『コノ世界モ……マタ……不完全……』

 その言葉は、大河の頭の中をかき乱していた。
 異質な、明らかに人ではない、強い意志。

 一斉に流れ込んでくる巨大な力。
 例えるなら……そう。巨大な津波だ。
 万年に一度のビッグウェーブのように、巨大な力の塊が押し込まれる。

『コトワリヲエラブガイイ……救世主……我が意思ノ代行者ヨ……』

 イヤだっ……イヤだっ……イヤだぁっ!!

 神の意志の代行者。
 つまるところ、救世主というのは神の手駒というわけだ。
 ダウニーたちのいうこともあながち、ウソじゃないのかもしれないと、大河は一瞬そう思っていた。

 ……すでに、心はズタズタだ。
 ちっぽけな『人』では、この意思を前にしては抗うことなど、できはしない。
 そう、確信した。

『サア、救世主ヨ……滅ビノ形ヲエラブガイイ……ソシテ、コノ不完全ナ世界ノ浄化ヲ……全テヲケシサルノダ……』

 エラバレシモノヨ……

 心は削り取られ、意識が飛びかける。
 救世主は、救世主じゃない……ただの破壊者だ。


 もう、だめか……


 あきらめかけた、そのときだった。


『私が力を貸しましょう……心を強く……強く持って。この力に勝つことはできずとも、あるいは……』



Duel Savior -Outsider-     Act.65



(ここは……一体何が?)

 大河は、暗闇の中にたたずんでいた。
 何も見えず、何も感じず。
 ただ、声だけが聞こえていた。

(貴方の魂を守っているの……)

 それは、トーンの高い女性の声だった。
 以前夢に出てきたものと、同じような声。

(魂を……守る? あんたが? ってあんた一体誰だよ?)
(私はルビナス……貴方の味方よ。そして貴方は死んではいないわ)

 ルビナスと名乗った声は、現在の状況を立て続けに説明して見せた。
 まず、彼女は敵ではないということ。
 今の状態のままでは、鎧に魂を消滅させられてしまうこと。
 救世主という名前の破壊者になってしまうこと。

 それらから守るために、彼女が大河の魂を守る壁になっていること。

(意識を集中して……心で見るの。見えるはずよ……)

 トレイターと、鎧の台座が見える。
 少し離れたところにはダウニーが立ち尽くし、勝利を確信した笑みを見せている。
 と、

「む?」

 突然、地面が大きく揺れ動く。
 救世主の鎧が主を得たことで、封印が解けたからだ。
 今にこの空間は、膨大な量の地面に押しつぶされようとしているのだ。

「行くぞ、ここにもう用はない」

 ダウニーは踵を返し、自分たちが入ってきた入り口へと向かっていく。

「このような策を弄せずとも、白の主の覚醒を促せば……」

 そうできれば、一番だった。
 しかし、白の主は……当真未亜は優しすぎる。
 自ら心を壊さない限り、救世主とはなり得ない。
 そうダウニーは口にした。

『おお……うおおおおおっっ!!』

 鎧に包まれた大河の身体が、彼とは思えないほどの雄叫びを上げた。
 神の力が……その意思が、鎧を通じて大河の身体へと流れ込んでいるのだ。
 彼の意思とは関係なく、身体は動いてしまう。
 大河と、ルビナス。2人分の魂の力を合わせて、ようやく抵抗できるほどに強大な力だった。

「こ、これは……私の身体が、消えていくっ!?」

 そして、真の救世主が誕生することで、書の精の仕事は終わり。
 いまだかつてなかったこと。
 だからこそ、書の精もこの先どうなっていくのかを、知らない。

「白の精霊よ、お前でも驚くことがあるのかね?」
「そんなバカなッ! では赤の主が真の救世主になったと……しかし、これはっ」

 この鎧は怨念がしみついた鎧ではなく、救世主を真の救世主たらしめんとする鎧だったのだ。
 やがてイムニティは小さな叫び声を上げて掻き消える。
 その場所には1冊の本が落ちているだけだった。
 同時に、もう1冊。
 先にあった白い本と、後から現れた赤い本。
 それぞれがイムニティ、リコを指し示していた。

(オルタラ……リコも吸収されたのね……)
(今の本がリコだってのか? おい、なんで黙って見てんだよっ!!)
(チャンスを待ちましょう……)
(あんた、一体何なんだ……何者なんだよっ!!)
(私はルビナス。千年前の救世主候補にして、赤の主だったもの)

 それは、驚愕だった。
 先代の赤の主が今、こうして自分と一緒にいるのだから。
 魔法を使えば、そんなことも可能なのか?
 なんて、思ったりもする。
 そこまでに、あり得ない話なのだ。

「大河……大河ァ―――ッ!」

 悲痛な叫び声を上げているのはセルだった。
 身体中から血を流し、それでも彼は叫びつづけている。
 大河が聞いていることを願って。

「この者はいかがします?」
「殺してしまえばいい」

 そう口にしたのはシェザルだった。
 ムドウは大河の戦斧が思い切り刺さっていたはずなのだが、すごい回復力だ。
 立ち上がってみると、腹部から横一線に傷跡ができていた。

「いずれは死すべき運命。ここで命を断つのも慈悲か」
「くそ、くそぉッ!!」

 言葉は届かず、助けも来ない。
 セルは、己の無力さに腹を立ててか、地面を力の限り殴りつけていた。

(やばいっ! このあっまじゃセルが……セルがッ!)

 助けたい。
 親友を、仲間を。
 でも、今の自分に何ができる?
 考えたところで、答えは出ない。
 そんな中、

(彼を助ける方法が、ひとつだけあるわ……でもそれを行うと、貴方は地獄の苦しみを味わうことになる)

 ルビナスが、1つ言葉をこぼしていた。
 苦しいくらいなんだ。そのくらい、我慢できる。
 そう口にしようとしたのだが、それはルビナスから立て続けに発された言葉によって阻まれていた。

 大河が自分の意思を手放すと同時に、世界は終わってしまうというその言葉。
 セルの命と、この数多の世界の人々の命を、天秤にかけろといっているようなものだった。

(……へっ、この俺が……負けるわけねぇだろ……)

 その言葉からこの意思は動かないだろうな、とルビナスは諦めたのだろう。

(身体は……動かせる?)

 そう告げていた。
 大河の身体は、今上半身を突き出している。
 鎧に侵食されつつも、自身の身体はまだ少しは動く。

 大河が入り口で手に入れたロザリオは、ルビナスの持ち物だった。
 何らかの事件によって、そうせざるを得なかったのだろう。
 彼女の意思が、そのロザリオに入り込んでいる状態だった。

 セルを助けるには、そのロザリオを召喚器と共にセルに渡す。

 それができれば、セルを安全なところまで送り届けることができるのだ。
 しかし、それは今の大河からルビナスの加護が途切れてしまうことを意味する。
 つまり、神の圧倒的な意志を、1人で耐え切らねばならないのだ。

(……迷ってるヒマなんぞあるかぁっ!!)

 大河は力の限り、

「ト……トレイタァ―――――ッ!!」

 声を上げた。
 すると、彼の眼前に浮かぶトレイターが具現した。
 まだ意思を保っていられるのか、とダウニーは驚愕していたが、そんなことは今どうでもいいことだった。

 一抹の希望をもったセルの声が聞こえるが、それも今はどうでもいい。
 今は……

(トレイター、聞こえるな。これを取って……セルのところへ……)

 首にかかったロザリオを口で取ると、トレイターは大河の意思を尊重するかのようにロザリオを掠め取り、セルの元へと飛来する。
 一本の銀光が軌跡を描き、セルの前で急停止。
 同時に彼の周りを結界が張り巡らされて……

「おい! 大河、大河!! たい……」

 この場から、姿を消し去ったのだった。



「ぐぅっ……!!」

 次の瞬間、ルビナスの守りを離れた大河の意志は、圧倒的と言える神の意思に晒された。
 襲いくる膨大な力の奔流。
 その巨大さに負けじと意識を保とうと抗う。
 身体も鎧の中に徐々に埋まり始め、意識も薄れてきてしまう。

(負けて……たまるか……ッ!)

 破滅軍と戦っているだろう仲間たちを思う。
 それこそが、今の彼の支えだ。
 ベリオの呆れ顔。
 カエデの明るさ。
 リコのやわらかい微笑み。
 リリィの怒りの表情。
 未亜のとびっきりの笑顔。
 そして、立場を同じくした……親友の声。
 すべてが、彼が意思を保つ要素だ。
 これらを、なくしてはいけない。
 こんな連中がいる世界を、なくしてはいけない。



(俺も頑張るからよォ……)



 消えようとする意識を引きとめる。
 その呼びかけは、皆を守ってくれる存在へ向けたもの。
 きっと、みんなを守ってくれると。



(信じてるぜ、




 頭の中でそう告げる。
 神の意志に抗おうと、歯を食いしばったのだった。







ルビナス登場&完全に原作そのまま第3弾。
とりあえず、大河編はこれで終わりです。
次回からは、再び夢主ルートへ戻ることになります。


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