千年前。
 “破滅”と呼ばれる怪物たちが、アヴァターのあちらこちらに出没し、人々の間に不安が広がっていた。
 それは今も同様で、召喚されたモンスターの存在によって人々は不安にさいなまれ、『伝説』に縋るしかなかったのだ。
 『導きの書を手にした者が救世主となり、世界を救う』という一節を持つ、救世主伝説。
 それを信じて、旅をしていた少女たちがいた。

 魔術師ミュリエル、錬金術師ルビナス、王女アルストロメリア、暗黒騎士ロベリア。
 そして、次元の彼方へと消えた剣士ソニアと、パーティ内で唯一の男性救世主候補である召喚師ハイネル。
 伝説の救世主は女性だったということから、最初は女性だけで組まれていた“メサイアパーティ”。
 しかし、旅の途中で行き倒れていた男性を介抱したことで、彼が女性たちを守ろうとモンスターに立ちはだかり、召喚器を得た。
 それから、“メサイアパーティ”は全部で6人となっていた。
 彼女たちは未開の地を旅して、強大な敵と戦い、互いの友情を深め合い、愛すらも育んだ。
 そして、みなの力を合わせて、とうとう『導きの書』へとたどり着いた。
 しかし……その書に書かれていた内容を原因として、彼女たちの道は、大きく分かたれることとなる。

 書にはこの世界の成り立ちと、問題点が書かれていた。
 世界を救うと謳われていた救世主は、その問題に終止符を打つために世界の在り方を選ぶ者。
 支配因果律の力を持つ『白の理』と、命と命の間にある力である『赤の理』。
 それぞれを統べる書の精であるイムニティとオルタラと遭遇し、聞かされた。
 赤と白。
 両方の書の精に主と選ばれた者が、救世主へとなりえることを。
 千年前は、双方の選んだ主が別々の人物だった。この場合……救世主となるには相手の主を殺して書の精を奪うか、相手の書の精そのものを殺して支配力をなくすという、2つの方法しかあり得ない。
 つまり、互いに殺しあうことしか、その方法はなかったのだ。
 そうまでして救世主となった者には、さらに過酷な選択を迫られることとなる。
 それは……


「今の世界を終わらせて、新しい世界を作るにあたり、その世界の理を決める……」

 白か、赤か。

 ミュリエルはそこまでを口にして、一度話を切ったのだった



Duel Savior -Outsider-     Act.67



「新しい世界……それは『今いる人々が暮らす新しい世界』のことではなく……」
「まさか……」

 リリィは頭をよぎった最悪のシナリオに、瞠目する。
 救世主とは、世界を救う者。
 『世界を救う』というその一言を捻じ曲げることで、神の代理人とも呼ぶことができる者。
 なすべきことは、世界の終焉と新世界の創造。
 赤を選ぼうが白を選ぼうがどちらにしても、世界は破滅することとなるのだ。

「今更、お前が偽りを語るとは思えぬ……それが……」

 救世主伝説の真実だというのか……

 クレアは目を伏せて、吐き出すようにそう口にした。

「じゃ、じゃあ……今までも、何度かこの世界は滅亡して、作り替えられてきたと言うのですか?」

 そんなベリオの質問に、ミュリエルは首を横に振った。
 今の話から、千年に一度の破滅の襲来は救世主によって『救われ』、自分たちは何度目かの新たな世界の住人だと考えるのが普通といえる。
 そうならなかったのは、歴代の救世主たちが試練に耐えかねて、自ら命を絶っていたからだった。

「時間と共に記憶は薄れていく……」

 激しい戦いの記録のみが残り、都合の悪い結果は切り落とされて。

「薄れた記憶は、人々の願望と結びついて……後の時代に伝わるわ」

 あるはずのない尾びれ背びれがつき、情報そのものが形を変える。

「永遠の破滅と戦いつづけることに絶望した人々が生み出した幻想……それが救世主伝説の真相」

 千年に一度訪れる破滅。
 その年は、まごうことなき『破滅の年』だった。
 戦って人が死に、真の救世主が現れれば世界中の人々が息絶える。

「初めから……私たちに勝利はなかったということなんですか……? お義母さま……」

 リリィのそんな言葉に、ミュリエルはその通りだと口にして、うなずいたのだった。


 真の救世主が誕生すれば、世界中の生命は終わりを告げる。
 しかし、それを回避する方法が1つだけあった。
 それは、世界を自分の理で作り替えるという救世主にのみ与えられた特典。
 その世界の構成員として名を連ねることができれば、死ぬことなく新たな世界を生きることができる。

「それが、破滅の将たちの狙いか……」

 なぜ、破滅の民……破滅の将が存在するのか。
 クレアの一言で、それが理解できていた。

「私も、アルストロメリアも……ルビナスも。そしてハイネルも許されないと思った……けれど、ロベリアだけは……」

 彼女だけは、現在の世界に見切りをつけて、白の理をもって世界を作り替える救世主となることを選んでいた。
 そして、世界中の記憶から抹消されたソニアは。
 激化する破滅軍との戦闘に勝利し、将の1人が所持していた『何か』を追って、転送門に消えていった。
 長剣の召喚器を操る金髪の少女は、その結晶状の塊を追いかけて、引きずり込まれてしまったのだ。
 千年たった今、破滅の襲来以外に起こった事件などもないことを考えると、その『何か』を見つけ出して対処したのだろう。

 白の理を得たロベリアを止めるためだけに、もう1人の資格者であるルビナス・フローリアスは、相対する赤の理を選んだ。
 新世界での生存を約束し、熱意を持って仲間たちを説得するロベリアとは反対に、彼女との決別を決めたルビナスは教会に篭もり、祈りを捧げていた。

 結果、ミュリエルとアルストロメリア、そしてハイネルは、ルビナスについた。
 
 彼女は、勝利も敗北も望んでいなかったから。
 負けても勝っても、現在の世界は滅ぶ。
 なら、『引き分け』てしまえばいい……

「だから、錬金術師ルビナスは……最後の手段をとりました。それは……」

 自らの身体と引き換えにロベリアを封印し、救世主としての資格のみを殺すこと。
 ネクロマンシーの力を持つロベリアを封じるために、自身の肉体を『器』とした。
 つまり今、破滅の将として名を連ねているロベリアという女性は、ルビナスの身体とロベリアの心を持った“ただの”暗黒騎士。
 ルビナスは、救世主としての資格のみを殺すことに、成功したのだ。

「その過程で、アルストロメリアと恋仲だったハイネル・コープスは、召喚器『サバイバー』を使役する影響で存在ごと消滅し、生き残ったのは私と、アルストロメリアだけでした」

 2人は、導きの書と古代兵器の封印のために、学園と王都を作り上げた。
 アルストロメリア・バーンフリートはもともとアヴァター王家の出身で、その力と破滅との戦いの功績を評価されて女王となった。
 そのときの都だったゼロの都から王都をアーグへと移して、地下深くへと魔道兵器を隠し、封印した。
 ミュリエル・アイスバーグは才能豊かで英明な人間を育てるための学園を設立した。
 正しき歴史を伝え、今でいうことの『救世主伝説』のような間違った答えを持たずに、人類が一丸となって破滅に対抗できるような体制を作る『つもりだった』。

 ことは、救世主戦争の終結から1年後。
 校舎の完成と、ルビナスの名前を借りた『フローリア学園』のこけら落としの式典の時。
 ミュリエル・アイスバーグは突然、この世界から姿を消した。
 次元間の揺り戻しの為に――

「これが、私の知る全てです」

 長い昔語りだった。
 千年という途方もない昔の、悲劇。
 6人の救世主候補のうち、4人が何らかの理由で犠牲、あるいは敵となってしまったのだから。

「なるほど、な……救世主は誕生させてはならない。そのための学園であったか」
「……はい」

 うつむき肯定するミュリエルに、クレアは笑いかけていた。

「確かに英雄にすがるのは容易で、人々の為にはならぬ。救世主の伝説も危険であろうし、また覚醒した救世主の真実もお前の語る通りであろう。しかし……」

 現代の救世主候補たちをゆっくりと流し見る。
 その瞳には強い光と期待が含まれていた。

「私は、それでも思うのだ。救世主とは、力なき人々を守るもの。他の者よりも少しだけ、大きな力と責任を、自ら引き受けてしまった尊い者なのだと」

 私は……私の『救世主たち』を……信じておる。

 クレアは再度、学園長室にいる皆を見渡し、目を細めたのだった。
 最初から関わっていなければ、戦うこともなかった。
 この世界に来てしまったから、過酷な運命と戦うことになってしまった。
 現状、王都は移動城塞の主砲によって壊滅しており、人々を守るはずの軍も、すでにない。
 しかし……

「我らには、救世主がいる。その想いゆえ、人々は過酷な現実に立ち向かうことができるのだ!」

 自分についてきてくれる。
 人々のために、戦ってくれる。
 それが義務でも、感情でも。

「この者たちは、私の救世主様じゃ。そうであろう?」

 クレアはそう口にすると、共に戦おう、と強く強くうなずいてみせたのだった。






「……時に、君は今どこに?」

 話だけならまだしも、これからの作戦には唯一戦闘を行えるの存在が不可欠だった。
 しかし、今この場に彼はいない。
 彼がいなければ、作戦を立てたところで間違いなく失敗に終わってしまうのだ。

「アイツは……」
「リリィどの?」

 の言葉を聞き入れたリリィが、口篭もる。
 「頼む」と自分を覗き込む彼の目には、悲しみや怒りといった感情よりも前に、他の何かが染み出してきているようだったから。
 今までになく弱々しい声と、自分に向く視線。

 ……耐え切れなかった。

 自分を負かしたあの男が、あのような状態になってしまうなど。

「アイツは……ッ、まだしばらくは戦えないと思います」

 こんなこと、言いたくない。
 認めたくない。
 でも、認めざるを得ない。

「今アイツは多分、迷っているんです、きっと……」

 彼女はよくは知らない。聞いたこともない。
 でも、なにかを考えて、迷っている。
 それを払拭しない限り、戦うことなどできはしないのだ。

 自分が戦う理由や、存在意義。
 幼い頃に立てた、自身を戒めるための誓約。
 そして、強く感じた無力感。
 アヴァターへ来て、誰にも話したことのない彼のマイナスを、吹き飛ばさなければ。

「だから、そっと……しておいてあげてください」

 いつものリリィらしからぬ発言に、一同は目を丸めていたのだった。

「……ちょっと、何よその目は」
「いやだって、リリィがあんなこというなんて……」
「そうでござるな。いつもなら『ほっときゃいいのよ、あんなヤツ』とか言うはずでござるよ」
「リリィちゃん、カワイイですの〜」
「〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 シリアスな空気がぶち壊しだ。







 …………







『よォ相棒。どした、落ち込んでんじゃねえかよ』

 目の前には、『俺』がいた。
 同じ髪の色、服装。顔の輪郭。
 唯一違うのは真紅の瞳だった。
 彼は以前、『守護者』となるための試練として相対した、裏の自分だった。
 刀を持っていないのが、気になるが。
 あれきり音沙汰なかったから、どうなったのかと頭の片隅で思っていたりするわけだが。

「なんで……」
『知るかよ。気づいたら起こされたんだよ』

 あーめんどくせ、と頭をかきながら、大きくため息を吐く。
 周囲を見回せば、黒い要塞は浮かんでいるし、瓦礫も多い。
 ここが要塞の主砲によって破壊された王都だということは間違いないのだが。

「…………」

 目の前には、『裏の自分』がいた。
 本来、同時間軸上に同じ人間が2人存在するという事象はありえないはずなのだが。

『ったくよォ、俺はこんな重っ苦しい話に介入したくねェのによ』

 どーしてくれんだ、と裏の自分はを見た。
 身体は軽く透けており、奥の崩れた壁が見て取れる。
 どうやら、存在しているというよりは『映し出されている』と考えた方がいいのだろう。

 ……でも、誰が?

 それは、にも『裏の自分』にもわからない。












 今後の打開策を考えようとし、ミュリエルが1つの考えを口にしようとした瞬間。

『っ!?』
「なっ、なんでござるか!?」

 激しい閃光と共に、学園長室に光の球が現れた。

 光子結界。
 錬金術と、転送魔法。
 いったい誰が、と声をあげた、そのとき。
 光の球ははじけて、転げ落ちてきたのは傷だらけの1人の男と、一振りの大剣だった。

「こ……ここは……ぐっ!」
「ゼルビウムくんッ!?」

 男――セルビウム・ボルトは片手に大剣を、空いた手にロザリオを握りしめ、倒れこんでいた。
 血だまりが広がるほどにおびただしい出血。
 すぐに治療をしなければ、出血多量によって死に至ることだろう。

「今……今すぐに癒しをかけますから……っ! 酷い……」

 ベリオはセルの前にひざまずくと、精神を集中させる。
 淡い光が彼女とセルを包み込み、傷の治療を始めていた。

「傭兵科のセルビウム・ボルト……それにこれは……大河のトレイター! なんでっ……?」

 彼の握っていた大剣は、大河の召喚器であるトレイター。
 なぜそれがここにあるのかなど、目の前でうめくセル以外に、判るわけもなかった。

 出血が次第に止まっていき、「すまねぇ、すまねぇ」とただ呟きつづけていたのだが。

「セルビウムくん、しっかりしてっ!」
「……未亜……さん……?」

 未亜の声に気づいたのか、よろけながらもゆっくりと立ち上がった。
 大量に流れ出した血液が彼の体力を奪い、治りきっていない怪我が彼の表情に苦悶を宿す。
 それでも、セルは立っていた。

「ごめん……未亜さん……」
「セルビウムくん? 一体何が……」
「俺、大河についていったんだよ……例の鎧の……」

 そう、口にした瞬間。
 ミュリエルの表情に驚きが貼り付けられ、次第に険しい表情へと変わっていった。

「それでは、貴方は事の顛末を、その目で見てきたというのですねっ!?」
「は、はいっ!」
「任務を放棄して、勝手な行動を取ったことについての是非は問いません。何が起こったのか、細大漏らさず話すのです」
「は、はい……俺も良くはわからなかったんですが……」

 セルはゆっくりと、口ごもりつっかえながら、事の顛末を話し始めたのだった。






夢主まったくもって出てません。
少なすぎです、出番。
っていうか、出しようがありません。


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