「こ、こいつは……」

 『救世主の鎧』破壊の任を受けた当真大河一行は、ナナシのねぐらである『開かずの扉』から中へと突入していた。
 もちろん、ここに至るまでにも何度かモンスターに襲われてきたわけだけど。
 入り口でかすかな魔力を感じて綺麗なロザリオを拾ったり、いざ突入してみるとそこは怨念の溜まり場だったり。
 とまあ、妙な雰囲気の漂った遺跡に、今は位置している。

「……残留思念が実体化しかけている……これは?」
「うわっ! い、今なんか触ったぞ!?」

 ごつごつした岩が剥き出しになっており、底が見えないほどに深い奈落の谷を挟んだ先には黄金に光る建物がいくつか建っているが、そこへ行く手段はまったくといっていいほどなくて。
 道なりに進む以外に方法はとれずにいた。
 ダウニーの言っていた残留思念というのは、つまるところの幽霊。
 救世主の鎧破壊の任を請け負った歴代の救世主候補たちや、モンスターに殺された人々の未練の思念なのだろう。
 風切り音のほかに、かすかにうなり声さえも聞こえているのがさらに恐怖を引き立てる。

「この遺跡で死んだ人たちの怨念かもしれませんね」
「剣で斬れない相手ってのはダメなんだよ、俺はっ!」
「ごもっとも……」

 セルの上げた声に同意する大河だった。
 今まで必死になって戦ってきたとはいえ、手に持っているトレイターで斬れないものと戦うなど、怖いことこの上ない。
 自分の身に、なにが起こるのかすらわからないのだから。

 『導きの書』と同等、あるいはそれ以上の封印をさせられた状態におかれているということは、その実力は折り紙つきなのだろう。
 そこへ達するための道のりも、まだまだ遠く険しい。
 さらに敵が襲ってくる危険性すらある。

「慎重に行こうぜ。なにがあるか分かったもんじゃねえからな」
「そうですね、細心の注意を払いながら進みましょう」

 そんな会話を最後に、3人は神経をこれでもかというくらいに尖らせて、閉鎖空間独特の湿っぽい匂いの染み付いた洞窟を下へ下へと進んでいった。



Duel Savior -Outsider-     Act.62



「誰かに見られてるみたいだぜ」
「……かもな」

 破滅の将たちも、鎧を狙っているという話。
 自分たちに先行してこの遺跡に足を踏み入れていてもおかしくはない。
 張り詰めた空気の中で、

「な、なんか動いたぞ、おいっ!」

 叫んだのはセルだった。
 背筋をぞくりとした感覚が走り抜け、空気が震える。
 すると、次の瞬間。

『オオォォォオオオォオォ……』

 天井、壁、空中、遺跡の影。
 あらゆる所から、アンデッド軍団が這い出してきていた。
 それはもう、わらわらわらわらと。
 が見たら卒倒するだろうな、と内心で苦笑しつつ、大河はトレイターを構えたのだった。

『カラダァ……』
『体ァ……』
『温カイ……体ヲヨコセェ……』

 アンデッドたちは、口々にそう叫んで近づいてきている。
 速度こそ遅いものの、これはこれで怖すぎる。

 ……やっぱり、が来なくてよかったかも。
 だって、もしこないだみたいにキレられでもしたら、まとめて生き埋めにされかねないからな。

「当真君、援護するっ!」

 ダウニーがいち早く魔術の詠唱態勢に入ったのだった。




 …………




 ……




 …




 アンデッドを退け、一緒に出てきたモンスターをぶっ飛ばし、以前戦っ村長に化けていたモンスターを倒して、先へと進みだす。

 傷はほとんどない。
 召喚されたばかりの頃と比べると、ずいぶん強くなったもんだ。
 そんなことを思いつつ、暗がりを抜ける。

「しかし、どこまで続いてるんだ……この遺跡?」
「巨大であることは間違いないですね。大きさとしては、1つの街にも匹敵します」
「まぁ、携帯の食料も水もあるし、餓死する心配だけはないっすよ」

 苦笑。
 戦闘に次ぐ戦闘で、体力も限界に近かった。
 無論、それは召喚器をもたない2人が主だったわけだけど。
 召喚器は使用者の身体能力を向上させる効果があるらしいので、大河はまだまだ戦えそうだったが。

「じゃ、ちょっと休憩にしようか」

 2人の状態を鑑みて、そう告げた。


 ダウニーが魔術で炎を灯すと、それを地面へ。
 即席の焚き火だった。
 火を囲うように大河とセルが腰を下ろし、あらかじめ用意しておいた食料の封をあける。

「危険じゃないのか……ですか?」

 普段使い慣れない言葉遣い。
 いつもの荒っぽい言動に取ってつけたような敬語だが、尋ねられたダウニーは特に気にする風でもなく。

「簡易ながら結界を張ってあります。怨霊程度では入ってこれませんよ」

 そう答えを返していた。
 さすが先生とでも言うべきかとも思ったが、魔法の類はさっぱりだ。

「いや〜、俺にはさっぱりです……む、うまい!」

 干した肉と小麦粉を練ったものだという食料に手を伸ばし、口に放りこんだ。

「よくこんな場所でガンガン食えるなぁ」
「バカ。食えるときに食っとかないと、いざって時に力でねぇだろ」
「当真君の言う通りですね。セルビウム君、頑張って食べてください」

 うげ、と一瞬イヤそうな顔をしつつも、しぶしぶ食料に手を伸ばす。
 しみじみと魔法関係が苦手だな、とダウニーは口にすると、話題がそちらへと傾いていく。
 実は落ちこぼれだったけど実戦では最優秀だとか、彼の覚えの悪さには他の先生方も嘆いていたとか。
 大河のセルの掛け合いにダウニーが介入し、あきれたように笑って見せた。

「しかし、当真君には驚くことばかりですね……これは君にも言えることですが」

 本来は女性にしか扱えないはずの召喚器を使いこなし、連戦を重ねた上で候補たちの中心的存在にまでなっていること。
 召喚のされ方自体が普通じゃなかった彼が、ここまで成長するとは、ダウニーも思っていなかったらしい。
 ちなみに、彼は未亜のオマケとして召喚されたのだ。
 いつものようにアルバイトへ行こうとしていたところで、以前まで働いていたコンビニで万引きしようとしている少年たちを発見。
 逃げられて、本を戻そうとしたところで、リコの赤い本を未亜が見つけたのだ。
 その瞬間に召喚の光が発されて2人してアヴァターへ、というわけだ。

「君と未亜さんを見ていると、私も昔を思い出しますよ」

 妹がいて、彼を信頼してついて回るような。
 大河と未亜のような関係だった。
 2人のいた世界のように、無数にある国々の中で戦争はあったにしても、そのニュースを見て気の毒そうにするだけ。
 そんな平和な国に、彼らは住んでいた。
 命の危険を感じることなく、生きていけた場所だった。

「それから……」
「?」
君は今回の任務、どうして辞退したのか……聞いていますか?」

 そんな話題にダウニーが変えていた。
 彼―― が今回の鎧破壊の任を辞退した理由。
 それは、彼の持つ召喚器による影響だった。
 その能力を行使するたびに、自分の身体が消えかける。
 それを聞いていたのは、

「アイツ自身も、よくわからないって言ってたっすよ」

 セルだった。
 魔法的な力にめっぽう弱いこと。
 近いうちに、彼はこの世界から消えてしまうということ。
 この2点が、任務を辞退した理由だった。

「召喚器が術者に悪影響を……そんな話、聞いたことがない」
「あの野郎、そんな大事なこと黙ってたのかよ」

 もてあそんでいた乳白色の石をぎゅ、と握りしめる。
 なぜ話してくれなかったのだろう、と思う。
 仲間として、なにかできるかもしれないと。

「話してどうにかなる問題なら、彼は1人で解決していたでしょう」

 身体的にも精神的にも、彼は強い人間だった。
 元いた世界――リィンバウムでどのような体験をしてきたのかもわからないが、彼には先を見据えた言動が多かった。
 任務の辞退然り、大河の持っている石然り。
 味方の中で唯一、先の一戦で虐殺の限りを尽くしていた破滅の将の1人である大召喚師と対等に渡り合える存在。
 自分の身に降りかかった事態のたいていが、1人で解決できたのだろう。

「ですが、それだけ彼は貴方がたに迷惑をかけたくないと考えているのですよ……仲間として」
「ダウニー先生……」

 対して交流もなかったというのに、こうまで言い切れる彼は、ある意味では教師の鑑といえるだろう。
 皮肉めいた言動のせいで、生徒たちから煙たがられていたのも確かなのだが。
 実際、大河も毛嫌いしていたクチだ。

「彼は今までに、どのような体験をしてきたのでしょうね……」

 彼の力は、王国軍にとってもとても大きいもの。
 敵でなくてよかった、と思う人間が、何人もいたところで驚きはしないだろう。
 救世主候補になるための試験で召喚器を使うことなくゴーレムを斬り刻み、アヴァターには存在しない『召喚術』を使いこなす青年。
 彼を含めた救世主候補たちの存在がどれだけ人々に希望を与えているのか、計り知れない。

「さて、そろそろ行きましょうか。まだ先は長そうですよ」
「おう! 俺はもう元気いっぱいだぜっ!」
「よし、気合入れていこうっ!」

 立ち上がり、再び歩き始めたのだった。







大河編第1弾でした。
登場人物は、大河とセルとダウニーのみという少なさです。
しかも、げんさくそのまま。
これ、ちょっとヤバいんじゃないですかね?
色んな意味で。


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