瓦礫の山と化していた街から人々を引き連れて、、大河、リコの3人を除いた救世主クラス一行はフローリア学園へと足を踏み入れていた。
本来ならかなりの敷地を誇っているはずの学園も王都じゅうの人々で溢れかえり、普段とはまた違った喧騒に満ち満ちている。
「これは……大変でござるな……」
「この人たちが10倍に増えても、しばらく食べていけるだけの食料は備蓄してあるはずだけど」
そんなリリィの一言に、ベリオは知らなかった、という言葉を投げていた。
王家からの援助のほとんどを物資の貯蔵に回し、万が一の事態に対処できるようにする。
千年に一度という長いスパンで襲い掛かってくる『破滅』に備えてのことだった。
できることなら、このまま役に立たずにことを収束させたい。
リリィの義母である学園長の、ささやかな願いだった。
そんなシリアスな雰囲気と喧騒に包まれていた彼女たちを引き戻したのは、
「救世主候補のもなさぁ〜ん、学園長室まで来てくださぁ〜い」
場違いな上に底抜けに明るい学園の戦技科教師、ダリアの声だった。
「堂々と勝利宣言とは……舐められたものよな……」
目を閉じて湧き上がる怒りを堪えながら、ピンクの髪の王女は拳を強く握った。
鎧に取り込まれた大河と、破滅の将に囲まれ笑みを浮かべたダウニーの姿を目にしたときには、敵意よりも先に己の未熟さに呆れしまうばかり。
だからこそ過ぎたことをとやかく言うことに意味はなく、綺麗な眉をハの字にしうつむいた学園長――ミュリエルの謝罪をも途中で止めていた。
「爺、それで我が方の残存勢力は?」
「王都直属の師団は壊滅、各州の軍はおそらく40%は機能しているかと」
側に控えていた壮年の男性の答えに、王女――クレアは整った顔を歪めて見せた。
空に浮かぶ巨大な城塞に立ち向かうには、今いる勢力だけでは間違いなく勝ち目はない。
……というか、絶対無理。
それほどまでに、その巨大な質量と先の砲撃が彼女たちの考えを後手後手にまわしていた。
1つ幸いだったのが、魔道兵器による砲撃によって無限召喚されていたモンスターたちのほとんどが贄へと消えたこと。
10万の大軍は、王国側の魔道兵器レベリオンの在処を探るためだけに使われたものだったのだ。
の働きが、余りに無力。
たった2人で半分以上を屠って見せたときには、勝機すらも感じたものだが。
それも、今となっては彼方へと吹き飛んでしまっていた。
「それよりも、問題なのは……」
「救世主、ですね」
今までに類を見ない、真の救世主の覚醒をこの目に納めて。
しかもその救世主が破滅についていて。
信じきっていた伝説の全てを覆されていたのだが。
「みなさぁ〜ん、救世主候補のみなさんをお連れしましたぁ」
「ご苦労」
「みんな……無事で何より」
こちらにも、まだ希望は残っていた。
Duel Savior -Outsider- Act.66
まずは互いの生存を喜び、クレアは以前世話になった青年の姿がないことに気が付いていた。
召喚器を持たずにアヴァターへと舞い降りた、赤い瞳の剣士。
救世主候補たちの力を見極めるために学園の案内を頼んだときに、1人でモンスターの群れを蹴散らしてみせたその力に、頼もしさすらも感じたというのに。
「の姿が見当たらないが……」
「……アイツは……」
彼は今、闇の中に身を堕としていた―――
「…………」
瓦礫の街と化した王都の入り口付近。
は1人、崩れた建物の壁に寄りかかって、地べたに座り込んでいた。
以前の戦いで影響を受けた赤黒い瞳には、巨大な黒い城塞が映りこんでいて、動かない。
愛刀である絶風を軽く握りしめて身体の前に立てかけていて、微動だにすらしなかった。
もう、何も考えたくなかった。
自分に降りかかる脅威も目の前の城塞も。今まで住んでいた世界のことも。
そして、かけがえのないはずの仲間たちのことも。
自分が動いたところで、戦況は変わらない。
戦いに行くだけ、無駄。
無意味。
そんな言葉が反芻しては、消えていく。
誰一人として助けることもできず、癒すこともできず。
破壊の力を持っているのに、行動するヒマすらなくて。
「……っ」
やはり自分は無力なんだと。
それだけが頭の中を支配しきっていた。
ぎゅ、と黒塗りの鞘を握り締める。
…………わからなくなっていた。
なぜ、今まで必死になって戦っていたのか。戦ってこれたのか。
なぜ、戦おうと思ったのか。
なぜ、自分がここにいるのか。
それは、彼の根底の部分に関わる問題だった。
行動理念にして生き方……誓い。
今、それらが見えない重石となって、彼を押し潰してしまっていた。
「ガルガンチュワ、ですか?」
移動城塞ガルガンチュワ。
千年前の救世主戦争に使われていた、王城。
以前の王都……今のゼロの遺跡に、そんな巨大な建造物などなかった。
あんなものがあるなどとはわかりもしなかったのだが、それは地下深くに封印されていたのだという。
『移動城塞』という名の通り、宙に浮かんでいるかの城塞は古代アヴァター人の技術力の賜物。奇跡とも言える代物だった。
伝承にしか残っていなかった建造物。
クレアも、まさか存在するとは思ってもみなかったらしい。
「そして問題は、ガルガンチュワよりも、その中にあるもの……」
「神の座……か。どうするのだ? ミュリエル」
ガルガンチュワのエネルギー源となっている、『救世主』の座る玉座。
迸る救世主の力を吸い上げて、今も郊外に浮かんでいるのだ。
対策として、救世主候補たちによる内部からの破壊を提案する学園長だったが、「それは難しい」というリリィの一言で見事に打ち砕かれていた。
姿の見えないリコ・リスと、現状で唯一、破滅と戦えるはずの の不在。
本来なら彼もここにいるべきなのだが、事は早い展開で進んでしまっている。一時も待てない状況だった。
さらに、消えてしまった召喚器。
すべてが初めてのことでどう対処するべきなのか、まったくわからない。
「わかりません……一体、何が起こっているのか……」
「お主でもわからぬことがあるのか、ミュリエル・アイスバーグ」
狼狽する学園長を瞠目させたのは、クレアの一言だった。
今までずっと隠しとおしてきていた、『アイスバーグ』というファミリーネーム。
レベリオンの起動のために古い文献を漁っていたクレアが、偶然見つけたものだった。
フローリア学園設立の当事者にして千年前のメサイアパーティの1人だった女性……ミュリエル・アイスバーグ。
学園長の表情が、それが真実であると物語っているようだった。
義娘であるリリィは、元々異世界の住人。
破滅の完全な影響下におかれたその世界で、唯一生き残ったのが彼女だった。
なぜここにいるのかと問われれば、義母であるミュリエルに見出されて連れてこられたというのが公式の記録。
千年という長い時間を老いることなく過ごし、異世界にて少女の力を見出すには。
「ミュリエルは人間としては限界まで、その魔力を振るうことができる。次元間の移動ができるほどにな」
世界を飛び越える以外に、方法はない。
世界の移動……次元移動には莫大な魔力と、時間の不連続断面を超えていく必要がある。
つまり、幾度となく次元を渡っていくうちに、自らの身体に受ける時間経過よりも早く、外の時間が流れてしまったのだ。
時間の流れが違う竜宮城で過ごしている間に何十年も経っていたという、『浦島太郎現象』に近いものだと、解釈すればいいだろう。
「見事な推理です……クレシーダ王女。それでは、私が学園を設立した目的も……」
「わかっておる。しかし、今それをここで言うても仕方なかろう」
文献に記載されていたミュリエルの肖像画という糸口から、時間はかからず真実へたどり着いた。
しかし、それに気づいたのもつい先刻。
おかげで大河をむざむざ死地に追いやってしまった、とクレアは自嘲めいた笑みを浮かべた。
本来なら、鎧の破壊にはが行くはずだった。
しかし、彼はそれを自らの不調を理由に大河に押し付けていた。
まわりに動揺が走っている中で、冷静にことを見つめていた唯一の存在が、ミュリエルだった。
まるで彼が断ることがわかっていたかのように、だ。
その様子を見ていたからこそ……
「大河に渡したあの小瓶の中身はなんだ?」
クレアはそう口にしていた。
聖水という名の呪薬。
彼女自身、中身のことなど知るわけもなく。
大河に渡したただの小瓶、という認識ではあるものの、気になっていた。
そして、
「なぜ、それを大河に渡したのだ?」
「その問いに答えるには……千年前まで遡らなければなりません……」
ミュリエルは、静かに話し始めた。
自らの経験を。
世界中の誰もが知らない、たった一つの真実を。
……
千年前。
非公式ではあるものの、1人の救世主候補が用いていた召喚器。
それが今、彼が使っている召喚器『サバイバー』だった。
篭手という、とてもインテリジェンスウェポンとはいえないような装備だった上に、その担い手の存在自体が普通ではなかった。
担い手は、すでに死亡した身ながら事故という形で召喚され受肉した……1人の青年。
「お、男の人……だったんですか?」
ベリオの声が漏れる。
それはそうだ。本来、召喚器が使えるのは女性と決まっていたから。
つまり、史上初の男性救世主候補という肩書きは、大河のものではないということになるが。
「彼は……召喚器を持ちながら、救世主としての資格を持ち得なかったのです」
霊的な存在であることに加え、さらに。
「召喚器の過度使用により、この世界から消えてしまったのですから」
『!?』
衝撃的なことだった。
担い手に悪影響を及ぼす召喚器など、聞くことも知ることもなかったのだから。
全ては、仲間を守るためだった。
破滅との戦いが本格的に激しくなり、当時のメサイアパーティも戦闘に次ぐ戦闘で、心身共に疲れきっていた。
それでも戦うことをやめることなどできず、その力を振るってきたが、回を重ねるごとに危ない場面が出てきたのだ。
それらから身を呈して守っていたのが、彼だった。
蒼光を放つ魔法陣を展開し、強固な盾を形成するその召喚器を用いて。
結果、彼はその存在ごと……姿と彼と関わった者のすべての記憶がまとめて忽然と消えうせた。
「皆……もちろん私も、彼のことを覚えてはいませんでした」
「なんだと……?」
サバイバーという召喚器は、使用者の『存在』を喰らって力を行使する。
生き抜く者、という名前はその担い手ではなく、召喚器本体を生き延びさせることへとつながっていたのだ。
ミュリエルがなぜそれを知っているのかというと、それは自身を次元跳躍させたことによる副作用だった。
推測にしか過ぎないのだが実際、前回の救世主戦争が終わった後、不自然な部分が多くあったのだ。
知らないはずなのに、胸にぽっかりと穴が開いているような。
そんな違和感すらも感じていた。
その部分を補ったのが、次元移動による時間の不連続断面を超えた結果だった。
「この世界で、彼のことを必死になって調べましたが……古い文献にも、名前は載っていませんでした」
クレアもミュリエルの肖像画を見ているなら、近くにあってもいいはずだ。
いなくなった青年のそれも。
しかし、そのようなものは存在しなかった。
当時のメサイアパーティは、全部で6人。
破滅との戦いによって人々の記憶から抹消された『5人目』と、本来なら存在するはずの『6人目』のことは、一切書かれていなかった。
「……その者の名を、聞いてもよいか?」
そんなクレアの声に、学園長は間を空けつつ軽くうなずいて。
「ハイネル・コープス」
その名を告げた。
そして、最初の疑問である大河に小瓶を渡した理由。
それはの持っていた召喚器の能力と副作用を、知っていたからだった。
もしそのまま彼を地下へ行かせていたら、度重なる戦闘で召喚器の力を行使し、消えてくれる。
つまり、今回の救世主戦争の終結を見るならばその力を使わぬようにするしかなかったのだ。
存在がなくなることを起因とした身体の不調。
さらに、大河は赤の主。
救世主に一番近い存在である彼だからこそ、彼女は。
「彼の存在を、なくしたかったのです」
小瓶の中身は石化の呪薬。
真の救世主を覚醒させないためにとった、最善であり最悪な方策だった。
魔法の授業が落第点に近かった彼だからこそ、『自身の身体にふりかける聖水』と教えても違和感を覚えないだろうと。
その言葉に激昂したのはもちろん彼の妹である未亜だったが、クレアが「きっと帰ってくる。今は、街の……ひいては世界のために、その力を振るってくれ」という言葉でなだめていた。
「王女……それで私の処置はいかがなさいます? 王家に対する背信……そして救世主の抹殺を企んだ裏切り者として、処刑なさいますか?」
「ふむ、その前に。まずは教えてもらえぬか? がいないのが少々心残りではあるが、今この場で聞かねばなるまい」
千年前、救世主と破滅の戦いで何が起こったのか。
真実を。
「わかりました。お話しましょう……私が知るすべてを……」
ミュリエルは小さくうなずくと、静かに語り始めたのだった。
はいすいませんごめんなさいごめんなさい。
ハイネル名前だけ登場。クロスっぽくないですね。
ちょっと無理ありすぎました。でも、出したかったかな、なんて部分があったり。
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