「静かだな」

 たどり着いた村は閑散としていた。
 村の水源から出ている水の音以外に、音がない。

 村人が笑いあう声も、客を呼び込む商売人の声も。

 何かに消し去られたかのような静けさだった。

「……人の気配が…しない」
「確かに…おかしいですね。リリィはどうしたのかしら?」

 救世主クラスの面々よりも先行し、すでについていてもいい頃合。
 どこかでモンスターと交戦しているのではないかという意見も上がるが、この静けさだ。

「リリィが来てれば、良くも悪くも騒ぎになってるはずなのにな」

 というのが大河の言。
 しかし、今の状況を見ても分かるように、人の声はおろか鳥の姿すらまったく見えない。

「リリィどのは隠密行動に長けているわけではないので、大河どのの言にも一理あるでござるが……って、師匠?」
「…………」

 そう言いながら眺めるカエデを気にすることなく、険しい表情のまま村を見回し、は人の気配がないことに疑問を抱いていた。
 右腕はすでに刀の柄にかけられ、いつでも抜刀できるよう準備は万全だ。

 ……いくらなんでも、おかしすぎる。
 『知性』というものが存在しないというモンスターに襲撃されているはずなのに、なぜこの村はこんなにも綺麗なのだろう。
 村人全員を人質にでもしてるっていうのか?

「…ありえない」

 つい、考えていることを口に出してしまう。

君?」
「っ! ……あ、ああ…ゴメン。考え事」

 は苦笑し、「なんでもない」と言いつつひらひらと手を左右に振ったのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.35



「それに今は……」

 リリィと大河はケンカ中。
 しかも、ちょっとしたイタズラ心でリリィを泣かしたのも彼だ。
 強情なリリィだからこそ「誰の手も借りない」と1人先行したのだろう。
 これが自分なら一発で迷うな、と。
 はそんなことを考えて苦笑していた。

「…ん?」
「どうしたの、カエデさん?」

 身体をぴくりと反応させ、目を閉じる。

「足音が…」

 目を閉じたのは、聴覚を研ぎ澄ますためだった。
 も同様に目を閉じる。
 集中するは耳。徐々に近づいてくる足音を感じ取ろうと、全員が考えていた。

 さく、さく、さく、さく。

「っ!?」

 初めに動いたのはカエデだった。

「…動くな」

 腰の短剣を引き抜くと忍びらしくすばやく相手の背後に回り、切っ先を喉元に突きつける。
 彼女以外が目を開けたときには、足音の主はすでにカエデに拘束されていた。

「ひいっ!」

 低い驚きの声があがる。
 モンスターの咆哮とは違う、弱々しい悲鳴。
 足音の主から発されたもので。

「待って、カエデさん…人だわ」
「む?」

 カエデが拘束を解くと、足音の主は怯えの色を見せながらも相対している集団を人と認識する。
 足音の主は青がかった灰色のローブを着ており壮年の男性で、救助に来た、と告げたベリオを視界に納めると嬉しそうに声をあげ、村長のラウルだと名乗りをあげた。

「…………」

 自分たちがどんな集団なのか、それを村長に伝えたり、今の村の被害状況を聞いたりと四苦八苦している間。
 は村長を先頭に歩く集団の最後尾に位置しながら、表情を険しいものに変えていた。

 村人は全員村長の家の地下室に隠れているということらしいが、急に襲い掛かってきたモンスターに対して、そこまで迅速に避難ができるのだろうか?
 なんで外で殺された人間の血痕が存在しない?
 モンスターの襲撃を受けて、なんで建物に破損の形跡が見られない?
 目の前の村長はなんでモンスターがどこに潜んでいるかも分からない村の中を堂々と歩いて回れる?
 そして何より……




「なあ、村長」
「は、なんでございますか?」
「俺たちがここに来る前、ここに俺たちくらいの年の女が来なかったかな?」

 大河のそんな質問に、は地面に落としていた顔を上げた。
 『俺たちくらいの年の女』は、まちがいなくリリィだ。彼女のことだから、なにごともなく村にたどり着いているとは踏んでいたのだが。

「いえ、今日になってからは、まだ誰も見かけておりませんが」
「ちっとばかし成績がいいのと、学園長の養子だってのを笠に着てまあやりたい放題のわがまま放題。顔だってこーんな…」
「え、えっと、深紫のマントを着た赤い髪の毛の女の子なんですけど、ご存じないですか?」

 ベリオの話を聞き、村長は眉を歪めると

「赤い髪? はて…見たことはありませんなぁ」

 ベリオはしゅんとうなだれ、表情に影を落とした。

 ……いくらなんでもおかしすぎる。
 襲撃したモンスターが『破滅』なら、破滅の民が裏で暗躍している可能性がある。
 ということは、『知性がない』という項目は消した方がよさそうだ。

 はそんなことを考えながら、村長をまっすぐ見つめていたのだった。









「ささ、あれが役場です」

 村長はひときわ大きな建物を指差した。
 相も変わらず人の気配はしないし、モンスターにもまったく出会わない。

 流れに従って立ち止まり、くん、と鼻で空気を吸い込む。
 かすかだが、臭う。
 錆びた鉄のような、鼻を突くような臭いだ。
 忍びで、こういった臭いに敏感なはずのカエデが気づかないことに驚きはしたものの、この臭いの元は……

「それで、どうやって潜入しましょう?」
「ここは拙者が…」
「いや、カエデは行かない方がいい」

 なぜなら、彼女は血が苦手だから。
 建物の中には、たくさんの人間が死んでいるとすれば、彼女にとってそれは地獄になるから。
 隠密行動ならたしかにカエデが適任だが、今回に限ってはほぼ確実に役に立たない。

「それに」

 刀を引き抜く。

君?」

 急に武器を取った驚きを隠せず、全員がその場で瞠目する。
 その中でも、大河だけは冷静にを視界に納めていた。

「…………」
「…………」

 アイコンタクト。
 目だけでその意思を伝え互いにうなずくと、

「さあ、リリィの居場所…教えてもらおうか」

 ちゃき、と村長に刀の切っ先を向けたのだった。





『!?』

 全員の息を呑む音が聞こえる。
 それだけに、の突然の行動に驚いていたのだ。

さん、何を……」

 リコがつぶやくが、の視線はまっすぐに村長を射抜いたまま動かない。

「な、なにをおっしゃっているのです!? 私は、先ほども知らないと……」
「あれ、おかしいな? なんでリリィが『先ほど』の話に出てきた女だってわかるんだろうな?」

 俺は『リリィの居場所』って言ったんだぞ?

 つまり、カマをかけたのだ。
 リリィのことだから、自分から『救世主候補のリリィ・シアフィールドだ』なんて名乗るに違いないから。
 知らないなら「リリィ? 誰ですか?」と返せばいいのだが、村長は「私は、先ほども知らない」と口にしている。
 つまり、『先ほども』と言っている時点で、大河の言う『俺たちくらいの年の女』がリリィだということを知っているということになるのだ。

「あぁっ……!!」

 ベリオが理解をその表情に示し、眉を吊り上げる。
 は殺気を伴った視線を村長に向けて、

「……斬られたくなかったら、さっさとリリィの居場所を吐け……破滅のモンスターさん?」
「っ!?」

 狼狽している。
 恐怖からか、正体がバレたことに対する焦りか。
 一瞬、ちらりと役場の中に視線を向ける。
 それを見逃すほど、甘くない。

「大河、リリィは役場の中だ……君が助けてこい」
「……おうよっ!!」

 大河は元気よくうなずくと、未亜に一言耳打ちをしつつ単身で役場へ突入していった。
 その後、すぐに建物内で轟音が鳴り響く。

「ジャスティ! 今だ!」

 中で何が起きているのかは、大河しかわからない。
 しかし、

「いっけーっ!!!」

 未亜は迷いなくジャスティを引き絞り、無数の矢を放っていた。
 中に巣食っていたモンスターに埋め込んだトレイターを目印に、ジャスティの矢は壁をものともせずにぶち破る。
 その矢は、全てモンスターに命中していた。
 ……器用なものだ。

「さあ…私たちも行きましょう!」
「…ん」

 ベリオの音頭で、カエデとリコがそれに便乗した。
 中のモンスターを殲滅せんと、大河がリリィを助けて出てくるのを待ち、カエデが爆弾をセットする。

 大河は、ほどなくしてリリィを抱えて建物から出てきていた。
 抱えられたリリィの顔が真っ赤になっていたが、今はそんなことを気にしている時間はない。

「お兄ちゃん!」
「リリィっ!」
「すぐに建物から離れるでござる!」
「…ん」

 2人が建物を離れ、追ってのモンスターが扉を破壊してその威容をあらわした瞬間。

「ウグゥァァァァッ!」

 カエデがセットしていた爆弾をリコの魔法で連鎖爆発させていた。
 建物の表面はすでにその中身が丸見えで、プライバシーもへったくれもない状態になっているが、中に人はいないので問題なし。

「おノレ……救世主どモメェぇェェッ!!」

 村長の身体が、異形へと変化していく。
 しかし、の目の前でそれは無謀というもので。

「俺の仲間に手出しさせてたまるか……よっ!!」
「グギャアアァァァッ!」

 村長の身体を残した胸元に刀を突き刺し、地面に倒す。
 痛みにモンスターから刀を引き抜くと、でろりとした妙な色の液体が刀にこびりついているのが見える。
 ……手入れが大変そうだ。
 その場でもだえ苦しむモンスターを尻目に、はつかつかとその場を離れ助け出されたリリィの元へ。
 どうせ全員で戦闘するのだから、自分の役目を果たしたからということで。

「大丈夫、リリィ?」
「う………うん」
「怪我とかは?」
「だ……大丈夫……」

 表情に元気がないが、見る限り怪我はなさそうだ。
 …………その姿がちょっと健全な青少年にはよろしくないが。

「それじゃ、あとは私たちに任せて、そこで休んでいて」

 大河君! 私も行きます!

 表情を引き締めて、ベリオが声をあげる。
 は無言で真っ白な上着を脱ぐと、リリィに差し出した。

「……頼むからこれ、着ててくれ」
「え?」
「………………………………目のやり場に困る」

 大河なら飛び上がって喜びそうなリリィの今の格好だが、その手のことに免疫のないからすればそれは毒というもの。
 ………要するに、ウブなのだが。

「……ありがとう」

 リリィは表情を緩めて、顔を赤くし彼女に背を向けたに告げた。






「よし! みんな! とうとう『破滅』が相手だ! 気を引き締めていけ!」

 大河が声を張り上げる。
 が与えていた刀のダメージなど、復活したモンスターには皆無に近い。
 人間の姿が跡形もないほどに姿形が異形のそれに変わっていて、モンスターらしい姿になっていた。

「うん!」
「承知!」
「…マスターの仰せのままに」
「破滅よ…神の裁きを受けなさい」
「上等!!」

 ジャスティを構え照準をモンスターに合わせた未亜が。
 両手にクナイを構えるカエデが。
 モンスターを殲滅せんと魔法を唱えるリコが。
 大河の隣でユーフォニアを構えたベリオが。
 上半身裸で無数の傷跡を全員に見せ付けているが。

 その双眸にモンスターを納め、大河の声に呼応していた。




「行くぜぇっ!!」







第35話。
リリィ救出編でした。
ライテウスを拾う話ですが、だいぶ強引だったような感じがしますね。

これは36話の話でした。
今回はモンスター遭遇までを。
そして、夢主の思わぬ一面を1つ。
いかがでしたでしょうか?



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