先に動いたのはだった。
 もやがかかり蜃気楼のようにゆらめく刀身をそのままに、強く地面を蹴ったのだ。
 姿が掻き消えたわけでもなく、ただ低く身体をかがめて這うように地を駆ける。
 対峙するナナシは緊張感などまったくないようで、のほほんとしているのだが、

「らぶらぶですの〜♪」

 やる気は充分だ…………………………………と思いたい。
 フィールド外で観戦している大河に向けて投げキッスなんかやっているので、とてもやる気があるようには思えないのだが。

「………っ」

 そんな彼女に意欲を削がれながらも、は彼女に向けて手を伸ばしていた。



Duel Savior -Outsider-     Act.45



「きゃあ〜ん、ですの」

 刀による斬撃を繰り返したところで、ゾンビである彼女には無意味。
 そんな理由から彼女の首元に手を伸ばしていたのだが、どこか抜けきった声のせいで力が入らない。
 そのスキにナナシは身体中に巻かれた包帯をすばやく取ると、

「びよ〜〜〜ん!」

 伸ばした。
 まるで弾丸のような速度で飛んでくる包帯の先っぽ。
 目にもとまらぬスピードで迫ってくるため、躱すのも紙一重。
 しかし、最後まで躱しきることはできずに端が頬を掠め、一直線の赤い筋をつけた。
 血が一筋伝い落ちていく。

「……うっそだぁ」

 血を拭いながら、悪態つく。
 ただの包帯のはずなのに、飛んできたそれは即席の剣。まともに受ければ致命傷は免れない。

「〜♪」

 相変わらずのにこにこ笑顔。とても戦闘中とは思えない。
 負けるつもりはない……とは言ったものの、あのリリィですらワケもわからないうちにやられてしまうほどの強さなのだ。
 勝てる見込みも多くはない。
 瞬間的に走る閃光でみなの視界が遮られているうちに起こっていることを理解したいというのが一応の目的だったのだけど。

「……もう、どーでもいいか」

 そんなことをつぶやいて刀を鞘へと納め、

「……………」

 腰を落とした。
 右手を柄にかけて、いつでも抜刀できるようにと備える。

 ナナシはナナシで、すでにやる気があるのかすらわからない。
 なぜなら、その場にしゃがみこんで砂山つくって喜んでいるのだから。

 ……緊張感もなにもあったモンじゃない。

 そう考えたときだった。

君っ!!」

 フィールド外からかけられた声に我に返ると、地面からいくつもの墓石がせり上がりを襲った。

「おおおあああぁぁぁっ!?」

 ……やられた。

 相手を油断させて、間合いの外から攻撃。完全に虚をつかれた。
 もっとも、彼女自身そんなこと考えてすらいないのだろう。
 これでも多くの戦闘をこなしているので気配の察知くらいはできるつもりだったのだが。
 自らの真下から出現した墓石に足をとらえ、気づけば空中へ投げ出されてしまっていた。
 そんな光景を眺めていたナナシは、

「ひ〜ちゃん、ごー♪」

 突如出現した大きな人魂に身動きのとれないを襲わせていた。

「ちぃっ…!!」

 舌打ち。刀を抜くと人魂に向けて振りかぶる。
 ここで攻撃を喰らえば完全に相手のペースだ。そうなれば、彼女の『あの』攻撃を出させる前に負けてしまうかもしれない。
 だから……

「おぉぉっ!!」

 気を纏わせた刀身を、目の前に迫った人魂に向けて振り下ろした。
 霊的存在である人魂を気で纏った刃は2つに斬り裂いて、地面への裂け目を作り出した。
 着地と同時に気を足に流し、強化。
 地面を蹴り出してその姿を掻き消した。












「なんか……」
「ええ」

 すごいのかすごくないのか、いまいちよくわからない。
 リリィとベリオは観客席で顔を見合わせた。

 は強い。
 主席のリリィにも能力測定試験で勝利をおさめているし、地下探索でも村への遠征のときも大河とリコとのタッグ戦のときも。
 その力を余すことなく見せつけていたというのに。
 戦闘能力の高さを除いても、頼れる仲間という存在になっていたというのに。
 その彼は今、一体のゾンビに遅れをとっているのだ。
 …ってか、「全力全開で」とか言いつつも本気を出していないようにも見えた。

「…あぁっ!」

 が消えちまったぞ!

 そんな大河の声が聞こえているうちに、は身体に負担をかけながらも高速で移動し、ナナシの背後を取っていた。













「はああぁぁっ!」

 背後に回りこんだは刀の峰でナナシの胴を捉え、吹き飛ばした。

「きゃあ〜ん」

 吹っ飛びながら間の抜けた悲鳴をあげるナナシ。
 は即座に納刀し、黒がかった赤い瞳を動かして宙を舞うナナシをにらみつけた。
 刀が気をまとい、ゆらめく。

「………」

 ナナシが地面に激突する寸前を見計らって、

「飛べ!!」

 抜刀。
 飛ぶ斬撃を発生させ、彼女を捉えると。

「ひゃあぁぁぁ〜ん…」

 さらに間の抜けた叫び声だが、もう気にしない。
 彼女は一見やる気なさそうに見えて、実は戦う気満々だったことがわかったから。

 …戦闘前に言ったように、全力全開で、彼女を打倒する!

 地を駆け、落下寸前のナナシに追いつくと地面をこすらせた刀の切っ先を切り上げた。
 気が爆発し、再び彼女を宙へと追いやる。
 彼がゾンビの恐怖で我を無くしたときに、モンスターと一緒にまとめて吹っ飛ばした衝撃波だ。普段は使わない剣技だが、なぜ使わないのかは彼の中にのみ存在する。

「いやぁぁん、バラバラになっちゃったですのぉ〜」

 ダーリン、慰めてですのぉ〜……

 空中で両手両足と首が胴体を離れ、ばらばらと闘技場中に散っていく。
 これではまとめて攻撃は不可能。っていうか、パーツに分かれてしまったために元来ゾンビ嫌いのは彼女をゾンビだと再認識してしまい、動くに動けない。
 なので、その場で落ちてくるのを待っていたのだが。

 これが、彼が犯した最大のミスだった。
 ぽてぽてと落ちてくる各パーツ。ゾンビの象徴たるその光景は、彼のゾンビ嫌いを増長させることになっていたのだ。

「…かっしゃ〜ん」

 …合体♪

 そのため、各地に落下していったパーツを胴体とくっつけているのをただボーゼンと眺めていたのだ。
 気づいたときには彼女の身体はちゃっかり復元していて、慌てて攻撃を繰り出そうとしたところで、

「うわぁっ!?」

 閃光が走りぬけた。




 …………



 ……



 …



「…あれ?」

 気が付けば。

「空……」

 は闘技場に仰向けに寝そべっていた。
 一体なにが起こったのか、まったく理解できなかった。

くぅ〜ん、大丈夫?」

 ただわかっていることは。

「ダリア先生。下半身に力が入らないので、戦闘続行は無理そうです」

 首だけを動かして、ダリアにそう告げたのだった。
 力が入らない。動かそうとしても、言うことすら聞いてくれないのだ。
 まるで、身体から切り離されたような感じ。

「はぁい、またしてもナナシちゃんの勝ちぃ〜」
「きゃぁ〜ん、勝ったですのダーリィィンッ!!」
「おわぁっ、抱きつくな!! 冷てぇぇっ!!」

 刀は手にもっているのだが、鞘に収めるのすらなんだか億劫だ。
 しかも、下半身に力が入らないので立ち上がることはおろか、寝返ることすらできそうにない。

「師匠!」

 いち早く駆け寄ってきたのはカエデだった。
 いつまでたっても起き上がる気配すらないからだろうか。
 太陽の光がカエデの身体で遮られてまぶしさは緩和したのだが、やはり力は入らない。

「まさかあんたが負けるなんてね」
「わからないもんだな。結局、何が起きたのはわからなかったよ…ってか、カエデ。悪いけど肩貸してくれるか?」
「承知。さ、つかまるでござるよ」

 リリィに愚痴をこぼしながらもカエデの手を取ってなんとか立ち上がるが、下半身のほうは動きを見せない。
 しばらく様子を見たほうがよさそうだ。

「…で、なにかわかったか?」
「いえ……」

 戦闘自体は長引いたものの、勝負は一瞬でついてしまった。
 わかったことは、彼女の戦い方が特殊だということだけで。
 「戦い方を知らない」などとリリィ戦で言っていたのがウソのようだ。

 彼女は、自分と同じ死者に助けを借りて戦っていた。
 人魂や、墓石。さらには自身に巻きついている包帯を武器にしている。
 召喚器を持たずとも戦闘能力は高い。

「さぁ〜て、これで救世主資格試験は終りね」
「そんな…こんな結果、おかしいです…」

 結局、彼女がどのように自分やを倒したのかが未だに理解できていないのだ。
 リリィが反論したいのもうなずける。
 しかし、約束は約束なのだから。

「ノンノン、救世主資格試験のルールはご存知よねん? 今回はサービスで2回も審査があったのよ?」
「けど……」

 ちっちっち、と口元で指を振るダリア。
 大河やは破滅に取り付かれたゴーレムだったが、本来はただの召喚器を喚びだすための儀式なだけであるため、相手は同じ救世主クラスの人間か下級のモンスターで事足りるのだ。

「戦闘能力的にもトップクラスのリリィちゃんとくんが受けてたって負けたのよぉ?」

 もぉこの件はおしまいでぇす。

 ニッコリ笑ってダリアはそうリリィに告げたのだった。
 納得いかない、といった表情でダリアをにらみつけるが、彼女は間違っていないので反論もしようがない。
 ここからさきはただのワガママになってしまうから。

「じゃ、じゃあ…これで晴れてナナシはダーリンのクラスメイトになれるんですの〜?」
「そういうこと。ようこそナナシちゃん、救世主クラスへ♪」
「わあい〜、ですの〜♪」

 こうして、1000年の歴史を誇る王立フローリア学園に初の『アンデッド救世主候補』が誕生したのだった。





























 と。

 ここまでなら良かったのだが。




「きゃはははは♪」

 闘技場前でナナシは1人声をあげて笑っていた。
 彼女の左手には黒いマジックペンが握られていて、

「ぶっははははは! こりゃ愉快だ!」
「うっ、うるさいわね! 見るな!!」
「…………」

 ナナシは自分に負けた2人に『指導』していた。
 なぜ『指導』のことを知っているのかは理解不能だが、彼女はリリィとの顔にそのマジックペンで落書きをしては笑っていたのだ。

 どこかのヤクザが使いそうな、『オンドリャ』とか、『ゴラァ』とか。
 さらには『 (・∀・)アヒャ!!』とか顔文字書いていたり。

 ……なぜ知ってる?




「ほれほれリリィ、笑ってみ〜?」
「え?」

 カシャ

「なっ、大河! アンタなに撮ってんのよ!」

 自分が出なくて良かったといわんばかりに大河はリリィとの顔を携帯のカメラ機能を使って写真に納めていた。

 ちなみに、このときにはすでに下半身に力が戻ってきていた。
 立てなくなるほど力が入らなくなるのは、どうやらそう長い時間ではないらしい。
 とりあえず……

「なんか…むしょうに腹が立つ」

 ギロとにらんだ先には、笑いを堪えているベリオやカエデの姿。
 視線に気づいてそっぽを向くが、あからさますぎるし。













「そう、やはり勝ったのね…」
「ミュリエルさま、あの娘は一体……?」

 そんなダリアの問いに答えることなく、学園長はダリアに下がるようにと告げた。
 なにかを隠しているそぶりだが、ここ学園長室には彼女以外の人間はいない。

「やはり…―――の…?」

 そうつぶやいた直後、ノック音が響き、ダウニーが姿を表していた。
 彼の話の内容は、王宮からのもので。

「学生の早期動員命令が届きました」

 遷都前の王都だった場所にあたる『ゼロの遺跡』にモンスターの集団が現われたというものだった。
 その言葉に学園長は表情を険しいものに変え、つぶやいた言葉が誰にも聞かれることはなく。
 ただ虚空へと消えていったのだった。







ナナシ戦でした。
主人公負け負けです。
この後すぐ、『ゼロの遺跡』へ遠征ですね。
知っている方ならピンと来るかもしれません。


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