聞けば。

 『白の精』がイムニティで、『赤の精』がリコ・リス。
 本来、書の文字は白と赤の理で構成されていたのだが、白の精であるイムニティが主――つまるところの救世主を決めてしまったため、書から白の部分が抜け出てしまったのだとか。
 ということは逆に考えれば、リコが赤の精だということを信じたとすれば、彼女が自分の主を決めてしまうとその書からさらに赤の部分が抜け出てしまうということになる。
 2つの理が、1人の人間に収束することになれば、つまり。

「2人が互いに主と認める人間が……『救世主』ってことか……」

 口にした言葉に、イムニティは満足そうにうなずき、

「へぇ、あなた人間のくせになかなか賢いじゃない」

 そう口にしたのだった。

。どういうことだよ、ソレ……」
「今言ったとおりだよ、大河。導きの書は救世主に信託を下す、赤と白で構成された書だ。ここにいる2人が赤と白、それぞれを司っているとすれば……」
「2人の認めたヤツが、救世主に……」

 つぶやいた大河に、うなずいてみせた。

「話を進めましょう、リコ・リス。私はもう主を選んだわ。けれどそれはまだ完全じゃない。書が私とあなたでひとつであるように、私たちのマスターも2人そろって主と認めてこそのマスター」

 一息でそこまで口にして、イムニティは再び息を吸い込む。

「もう1度、マスターを選ぶつもりはないの?」

 そして、リコに向けてそうたずねたのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.26



「ありません。私は、もう誰も……生き地獄に送りたくはありません」
「そっか。本当に役目を降りる気なんだ?」

 イムニティの眉が、だんだんとつりあがっていく。

「なら、あなたの持っている知識と力は、もうあなたには必要のないものよね?」

 答えないリコに、イムニティはそう告げる。
 雲行きが怪しい。会話から仲があまり良くないというのはわかっていたが、まさか……

「やめたいのなら、それはそれでいいわ。私の目的がついに果たされたということですからね」

 イムニティを視界に捉えたまま、は目を細める。
 これは、戦闘になりそうだ。雰囲気から察するに、間違いない。
 こちらはハサハも含めれば4人なのだが、正直な話、結構辛い戦闘になるだろう。

「でもあなたの持つ知識と力は私のマスターが世界を変えるために必要なものよ」


 ……それでも。
 ここで負ければ、この先何があるかわからない。

「大河」

 は大河に声をかけながら、先手が打てるようにと刀に手をかけた。

「なんだよ?」
「俺が先手を打つから、リコと2人で彼女に勝てる策を」
「なに言ってんだ、こっちはそこの娘を含めて4人もいるんだぞ? それなのに……」
「彼女は俺たちが束になっても……きっと勝てない。よくて相打ちがいいとこだ」

 小さな声で、2人に聞こえないくらいに小さな声で会話する。

「あなたを滅ぼしてそれを頂くことにするわ」

 そんな中、こんな言葉が耳に飛び込んできていた。
 「滅ぼす」ということは、リコを「殺す」ということ。それ以外に意味はない。
 リコは赤の精。白の精であるイムニティに敗北すれば、赤の精を屈服させたということで必然的にイムニティのマスターが救世主になってしまう。

「やっぱり、戦うんだな」
「あたりまえじゃない。リコの力はリコが存在する限り彼女のもの。なら、私がそれを手にするためには、リコを殺さなければならないの」
「そうだな……でも、『はい、そうですか』って仲間の命を差し出せるほど、俺は薄情じゃない」

 柄に手をかけ、顔をハサハに向ける。
 彼女はじっ、との赤黒い瞳を見つめる。

 おにいちゃんが戦うなら、ハサハも戦うよ。

 そう訴えているようにも見えた。
 だから、確認するように告げる。

「ハサハ、いけるな」
「………(こくり)」
「おい、。お前、その娘を戦わせるつもりかよ!?」
「ハサハは俺の仲間だ。大河には悪いけど、彼女の強さは俺と同等か、それ以上だ」
「なっ……!?」

 ハサハは宝珠を抱え、イムニティを射殺さんとばかりににらみつける。

「大河はリコと合流して、イムニティに勝てる策を。いいな……?」

 はあくまでサポート役。
 ここまでするのは出すぎた行為かもしれないが、彼らが死んでしまうよりはよっぽどいい。
 自分には、力がある。
 その力を今使わずして、いつ使うと言うのだろう。

「ちっ……死ぬんじゃねえぞ」
「死ぬかよ」

 口の端を吊り上げて、笑う。
 大河はトレイターを片手にリコの元へと走る。
 目の前にイムニティもいるが、そんなことはお構いなし。
 何事もなく合流すると、彼女を抱き上げて後退した。

 先刻のモンスターの大群と戦った疲れはほとんどない。
 全快とまではいかないが、今回はハサハもいる。
 はハサハと共に、イムニティの前に立ちはだかった。

「俺の仲間だ。絶対にやらせはしない」
さんっ、ハサハさんっ!?」
「くすくすくす。あなたたちに何ができて?」
「見くびられては困る。こちとらくぐってきた修羅場の数は伊達じゃない。あとで後悔しても……知らないからな」

 刀を鞘から抜き放つ。
 白く淡い光は刃の残像となり、イムニティに刃を向ける。
 イムニティは眉をひそめ、その光を凝視する。

「いいわ。あの子たちと一緒にあなたたちもここで始末してあげる」

 やっかいな力はひとつでも減らしておくに越したことはないわ、とイムニティはそう口にして、笑みを深めた。

さん、ダメです……彼女は危険です!」
「そんなの、わかってるさ。でも、ここは俺が…俺たちがやるしかない。君たちは、彼女に確実に勝てる策を」

 顔を向けず、はリコにそう告げる。
 リコが一方的にを見ているだけなのだから、からは彼女の表情は読み取れない。
 本当なら、戦うことなんかほとんどできない状態だった。
 先刻のモンスターの大群との戦いで、彼は持てる力のほとんどを使い切ってしまっていたのだから。

「それじゃ…いくわよッ!!」

 そんなの状態を知らず、イムニティはたかだかと叫んだのだった。













 イムニティを肉薄する。
 真正面から突っ込んだは刀を構えてイムニティの小さな身体に踏み込む。
 刀を振るうが、彼女を護る赤い障壁が斬撃を阻んでいた。
 甲高い金属音が響き、イムニティの目の前で刀の勢いは止まってしまっている。

「ちっ……硬い」

 魔力を込めた障壁。
 強く込めれば込めるほど、その守りは強固なものとなる。
 それを普通に展開しているイムニティは、やはりとんでもない存在だと再認識できた。

「喰らいつけ!」
「!?」

 本能が、警鐘を鳴らす。
 眼下を見やると、展開されたのは禍々しい形をした腕だった。
 どこから出てきたのかは不明だが、避けなければ致命傷は確実だ。

「おにいちゃん!!」

 ハサハの声。
 次の瞬間、具現した無数の刀がイムニティに襲い掛かった。
 中身こそ空洞で威力は低いが、敵を牽制するには最適なハサハの攻撃。
 例のごとく、一直線に向かってくる刀の群れを背後へ飛び退くことでやり過ごしていた。
 地面に激突した刀は、がちゃん、という音を立てながら粉々に崩れ消えていく。

「何? ただのコケおどしだったの……やってくれるじゃない」

 イムニティは叫びながら宙へ飛び上がる。
 もちろん、はそれを追って跳躍する。刀を鞘に納め、居合の技を叩き込もうと柄を握る。
 しかし、次の瞬間。

「あら。この私が、わざわざあなたの的になるとでも思っていたのかしら?」
「えっ……?」

 イムニティはの視界には存在しているのに、なぜか跳躍の頂点を迎えて静止したの背後から声が聞こえる。

「逃げられないわ……」

 彼女は一度身を縮め、何かを開放するように縮めていた身体を広げた。
 その瞬間、彼女を中心にして赤い膜が展開される。
 目の前にいたはもちろん、その中に存在していて。

「エベット・フルバン!」

 声と同時に、その膜の中が起爆した。

「ぐあぁっ……!?」

 爆発に巻き込まれ、は黒い煙を纏いながら体勢を崩し宙を舞う。
 それを追いかけるように跳躍するのは爆発の中で唯一無事のイムニティ。

「おにいちゃんを……いじめないで!!」

 追い討ちをかけようと左腕を横へ伸ばすと、その先が巨大な斧へと変化する。
 しかし、突如発生した雷によって、イムニティの進行が阻まれていた。

「……っ!?」

 イムニティは眉間にしわをよせて、小さく舌打つ。
 は遠のいた意識を復活させて、身体をひねって地面に着地する。
 しかし、先刻のダメージが残ってしまっているのか片膝をついて息を切らしていた。

「小賢しい真似を!! バラック!!」

 イムニティは、強い稲妻の魔法を唱える。
 発生したのは稲妻は青く、一直線にハサハに襲い掛かる。

「……あぅっ!?」

 ハサハはまともに雷を浴び、その場に倒れ伏してしまっていた。
















「くっそ! このままじゃ……」

 戦っているとハサハを眺め、大河は歯噛む。
 召喚器を持っていないのに、リコと同等の力を持つだろうイムニティと対等に戦っている
 しかしこちらが2人で有利なはずなのに、イムニティはその表情を崩さない。

「さっきの……モンスターの大群を相手にしたときの疲れが残っているんです」
「リコ、なんとかならないのか!?」

 たずねられたリコはうつむき、答えを返さない。
 「必ず勝てる策を」とが言ってはいたが、それでも限界というものがある。
 今の自分は異世界から召喚された身で、トレイターをふるって戦うことしかできないんだから。

「ちっ……!」

 大河はうつむいたままのリコを見つつ、ぎゅっとトレイターの柄を握り締めたのだった。
















「あ、あれっ……?」
「おっ……にい、ちゃ……ん」

 立ち上がろうと足に力を込めるが、立ち上がった瞬間にガクガクと震え、再び地面に片膝を落とす。

「さっきの戦闘で、だいぶ体力をなくしていたようね。あなた」
「っ……!?」

 彼女は、が戦っているところを見ていたのだ。
 彼自身気づきもしなかったというのに。
 内包する気を開放して、一心不乱に戦っていたのだから、気づかないのも仕方ないのだが。

「あなたはもう動けない。先に死ぬのもあとに死ぬのも同じなのだから、リコたちのあとでゆっくり料理してあげる」

 つかつかとから離れていく。
 起き上がろうと奮闘するハサハを一瞥して、

「さあ、今度はあなたたちの番よ」

 そう大河とリコに告げたのだった。














「くっ、バラック!」

 唱えたのはリコだった。
 この場に到達するまで数々のモンスターを打ち倒してきたリコの魔法だが、この少女はそのリコの魔法を受けても平気な顔をして立っていた。
 服の合間から片手を伸ばして、

「魔法はこう使うのよ、『主無し』さん……レイダット アダマー!」
「うがぁぁっ!」
「大河さんっ」

 イムニティから放たれた雷光はリコには防ぎきれず、大河を直撃した。

「ぐ、あ、ああ……」

 床に伏し、身体を震わせる大河を見やり、リコは表情をゆがめる。

「どこを見てるのよっ!」

 イムニティの手から、再び稲妻が走る。
 目標としてリコを捉えていたはずなのだが。

「うあ…はは…外れ、だ」

 トレイターだけを天に掲げた大河へと目標を変えて、落ちたのだった。






第26話でした。
本編なら2人で戦闘ですが。
ハサハぜんぜん活躍していませんね……


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