「救世主様のご様子はいかがか?」
「ハッ! 相も変わらずだぜ」

 移動城塞ガルガンチュワの中心に位置する、『神の座』。
 そこには、破滅の将とダウニーの姿があった。
 広大な空間のど真ん中に位置する黄金の鎧は、同色の床の真ん中で豪華な装飾のあしらわれたイスに腰掛け動かない。

「神が降臨するそのときまで、彼は抵抗を続けるつもりらしいわね」

 黄金の鎧の隙間から見え隠れするそれは、人間の身体だった。
 しかし、その人間もピクリとも動きを見せず、うなだれたまま。
 予想以上の精神力だ、というダウニーの驚きすら混じった声は次第に、歓喜に満ちたものへと変わっていく。

 それをなぜかと問うならば、うなだれて動かない彼――当真大河が襲いくる苦痛や快楽に耐えているから、その意思とは関係なく『救世主』としての力を彼らは行使できるのだ。

「しかし、なんという強靭な意志だ。鎧の呪縛にここまで耐えるとは……」
「白の主では、この鎧の呪縛に絶えられなかったと?」

 そんなロベリアの質問に、ダウニーはうなずいた。
 精神的な部分で白の主――当真未亜は優しすぎる。
 この世界自体に絶望でもさせなければ、きっと早々に精神崩壊を起こしていただろう。
 しかし、自分を襲う巨大な力と神の意志に抗ってきた彼の強すぎる意志が、結局のところ今の世界に災いをもたらすのだ。

「殺しの実感のない、つまらん話だ……」

 殺人快楽者のシェザルは、不満げな声とともに『救世主』を一瞥する。
 人の命を奪うことに、快感を感じる。
 彼の纏っている衣装の中には、そのためのありとあらゆる暗器、武器、兵器が納まっているのだ。
 とても、そうは見えないが。

「来るべき新世界では、お前の望むままに殺しの快楽を得ることもできようさ」
「だといいが……」
「へっ! そんなまだるっこしいことしなくても、俺が皆殺しにしてやるものをよ……」

 兵器など使わなくても。
 先ほど放った城塞の主砲が、ムドウにはお気に召さなかったらしい。
 拗ねたように口にして、鼻を鳴らした。

「……焦らずとも、必ず戦う機会はある。私の教え子たちは、きっとここにやってくる」

 そんなダウニーの説得にも近い言葉が、ムドウとシェザルへと向かっていた。
 2人とも、敵である救世主候補たちの中に、見知った顔を見つけていたのだ。
 過去の所業と因縁。
 それらが彼らの間をつないでおり、後にぶつかり合うことになる。

「それでは、同士諸君……世界を終わらせるその前に、まずは汚れたゴミ虫どもを駆除しようではないか」

 ダウニーは主幹として音頭を取り、『救世主』へと向き直ると。

「救世主よっ! この世界に住まう者どもに、等しく滅びを! 破滅の美しさをしらしめたまえっ!!」

 声高に叫んで見せた。
 それに呼応するように鎧は不気味な鳴動を発し、この世のものとは思えないような雄叫びを上げる。
 その雄叫びに同調するかのように、ガルガンチュワ全体が鼓動を打つ。

 どくん、どくん、どくん。

 ガルガンチュワを中心に暗雲が立ちこめ始め、次第に分厚く重苦しくなっていくそれは、瞬く間に世界全体を覆い尽くしたのだった。




「……………………フン」

 1人将たちの輪から外れていたオルドレイクはその光景を眺ると、小さく舌打ち、興味なさげに鼻を鳴らした。


 ……くだらん。
 世界などいくら滅ぼそうが、結果は同じだというのに。
 やはり、我が自ら行動を起こさねばならぬようだな。

 ……

 しかし、今はまだその刻(とき)ではない。
 利用できるものはすべて利用し尽くし、世界の全てを我が手中へと納めて見せよう……



Duel Savior -Outsider-     Act.68



「暗くなってきたな……まだそのような時間ではあるまいに……」

 学園長室から見える光景は、とても昼間のものではなかった。
 空には分厚い黒雲が浮かび、太陽の強い光すら少しも通さない。
 まるで、昼夜が逆転したかのようにも錯覚させられる。

「それはさておき……さて、話は聞いた」
「すみません……俺の……俺のせいで……」

 普段の彼らしからぬ、神妙な表情。
 命令に背いていながらも何もできなかった弱い自分に嫌悪しているようにも見えた。
 彼――セルビウム・ボルトは、地下で自身が見て聞いてきたことの顛末を、すべて話して聞かせていた。

 大河がナナシのねぐら……地下墓地で1つのロザリオを見つけてきたこと。
 奥へ向かうたびに出てくる亡霊の数は増し、大河、セル、ダウニーで力を合わせて戦い抜いてきたこと。
 目的地である『救世主の鎧』までたどりついたところで知らされた、ダウニーの正体。
 自分が弱いばかりに、大河が鎧を着てしまったこと。
 そして、大河のトレイターが自分の前まで飛来したかと思ったら、この場へ投げ出されたこと。

 彼にとっては自身の弱さを実感した出来事だったが、目の前に立つクレアやミュリエルからすればそれは貴重な情報であり大きな土産でもあった。

「そのロザリオは、かつての私の友の持ち物……これでルビナスが復活できるっ!」
「ルビナスって、千年前の……」

 ルビナス・フローリアス。
 千年前のメサイアパーティの一員で、先代の赤の主。
 彼女は自らの肉体を犠牲にして救世主戦争を終結させるために、自らの魂と記憶を分けて、ロベリアを封印したのだ。

「これはルビナスの記憶のロザリオ……千年前に見たときのままだわ」

 材質が金属でも、時間の経過は材料そのものを劣化させる。
 千年という長い月日でありながらも、原型を留めていることはおろか傷1つないのは、彼女の得意としていた錬金術の影響だろう。
 ミュリエルはナナシを手招きし、ひょこひょこ歩み寄るナナシの首にロザリオをかけた。

「わ〜、これナナシがもらっていいですの〜? わあ〜い、わあ〜い」
「そうよ……この中にはあなたの全てが入っているの」

 ロザリオを手で弄りながら、ナナシは満面の笑みを浮かべる。
 反対に、ミュリエルはある術の詠唱に入っていた。
 それはナナシ――ルビナスの魂と記憶を暫定的に統合させるもの。

「オーム……イル……マハー……」

 ミュリエルの魔力を受けてロザリオは光を帯び、その輝きは次第に増していった。
 あっという間にその光は室内を覆い尽くし、全員が光を遮断しようと自らの顔を腕で覆ったのだが。

「……うっ!」

 一瞬、ナナシの苦しげな表情が浮かぶが、次の瞬間にはそれは消え去り、面を上げると。

「お久しぶりね、ミュリエル」

 にっこりと微笑んだ千年前の赤の主だった。







『で、どーすんだよお前は』

 辺りが暗くなり、事は着々と進行しているというのに。
 目の前の同じ顔をした青年2人は、向かい合っていた。
 どす黒い雲に青い空が覆われて、今にも雨とか降りそうな勢いだ。
 そして。

「…………」

 うつむく青年――を見て、同じ顔だが少々身体が透けている青年――裏のはメンドくさいといわんばかりに頭を掻いた。
 どうするんだ、と聞かれても、無力を認めてしまったにはどうしようもない。
 動いたところで、意味をなさないのだから。

『今のお前、簡単に身体奪ってやれるぞ。……ん?』

 どうなんだよ、と一言付け加える。
 答えを返してくれなければ、会話など成り立たない。
 放ったボールを無視して、ボールだけが遠くへ飛んでいってしまうようなものなのだから。

『ったく、この俺様がここまでまったり言ってやってんのに、だんまり決め込む気かよ』

 口調の荒い裏のの言動にも反応をしない
 ふらりと身体が揺れると、力を失ったかのようにどさりと座り込み、背を壁に預けた。

「……どうせ俺が出て行っても、意味なんかないから」

 だから、行かない。
 意味がないなら、行く必要はない。
 みんなを守れる盾を持っていたのに、敵の主砲が発射されたのをただ見ていることしかできなかった。
 瓦礫と化したこの街で救いを待っている人々を癒すことすら、自分にはできなかった。
 召喚器があったときは、たやすく使えたのだ。
 なのにそれがなくなった途端、はただの破壊者へと成り下がる。
 リィンバウムでは『エルゴの守護者(代行)』なんていう重苦しい役職を持っていたにしても、それは彼の力を評価してのこと。

 ……所詮この身は、一介の召喚獣に過ぎないのだ。

『それが……お前の“答え”か』
「…………」

 無言でうなずいた。
 裏のは大きくため息を吐くと、

『……拍子抜けだな』

 強く睨みつけた。
 真っ直ぐにうなだれたを睨みつけ、ぎりりと歯噛んでさえも見せる。

『覚悟、決めたんじゃなかったのかよ……?』

 怒気すら帯びている、彼の声色。

『戦うときは戦う。倒すときは倒す。殺すときは躊躇なく殺す……? バカじゃねえのか』

 そう口にした瞬間。
 裏のは透けているにも関わらずの襟元を掴み引き寄せると、怒りのこもった視線を突き刺した。
 真紅の瞳には激情が渦巻き、一直線にの瞳を見つめていた。

『全然覚悟してねえから……そんなふうになっちまうんだ……!!』

 自然と声が荒くなっていく。

 戦うときは戦う。
 倒すときは倒す。
 殺すときは躊躇なく殺す。
 これらはすべて『自身にできる最低限のこと』なのだ。
 戦闘となれば刀を煌かせて戦場を駆け、全力で敵を打倒する。
 殺す必要性があるのなら、ヘタな感情は邪魔になる。
 これらを行っていくことで、自身にできることを自覚する。
 それがわかっていないから、今のような状況になってしまうのだ。

『いいか、お前にできることは一つだけだ。それは守ることでも、癒すことでもねぇ』

 今の彼にできること。
 持てる力を最大限に活用し、逆境をも覆し、戦い抜く。
 その力とは……

『お前にできるのは、“壊す”ことだ。それ以外の考えなんか捨てちまえ!!』

 それは、まるで失意に堕ちているを説得するかのようだった。
 あくまで感情的に。
 あくまで自分は脇役に徹する。
 『裏の自分』として事の全てを見てきた彼にとっては、とても考えられない行動だった。

『真に破滅をもたらせる力を、お前は持ってるだろが。だったら、その力を以って破滅を滅ぼして見せろ……っ!!』

 破滅を滅ぼすのは『破滅』。
 それは以前の講義でも話題として上がった言葉だった。
 世界の滅びを願う『破滅』という名の軍勢を、どうして打倒できようか。

『お前は“何”だ!? 人間か!? ……違うだろう!!』

 エルゴの守護者(代行)にして、リィンバウムでも五指に数えられるほどの剣士。
 天性の巻き込まれ体質を持つ、名もなき世界の召喚獣。

『お前は“壊す者”だ。お前の願うままに力を振るえばそれでいい!!』

 “壊すこと”は、上手く立ち回れば転じて“守る”事へとつながっていく。
 激昂している裏のは気づきもしないが、はその言葉をそう捉えていた。
 自分にできることを。
 確かに自分は常にそう考えて、行動を起こしてきた。
 でも、それはつい先刻の砲撃で、思い知らされた。

 『できること』だけでは、ダメだ。しなければならないと。

 今までにない圧倒的な力の奔流。
 リィンバウムでも感じたことのない……魔王やメルギトスよりもよっぽど巨大な力だった。

 そんなものに立ち向かって、自分に何の得がある?

 …………

 得など、ない。

『お前が折れれば、リィンバウムの連中もみんないなくなっちまうんだぞ!!』
「っ!!」

 その一言は、の胸を抉るように深く突き刺さった。

 ……そうだった。
 今自分を取り巻いている仲間たちが負けてしまえば、この世界も、リィンバウムも。
 果てにはかつての友人たちが住まう『地球』という世界も、すべてが消えてなくなってしまう。




 ……君の肩に、リィンバウムの全てがかかっている。絶対に……負けるな。



 ……ハサハたちのところに、ちゃんと…帰ってきてね?



 ……無理…しないでね?




 今までに自分が召喚した面々の一言が浮かんでは消える。

『自分にできる最善をしてみろ! それが、お前の強さに繋がってんだからよ』

 目には見えないけど、守りたい。
 思い描く場所には確かに、仲間たちが存在しているのだから――― 



















「ん……記憶の統合完了」

 あらあら、まあまあ……

 ルビナスはうっすらと目を開くと、ぽっ、と頬を赤らめた。
 今の彼女――ルビナスの記憶と、今まで身体を使っていたナナシの記憶。
 その2つの記憶を統合したのだ。
 そうしなければ、混乱が生じてなにが起こるかわかったものじゃないから。

「ナ、ナナシとしての記憶……」
「もしかして……あの日の……詳細って……」
「…………ぽ」

 ルビナスは赤い顔をそのままににっこりと笑みを浮かべ、救世主候補たちを臨んだ。

「一体なんのこと? ルビナス」




 あの日というのがどの日なのかは、推して知るべし。







夢主説得&ルビナス初登場。
ま、外見はナナシそのものですけどね。


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