風が吹き荒れ、ボタンのかかっていない上着がバサバサとはためく。
 周囲の木々はざわめき、枯れ葉は吹き飛び宙を舞う。
 寮で寝ている学生たちが起きてしまうのではないかと思うほどに荒れ狂う暴風。
 大河は、その風を一身に受け止め、飛ばされないようにと腰を落とした。

「…………」

 風が一点に収束し、収まっていく。
 右手に純白の刀を握り締めた暴風の中心人物―― は、刀を持たない左手を差し出した。
 握られた手の中には、1つの瓶の蓋。先刻までが飲んでいた酒の入った瓶蓋だ。
 それは、戦闘開始の合図。
 ここには、以前のように審判役のダリアはいない。だからこそ、戦闘の始まりを告げる者がいないのだ。

「っ」

 天高く、放り投げる。
 地面はレンガ。蓋は落ちれば音を立てるはずだ。
 金のメッキが施された蓋は中空まで差し掛かると一瞬動きを止めて、次第に落下し始めた。
 ゆっくりとした回転が月の光を反射する。
 そして。


 ――キィン。


 明日の戦いに支障が出ない程度の身体強化とはいえ、彼はその一歩と同時にトップスピードまで加速。
 大河は大河でトレイターを振りかぶり、渾身の力をもって地面を蹴り出す。
 一気に互いの間合いを詰め、甲高い金属音が響き渡ったのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.58



 ぎちぎちと交差した刃同士が音を立てる。
 まずは武器の押し合いという力比べが展開されていた。
 リコとの契約により能力の向上している大河と、ついさっき自らの力で身体能力を向上させた
 互いの力は拮抗し、刃の接触面からは常に火花が飛び散っていた。

「…………」

 力が抜け、刃が離れていく。
 向き合った互いの表情には笑みが浮かび、一呼吸。

「「……っ!」」

 高速の剣戟が展開されていた。
 響く金属音を気にすることなく、ただ刃を合わせつづけていた。
 まるで、申し合わせたかのように同じ箇所で互いの剣がぶつかっていく。
 一際甲高い音を発したかと思えば、2人は互いに距離を取るようにバックステップ。
 地面に膝をつきしゃがみこんだは、着地と同時に姿を掻き消した。

「……っ! そっちだぁっ!」

 振り向き、トレイターを横に薙ぐ。
 リコとの契約によって強化された大河の身体は、今まで培ってきた野性的な感覚に呼応していた。
 高速で振りぬかれるトレイター。
 月光に反射した刀身が三日月型の残像を生み出す。
 しかし、腕にかかるだろう衝撃はなく、中庭に風切り音だけが響き渡っていた。

「……残念」

 剣状態のトレイターを振りぬいた大河の背後。
 は大河が自分を捉えることを見越してさらに背後へ回り込んだのだ。
 大上段に剣を構え、すでに振り下ろされる寸前。
 ……だったのだが。

「そっちこそ、だ」
「!?」

 大河は、トレイターを戦斧に変化させていた。
 彼がこの形態を取ったときの行動は分かっている。戦斧を地面から突き上るか、それと同時に石つぶてを舞い上げ、さらに刃の斬撃による2段構え。
 刀を構えたままのは小さく舌打ち、距離を取ろうと背後へ飛び退いたのだが。

「それも……予想済みだァっ!!」

 地面に深々と突き入れた戦斧を力任せに振りぬいた。
 轟音と共に砕けた数個のレンガが巨大な弾丸となって飛び退いたへ襲い掛かる。
 バックステップによって浮かんでいた身体を、腰を落とした状態で強引に着地させたは、瞬間的に刀を鞘へ納めた。
 まだこの世界に来たばかりのころに戦わされた、ゴーレムを倒したときの挙動と同じで。

「……はぁっ!」

 裂帛の気合と共に抜刀。
 極限まで鞘走らせ、練りこんだ気を刃に宿し……


 瞬く間に飛来したすべてのレンガを斬り落とした。


 ぽとりぽとりと落ちていくレンガをよそに、大河の姿を確認する。
 右。左。最後に正面。
 その先に。

「……げ」

 ナックルへと変化させたトレイターからジェットを吹き出させ、今にも突っ込んできそうな大河の姿を確認した。
 肘から後ろにジェットを吹き出し、発生した強い風によって背後の木々がざわめく。
 彼の表情には、子供じみた勝利を確信したかのような笑みが貼り付けられていた。

「今命名……ナックルラッシュ・フルバースト!!」

 いっくぜぇーっ!!

 突貫。
 離れた距離から繰り出された拳は破壊力を持った弾丸となって空を切り裂き、その名のとおり突進。
 一瞬にしての目の前へと到達。ナックルに引っ張られるように 大河の身体も同時に突進を敢行していた。
 しかし、は彼のナックルの特性を知っている。
 それは。

 1つ、真っ直ぐにしか進めないこと。
 2つ、攻撃中はまったくの無防備であること。
 3つ、攻撃後の隙が大きいこと。

 考えられる短所の中から、は2つ目の項目を反対に利用することに決めた。
 腕にかかる反動は大きいだろうが、気で覆ってやれば問題なし。
 そう決めて、身体の重心を横へずらしながら刀を持ち替え、大河の頭部分が来ると思われる場所に右手を突き出すと。

「ぶっ」

 その手には見事に大河の頭が到達していた。
 もっとも、スピード自体は衰えを見せていないので、突如現れた手がつっかえ棒となり……

「うわわわわっ!?」

 頭を支点に下半身が宙返り。
 その勢いを利用して大河を地面に倒しこもうと手に力を込めたのだが。

「っ!」

 大河はの手にナックルのついていない手を添えると、思い切り突っぱねた。
 同時に彼の顔から手が外れて自由になり、ナックルの勢いで空中へ投げ出される。
 は居合斬りを繰り出そうと刀を納めたのだが。

「おせえぇぇっ!」

 大河は空中でトレイターを爆弾へ変え、今にも突っ込もうとしていた。

「お、おい……それはマズイって」

 そう。
 今は夜で、みんな寝静まっているのだ。
 それなのに、学園のまん真ん中で爆弾なんか使えば、何事だと言わんばかりにおきだしてくるに違いない。
 まぁ、戦斧を持ち出したところで結構な音は出ていたような気はするのだが。
 なんで闘技場でやらなかったんだろう、と思わず後悔してしまう。

「それはいくらなんでもマズイって大河! ストップ、ストーップ!!」
「いっくぜー!!」
「爆弾を戻せ大河! みんな起きる、収拾がつかなくなるから!」

 空を蹴って、大河は爆弾をに向けた。
 もう間に合わない。でも、面倒なことにはしたくない。

 ……なら!

 は刀を再び鞘へ。
 一点に狙いを絞り、一度しかないチャンスをただ待った。
 導火線。断ち切って、大河の突進を止めさえすれば爆弾は不発に終わるはず。
 タイミングは一瞬。
 その瞬間に、すべてを賭ける!!

「ここだ!!」

 目を見開き、横に一閃。
 すでに着弾寸前の爆弾大河の手から爆弾を足で上へと蹴り上げた。もちろん、思い切りではなく、相手の落下エネルギーを利用して上にかち上げただけ。
 ふわ〜りとの顔横まで浮き上がった爆弾の導火線はすっぱり切れていて、点火はされていない。
 大河はドゴォッ! っという激突音と共に地面に身体を打ち付けていた。

「ひでえよ。攻撃寸前でトレイターを取り上げるなんて」
「何を言うか。もしコレが爆発してたら、今ごろ大事だぞ?」

 大河はぽけー、と大口を開けていたのだが、

「……あぁっ!」

 ぽん、と両手を打ちつけて理解を示した。
 戦闘に熱が入りすぎて回りを気にする暇がなくなったのだろう。
 そんな彼に呆れたように息を吐くが、いつの間にか爆弾は忽然と消えてしまっていた。

「まだやるか?」
「……いや、今の俺ならお前と充分に戦える。戦闘力は同じくらいだってことがわかったから」

 戦闘力が同じくらいだと、任務を代わる時点では言ったのだ。
 それに確信が持てず、一騎打ちを挑んだのが今。
 自信が持てずにいた大河だったが、今の彼の表情は満足したのか生き生きとしていた。

 刀を鞘に納めて左腰に差し込み固定すると、右腰に添えつけられていた皮のポケットに手を突っ込みごそごそと漁る。
 中には5色のサモナイト石やらリィンバウムの通貨やらが入っていて、手を動かすたびにチャリチャリと音を立てていた。
 その中から取り出したのは、乳白色の石。名もなき世界に通じるサモナイト石だった。
 それを一度強く握りしめ、大河に投げ渡す。

「なんだ、これ?」
「餞別、だな。もし、本っ当に危ないときが来たら、それに念じるんだ。『助けてくれ』ってな」
「はぁ? こんなモンなくても大丈夫に決まってんだろ」
「相手に破滅の将5人いたらどうするつもりだよ?」

 そんなの問いに、大河は黙りこくってしまう。
 1人1人が王国軍の一個師団を圧倒するほどの実力者。自身の経験からなら特にオルドレイクは一瞬で軍隊を殲滅できるほどの力の持ち主だ。
 そんな連中を1人で相手をしていたら、大河でなくたって無事でいられるわけがない。
 だから。

「強く、強く念じれば……奇跡が起こる………………
はずだ

 語尾が小さくなってしまう。
 元々、博打に近いのだ、この方法は。そのため、しっかりした保証ができない。
 大河はリィンバウムの住人ではない。だからこそ、召喚術が上手く発動するとも限らない。
 逆に言えば、はその部分に賭けたのだ。この世界で初の召喚器を持つ男性である大河に。彼の意外性に。
 奇跡が起こる、可能性に。

「ま、くれるってんならありがたくもらっとくよ」
「いざというときに使うんだ。危険でもないのに使ってしまえば、それっきりだからな」

 サモナイト石は、一度使えば召喚した召喚獣と誓約される。
 つまり、その召喚獣を喚びだす仲介役となるのだ。ある意味、使い捨てに近い。

「わ、わかった……」

 あまりの念の入れように、大河は顔を引きつらせていたのだった。



「そうそう。これ、お前にもな」
「?」

 渡されたのは、黒い石ころだった。
 魔力を通すと、記憶しておいた映像を再生できる石――幻影石。
 カメラと同じようなものだ。

「セルがさっき渡し忘れたって。こないだ撮ったヤツだ」

 全員で王都に出かけたときに撮った、救世主候補が一同に揃った画像だった。
 これから自分は消えてしまうというのに、まさかこんな形に残るものが手に入るとは思わなかった。

「……ありがとう、大河」

 大事にするよ、ずっと……。

 受け取って、ぎゅ、と強く強く。
 離れることのないように、握りしめたのだった。





 …………





 ……




 …





「遅いぞ、当真くん」

 ダウニーの声に、大河はうなだれた。
 出発前からイヤ〜な雰囲気だ、と。
 中庭には、すでにダウニー、セルの姿があって、ダウニーはセルの存在に軽く驚いていたようだが、

「俺も直前に聞いたんですよ」

 と口にすることで事なきを得た。
 本人から聞いたことだったので、それを言ってしまえばそこまで。
 セルは強制送還させられるだろうから。

「危険な任務ですよ? セルビウム君」
「そいつは承知の上っすよ」

 決意に満ちた表情。
 ダウニーはそれを見て、追求は無理だと悟ったのだろう。
 これ以上のことまで聞くことはなかった。

「それでは行きましょうか。みなさん、準備はいいですね」
「上等、いつでもいいぜ」
「俺もだ」

 大河、セルの答えを聞きそれぞれの顔を見ると、ダウニーは身を翻し、校舎へ向かって歩き出したのだった。





 目指すは、校舎内地下遺跡の最深部。







中途半端ですね。
終わり方が。勝敗は結局つかずじまいという結果です。
いちおう、前々回あたりで布石として書いた大博打についても少々触れておきました。


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