君」
「ダウニー先生……」

 『一日顔に落書きされたまま生活しろ』というナナシの指導を遂行していたのだが、ふいに声をかけられた。
 の顔を見ても特に表情を崩すことなく出撃命令が出たことを告げると、さっさと去っていってしまったが。
 以前から彼は大河やとの接触を極力避けているふしがあるような気がしていたが、まぁ別段関係のない話なのでそのあたりはどうでもいい話だ。

 今度の任務は以前の王都が位置する『ゼロの遺跡』。
 簡単に言えばそこに現れたモンスター軍団を殲滅しろ、とのお達しだった。

 だんだんと、奥が見えてきている。
 『破滅』というものの姿もおぼろげに見えてきたし、どう行動すればいいかもなんとなくわかってきた。
 自分たち救世主候補は『戦うための道具』に過ぎない。
 素質があるから集められて、来る破滅に対抗すべく命令を遂行する集団だ。

「まるで軍隊みたいだよな……」

 そんなつぶやきもあながち間違ってはいないだろう。
 命令を遂行するだけならサルにだってできる。




 ――なら、どうすればいい?
 ――どうすれば、『救世主』という名の呪縛から逃れることができる?




 そんな問いが、頭に響いたような気がした。



Duel Savior -Outsider-     Act.46



「…………とりあえず、ベリオのトコ行くか」

 指導が終わったら、礼拝堂に来て。

 そんな話をベリオから聞いていたので、顔の落書きをそのままに礼拝堂へと向かっただったが、道中で他の学生に見られて恥ずかしい思いをしたのはまた別の話である。
 セルにすらばったり出会って笑われた始末だ。
 頬に赤い点がついているのはご愛嬌。
 なにが起こったのかは………………………………察してください。

「というわけで、来たぞ」
「どんなわけですか……」

 重苦しい扉を開けて中に入ると、早々にはそう口にした。
 ベリオはいつもどおりお祈りの最中だったのだが、扉の軋む音を聞きつけて立ち上がった。

「で、俺に用事?」

 そうたずねたにベリオは一瞬目を丸めて、呆れたような表情をするとため息をついた。

「用事も何も、貴方のその……ぷぷっ」
「あぁ……」

 急に噴出したベリオを見て、その目的を理解できた。
 笑われたのは激しく心外だったのだが、どうしようもない。

「さ、そのままでいてくださいね。消しますから」

 洗礼用の聖水の残りがあったから、と。
 彼女はどこからかバケツを持ってくると、浸してあった布をの頬にこすりつけた。

「しかし、なんでわかったんだ?」
「そんなの、簡単です。貴方、あまり王都へは行かないでしょう?」

 そう。
 が現在所持しているのは、最低限必要な生活用品だけなのだ。
 大河のように女の子の映像の入った幻影石などをベッドの下に隠しているわけでもなく。
 お風呂セットと替えの服、それに最低限の家具くらいしか自室に置いていない始末だ。
 なぜベリオがそれを知っているのかが気になったのだが、まぁ入られてなにかあるというわけでもないので、黙っていた。

「風呂で消せばいいんじゃ……」
「それまで恥ずかしい思いはしたくないでしょう?」
「う……」

 図星だった。
 ついさっきも、大笑いするセルに制裁を加えてきたところなので。
 今ごろは地面を這いつくばってガクガクブルブルしていることだろう。

「あら、この赤い点はなんですか?」
「……ベリオ」
「はい?」
「世界には知らないことが星の数だけある。だから、知らなくていいんだ」
「はぁ……」

 ヘンな答えだ。






「はい、だいぶ落ちたと思いますけど」
「あぁ、ありがとう。助かった」

 これで恥ずかしい思いをしなくてすむよ。

 なんて口にして、笑って見せた。
 黒マジックで書かれていた文字はほとんど消えて、よく見なければ気づかないほど。
 洗礼用の聖水、というのは、普通の水ではないのだろうか。

「だけど、意外でしたねぇ。リリィもですけど、君までもがナナに負けちゃうなんて」
「あー…俺も腕にはそれなりに自信があったんだけどなぁ」

 苦笑し、頭を掻いてみせる。
 ナナシはとにかく相手の不意をつく戦い方をする。
 普段の素行も気づかないでやっていることなのだろうが、相手の気を削ぐにはうってつけだ。

「リリィや君の本気の攻撃を受けて耐えていましたものね」

 まがりなりにも、本気を出した。でも、負けた。
 本気といっても、白兵戦でのことだ。彼の持てる力を最大限に引き出せば、ヘタをしたら学園全体が廃墟となりかねない。
 アヴァターに召喚される前の彼を知っている人間ならば、それにもうなずいてしまうだろう。
 さらに『召喚術』を使わなかった。
 何が出るかわからないうえにここぞと言うときの切り札にしたかったので、あえて使わなかったのだが。

「案外、私たちが考えていたよりも大物かもしれませんよ、彼女」
「……かもな」

 の居合や、リリィのここぞと言わんばかりの炎の魔法を受けて、飄々としていたのだ。
 さすがゾンビというかなんというか。
 そんなことを考えたせいか、はぶるりと身震いしていた。

「それにしても、君がゾンビ嫌いだとは…意外です」
「しっ、仕方ないじゃないか。幽霊とかは平気なんだけど、アレだけはどうしても…な」
「気持ちはわかります。私だって……!?……いえ、なんでも」

 なにかを言いかけて、慌てて口篭もる。

「? ……なんか怪しいな」
「いっ、いいいえ! なんでもありませんよ。そそそそれじゃあ、私はまだあやることがありますのでー!!」

 そうまくし立てて、ベリオは礼拝堂の奥へと消えてしまっていた。
 あまりのすばやさにボーゼンと立ち尽くしたまま、所在なさげに頭を掻く。
 「ま、いいか」とつぶやいて、礼拝堂を出たのだった。















「?」

 とりあえず出発は明日ということで、は稽古でもしようかと森へ足を運んでいた。
 ぶっちゃけた話、ヒマだったのだ。
 勉強なんかもあまりやらないし、なにかイベントがあるわけでもない。
 正直な話、それしかやることがなかったのだ。

「リリィか。どした?」
「ちょっと」

 の服の袖を引っ張って、リリィはずんずんと奥へ歩いていく。
 なすすべもなく、はただリリィに引きずられていたのだが。
 ふと歩みを止めると、

「剣。……抜いて」
「は?」

 唐突だった。
 森の結構奥まで連れていかれたかと思えば、今度は武器を出せときたもんだ。
 正直、意図がわからない。

「…なんで?」
「これから模擬戦をするからよ」
「模擬戦?」
「そ。だってアンタ、悔しくないの? あんなどこの死体だか分かんないようなアーパー娘にやられっぱなしでさ」

 つまり、彼女は秘密で特訓して、ナナシにリベンジをしたいらしい。
 そのために、同じ彼女に負けたを見つけるや否やこうして誰も寄り付かない場所までひきずってきたのだ。

「なるほどね。確かに、俺も負けたのは悔しいが」
「でしょでしょ?」
「まぁ、明日に備えて稽古する予定だったし……いいだろ。相手してやるよ」
「そう来なくっちゃ!」

 負けないわよ、と不敵に笑うと、リリィは距離を取った。
 は鞘から絶風を抜き、手元でくるくると回して見せた。
 一見刃があたりそうで怖いが、すでに手馴れていることなのでどこに当たるでもなく柄がの右手に納まると白い刃をリリィに向けた。

「召喚器は使わないぞ。アレは召喚術用っぽいし、ナナシのときも1回も使わなかったからな」
「ふん、別にいいけど。それで負けても文句は言わないでよね」

 ナナシ戦では召喚術を使わず、召喚器に備わっていた守りの力も使わなかった。
 だからそれと同じ状況で戦おうとあえて召喚器を出さなかったのだが、それをリリィは余裕のあらわれととってしまったようで。
 笑みを崩すことなく額に少々の青筋を浮かべ告げていた。

「ええと…まぁ、いいや。それじゃ……レディ」





『ゴー!!』






 始まりは同時だった。
 互いに互いの行動を伺いながら、自分の間合いを保っている。
 も飛び道具はあるし、リリィは魔術専門だから、間合い自体はかなり距離がある。
 それをわかっていて、はあえて彼女の間合いの内側へと飛び込んだ。
 元々彼は前衛…接近戦を最も得意とする。
 魔法なんかは専門外だ。魔力的な力に弱いのも以前から変わっていないが、それを上回るスピードで躱し、避け、受け流す。

「っ!!」

 待っていたと言わんばかりにリリィは笑みを浮かべ、自身の手に魔力を溜め込む。
 一足飛びで懐に飛び込もうと突っ込んでくるに向けて魔力の塊をライテウスで覆った右手ごと突き出した。
 ぶつぶつと詠唱を口ずさみ、

「ヴォルテクス…っ!!」

 増幅させた魔力を爆発させ、雷を作り出した。
 その雷は自然界の法則を無視して横にとび、次第に上へと上っていく。
 は瞳を動かして雷が迫るのを感じていた。

 懐に飛び込めば、相手は発動の早い魔法を使ってくる。
 そんなことはわかっていた。相手より発動が早ければ、自分に害はないのだから。
 リリィの戦い方は以前の能力試験でわかっていたから、発動の早い魔法自体もわかる。
 だからこそ、身を屈めて地面に左手をつくと、突っぱねて横へ転がった。

「…ふっ!」

 横に一回転し両足をつくと同時に、地を蹴り出す。
 すでに彼女は目の前。は躊躇することなく、刀を振り抜いた。
 元々魔法自体の発動が早かったので、刀を振ったときにはすでに防御壁を張って斬撃を防いでいて。
 速い速度で繰り出されていた刃はぴたりと止められ、甲高い音とともに火花を散らした。

 一瞬視線を交わらせて互いに笑みを見せると、弾き飛ばされた刀の反動を利用しつつ背後に飛び退く。
 刀を鞘に納めて、気の流れをイメージする。

「アーク……」

 両手を合わせ、徐々に開いていくと氷が生成されていく。
 開ききり、前に突き出すとともに氷はどんどんと大きくなっていき、

「ディルッ!!」

 離れ構えるを襲った。
 それに臆することなく、は目を見開いて迫る氷をにらみつける。
 そして、次の瞬間。

「せぃっ!!」

 抜刀し、振り抜く。
 迫った氷は中心から次第にずれていき、真っ二つに分かれた。
 斬り口から2つの氷塊は離れていき、の間を素通りしていく。ずしん、と砂埃を上げて地面に転がった氷は、魔力を失って消えていった。

 気を足に回す。
 身体に負担のかかる戦法だが、相手が相手だから、油断は禁物。
 …ってか、最近身体が慣れてきてしまっているのか、あまり苦になっていなかったり。
 風をまとい、その場で抜刀したままその姿を掻き消した。

「……また、アレね」

 以前の能力試験でも、同じ状況でが使っていた力だ。
 相手は自分だけ。だから、その場にとどまれば彼はここに来るはずだ。
 だからこそ、リリィは以前と同じように遅延魔法の詠唱を始めていた。

 大丈夫。今度は絶対に当ててみせる。
 確信を持って、言えることだ。自分は強くなった。仲間の力も信じて戦えるようになった。
 今は1人だが、の戦法もそこそこにわかっている。
 だから。

「…負けないわよ」

 腰を低く構え、時を待った…………のだが。

「あれ?」

 ガッ

 なにかを蹴り出す音だ。
 音のほうを振り向けば、表面の削れた木。
 反対側でも、正面でも、背後でも。
 さらに同じような音が何度も何度も耳を穿つ。

「っ……そうか!」

 ここは森の中。
 以前の闘技場とは違い、ここには障害物がいくつもある。
 それを利用しているのだ、彼は。

「ちっ!」

 遅延呪文として溜めておける時間もあまり長くない。
 しかも、このままではどこからくるかわからない。

 ガガガガガガッ!!

 今いる空間内の至る部分から同じ音が響き、煙が上がる。

「だったら…!」

 遅延呪文は破棄。
 両手を広げて、

「ライテウス!!」

 声をあげた。
 手の甲に施された宝石が光り、両手に赤い光を帯びる。
 手のひらに同色の光が溢れる。

「灰となれ……」

 ダブルで。
 どこから来ても、これなら。

「ファルブレイズ……っ!!」

 両手から放たれた炎球は左右に散り………爆ぜた。








 轟音が響き、黒煙が視界を覆い尽くす。
 その中で、リリィは大きく息を吐いていた。
 大きな魔法2連発は、

「さすがにツラかったわね……」

 つぶやいて、服が汚れるのも気にせずその場にぺたんと腰をつけた。
 そこへ、

「はぁ、はぁ、はぁ……惜しかったな」

 ちゃき。

「っ!?」

 突きつけられたのは白い刀の切っ先だった。
 見上げた先には、焼け焦げた服を着たの姿が。
 裾の部分は完全に焼けてしまい、ほつれまくっている。

「ちぇっ……また負けかぁ…」
「大きな魔法を同時に使ったら、魔力切れ起こすのも無理ないって」

 大丈夫か?

 は刀を納めて、リリィに向けて手を差し出す。
 リリィは苦笑しつつ、その手を取って立ち上がったのだった。






リリィ戦、再び。
2006年最初のDSはリリィ戦から始まりました。
なんだかんだ言って、ものっすごいことになっていますが。


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