義母への呼びかけにも応答せず、まさかと地面にへたり込むリリィを諌め、王都の『あった』場所へと向かおうとしていた。
赤黒く焼け焦げた地面を踏みしめ、一同は無言で歩きつづけていたのだが。
『アヴァターに生きる者たちよ……』
その声に、全員が城塞へ向かって振り向いていた。
視線はその巨大な質量ではなく、さらにその上。
空に浮かんだ巨大な影に釘付けになっていた。
ムドウ、シェザル、ロベリア、イムニティ、オルドレイク……破滅の将。
そして、その5人の中央に位置する男性。
微笑を浮かべ、破滅の将に囲まれるように立っているのは。
「ダウニー先生っ!?」
つい昨日まで学園で教師をしていたはずのダウニーの姿だった。
『汝らの守護者であるバーンフリート王家は既になく、魔導兵器レベリオンも消滅した』
微笑を称えているダウニーの口から、無感動な言葉が流れ出てくる。
『そして、汝らが最後にすがりつく希望の縁である救世主も……っ』
その口調も、次第に荒くなっていく。
『我らと共にあるっ! 見よ、我らが救世主の姿をッ!!』
言葉と共に、浮かび上がる黄金の鎧。
巨大かつ無骨な鎧の半ば融合しているように取り込まれている、青年の姿が映し出されていた。
「あ……」
それは未亜にとっては肉親であり、救世主クラスにとっては仲間。
埋もれていくように消えていった彼は。
「お兄ちゃんっ!!」
『救世主の鎧』を破壊しに行ったはずの、当真大河だった。
Duel Savior -Outsider- Act.61
『我らは今ここに、勝利を宣言するっ! アヴァターの命運はすでに尽きた。最後の審判のその日まで、人よ……懺悔の時間を送るがいいっ!!』
ダウニーは最後にそう告げて、破滅の将とともに消えていった。
『……』
沈黙。
焼け焦げた木々の燃える音や吹き抜ける風の音が耳に届く。
「ダウニー先生は……破滅の将だったって、こと?」
ベリオが口にしたその言葉は、まるで全員の心境を語っているようだった。
学園での彼は、偽りだった。
来る破滅の時まで、稽古に励みながらものうのうと過ごしていた自分たちを、彼は内心であざ笑っていた。
「そう、なんでしょうね……あのヤロー」
ぐ、とリリィは拳を握り締める。
それ以上に、の纏っていた雰囲気が今までとはがらりと変わっていることに気づいたのは、弟子のカエデだった。
「お兄ちゃんが……お兄ちゃんが……」
未亜は空を見上げたまま、それだけを口にしている。
肉親が捕らわれ、破滅に荷担しているのだから、ショックなのも無理はない。
そんな中で、うつむいていたは顔を上げる。
「未亜……ごめん。俺が鎧を破壊に行ってれば、あんなことには……」
「師匠……」
こんなことなら、任務を受ければよかった。
何が起ころうと、自分がどうなろうとも、自分が行けばよかった。
後悔だけが先に立ち、その分だけ悔しさが募っていく。
彼を……大河を助けるには、どうすればいい?
召喚器もなく、巨大な力も使えず、ただ少し戦えるだけの自分に何ができる?
考えに、考えた。
今の自分にできること。戦うための力もほとんどなく、召喚術も使えない。そんな無力な自分にできること。
「……俺の持ってる力、全部使って……」
「君?」
ベリオの声も届かず、目の前の要塞を見上げる。
一歩前に進み出て、鞘から刀を抜き放った。
「ちょっと、何する気?」
「あんなもの、俺が斬り落としてやるっ!!」
未亜に対する負い目。
大河に対する罪の意識。
自分の所業に対する後悔。
それら全てが、に重くのしかかる。
少し休んで回復したエネルギーのすべてを絶風に送り、咆哮をあげた。
しかし、巻き起こる風は弱々しく、効果的なダメージを与えることなどとてもじゃないができそうにない。
今の彼を含め、自分たち救世主クラスはあまりにも無力。
「ダメでござるよ師匠! そんな身体で、敵の真っ只中に行くなんて……」
「そうよ! あんた、犬死にする気!?」
「気持ちはわかりますが、落ち着いてくださいっ!!」
「止〜ま〜る〜で〜す〜の〜〜ぉ!!」
カエデが、リリィが、ベリオがを止めるために声を上げ、ナナシがの身体に絡みつく。
しかし、彼の歩みは止まらない。
そんな彼を止めたのは、
「大丈夫だよ、君」
未亜のこの一言だった。
足を止めて振り返った先には、彼女の顔に微笑が貼り付けられている。
あきらかに、無理をしている顔だった。
「お兄ちゃんが捕らわれて、悲しいよ。でも、ここで立ち止まっているわけにはいかないよ」
今のが破滅に挑んだところで、無駄死にすることは目に見えていた。
彼を責めたところで、大河が戻ってくるわけじゃない。
だからこそ、万全の態勢で望んで、勝って、みんなで帰ってくる。
それが、今の未亜の一番の願いだった。
「召喚器がなくても、できることはきっとあるよ。だから君は、無理しちゃダメ」
「…………」
そんな彼女の言葉に、は目を閉じた。
気の放出が収まり、吹いていた風は止んでしまう。
「……ごめん」
刀を鞘へと納めたのだった。
「やっと、王都でござるな……」
崩れた門をくぐり抜けて、一同は瓦礫の山となった王都へと足を踏み入れた。
建物のことごとくが根元まで粉砕され、破片が道々に転がっており、地面を踏みしめるたびにぱきん、ぺきんと音を立てる。
いつかテレビで見た大地震のあとの街が、ふと思い出される。
王宮があった場所は跡形もなく吹き飛んでおり、クレーターが存在するのみ。
巨大な移動城塞から発射された光の一撃は、街全体を破壊し尽くしていた。
「でも、人的損害はそんなに酷くないみたい」
「レベリオンの発射に備えて、みんな避難してましたから……」
レベリオンは、周囲のマナを搾取し、エネルギーへと変える。
対象となるフィールド内に人間――ひいては生き物が存在すれば、あっという間に生気を吸い取られて死んでしまう。
だからこそ、街の人間のほとんどは避難していたのだ。
「っ……!!」
からすれば、こんなことは初めてに近かった。
戦いというものを経験して、戦争を経験して。
それでも街が完膚なきまでに壊されたり、たくさんの人が死んだりといった光景を目にすることはそれほど多くなかった。
だからこそ今のこの状況がもどかしく、無力感をあおってしまう。
「あ……」
未亜の視線の先。
そこには逃げ送れてしまい、大規模な破壊に巻き込まれた怪我人たちが身を寄せ合ってうなだれていた。
手足など、身体のどこかしら赤く染まり、子供に至っては痛みに耐え切れず泣き喚いている。
痛々しい、光景だった。
「痛そうですの〜」
ナナシは元々ゾンビなためか、痛そうだと思うことしかできない。
しかし、怪我人たちの表情が彼女に苦しさを痛感させていた。
整えられた眉をハの字にし、両手を自分の身体に回し、抱きしめた。
「あの……っ、私、ちょっと行ってきます!」
癒しの魔法を得意とする僧侶のベリオはその光景に耐え切れなかったのか、彼らの元へと走りより呪文を唱え始めていた。
1人を癒せば、周囲の人間たちが自分を先に治してもらおうとこぞってベリオに群がっている。
は、召喚術など使えないとわかっていながらも皮ポケットに手を突っ込んで、まさぐる。
取り出したのは、紫色のサモナイト石だった。
サバイバーがなくて、使えないのはわかってる。でも、もしかしたらまぐれでも使えるかもしれない。
図書館探索でハサハを……自分を慕ってくれる護衛獣の少女を、無意識のうちに召喚してしまったように。
石を握りしめて、なけなしの魔力を注いだ。
霊界サプレスへの門をつなぐ媒介となる紫の石は淡く明滅するものの、その先への変化は起こらない。
扉も開かず、人々を癒すことのできる天使たちを、喚べない。
「くそ……っ」
俺は無力だ。
ただ壊すことしかできなくて、肝心なときにまったく役に立たない……!
喪失感が襲いかかる。
まるで、自分が無力だと、何もできはしないんだと認めてしまうようで……怖かった。
「……頼むからっ! 応えてくれっ!!」
ありったけの魔力を注ぐ。
しかし、石は明滅するだけで召喚の門が開かれることはない。
そして―――
「ダメだ、届かない……届かない……くそっ、くそぉっ!!」
魔力が空になり、サモナイト石からは光が消え、両の膝をつきながらダラリと両手を下ろして。
「くそ……ぉっ」
かつん、と紫色の石が力なく零れ落ちたのだった。
…………
……
…
ほどなくして、ほとんどの怪我人が動けるようになっていた。
反対に、ベリオの表情には疲労の色が浮かんでいる。
無理もない。
激しい戦闘を終えたあとに、大量にいた怪我人のほぼ全員に癒しの魔法をかけつづけたのだから。
「皆さん、立ってください! この道をまっすぐ行けばフローリア学園があります。あそこになら食料や薬の備蓄もあります!」
凛とした表情で、未亜がそう口にした。
肉親が捕らわれの身だというのに、勇ましいことこの上ない。
「大丈夫! 破滅の化け物が襲ってきても、私たちが食い止める! みんな安心して避難してっ」
瓦礫のあちこちから人が現れ、未亜を先頭に一路フローリア学園へ。
崩れた建物の壁に背中をあずけ、地べたに腰を落としていたはそんな光景を遠巻きに見つめていた。
鞘に納まっている刀は、背を預けた身体の前に立てかけられ、両手で握りしめて固定している。
人々を引き連れて学園へ向かう仲間たち。
それを眺めていながらも、その場を動きを見せることはなかった。
「あれ? 師匠は……」
カエデは、いち早くがいないことに気がついた。
彼女はリリィと共に最後尾を守り、中腹をベリオ、先頭を未亜で囲んで、万全を期している。
いつ、破滅のモンスターに襲われても対処ができるようにと。
「? ……あ、あんな所に。いいわ、私が連れてくるから先に行って」
くるりと振り返ると、建物の瓦礫に背中を預けて両足を伸ばして座り込んでいるの姿を認め、リリィは列を離れていった。
途中で放置されたままの紫色のサモナイト石を拾い上げ、に駆け寄る。
「何やってんのよ。ほら、大事なものなんでしょ?」
の横にサモナイト石を置くと、反応をまったく見せないに怪訝な表情を見せる。
「ちょっと……!」
肩を掴み、ゆする。
すると、赤黒い瞳が動きを見せ、その視界にリリィの顔を納めていた。
「あ、あァ……リリィか」
「リリィか、じゃないわよ。みんな先行っちゃったわよ?」
そんな彼女の言葉を聞きつつ視線を正面に向けると、軽く笑みを浮かべた。
「悪い……少し、疲れたみたいなんだ。先、行っててくれるか?」
「疲れたんなら学園まで頑張って歩けばいいじゃない、医務室があるからそこに」
「先、行っててくれ」
「…………」
頼む、と。
は今までに見せた事もないような弱々しげな笑みをリリィに向けて、そう告げた。
眉をひそめて、疑わしげな視線を向けるリリィだったが。
「……そう。じゃあ先に行くわ。アンタも、後から来なさいよね」
すっくと立ち上がるとスカートの裾を払い、マントを翻して学園の方角へと駆けていった。
そんな彼女を視線で追いかけ、見えなくなったところで空へと視線を移す。
蒼穹が無限に広がり、どこまでも飛んでいけそうな、そんな気分になってしまう。
さらに視線を移動させ、入ってくるのは黒い城塞のシルエット。
動きさえしていないものの、その存在はアヴァターに住まうすべての人々の恐怖させるには充分だった。
……ああ。
……こんなにも、そらはあおいのに。
……なんで、こんなところにいるんだろう?
……こんなところで、なにをしているんだろう?
……なにをかんがえて、いままでこうどうしてきたのだろう?
……じぶんのめがくろいうちは、だれもぎせいにはさせないと。
……こわすことしかできないのに。
……こわすことで、みんなすくおうときめていたのに。
……そうじぶんにいいきかせてきたというのに。
……こわすことだけじゃ、ひとはすくえなかった。
……なにもかもが、うまくいかない。
……むりょくだ。
……そんなじぶんが、なぜ。
……なんのために、たたかっているんだろう?
……わからない。
……わからないよ。
「もう、疲れたよ……」
視線を地面に落として、それだけを誰にともなく告げると目を閉じて。
意識を、深い闇へと堕としたのだった――――
夢主落ちました(苦笑)。
展開がベタすぎるとか、そういうクレームはできればやめてください。
化け物とはいえ、人間ですから。
心の葛藤とか、そのくらいはこなして乗り越えていかないとダメなんじゃないかと。
そう考えて今回こんな話を書いてみた次第です。
本来ならサモンナイト連載の方でやるべきなのかもしれませんが、
あっちのシナリオは色々と都合が良すぎるので(笑)。
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