「彼の者とはなんじゃ?」
『「答えよう、強き魂よ……」』

 クレアの問いに、トレイターは答えていた。
 全能ではあるが全知ではない、『彼の者』……世界の創造者である神の存在を。
 全ての召喚器が、神の意思によってその意識のほとんどを封じられていることを。

「今、まさに救世主が覚醒しようとしている……救世主が行う破滅と新世界と創造、これは本当のことなのですか?」
『「答えよう、偉大なる魔術師よ……」』

 ミュリエルの問い。彼女が見て聞いてきた事柄にも、トレイターは答えを述べていた。
 主であり、今も鎧の意志と戦っている大河が真の救世主となってしまえば、アヴァターを含めた多次元世界が消滅する。
 本来なら破滅の後に新世界の創造が行われるが、大河は男性であるが故に、生命を生み出す聖母となり得ない。
 女性しか救世主なれないという意味は、ここにあった。
 だから、彼が神の意志に屈してしまえば全てが消滅し、無に還る。


「私は、かつてエルダーアークに問い掛けたことがあるの……召喚器とは、結局なんなのか……」

 ルビナスのつぶやき。
 エルダーアークとは最古の召喚器にして、最強の召喚器。
 彼女の相棒である大剣。

「彼女は答えてはくれなかった。それは禁じられている、と……問うわ、あなたたち召喚器とは、一体なんなの?」

 今まで、ただ救世主候補を証明するもの、救世主を選別するものと理解していたことだが。
 それらはどこから生まれて、そして自らが意思を持つ理由は。
 それが、ルビナスの問いだった。

『「答えよう、古き友よ……」』

 召喚器とは、神が定めた救世主を選別するためのアーティファクト。
 自らの世界を滅ぼすことを強制させられ、神の力によって永遠の命という呪いを授けられた、かつて救世主と呼ばれていた者たちのなれの果て。
 つまるところ、召喚器は昔は人間……救世主候補であった。

「それじゃ……私が信じている神様は……神様の力を使うことができる私の魔法は……一体なんなんです!?」

 己が信じる神の力を借り、魔法として人々を癒すベリオの魔法。
 神が世界を滅ぼそうとしているのなら、なぜ自分に力を貸すのかと。
 彼女はそれが聞きたかった。

『「答えよう、罪深き故にもっとも穢れなき魂を持つ者よ……」』

 魔法の力はベリオの信じた神の力ではなく、己の内に在る神……内にある魂の中にある。つまり、彼女の使う癒しの魔法は、彼女自身の力なのだ。
 人では神の意志を理解することなど不可能。しかし神は、子供が砂の城を崩すかのように世界を創り、破壊してきた。
 アヴァターは、この世界の救世主たちが自らの命を絶ち、あるいは封じることで守ってきたが故に、真なる破滅から逃れてきた。
 幾千、幾万という創造と破壊が繰り返されたが、トレイター自身はそれを見ていることしかできなかった。なぜなら、主たる人間が存在しなかったから。
 度重なる創造と破壊の後、根幹世界であるここアヴァターで、彼は初めて自分の主になりえる人間を見つけることができた。
 それが、当真大河。
 トレイター同じ、救世主となり得ない存在だった。

「貴方と同じ?」
『「然り。それがすなわち、今ここに我が存在しうる理由でもある」』
「教えて、それはどういうことなの?」
『「答えよう、気高き魂を持つ魔術師よ……」』

 そしてこの当真大河とトレイターという存在が、神の計画から漏れた存在だった。
 それはなぜか。
 そんなリリィの問いは、かつてのトレイターが男性であったことに起因する。
 当時彼の妹だったジャスティという名を持つ召喚器も、そして彼自身も呪いを甘んじて受け、生きようと決めた。
 そのために、ジャスティは自らの力を分割することでトレイターを召喚器とした。 
 これが、神の計画から漏れた存在だという理由だった。

「神の計画でも狂うことはあるという訳か……」
『「これ以上の破滅はいらぬ。我らは神の計画を阻止するべく、白の書の召喚に乗じて、神の用意した歯車を狂わせ、我の主となりうる者を召喚した」』
「それが、大河殿でござるな?」
『「然り、心優しき復讐者よ」』
 
 トレイターの主である当真大河は、神の計画の埒外にある者。
 だからこそ、カエデの一言にトレイターは肯定の言葉を返していた。

 そしてつまるところ、大河を助けなければならないということがこれで理解できた。

『「そして、世界は世界にとって異質な存在を排除すべく、サバイバーを担う者……汝らがと呼ぶ者を召喚した」』
「え……?」

 は、リコの持つ赤の書の召喚に応じたのはなかったのか。
 もともと、巻き込まれるように召喚された彼。
 あまりの空腹のために赤の書を食そうとしたために働いた、自己防衛機能というわけではなかったらしい。

『「彼の者は、守護者の名を冠する者。かの世界の意思を守る者」』
「世界の……意思?」

 疑問を言葉にしたのは、ベリオだった。
 世界の意思――エルゴと呼ばれる存在を守るのが、彼ら『エルゴの守護者』の役目だった。
 その中で、は『リィンバウム』のエルゴの守護を任ぜられ、とある事件によってアヴァターへと召喚された男を排除させるべく、世界自身が彼を送り込んだのだ。

『「送り込まれたその者は、招かれざる者。その者の排除のための助力として、サバイバーを通じて召喚術の使用を認めた」』
「それじゃ、サバイバーは他の召喚器とは違うみたいじゃない……!」

 本来、召喚器の元はすべて女性。
 それは声をあげたリリィもわかっていたのだが、サバイバーという召喚器そのものの存在が不思議だったのだ。
 担い手の存在を代償にその力を行使する召喚器。
 使用者に悪い影響を与える召喚器など、今までに見たことも、聞いたことすらもなかったのだから。

『「かの召喚器は、この世界とは異質な存在。故に、我も多くを知ることはない」』

 同様に、この世界とは違うその召喚器。
 彼にしか読むことのできなかった文字や、『果てしなき蒼』や『深淵なる緑』といった彼が体験したことに関する単語の並んだ魔法陣。
 それは、彼の経験したことがそのまま、守りの力として発現するから。
 度重なる巻き込まれによって、彼の経験は海よりも深く、山よりも高い。
 だからこそ、彼の強い意思によってより強固な盾ができあがっていたわけである。
 トレイターが知っていることは、それだけだった。
 サバイバーの出所やその元となった人間の正体などは、まったく知らない。

「で、その異質な存在っていうのは……?」
『「異質な存在とは、正規の召喚によって喚ばれていない者。破滅に属する者」』
「まさか……」

 その正体を確信したかのように、カエデが口にする。
 が全身から殺気を放つほどに怒りを露にしていた、1人の男の存在。
 オルドレイク・セルボルト。
 彼がきっと……いや、間違いなく“招かれざる者”なのだ。
 よって。

「それじゃ、を引っ張って大河を助けに行かないと!」

 結局のところ、そこへ行き着くわけである―――



Duel Savior -Outsider-     Act.70



「時が過ぎる。一刻の猶予もならん」
「はい、当真大河を救出しましょう」

 自分たちの第一の目的は、それだった。
 召喚器を喚び、ガルガンチュワに囚われた大河を救出する。
 そのためには、こちらか打って出なければ。

「爺、現状を報告せよ」
「はっ!」

 クレアの声に、タキシードに身を包んだ壮年の男性が持っていた手帳を開く。
 そこには、ガルガンチュワの動向から現在の状況までが事細かに書かれており、

「ガルガンチュワは、元王城のあった廃墟の上に陣取っております。その下には、ホワイトカーパスの軍勢であった者たちが守りを固めています」

 その中から必要なものだけを抜粋して、クレアに告げた。

「ふん、この世界の王にでも成り代わったつもりか……ダリアっ!」
「はっ!」

 この学園の教師であるはずのダリアに向けて、声をあげる。
 学園の教師とは仮の姿。その正体は、クレアが学園に忍ばせておいた諜報員だったのだ。
 これは、万が一のための布石だった。
 なぜなら、歴史を紐解くことで救世主への疑問が日々、湧きあがっていたのだから。

 クレアはミュリエルに救世主候補たちの援護を命じ、残った軍勢で救世主候補たちをガルガンチュワまで送り届けると。
 そう声高に口にした。
 そして、救世主候補たちの護衛として、先の任務で苦汁を舐めたセルが立候補。

 大河や、との約束。
 ……果たさなければならないと。
 それだけが、今の彼を突き動かしていた。

「……セルビウム・ボルト。ガルガンチュワ攻略メンバーの護衛を命ずる」
「謹んでお受けいたしますっ!!」

 命を受けて返事を返した、そのときだった。



「え……?」

 学園の庭で上がる、いくつもの悲鳴や怒号。
 外はただ深々と、雪が降っているだけのはずなのに。

「学園に避難していた難民たちが……暴動をっ!」

 火急の用件ということで、一目散に学園長室へ駆け込んだ1人の兵士が、声をあげた。
 その声に、クレアは元よりその場にいた全員が窓にかけより、外を見やる。
 そこでは。

「じょ……冗談でござろう……?」

 彼女たちが目にした光景は、それこそ信じられないものだった。
 中庭に避難していた難民たちが己が手を振るい、両親や自らの子供たち、親しいはずの友人や、恋人まで、誰彼構わず。
 大切な人を自らの手で殺めている光景だった。











「ぐっ……なんなんだよ、これは……ッ!!」

 はただ、耐え忍んでいた。
 頭の中では『殺せ殺せ』と声があがり、まるで引き寄せられるかのように人のいる方へと向かっている自分の身体。
 そして、身体の奥底から湧き上がる、どす黒い感情が、彼に襲い掛かっていた。

「止まれ、止まれ……トマレェェェェェっ!!」

 意思が制動をかけ、ゆっくりではあるが間違いなく学園へと向かっている。
 今あそこには、多くの街の人々や仲間たちがいる。
 今の自分があそこへ行ってしまったら、嫌でも人を殺して回るだろう。
 ヘタをしたら、一瞬で全員を殺し尽くしてしまうかもしれない。
 だからこそ、この場でとどまっておきたかった。

 そのとき。

『これは神の救いであるっ!』
『汝が心を縛り付ける一切を破壊し、破滅に加わるがいい』
『心弱き者どもよ……我らが汝らの本性を暴いてやろう……』

 ムドウ、シェザル、ロベリア。
 ガルガンチュワの上方に浮かび上がったその人影に、思わず歯を食いしばっていた。
 シルエットだけなら、イムニティやオルドレイクの姿もある。

『心の内なる声に従い、我らと共に征かん。破滅への甘美なる道を……』

 そして、主幹であるダウニー。
 彼らの笑みが、すでに嫌悪としか感じなくなっている自分がいた。

「俺は……こんなモノに負けやしないさ……必ず、お前たちを倒してやるぞ……」

 動くことのできない身体をそのままに、首だけを空へ向けて、声をあげたのだった。



「……必ずだ!!!」









「ミュリエル……魔力感知をかけて、この雪をよく見て……この雪の一つ一つが……」
「破滅の種子……まさか」

 その種を植え付けられた者は、身体の自由を奪われ、嫌でも破滅の構成要素となってしまう、狂気の種。
 しかし、あの粒を1つ作り出すだけでも、本来なら莫大な魔力を必要としているらしいのだが、

「姫様っ! 各地でここと同様の異変が! 念話器に各地からの悲鳴……救援の要請がっ!」

 この種子は、世界中でばら撒かれていた。
 老人が青ざめた顔で小さな頭を両手でねじ切り、激昂した母親がその老人に包丁を突き立てる。
 皆、周囲の惨劇から自分の身を守るのに必死で、他の人間のことなど考えていられない。
 廃墟と化した街で肩を寄せ合う人々の中にも破滅の種子をはらんだ雪が降り注ぎ、人々を狂気へと駆り立てる。
 母親が涙を浮かべながら、そんな意思などないにも関わらず自分の子供の首を絞め上げようと腕に力を込めてしまう。
 手には刃物を持ち、「そんなつもりじゃない」と声を上げながらも少女を切りつけ、その小さな胸に突き立てる。

「ああ……神様……たすけて……たすけてください……が……っ!?」

 救いを求めて神に祈りを捧げていた女性も、背後からナイフを突き立てられ、大量の血を眼前に零していた。


 …………


「た、大変でござるよ……」
「ええ……」

 カエデとリリィはこのとき、それぞれが違うことを考えていた。
 ……否、根本的には同じなのだが、その対象が違っていた。

「このままでは護衛もままならん! 何か方法は……」
「街のみんなが、1人残らず死んでしまう……」
「……違うでござるよ、リリィ殿」

 クレアが目の前の惨劇に声を上げる中、カエデはリリィの言葉に首を横に振った。
 何が違うのだろう、とリリィの頭をその言葉が走り抜け、うつむいたままのカエデを見やる。
 彼女の身体は小刻みに震えており、更なる悪夢を想定しているようにも見えた。

「ちょっ、どうしたのよ?」
「この雪……嫌が応にも破滅の構成員となってしまうのでござろう?」

 破滅の種子を植え付けられれば、心のタガが外れて、人々を殺して回る。
 それは、先ほどのルビナスとミュリエルの会話でわかっていることだった。
 カエデの視線は、窓の外……王都の端を臨んでいる。

「まさか……」

 彼女が見ているものは。

……?」

 その呟きに、カエデは小さくうなずいた。
 救世主候補としてきわめて高い戦闘能力を有する彼が、この場で暴れ出したら。


 ……惨劇を越えて、悪夢になる。



「師匠を……探さねば!!」

 手遅れになる前に。
 彼が……誰よりも世界の平和を願う『破壊者』が、本当の意味での『破壊者』になる前に。

「師匠……」
「カエデさんっ!?」
「お待ちなさいっ!!」

 カエデはことの収束を待たず、学園長室を飛び出した。
 雪はすでに止んでいるので、破滅の種子が植え付けられた人々が暴れているだけ。
 大の苦手である血液が蔓延する場に赴くのははばかられてしまうが、それでも。

 拙者が、行かねばならないっ!





 ……世界は、滅びへ向かって突き進んでいた。






 ……曲がることなく、一直線に。








夢主出番少ない&破滅の種子に取り付かれっ!!
えらいことになってまいりました。


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