「どう? 誰が救世主クラスの実力ナンバー1か、思い知ったかしら?」

 ぐいぐいと、リリィのかかとがうつぶせに倒れこんでいた大河に食い込んでいく。
 悔しさに大河は歯を噛んでいたのだが、

「あの時も、私がいたから、あんたも最下層まで行けたのよ!」
「ぐ、ぐえ…貴様…」
「なぁ大河ぁ〜、俺、やっぱり未亜さんとは脈ナシかなぁ……」

 セルは先ほどの魔法によるダメージなどなかったかのように、心に負った傷の痛みにすすり泣く。
 今がどんな状況か、彼にはまるで分かっていないようにも見える。

「セルよ…この状況のどこを見てそんなのんきなセリフが吐けるんだお前は」
「いい構図じゃんか。幻影石に記録しといてやろうか?」
「どこからその発想が出てくるんだこの脳内グリコーゲンが」

 彼は今の状況をしっかり把握した上で、あえて発言していたのである。

「フローリア学園最強の学生に刃向かうってことだ、相手にならん。相手になりそうなのは…ぐらいのモンだろ。聞いてるぜ、学園最強のリリィ・シアフィールドを負かしたってさ」
「あいつは……れ、例外なのよ例外!」

 結局、未亜がダウニーを連れてきたことで、事は収束したのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.30



「や、やっと収まった……」

 振動が止まって、数十分。
 は顔までかぶった布団をどけて、窓を眺めた。
 先ほどまで教室で大河vsリリィの『いつものケンカ』が展開されていたものだから、その余波で起こった振動から身を守るために布団に包まっていたのだが。
 それがようやっと、なりをひそめたのだった。

「毎日これじゃあ、治るもんも治らないっての」

 愚痴りながら、身体を仰向けに戻した。
 まだ、日は高い。

「少し、寝るか……」

 そんなことをつぶやいて、海は目を閉じたのだった。








「む……」

 放課後。意識を戻したはゆっくりと上体を起こした。
 酷使し疲弊した筋肉も、ベリオの治癒魔法のおかげでかなり痛みが緩和されていたのだが、突発的な振動にはやはりまだついていけていない。
 多少の痛みを伴うが、一応立ち上がり歩くことくらいはできるのだ。

「さて、と」

 よろりと立ち上がると、首を動かして愛刀を探す。
 ……それは、すぐに見つかった。
 ベッドの脇。
 窓の下部分の壁に、立てかけてあったのだ。
 まだそれほど激しい動きはできないから、持ち歩く必要は特にありはしないのだが。

「……よし」

 刀を腰に装着。
 連日続く戦いの日々のおかげでろうか。
 最近、腰に刀を差していないと違和感があって仕方ないのだ。

「さて、それじゃ出発……」
、入るわよ?」

 いざ出発、しようとしたところで、トーンの高い声と共にギィ、と扉が開いたのだった。



「リリィか。どうした? 俺に何か用事か?」
「え、あぁ……うん」
「そか。じゃあ、食堂行くぞ。俺、今空腹で死にそうなんだ。あと……」

 リリィの肩に手を置いて、

「ちょっ!?」

 べり。

 背中に貼り付けられていた紙を剥がした。
 ふむ、とそこに書かれた文を読むと。

「『私は変態メス奴隷です。誰でもいい、何時でもいい、私をいたぶってください』? なんだこりゃ………あぁ、イタズラされたな、リリィ」
「っ!?」

 それは、大河が先刻のケンカに対する謝罪をしたときのことだった。














「ちょっと待てよ!」
「と、当真大河…? な、何よ…アレだけやられといて、まだ懲りないの?」

 居心地悪そうに、リリィはそう口にしていた。
 アレだけ大掛かりなケンカをしたあとなのだから、仕方ないといえばそこまでなのだが。

「さっきの件だが……」
「な、何よ? 言っておくけど、私は悪くないわよ!」
「ああ、リリィは悪くないな。俺が悪かった」
「…え?」

 リリィは普通に驚いていた。
 あの大河が、先刻あれだけ自分と口ゲンカを繰り広げた大河が。
 自分の言を素直に認めたのだから。

「あの時も、リリィがいたから、最下層まで行くことができた。お前の言ってることは正しいわ」

 これでは、今までにさらに輪をかけて居心地が悪くなってしまう。

「ただなぁ、リリィのおかげってのも本当だけど、リリィのおかげだけじゃないってのも、ちゃんと認めて欲しかったんだ」

 『導きの書』は、救世主クラス全員で取りに行った。
 途中でリタイアしたメンバーだって、必死に戦ってきたのだから、大河の意見は的を射ていた。

「リコは当然としても、ベリオも、カエデも、も。あと……お前は納得いかねえかもしんないが、未亜もな」

 ほぼ全員が『救世主になるんだ』と意気込んでいた中で、ただ『兄である大河と一緒に元の世界に帰るんだ』と心に決めていた未亜。
 彼女も、足を引っ張った部分はあるかもしれないけど、彼女なりに頑張っていたのだ。

「それだけは、譲れない」

 シスコン救世主のレッテルを貼られようが、セルにそう吹聴して回られようが、当真兄妹は互いに助け合って今まで生きてきたのだ。
 その絆は、強固なものだから。
 大河がそう口にしたのは当然だった。

「俺の言いたかったことはそれだけだ。妙に舞い上がってすまなかったな。じゃ……」

 ぽん。

 そう、このときだ。
 このとき、大河に背中を軽くだが叩かれたのだ――――













「あのクソバカ……」
「おい、こんなトコで魔法発動はよしてくれよ……まぁ、気持ちはわからんでもないが、今回ばかりはちょっとやりすぎだな」

 怒りに燃えるリリィをなだめつつ、はそう口にした。
 向こうから訪ねてきたのに、なぜ俺が彼女をなだめねばならんのだ?
 そんな疑問を浮かべながら、黒いオーラを浮かべたリリィを食堂へ引きずっていったのだった。



「さて、と」

 というわけで。
 とリリィは食堂へ来ていた。
 相変わらずリリィの表情は怒りにたぎっていたが、貰ってきた料理のトレイを机に置き、「よっこらしょ」とジジくさい掛け声をかけながら、イスにどっかと座り込んだ。

「で?」
「なによ……?」
「分かったから怒りを納めなさい。俺に何か用事があったんだろ?」

 はっ、と忘れてたと言わんばかりに、リリィはぽんと手を叩いた。
 怒りで我を忘れて、をたずねた用件がすっぽり抜け落ちてしまったのだろう。
 その瞬間には、すでに黒いオーラは消えうせていた。

「そう、そうなのよ。ちょっと、あんたに相談」
「は……め、珍しいな。救世主クラス主席の君が俺に相談なんて」
「いいのよ。あんたは…例外なんだから……」

 明日は槍でも降るんじゃなかろうかと思うくらいに、彼女はしおらしくなっていた。
 視線を机の上に向けて、つぶやいた時には。

「……っ!?」

 彼女の目から、少量だが涙が流れていた。

「り、リリィ……?」
「なっ、なんでもないわよっ! そっ…それより!!」

 赤面させて、だんっ、と机を叩く。
 コップになみなみと注がれていた水が少しこぼれてしまったのだが、そんなことを気にすることなく。

「あんた、私に何が足りないか言いなさい!!」
「………………………………………………は?」

 いかん、天変地異だ。
 明日は間違いなく晴天の後、豚が降る。
 豚どころか、像とかチュパカブラとかガラガラヘビとかそんなのが降ってくるんじゃなかろうか?

「何よ、その間は……まぁいいわ。とにかく、あんたは私に足りないものを言えばいいのよ」
「とても人に尋ねるような態度じゃないのが気に食わないが……まぁいいや。そうだな……」

 は持ってきた料理を口に放りつつ、思考をめぐらせた。
 以前行った能力測定試験での事。先日の召喚の塔爆破事件のこと。そして、今までの大河との見事なケンカっぷり。

「まず、これは会ったときから考えていたことなんだが……君は救世主に執着しているな」
「っ……そ、それは」
「ま、それがなんでかは俺も理解してるからいいんだけど……」

 割り込まれ、発された言葉にリリィは口篭もる。

「魔法に関する知識も、戦闘時の動きも、勝利に対する意気込みも目を見張るものがある。けど……」
「……っ」

 よく分からない味で、未だに好きになれないオレンジ色のソレを口に入れると、咀嚼して飲み込む。
 ぴ、と箸の先をリリィに向けると、

「少しばかり…感情に走りすぎてるふしがあるな」

 それは間違いない。
 大河とケンカしたときなんかは、端から見てるとそれはそれはスゴイものがある。
 …ってか、怒りに駆られて公共の教室で魔法をぶっ放すのはいかがなものかと。

「む……」

 自分でもわかっているのだろう。
 その表情を横目に見つつ、は料理の残りをかっ込んだ。

「さらに言わせてもらってもいいか?」
「…………」
「それでもいいなら言うけど…たぶん、君をけなすようなことを言うと思うから、確認」
「…いいわ」

 まさか、うなずくとは思わなかった。
 いったい、彼女に何があったのだろうか?
 熱でもあるんじゃなかろうかと、心配してしまうが、表情を見る限り病気の類ではないようなので。

「じゃあ、言うぞ」

 こくり、とうなずいたのを確認して、

「君の猪突猛進な性格と、救世主に対する執着心。これらのせいで、肝心な部分が抜けちゃってるんだよ」

 導きの書を求めて、地下へもぐったとき。
 毒に冒されたベリオを助けるためには解毒の魔法が必要だったのだが、完全に前衛系で魔法なんぞ使えるわけもない大河、未亜、はともかく、魔法使いであるリリィがその魔法を使うことができず、結局未亜がベリオを担いでいくことになったのだ。
 魔法が使えないのを責めたところでどうしようもないので、その場は特に言及もなく収まったのだが。

「互いに、支えあう気持ちだ。俺たちは仲間だ。チームなんだろ?」
「…………」

 は厳密には救世主クラスからは除外されるのだが、あの時点では一緒に戦っていたのだ。
 彼の言う『仲間』は、そこにある。

「助け合い精神、とまではいかないけどさ。少しくらい、自分のことじゃなくて他人のことも視野に入れたらどうだ? たとえば……」

 そう。仲間が傷ついたときに、その仲間を癒す力をリリィは手にできるから。
 救世主を目指すライバルでも、他人をいたわることができねばそのチームに先はない。

「リリィは魔法使いなんだから、攻撃魔法だけじゃなくて治癒の魔法も覚えるとか」
「たしかに、私も回復系の魔法を甘く見ていたわ。だから、私も回復系の魔法についても色々と研究を始めたの」

 なんだ、わかってるんじゃないか。

 そんな考えが浮かび上がる。
 別に自分に聞かなくても、彼女は1人で解決できるんじゃなかろうかと。

「でね、これが調べてみると奥が深いのよ…実際、攻撃系に比べてると、魔力も理論も大したことないって思ってたんだけどね…これがとんだ思い上がりだったの」

 ずいぶんと、饒舌になり始めた。
 からすれば、彼女をけなしてるつもりなのだが。

「俺がいた世界でも、回復系は重要でな。時には劣勢だった戦況を覆すほどの力を持ってる」
「それは私もそう思う。今度、ベリオに謝っておかないといけないわ」
「そんなことしたら、ベリオ、卒倒するかもしれないぞ?」

 そんなの発言に、リリィは笑みを浮かべた。













「や、やっべえ…アイツ、よりにもよってと一緒にいやがるじゃねえか」

 食堂はオープンテラスの形式が取られていたので、少し離れた木陰からでも中の様子を覗くことはできる。
 大河は2人から数十メートル離れた木陰から、食堂の様子をうかがっていたのだ。
 そして、自分に降りかかるだろう災いを予測し、先ほどの自分の行動を後悔していた。

「いくら俺がリコと契約したからって…とリリィのタッグに1人でかなう訳がねえ。しかも背中の紙がないとこを見ると、あっさりバレちまったみたいだし……」

 ここは、とんずらするか?

 そんなことを考えていたのだが。

「あれ?」

 いつのまにか、とリリィの姿が消えていた。
 2人がいた机に残されていたのは、がついさっきまで食べていた料理のトレイだけ。

「あいつら、どこに……」
「リリィなら部屋に戻ったよ、大河」

 木陰から身を乗り出したのがいけなかった。
 彼は服装からしてアヴァターの其れではないのだから、何もしなくても普通の人より目立つ。
 しかもその彼が木の陰から身を乗り出しているのはそれこそ「俺を見てくれ」といっているようなものなのだ。

……」
「よう、元気そうだな。こないだの怪我は平気か?」
「そ、それはこっちのセリフだろ。で、でも…見た限りなら大丈夫そうだな」

 普通な世間話に聞こえるのだが、の表情は満面の笑み。
 表情だけならまだしも、背後に黒いオーラを纏っているから怖い。

「さて…なんで俺がここにいるか、わかってんだよな?」
「うぐ……」

 一歩近づいて、

「なにか言いたいことは?」
「お、俺は…右の頬をぶたれたら、左の頬に画鋲を仕込んでやるタイプなんだぁっ!」

 顔を寄せると、大河はそう叫び声を上げた。

「…………」
「う……」

 沈黙。
 言いようのない威圧感が、大河を襲う。

「とっ、トレイ……」

 自らの手に、トレイターを喚ぼうとして、

「っ!?」

 肩に手を置かれた。



「…ああいうのは感心しないなぁ……リリィ、だいぶ怒ってるぞ。一応フォローはしといたから大事にはならないだろうけど、あとで謝っておけよな」
「ぐぐ……」



 は大河の耳に口を寄せて、そうささやいたのだった。






第30話。
リリィと仲良くなるの回でした。
セリフ自体はあまりいじっていませんが、こうして話す相手がいるとまた違いますよね。
実際、ゲーム中でも彼女は1人で夢主に話した内容を口にし、ベリオでリハーサルをしようとしています。


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