「カエデ……」

 の見やった先で、カエデは建物の影からひらひらと手を振っていた。
 苦笑とも取れる表情は、つい先ほどまで酒を飲んでいたとは思えない。シラフそのものだった。

「じゃ、俺は行くよ。お前たちの逢瀬を邪魔して、馬に蹴られたくないしな」
「逢瀬ってなんだ、逢瀬って」

 大河が来たら教えてくれ!

 のツッコミをあっさり無視して、セルは中庭から姿を消していた。
 声質からして妙に楽しそうだったのは、気のせいだろうか?


 ……まぁ、いいや。


「カエデ、そんなトコにいないで、コッチ来たらどうだ?」
「わ、わかったでござるよ」

 建物の影から姿を表すと、カエデはの隣――セルが座っていたところへと腰掛けた。
 ほら、と封を切っていない酒瓶を渡すと、おずおずとそれを受け取る。
 膝の上に瓶を乗せたカエデは、蓋を開けることなく口の部分を両手で握りしめていた。

「君さ、ベリオと一緒に結構飲んでたのに、あんまり酔ってないように見えるけど」
「酒は飲んでも呑まれるな。一族の中での暗黙の了解でござるよ」

 の問いに、カエデは苦笑して見せたのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.57



「……セルビウムどのとの話、聞いてしまったでござるよ」

 沈黙の後、口を開いたのはカエデだった。
 が食堂を出てきた後。
 事が終息するまでに時間はさしてかからず、全員まとめて寝てしまったため、カエデはを追いかけてきたのだとか。
 声をかけようとしたところでセルとの話が耳に入ってしまったと、彼女は口にした。

「いなくなる、って……どういうことでござるか?」

 どこから聞いてた、とは尋ねられなかった。
 彼女の視線があまりに真摯で、真っ直ぐに自分に向かってきているのだから。
 残り少なかった瓶の中身をすべて胃に流し込んで空を仰ぐと、

「どういうこともなにも、そういうことだよ。カエデ」

 そう口にした。
 原因は召喚器に間違いない。でも、なぜそうなってしまうのかはまったくの不明。
 初めて喚びだしたとき以外に、サバイバーとは意思の疎通がまったくできなかったのだから。

「召喚器を使うたびに、俺……『 』っていう存在が消えようとしてるのは確かなことだ。きっと、君たちと最後まで一緒にはいられない」
「そんなっ……あんまりでござるっ!」

 召喚器とは、素質ある者が破滅に対抗するために喚びだすことができる奇跡の武器。
 だからこそ使い手に害を及ぼす召喚器など、ないはずだったのだが。

「もともと、俺は『部外者』だ。こんなことがあっても仕方ないとは思うけど……」

 最近は、そうも言っていられない。
 オルドレイク・セルボルト。あの男がこの世界で生きている。
 同じ世界に住んでいた者として、仲間をたくさん殺した仇として。
 必ず倒さなければならない。

「ずっとここにいて欲しいでござるよ師匠! ベリオどのもリコどのもリリィどのも未亜どのも……大河どのも! きっと拙者と同じ事を言うでござる!」
「消えるっていったって、元いた世界に還るだけだろうから、死にはしないし……」
「拙者は、ココにいて欲しいのでござる! ずっと、一緒にいて欲しい……」

 最初は、強い人だと思った。
 「死なないでくれ」と言った彼の目は、とても強い輝きを持っていて。
 一緒に行動していて、心も身体も、強い人なのだと分かった。
 だからこそ、カエデも彼を師と仰いだのだから。

「無理言わないでくれよ。こればっかりは、どうしようもないんだ。これから先、召喚器を使わずに戦っていくのは正直辛いから」

 なるべく使わないようにするつもりだけど、と付け加えるように口にした。
 できるなら、最後まで戦い抜きたい。勝って、最高のハッピーエンドを迎えたい。
 今は遠い異世界にいる護衛獣の少女とも約束した。
 そのためには、破滅を根元から絶たなければならない。
 破滅の軍勢も、破滅の将たちも、全部倒さなければならないのだ。

 先の未来は、誰にもわからない。何が起こるかわからない。
 召喚器を使わざるを得ない場面だって、ないわけではないのだから。

「できる限り一緒にはいるつもりさ。でもな……」
「なら!」

 の答えを遮って、カエデは声をあげる。
 そして、次の瞬間。





「!?」





 ぼふ、という音と共に、カエデはに抱きついていた。

「か、カエデ……」
「少し、このままでいさせてくだされ……師匠」

 無言で、カエデはただにしがみついていたのだった。







「…………かたじけないでござる、師匠」

 から身体を離し、カエデは小さくそう口にした。

「もう、時間も遅い。明日のためにももう寝た方がいい」
「師匠はどうするので?」

 まだ、やらねばならないことがある。
 近いうちに来るだろう、彼の頼みも聞かねばならない。
 約束は違えるものではないからして。

「まだ、やることがあるんだ」
「そうでござるか。では、拙者はこれで……」

 一度背を向けて、数歩歩いたところで、止まる。

「師匠」
「ん?」

 首だけをに向ける。

「拙者は、師匠が好きでござるよ。どのような状況であろうと、一緒にいたいでござる」

 その言葉に、瞠目した。
 今まで、言われたことのない台詞だった。

「……ありがとう、カエデ。俺も、今ここにいられることを……みんなと戦えることを嬉しく思う」






 …………




 ……




 …






「いい月だ。リィンバウムにも引けをとらないな……」

 カエデを部屋へ帰したは、未だ花壇の縁に座り込んでいた。
 すでに持ってきた酒瓶は底をついている。
 先ほどまでかすかに金属音が聞こえるが、大河とセルだ。
 大河のことだから、セルを試していたのだろう。

 ごろり、と縁に横になり、目の前に飛び込んでくる月を眺める。
 白く輝く月は満月。

「よう」
「来たか、大河」

 現れたのは、セルと別れた大河だった。

「ずいぶん待ってたな…………助けてくれればよかっただろ?」
「あの状況で、助けろってのが無理だ。酔っ払いの相手は嫌いだし」

 自分もしこたま飲んでたじゃないか、とツッコむのはなしである。

「……で?」

 どうすればいいんだ?

 そう告げた。
 少し付き合ってほしい、と口にしたのは大河自身だ。任務を代わってもらうからということで口にしたのだ。

「俺と……手合わせしてくれ、本気でな」
「手合わせ?」
「お前が言うほど俺が強くなったのか、今回の任務で生きて帰ってこれるのか」

 大河の任務は、今までと比べてはるかに危険極まりない。
 なにせ、セルとダウニーの助力があるからとはいえ、単身で『救世主の鎧』を破壊しに行くのだ。
 数多の救世主たちの怨念がまとわりつく鎧。
 何が起こるか、わかったもんじゃない。

「珍しく弱気だな。君はいつでも清々しいくらいに自信に満ちていたっていうのに」
「あいつらの前では強がってああ言ったけどさ。俺だって怖いんだよ。特に……お前が戦ってた、あの男」

 初めて聞く、彼の弱音だった。
 リコとの契約があるとはいえ、トレイターという頼もしい相棒がいるとはいえ。
 怖いものは怖いのだ。
 オルドレイクの放った召喚術が。自分を一瞬で消し去ることのできる強すぎるほどの力が。

「つまり、自信をつけたい、と?」

 大河はうなずいた。
 すでにトレイターは彼の手の中にある。
 先ほどまでセルと戦ってきたのだろう。多少の疲れが見て取れるが、彼にとっては必要なことなのだ。

「俺は召喚器を使わない。アレは俺にとって害になるからな。悪いけど」
「ああ、問題ない。お前は召喚器なしで充分強いのは分かってる」

 では、と立てかけてあった刀を手に取ると、鞘から抜いた。
 気を纏い、風が吹き荒れる。

「じゃ、相手になろうか。明日に響かない程度にな」

 明日は大事な任務がある。
 だからこそ、明日に響かない程度に、本気で。

「行くぜ、トレイター」

 口だけではわからない。だから、身体でわからせる。
 自分から、強引にだ。
 自信が持てないから、戦って自信をつける。





 それが、大河の狙いだった。








ちょっと短めの、ちょっとした話です。
鈍感なため、カエデの告白すら分かっていません。
ナハハハ! なんだこのベタなラブコメ(?)は!
というわけで、次回は大河との戦闘に続き、
そのままゲーム中の第11話へ入ります。


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