「…………」


 空を見上げた。
 澄み渡る蒼穹は地平線の果てまで続き、雲は1つも見当たらない。
 文句のつけようがないくらいの快晴。
 空だけ見ていれば、平和なことこの上ないというのに。

「な、なによ! ちょっとあれはなによっ!?」

 リリィの驚きの声のとおり、問題の地上は平和どころの話ではなかった。
 目の前に広がる、地平線を覆い隠すほどの黒い群れ。
 地震でも起きてるんじゃなかろうかと錯覚しそうなほどに大きい地鳴り。

 ……破滅の軍勢だ。

 今までに戦ったことのあるモンスターもいれば、初めて見る種のモンスターも混じっている。
 リィンバウムの召喚獣がいないことだけが、唯一の救いといったところだろうか。
 先日、ゼロの遺跡で戦った召喚獣たちはおそらく、オルドレイク本人が召喚したものだろう。
 つまり無限召喚陣は、リィンバウムにまで影響を及ぼすことはないということだ。

「……神様」

 破滅という名の群れは一直線に、ここ王都へと向かってきている。
 空から見れば、ドドメ色のカーペットを地面の上に敷こうとしているようなものだろう。
 頭数からして、王国軍との差がありすぎる。
 聖職者であるベリオがつい、神に祈ってしまうのも無理はないというものだ。

 怒号、地鳴りとともに平原、丘、荒野と徐々に塗りつぶされていく。
 敵の軍勢は、もう目の前だった。

「お兄ちゃん……助けて……」

 無意識に、未亜の唇がそんな言葉を紡ぎ出した。


 …………


「やー、まいったね。これは」

 10万どころの話ではない。
 無限召喚陣の影響か、その1.5倍くらいはいるかもしれない。
 目測だから分かりはしないが。

「ちょっと、! なにをのんきなこと言ってんのよ!?」

 リリィの言うことは最もだ。
 人類の危機が目と鼻の先まで迫っているというのに、口調はどことなく砕けている上に、苦笑まで浮かべてしまっている。

「じゃ、始めようかね。リリィ、回りのみんなに伝令。」

 は一歩前に出ると、己が剣を抜き放つ。



「……『魔法の時間』の始まりだ」






Duel Savior -Outsider-     Act.59







「『魔法の時間』は10分間。軍の皆さんと君たちは、しばらく手を出さないように」
「なっ、なに言ってるでござるか師匠!?」
「そうです、無茶ですよっ」

 まくし立てるのはカエデとリコ。
 大群相手に手を出すな、などといっているのだから、声を荒げてしまうのも無理はないのだ。
 しかし、の表情は崩れない。
 今も必死になって危険な任務をこなしている大河やセルのためにも、『ハッピーエンドを迎えて還る』と約束した少女のためにも。
 約束は、守らねばなるまい。

「信じてくれ。俺を……俺『たち』をな。…………サバイバー」

 自らの召喚器を喚び出す。
 その場で両足を軽く広げて腰を落とし、刀――絶風と自身の横へ、切っ先を誰もいない方向へと向けた。
 目を閉じ、意識を集中させる。

「リリィ、俺……前に言ったよな。『化け物らしく、実際まだ全部の手の内を見せたわけじゃない』って」
「え? あぁ……うん」

 能力測定試験の折、彼女と一戦交えたあとのの一言。
 リィンバウムでは化け物と呼ばれたこともあった。
 みんなには見せたことのない、隠し技というか最終奥義。
 一度、地底図書室で使ったきりの、彼の持ちうる最強の剣技。

「今、それを見せてやるよ。カエデ、悪いけど10分経ったら俺を回収してくれるか?」

 俺、その場で倒れるはずだから。

 自身の持ちうるすべてのエネルギーを自らの剣に注ぎ込み、巨大な刃を生み出す。
 それは――

「天を穿つ、一子相伝の剣…………」

 目を見開いた。
 溢れんばかりのエネルギーが舞い踊り、周囲の砂利という砂利を吹き飛ばす。

 ……密度が薄くてもいい。敵を斬り裂ければそれでいい!

 見えはしないが、すでにそこには刃が形成されていた。



 ……



「え……?」

 300メートルほど離れた場所にいる、1人の兵士が目の前で起こった光景に目を疑った。
 何も見えないのに、地面が裂けている。何かが擦れて、砂煙を立てている。
 ついさっき、最初の10分間は動いてはいけないと伝令が来た。それが関係しているのだろうか?
 目を擦り、再び凝視した瞬間。

「あっ」

 砂煙は勢いよく、破滅の軍勢に向けて一直線に走り出した。



 ……



「あっ……君!?」

 は1人、未亜の声を聞かずにそのままの態勢を崩すことなく駆け出した。
 敵は目の前。1人で行って、敵うわけがない。
 それは、救世主クラスの人間でなくても分かりきったことだった。
 自分たちも戦わねばならない。でも、彼は『待て』と言った。『信じてくれ』とも言っていた。
 仲間としては酷なことかもしれないが、信じて待とう。
 心配そうに彼を見つめながらも、声を上げた未亜はそう決めた。



 ……



「我が纏いし魔力に応え、楽園より来たれ……」

 右腰につけられた皮のポケットに手を突っ込む。
 無造作に取り出したのは、黒いサモナイト石だった。
 走る速度を緩めぬまま、石に魔力を込める。
 左手に鈍痛が走るが、気にしない。集中力が切れそうだったが、頑張って持ち直す。

「新たなる盟約の名の下に、 がここに告げる……」

 ……ある種の賭けだ、これは。
 未誓約の石を使って、敵を殲滅。実際は、何が出てくるかわからないのだ。
 もし下位の召喚獣が出てくれば、は1人で軍勢を相手にする。
 逆に上位の召喚獣が出てくれれば、その仕事量は一気に減少する。
 今まで行ったことのない、大博打だ。

「呼びかけに応えよ……!!」

 サモナイト石を放り投げると、敵はすでに眼前まで迫っていた。
 ギラギラと光る双眸にはすでに自我も何もあったものではなく、敵を滅ぼすだけの機械へと成り果てているモンスターたち。
 そんな彼らに哀れみを覚えながらも、

「天牙穿衝……っ!!!!」

 一閃。

 召喚された存在に目もくれず、半径300メートルの半円状に薙ぎ払った。
 対象となったモンスターたちは、腰から上が下半身とさよならし、倒れ伏す。
 直径約600メートル半円の分だけ、まるで伸びきった髪の毛をバリカンで切り落とすかのように、敵が消え去った。
 そして。

「つつつ……一体、なにが……」
「その声は、ネスティか!?」

 召喚術行使により発生した煙が晴れたその先には、1人の青年が腰を打ち付けて座り込んでいた。
 色素の薄い肌に、赤い外套と胸元に×印のようなレリーフのあしらわれた服を身につけた青年。
 横長い楕円を描いた眼鏡が良く似合うその青年は。

かっ……ここはどこなんだ!?」
「ラッキーっ!!! 話は後で必ずするっ! だからとりあえずヴァルハラ、ゼルゼノン、ヘキサボルテージっ!!!」

 ずびしっ、と果てしなく向こう側の軍勢を指差して、叫んだ。

「君はバカかっ!? 一度にそんなにできる訳ないだろう!!」
「できるできないじゃなくて、やって!! 頼むから!!」

 そう口にすると、は限られた魔法の時間を有意義に使うために走り出した。
 もちろん、刀は横向き。端から横へ一直線に薙ぎ払い、モンスターの数を確実に減らしていく。

「まったく、君はいつもそれだから……仕方ない、あとで事情を聞かせてもらうぞ!」

 腰からサモナイト石を3個掴み取り、天に掲げて魔力を込める。
 都合が良いのか、そうなるようにが仕組んだのか、周囲に敵はいない。
 いたとしても、数百メートル先にいる。
 召喚術の詠唱を終えるには、充分な時間だった。

「アクセスっ!」

 声と同時に、首元に機械の肌が浮き上がる。
 彼はリィンバウムと隣り合う4世界の内の1つである機界『ロレイラル』の住人であり、機械と生身の肉体が融合した人類・融機人(ベイガー)の末裔。
 機界の召喚術とは相性抜群な上に、その魔力は傀儡戦争で飛躍的に上がっている。
 表情をゆがめつつも、3体の召喚獣を喚び出すことはできないことではなかった。

 ……リィンバウムにいる弟、妹弟子には負けるのだが。

 天空より具現した機界最高位の召喚獣『ヴァルハラ』に、『機竜ゼルゼノン』。
 アルティマーダーと呼ばれる多腕型戦闘用機械である『ヘキサアームズ』。
 機界の中でも5指を争う召喚獣たちだ。
 ネスティ自身、驚いていた。
 まさかホントに使えるとは思っていなかったから。

 掲げた手のサモナイト石が光り、3体の召喚獣たちの砲口や電磁ネットが破滅の軍勢へと向き直る。
 はかなり奥へと入り込んでいる。
 肥大した刀を振り回して、殲滅剣技の名のとおりにモンスターを一刀の元に斬り伏せている。
 魔力がスッカラカンになってしまい、苦しげな表情を浮かべたネスティは、掲げていた腕を振り下ろす。

『『『■■■■■■―――――っ!!!』』』

 3体の召喚獣たちは、残りのモンスターたちをいっせいに消し飛ばしたのだった。




 …………





 ……




「…………」

 全員が、口をぽっかりと開けていた。
 あれだけいた破滅の軍勢の3分の1……いや、半分くらいがたった2人の人間たちによって戦闘不能まで追い込まれている。
 しかも、1人はたった一振りで数百、数千単位の敵を屠り、もう1人は見たこともないモンスターのようなものを具現させて破滅を吹き飛ばす。
 敵にとっては、地獄絵図だ。

「ゆ、夢でもみているのかしら……」

 ぎゅ、とほっぺたをつねってみる……いたい。
 頬を引っ張りながらも目を丸め、リリィはそんなことを呟いていた。

ちゃん、スゴイですの〜♪」
「『破滅に属さぬ化け物』というのは、この力のことを指していたのですね……」
「で、デタラメだわ…こんなの」

 仲間でよかった、とベリオは安堵していた。
 ナナシは嬉しそうに飛び上がり、リコはぽかんとした表情をそのままに彼が以前言っていた言葉を反芻する。
 彼らがアレだけ倒しても、その奥には未だモンスターの大群が向かってきている。
 今の彼らに恐怖感を感じないのだろうか、と敵ながら思ったりもしてしまう。

「10分経ったでござる!」

 カエデがそう告げた瞬間。
 目の前で起こっていた轟音がなりを潜めていた。
 遠目に飛び込んできたのは、刀を地面に突き刺し杖代わりにしながら息を荒げていると、両膝に手をついて息を整えている彼が喚んだ青年の姿。
 周囲に敵はおらず、第1波をすべて彼らだけで叩き潰したことになる。数だけで言えば、5万程度といったところだろうか。
 そのほとんどは具現した召喚獣たちによって殲滅されたのだけども。
 しかし、その奥には第2波が迫っていた。

「私たちも行くわよっ!」
「師匠、今助けに行くでござる!!」
「皆さんの背中は守ります! 我らに神のご加護があらんことをっ……!」

 まだまだ敵は多い。
 救世主クラスが動いたと同時にラッパの音が響き渡り、王国軍も進軍を始めたのだった。








「とりあえず、聞きたいことは山ほどあるが……」

 ネスティは、軽くをひと睨み。
 生真面目な性格が災いしたのか、その視線は刺々しい。
 敵の進軍はまだ終わっていないのだが、まだ距離が離れている。
 だからこそ、ネスティはに尋ねたのだ。

「詳しいことは……全部終わってから、ゼェ、ゼェ……ちゃんと、納得いくまで話すから、今は……」

 力、貸してくれ。

 もとより、今は修羅場だ。
 第1波は2人で凌いだものの、第2波は目の前だ。疲れているとはいえ、戦わないわけにはいかない。

「貸してくれ、とは言ってもな。さっきの召喚術で僕の魔力は空。立っているのもやっとなくらいなんだ」

 戦うなんて、無茶なこと言わないでくれ、と。
 ネスティはため息をついて首を左右に振った。
 周囲に広がるのは、動かなくなったモンスターの大群。
 先ほどよりは減っているものの、多いものは多い。しかし、ここから先は救世主クラスの仲間たちや、王国軍の兵士たちが一緒に戦うはずだ。
 っていうか、すでに怒号と地鳴りが聞こえ始めている。

「師匠!」
「カエデ」

 いち早く辿り着いたカエデはに駆け寄った。
 血痕や砂埃など気にもとめず、彼の安否を気遣っていたのだが、「大丈夫だから」とやんわり口にして、刀を振り構えた。
 ネスティが『還る』まで、彼を守らねばならない。
 自分で召喚しておいて本末転倒な感じはするが、仕方ない。

「そなたは平気でござるか?」
「あ、あぁ……僕は大丈夫だ。……事情が飲み込めないが、君たちは僕を見て驚いたりはしないのか?」
さんが何度か召喚している光景は目にしていますから」

 リコの答えに、ネスティの眉間にしわが寄る。
 あきらかに、『怒っています』な表情だ。

「いやだって、いろいろ危なかったんだって。こっちも必死で……」
「君はバカだぁぁぁぁ―――――っ!!」

 飛び交う怒号の中を、ネスティの叫び声が木霊したのだった。






はい。(苦笑)
私の脳内に神が降臨しました。
自分でもやりすぎだと思ってる辺り、イタいですよね〜。
機の召喚獣は、彼でした。
他キャラを期待していた皆様、すいません。
予想が当たっていた方は、おめでとうございます。
彼の登場は、前々から決めてました。
Duel夢でもぜひ「君はバカか」と言わせたかったんです。


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