨は、この場にいる人々に宿っていた破滅の種子を、残らず例外なく打ち抜いていた。
 しかも、以前のジャスティとはデザイン自体が違っていた。
 普通の弓と同じ形状だった以前のものから一変、シャープでいて優雅なフォルムと握りの部分から上に細い刃が装着され、淡い光がジャスティ自身を覆い尽くしていた。

「白の主……イムニティが選ぶ訳だわ……」

 支配因果律の力を統べる、白の主。
 イムニティが選んだ少女は、を排除するための力をこれでもかと言うほどに備えていた。
 だからこそ、ルビナスが眉間にシワをよせつつも口にするのもうなずけるというものだった。
 未亜が親子に近づき、数回の言葉を交わす。
 親子は共に喜びに満ちた涙を流し、抱き合っていたのだった。


「希望が、見えてきたでござるな」
「心からの……魂からの叫びに、召喚器は応えてくれる」


 きっと、自分たちも戦える。
 まだまだ、戦っていける。

 全員がそう確信していた。


 救世主の降臨に、人々も希望をもった。
 その伝説が、たとえ偽りであったとしても、彼らにとってはまぎれもない真実。
 惨劇を一射の元に収めてのけた未亜に縋るように、人の輪は広がっていた。

「道をあけよ、皆のもの」

 そんな中を、凛とした声が響き渡った。
 幼いながらも、己の責務を果たすために自身の犠牲をも厭わない、自身に満ち満ちた声が。

「当真未亜、礼を言うぞ」

 にっこりと笑みを浮かべて、声の主――クレアは未亜を見やった。
 救世主候補たちを守る残存兵力は、王都の外にまとめてあると口にして、頭(かぶり)をふった。

「聞け、皆の者! これから救世主たちは最後の戦いに赴く。破滅を打ち砕き、我ラノ世界を取り戻すために」

 凛とした声が中庭に、人々の心に響き渡る。
 黒雲に作り出された光明は彼女を照らしているように、光が差し込んでいた。

「我もまた、救世主たちと共に赴く。残存の兵と共に、彼女たちを守るために!」

 それは、決意だった。
 この国の導き手――王女たる彼女が自ら、先頭に立って救世主たちを導く……危地へ赴こうとしているのだから。

「救世主たちがあの城塞にたどり着けねば、どのみち世界は滅ぶのだ。ならば今はッ!」

 1人の国民として、人間として。導き手として。
 戦ってでも彼女たちを、導いていかねばならないと。

「我は……我が為すべきことを為す。お前らも、自ら為すべきことを為すがよいっ!!」

 それが、王女の決意。
 幼くか弱い少女が、民衆を導く『指導者』となった瞬間だった。
 彼女が王女だからではない。
 彼女になら、自分たちの運命を任せてもよいと思えるほどの、固く強い決意だった。

「俺たちにも、できることが……ある……そうだ」
「武器を取ろう……俺たちにも、できることがあるっ!!」

 波紋のように広がっていった決意は、彼女を慕う人々の声となって返ってきた。
 しかしクレアはうつむき、悔しげに唇を噛んでいた。
 本来なら守るべき民衆たちを、多くの力を必要とするために死地へと先導してしまったのだから―――



「我らと共に来る者は、武器を取れっ! 出陣するっ!!」



 決意に満ちた数多の声が、瓦礫と化した王都へ響き渡っていた。













 は、精神的に疲れていた。
 頭の中に響く声に従って、身体を動かしていればこうはならなかったものを、強靭な意志によって強引にその場に押し留めていたのだから。
 今までずっと休息しまくっていたくせに、何を言うかと誰も言うだろう。
 しかし、彼にとってはきっと……必要な儀式だったのだ。
 巻き込まれた戦いでがむしゃらに戦い抜いて、彼は力を得てきたのだから。

 人は幾度となく挫折して、成長していく。
 挫折し、思考を繰り返し、実行していくことが、『人間』としての……ひいてはこれからの彼個人の在り方と言えるだろう。
 もう、どれだけの無力感を味わおうとも、沈むことはないだろう。
 がむしゃらに進むだけではなく、立ち止まって考え直すことを覚えたのだから。


「……んっ」


 肩をくるくると回して、身体的には問題が無いことを確認する。
 傷跡だらけの身体も、戦地を駆け巡ってきた両足も、数多の敵を滅ぼしてきたこの手も。
 全て、問題なくちゃんと動く。
 だからこそ、今は精神を落ち着かせるための休息が必要だった。

 先ほどまで落ち込んで座り込んでいた壁に背を預けて、どすん、と腰を落とす。
 軽く息を吐いて、目を閉じた。
 穴の穿たれた雲から、光が差し込んでいる。

 ……それは、この世界を照らす希望の光。

 勇壮たる声が耳を穿ち、目の前に浮かぶ黒いシルエットにも届いていることだろう。

「見てろよ、世界に絶望した軍勢よ…………」

 手早く回復させるなら、寝るに限る。
 というわけで、目を閉じた。
 表情に翳りはなく、決意に満ちた、色ある表情。

「……希望に満ち溢れた『人』の力、思い知らせてやる」

 そんな決意と共に、黒塗りの鞘内から白く淡い光が放たれる。
 まるで自分の思いに呼応してくれているようで、には嬉しく感じられる。

 鞘を軽く握り締めると、


「一緒に戦ってくれるのか。ありがとう、絶風……でも、今は……」


 小さくも大きな試練に打ち克った青年に、ひと時の休息を―――






夢主復帰です。
ゲームのストーリーの進行上、未亜の召喚器はここで再来します。
なので、それに基づいて夢主のほうも書いてみました。

そして、クレアの演説。これは、聞いててぐっとくるものがありました。
本来なら守るべき人々を戦場に駆り立て、
死んで来いと遠まわしに口にしている訳ですからね。


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