「……時間がないわ。早くダーリンを助け出さないとっ!!」

 ルビナスとナナシ。
 2つの記憶の統合を済ませたルビナスは、表情を引き締めた。
 ダーリンというのは、もちろん大河のこと。
 ナナシが彼をそう呼んでいたことや、彼女の中にあった想いがルビナスにも影響を及ぼしていると考えれば話は簡単だった。
 ミュリエルの質問すらもあっさり無視すると、鎧に取り込まれたままの大河を想うルビナス。
 セルの言葉の通り鎧に取り込まれた大河は、今も強大な神の意志と戦っているのだ。

「お義母さま……千年前の偉大な戦士……なんですよね? この人」

 内容自体はさておき、余りの場にそぐわない発言に呆れ顔のリリィだったが、

「……こほん。それは置いておいて」

 置いておかれてしまった。
 置いておくの……というベリオの一言がどこか哀愁を帯びているようにも感じられた。

「ルビナス、教えて。今、何が起こっているの?」
「破滅……ロベリアの子孫の考えは読めるわ」

 ことは転じて、真面目な話へと変わっていく。
 余りの変貌振りに一同はぽけ、と眺めていたのだが、ぶんぶんと首を振って無用な考えを吹き飛ばす。

 ロベリアの子孫……ダウニーの目的は、救世主の鎧と融合した赤の主、当真大河を使って神のとの間に道を開き、新世界を創造すること。
 真の救世主が定まったため、救世主の資格ある者を選別するアイテムである召喚器は役目を終えて、消えてしまった。

「それじゃ、リコが消えたのは?」
「彼女は赤の精霊。……オルタラがその姿を化身していたの」

 イムニティとオルタラが鎧に吸収されるところを確認したわ。

 ルビナスは悲しげな表情を浮かべて、そう告げた。
 リコが赤の精霊で、オルタラだった。
 千年前にともに戦った仲間だった彼女に気づかなかったミュリエルは、思わず声をあげていた。

「でも、それではここにトレイターが存在する説明がつかない……」

 全ての召喚器は真の救世主が定まることで消えてしまった。
 だからこそ、同じ召喚器であるトレイターが消えずこの場に残っていることがミュリエルは元よりその場にいる全員の疑問だった。
 その理由を知る者は元よりおらず、わからない。
 なら。

「その訳は、彼自身に聞けば?」

 ルビナスは視線をトレイターへと向けた。
 未亜に抱えられた無骨な大剣。
 すべて女性人格のはずである召喚器。そして、意思を通じることのできるのは大河だけなのだが。

「……声が、聞こえる」

 未亜が一言、そう口にしていた。
 低く、太いその声は周囲には聞こえず、彼女にのみ届いているようで。

「これが、トレイターの声……? なんで私に……」
「それはね、貴方がダーリンと血を分けた半身だから」
「えっ? だって私とお兄ちゃんは……」

 血が繋がっていない兄妹だと。そう口にするはずだった。
 しかし、それは本人も知らなかった偽りだった。
 血が繋がっていなければ、大河と血を分けた半身でなければ、彼の持ち物であるトレイターの声など聞くことはできないのだから。

 その事実に、未亜は驚きとともに表情を曇らせた。
 彼女の中に渦巻く彼への想いを、今しがた知ってしまった真実が重くのしかかる。

「気持ちはわかるけど……今はダーリンのためにも、妹として……そして白の主としてできることをやるべきじゃないかしら?」

 その一言に、全員が驚きを顔に貼り付けた。
 当真未亜は白の主。
 イムニティと契約を果たした、支配因果律を司る救世主の片割れ。
 血を分けた兄妹同士が、危うく殺しあうハメになる所だったのだ。大河が敵の手に落ちてしまったのも、それを阻止するため。
 彼の未亜を想う気持ちが、世界中を震撼させることになってしまった。

 ……なんという皮肉だろうか。
 彼は大事な人たちを守りたかっただけなのに、結局はそれが仲間たちを含めた全ての人類を危機に追いやっているのだから。

「……聞こえる……トレイター……何……答えてくれる?」

 聞こえてくる声に耳を澄まし、未亜は目を閉じた。
 ゆっくりとトレイターを手にして、再びそのまぶたを開くと。

『「定命(じょうみょう)の者よ……温かき血の流れる世界に生きるものたちよ……」』

 未亜の口を借りて、トレイターが皆に話し掛けていた。









Duel Savior -Outsider-     Act.69











「俺は……」

 どうしたい?

 自身に問い掛けていた。
 癒すことも、守ることもできない自分は。
 破壊だけしか能のない、守護者という名の化け物な自分は。

『お前は“壊す者”。その力をもって、全てを破滅させて見せろ……ほれ』

 裏のの襟元から手を放し、崩れ落ちる彼を一瞥して空を仰ぎ、そのまま視線を巨大なシルエットへと向ける。
 宙に浮かぶ巨大な質量は不気味な轟音を立てて、ゆっくりとこちら――廃墟と化した王都へと向かってきていた。

『壊しがいのありそうなモンが、たくさんあるじゃねェか』

 壊すことで、守れる。
 しかし9を守るには、1を切り捨てなければならない。
 それでも、は守りたい。信頼できる仲間たちはもとより、できるならなんの罪もない人々も。
 しかし、それは彼のエゴ。
 現実にはそうはいかず、実際にガルガンチュワの砲撃で王都に住んでいた生命が消えてしまっている。
 レベリオン使用のためにその大半が避難していたのが唯一の救いといったところだろう。

『アレを壊せば、ここも向こうも、俺“たち”の世界も助かるんだぜ?』

 裏の自分の声が、ズシンと響いてくる。
 自らが持つ力を以って、守ってやろうと今まで行動してきたというのに。
 失ってしまったものは、戻ってこない。

『前を向けよ。何もできない、無力だとか嘆く前に、お前は守りたいと思うヤツらを……守ってみせろ。破壊の力を以って、な』
「……前を」

 向こう。
 自分にできないことは、仕方ない。誰かが代わりにやってくれる。
 自分だけにしかできないことを……『破滅』をも滅ぼす力を振るって、戦い抜いて見せよう。
 座り込んでいた身体に力を込めて、ゆっくりと立ち上がる。
 黒い空を視界に納めて、気合を入れるようにぱん、と顔を両手ではたいて喝を入れる。
 一度そうして、感じる違和感。
 両手を見つめて、はっとなにかに気づいたかのように振り向くと、

「……こんなんじゃダメだ」

 沈み込んでいた分、身体とともに気持ちにもドロドロとした何かが残っている。
 だから。

「俺を一発、殴ってくれ」

 それを払拭するためにも、裏の自分にそう告げた。

『なんだ、マゾにでも目覚めたか?』
「違う。自分だけじゃ気合が入らないだけだ」

 両の頬を赤く染めたまま、笑みを見せた。
 裏のはそんな彼に満足げに、どこか嬉しそうにケケケと笑うと、

『いいぜぇ。俺様に無駄なことさせた分、きっちりぶっ飛んでもらおうじゃねぇか』

 ぐ、と利き手である右手に拳を握る。
 背中から後ろに引いて、左足を半歩前へ出す。
 真っ直ぐに自分を殴り飛ばすには、最適な構えだった。

『歯ァ食いしばれ。バッチリお前をぶっ飛ばしてやるからよっ!』

 なんか、目の色がきゅぴーんとか光ってるのが非常に気になるわけだが。

『おら、逝くぜェっ!!』

 たんっ

 軽くステップを踏んで、間合いを詰める。
 その速度は一瞬で。

『ラアァァァァッ』
「漢字が違うっ」

 自分が放った渾身の一撃は、自分の頬へと吸い込まれていった。
 はそのまま背後へ向けて宙を舞い、崩れた壁に激突する。
 壁にめり込んだはそのまま壁自体の崩壊に巻き込まれ、無数の瓦礫が彼に襲い掛かる。
 がしゃーん、という大きな音を立てて、砂煙が巻き起こった。

『ち、ちっと……やりすぎちまったかな』

 呟いた彼の見る先には、足だけが天を向いたの姿。
 その足がぴくりと動きを見せると、自身の上に乗っかっている瓦礫をあさっての方向へと投げ飛ばす。
 がらら、と音をたてて、は身体の埃を払いながら立ち上がった。

「豪快に、やってくれたな」

 かなり豪快な音だったというのに、服が汚れているだけのようにも見えるが、実際には身体中にダメージを受けている。
 中でも目立つのが、頬の痣だった。
 軽く黒ずみ、吐き出した血を見ると、口内を切ったようだが。

「ま、いいや」

 はどこかご機嫌だった。

『さて、俺はコレで還るとするぜ』
「……どこへ、還るんだ?」
『さあねぇ。ま、普通に考えりゃお前の中なんだろうけどな』

 まるでタイミングを図ったかのように、タダでさえ透けていた彼の姿が寄り希薄になっていく。
 消え行く自身の身体を見ながら、それでも彼は笑っていた。

『ったく、本当なら俺様がお前を乗っ取ってお前に成り代わってやろうと思ってたのによぉ』

 どこで間違っちまったんだか。
 そんな言葉を発して頭を掻いた。

 元々、彼は乗っ取るつもりも戦うつもりもなかったのだ。
 ただ誰かに呼び出されて、こうしてと向かい合っているだけ。
 刀を提げていなかったのが、その証拠だ。
 説得なんていうものをしてしまった自分に、彼は嫌悪していた。

『喚べよ。お前の召喚器は、今のお前にきっと応えてくれるはずだぜ』

 裏のはそう告げると、霧散してしまっていた。
 結局、礼すら言うヒマもなかった。

 空を仰ぎ、虚空へと消えた裏の自分に。
 本来なら自分に成り代わろうとする存在である彼に。

「ありがとう」

 そう告げた。





「さて、と」

 自身の召喚器を呼ぶために、手を前に突き出す。

 召喚器は、真の救世主が定まったからとはいえ、持ち主が定まっていれば、心からの叫びに呼応して姿を現し、力を貸してくれる。
 自身の存在を喰い破るの召喚器だが、彼からすればこの世界に『存在できるなくなる』だけ。
 役目が終われば、元の世界……リィンバウムに還ることができるのだ。

 もちろん、このことは自身知らないわけだけど。

「ああ……」

 なんとなく、喚べる気がした。
 重くのしかかっていた無力感を吹き飛ばした、今なら。
 突き出した手に拳を握ると、

「サバイ……」

 叫ぼうとした。

「……?」

 はらりと落ちてくる、白い物体。
 それは、ガルガンチュワを中心に発された、黒い雲から吹き出した『雪』だった。
 地面につけば積もることなく消えてしまっているようだが。

 ゾクリ。

 背筋に走る悪寒。
 恐怖とも取れる、湧き上がるどす黒い感情。
 そして。


“殺せ!”
“すべてを殺し尽くせ!!”
“父を殺し母を殺し兄弟を殺し友を殺し、我ら破滅に与(くみ)せよ!!”


「ぐ……」

 流れてくる破滅の意思に、自然に身体が動き出そうとする。
 それに抗うことができず、の足は先刻の掛け合いによって地面に倒れていた刀を拾い上げた。

「なんだっ……これっ!?」

 苦しげな表情を浮かべ、こめかみに汗を一筋流す。
 頭の中に響く声に抗うために、なにが起こったのかを把握する必要があった。
 しかし、彼の意思とは裏腹に身体は王都へと向かっている。

「おい! 俺の目的は向こうのデカブツだ! そっちじゃない!!」

 言うことを聞けっ!!

 身体に力を込める。
 廃墟と化した王都には誰もいない。きっと、意思とは真逆に動く身体は『人』を狙っているのだ。

「止まれえぇぇぇっ!!」

 その声とともに。

「ぐ、ぐぐぐ……」

 彼の身体の動きが鈍り、静止することができた。

「くっ、くそっ!」

 必死に身体を留めようと気張る。
 しかし、人間たちのいる方へと向かおうとする強制力が働いていて、その歩みを遅らせることだけがなんとかできていた。
 もちろん、なんでこんなことになっているのかなど、わかるわけもない。


 そのときだった。


「!?」


 どこからか、人々の叫び声が聞こえていた。






夢主復活!
裏主は説得オンリーで還しました。
戦ったりすると、やっぱり色々とややこしくなるので(苦笑。


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