「それでは、君もやはり……」
「ええ。先日の戦闘で、召喚器を喚びだしました」
は1人、学園長に報告をしていた。
本来ならすぐに伝えなければならないところなのだが、いろいろとやっていたので伝えるヒマがなかったのだ。
謎の多い召喚器の解明とか、絶風、サモナイト石との互換性。
なるべく多くの情報をもっておきたかったというのも大きな理由の1つだった。
「俺の召喚器は、武器ではなく……防具と考えていいと思います」
名前は『サバイバー』。
護ることに特化した、篭手の召喚器である。
他にも付加的な要素はあるのだが、言うべきか否か。
正直、こうして学園長の前に立っていても迷っていた。
「そうですか……その召喚器の能力、聞いてもいいですか?」
「……とりあえず、めちゃくちゃなんです」
「……ど、どゆことぉん?」
「どうも何も、めちゃくちゃなんですよ。ダリア先生」
は細かにというわけではないが、先日まで自分で調べていた事柄についてを口にした。
まず、敵モンスターの攻撃を軽く防ぎきる強固な盾を展開できること。
次に装着している間、自分の持ち物がサバイバーと共鳴すること。つまり、今まで使えなかった力を使うことができるようになった可能性があるということ。
そして。
「……これが、一番重要なことなんです」
「…………」
学園長が首を縦に振ることを確認して、さらに言葉を続ける。
「この召喚器、着けているだけで俺のいた世界…『リィンバウム』に干渉できるようなんです」
つまり。
「この世界では使うことのできない力……『召喚術』を、行使できるかもしれません」
そう口にしたのだった。
Duel Savior -Outsider- Act.38
「世界に……干渉?」
つぶやかれた言葉に、こくりとうなずく。
『召喚術』とは、元々リィンバウムから隣り合う4つの世界、ロレイラル・シルターン・メイトルパ・サプレスと、存在の解明されていない『名もなき世界』に干渉することで召喚獣たちを喚びだし、行使する術である。
アヴァターで言えば『魔法』と同等の部類に入るが、サモナイト石と媒介となる道具がなければ行使できない分、魔法よりも使い勝手が悪いとも言えるのだが。
リィンバウムに魔法の概念はないため、召喚術を行使する人間――召喚師が絶対の権力を持っていた。
「俺自身、元々はリィンバウムの住人ではなかったのですが、まぁ色々とあって事故という形で召喚されてしまったわけですが」
は名もなき世界の住人だと言われているが、すでに戻る手段もない上に本人がそれでいいと思ってしまっているから。
アヴァターではリィンバウムの住人として数えられ、『赤の書』を手にすることで、召喚されてしまったのだろう。
……召喚のされ方はさておいて。
召喚術についての説明をして、その事実がの言うとおりむちゃくちゃだと理解させるのにはさほど時間はかからなかったのだけど。
「この力は危険すぎます。だから、盾以外の力はあまり使わないつもりです」
そう、告げたのだった。
学園長たちはを特に問い詰めることなく、報告だけを聞いて彼を開放していた。
自分の持つ力の使い道をすでに自分で決めてしまっているから、自分たちが何かを言ったところで意味はないだろうと踏んだのだ。
学園長室を出て、寮に戻ろうと校舎の階段を降りきったところで。
「あれ?」
医務室のドアの隙間から、カエデの姿が見て取れていた。
動きを見せる様子もなく、なにげに挙動不審だ。
「カエデ?」
がらりと医務室の扉を開ける。
カエデはベッドに腰掛け、膝を両手で押さえつつ顔を青くしていた。
なにがあったのかと、焦る。
「大丈夫か!? 何があった!?」
「いや、特に何かあったわけではなくて、朝練でしくじったでござるよ」
顔色は悪いが、怪我自体はたいした事はないらしい。
「……とりあえず。手、怪我見せてみ」
「あっ……」
返事を待たず、カエデの両手をどけると。
膝の部分に擦り傷ができていた。
軽く血がにじんでいるが、おそらくコレが原因だろう。
彼女自身、傷を見ないように顔をそむけているのだから。
「自分の血もダメなんだな」
「うぅ、誰の血でも同じでござるよ……師匠、血は止まったでござるか?」
相当なトラウマだ。
自分の血で、しかも指先くらいのちょこっとの血でさえも怖がってしまうのだから。
は机の上に置いてあった傷薬(っぽいもの)を手にとると、
「じゃあ、薬。俺が塗るよ」
「かたじけない」
手にとった薬を眺めてそれが傷薬であることを確かめると、蓋を開けた。
白い塗り薬だ。
指の腹で掬い取ると、それをカエデの膝にあてがい、塗り広げた。
「拙者、自分が情けないでござるよ」
「それでいいさ。情けないと思っていれば、それを正そうと努力できるし」
つぶやいたカエデに言葉を返し、せっせと薬を塗っていく。
「これでも密かに直そうと努力してたでござる」
「…そっか」
薬を塗り終わると、蓋を閉めてもとの場所に戻す。
薬のついた指先を拭うと、立ち上がった。
「しかし、どうしても恐れは消えることなく……」
「……あのな、カエデ。なんでも悪い方向に考えるクセ、直したほうがいいぞ」
最も、そのクセは血液がらみの事柄に限るのだけど。
確かに、自分の血ですら見られなくなるほどのトラウマを植え付けられたのだから、仕方ないといえばそこまでだ。
しかしそのたびにネガティブな思考になっていては直るものも直らない。
「血が赤いのってさ。人間が生きている証拠だと思うんだよ」
「え?」
彼女も知ってるヘモグロビン。
たしかにあれが血が赤いことの理由になるわけだが、それだけだ。
先日倒したモンスターの血は赤くなかったし、幽霊やゾンビに血が流れているわけもない。
血が赤いのは、人間を含めた生物だけなのだ。
「人間は、血が赤いから生きていられる」
自分の問題から目をそむけていては、その問題は一生自分に付きまとう。
些細なことでも直す努力をすれば、いずれは克服できるときがくるはずだ。
「今までにも色々やってきたんだろうけど、君のそのブラッドフォビアを直す第一歩として……」
ついさっきまで自分が触れていた部分。
彼女の膝部分を指差して、
「このちっちゃな傷を見ることから再出発してはどうだろうか?」
そう口にした。
すでに血は止まってしまっているが、擦り傷というものは傷口を血に似た赤で染め上げる。
薬を塗ってしまったせいでその色もだいぶ薄れてしまっているが、赤い部分は健在で。
「……師匠、なんだか勇気が湧いてきたでござる!!」
それを聞いた彼女の雰囲気はどんよりとしたものから一転し、なにか決意を胸に秘めたような、そんな表情になっていた。
はずいと顔を寄せるカエデに苦笑しながら「そうか?」と応対するが、とりあえず彼女の変貌ぶりについていけていない。
「では早速……」
カエデはの手をしっかと握り締め、震えながらも傷口を覗こうと身をかがめた。
女性に免疫のないだったが、ここで逃げては負けだと決意し、軽く握り返す。
彼女は自分の膝部分を覗いて、
「なんとか……見ることができたでござる」
彼女が見ているのは血の流れていない傷口。
とはいえ、今まで血が怖くて傷すら見れなかった彼女からすれば、最初の一歩で大進歩だ。
ばっ、と勢いよく座っていたベッドから立ち上がると、
「師匠〜、感謝、感謝でござる!!」
の両手を握ってぶんぶんと上下に振り始めた。
「バカ、そんな急に動いたら……」
傷口が開くぞ。
そう言おうとしたのだが。
「え!? ああっ!! 傷口が開いて……きゅう〜…」
一歩間に合わず、カエデはあえなく気絶してしまっていた。
とりあえず、そのままというわけには行かないので、彼女を抱えてベッドに寝かせる。
布団をかけてから再び顔を眺めると、
「前途多難だな……」
なんて、そう言わずにはいられなかった。
第38話。
カエデメインの小話です。
あとは、召喚器の詳細説明みたいな感じでちょっと短めです。
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