「未亜さんは…大河さんのことが本当にお好きなんですね……」

 2人の兄弟ゲンカ――もとい、痴話ゲンカは、リコの一言でぴたりと止まった。
 大河は表情に驚愕を表し、未亜は反対にうれしそうな表情を顔に貼り付けている。

「や、やだ……もぅ、リコさんったら……」
「な…ば、ば、ばかなこと……」
「……うらやましいです。ですが……」

 ある一方向を見やり、目を細めた。
 その先には、守護者であるキマイラが。
 よくもまあ今まで待っていてくれたもんだとか考えながらも、大河はトレイターを握り締めた。

「今は、生き延びることが先決……です」

 ゴルルル……と独特の唸り声を発し、一歩ずつ3人に近寄る。

「怖いけど……すごく戦いたくないけど……」

 つぶやいた未亜の視線は、大河へ。

「それでも、いっしょに戦わせて。お兄ちゃん」

 続けざまに、そう口にした。

 彼女は、平和な世界から召喚されてきた救世主候補。
 この場に赴く前から「戦いたくない」と言いつづけてきたのだが。
 今日はじめて、彼女は自分から「戦わせて」と口にした。
 今までの彼女からは見ることもできなかった、真剣な表情。

「…………」

 大河は眉間にしわを寄せて、悔しげに未亜から目をそむける。
 何を考えていたのかはわからないが、小さく舌打ちをすると、

「なるべく、遠くから援護するんだ」

 いいな、と吐き出すように口にした。
 未亜は表情をほころばせて、

「うん!」

 そう返事を返したのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.24



「よっ」

 は地面にべたりとつけていた腰を上げると、ぱんぱんと埃を払う。
 寝かせておかれていた刀を拾い上げて左腰に差すと、

「ハサハ、さっきの女の子以外にここを通った人間はいたか?」

 そうたずねていた。
 彼の腰ほどの身長しかない彼女は、その顔を見上げて、

「……(ふるふる)」

 首を横に振っていた。
 よし、と小さくつぶやく。
 先刻、大河とリコを向かわせた階下へとつながる階段を視界に入れて、

「仲間を追うから、悪いけど付き合ってくれるか?」

 ハサハはその問いに対して心配そうにを見やるが、表情を引き締めてこくりとうなずく。
 心強い仲間を得た、と言わんばかりにうれしそうに笑うと、

「こっちだ、行こう!」

 ここで敵を倒していたとしても、今までのことから考えてこの下でも派手な戦闘が繰り返されているに違いない。
 仲間が戦っているであろう階下へ、2人は足を踏み入れたのだった。














「た…倒した、か?」

 肩で息をしながら、大河はつぶやく。
 彼の視線の先には、横たわったキマイラの姿がある。
 敵は不死身。この程度で死ぬような敵ではないから、彼の言は気休めにしがか過ぎないのだが。

「いえ…まだ、です」

 リコの言うとおり。
 むくりと、キマイラはその身体をゆっくり起こしたのだった。

 力の限り斬り刻んで、飛び散った肉片は彼らの足元で蠢きつづけている。
 不気味でグロテスクで気持ち悪いが、そんなことは言っていられない。
 焼いたほうがいいんじゃないか、とリコを見やり、うなずいて詠唱をはじめようとしたのだが。

「生命が……」

 キマイラは、一度起き上がった後に再びその巨体を地面に横たわらせていたのだった。
 じっと凝視してみるが、動く気配はまったくない。
 完全に、その活動を停止していた。

 緊張を解き、大河は安堵とともに思い切り息を吐き出す。
 信じられない、と言わんばかりに驚愕をリコは顔に出しているが、すぐに表情は確信めいたものへと変わる。

「導きの書の守護者は、限りなく不死に近い存在だと、言いましたよね?」
「ああ、でもこいつはさすがに……」
「移せるのです」

 大河の答えを遮り、リコはそう口にした。
 生命は無限に近いはずなのに、その身体は生命活動を停止している。
 さらに、リコの『移せる』という言葉から、

「自らの身体が分割された場合、任意のパーツに生命を移すことができるのです」
「は……」

 まさに、ファンタジー。
 自分の命を、分かたれた自分の欠片へと移動させることができるなんて。

「斬り刻んだ全ての身体を集めてください、そうしないとまた……っ!?」

 次の瞬間、リコの姿が鈍い音と共に大河の視界から掻き消えていた。
 そして、彼の目の前を通り抜ける鋭い爪と風は。

『グアァァァッ!』
「ぐあああっ!?」

 咆哮とともに大河をも殴り飛ばし、彼の身体は地面へとたたきつけられた。

「お兄ちゃん、リコさん!!」

 未亜の声を耳にしながら、口の端から流れる血を拭い去る。
 慌てて大河に駆け寄った未亜は、彼の忠告を聞くことなく復活したキマイラの前に立ちふさがった。
 咆哮をあげて威嚇するが、未亜はそれに動じず、

「未亜の大事なお兄ちゃんを奪う人は……許さないんだから!!」

 叫び、ジャスティを構え矢を番えたのだった。





「未亜、よせっ!!」

 番えた矢をキマイラに向けて放つが、硬い皮膚に守られているのか、傷ひとつ付くことなく矢は威力を失って床へと落ちていく。
 2発、3発、4発。
 何度撃ち込んでも、敵はひるむことなく一直線に突き進み、

「きゃあああぁぁぁ!!」

 鈍い音と共に悲鳴をあげ、組み伏せられてしまった。
 キマイラの身体の一部が彼女の四肢に絡みつき、縛り上げる。
 ジャスティを握ってはいるが、行動を縛られている以上、反撃はできない。

「未亜ーっ!!」

 大河は動くことのできない身体に鞭を打って、その身を起こすが。
 先ほどの攻撃が効いているのか、身体は力を失って地面に崩れてしまっていた。

「くそっ、くそっ、くそぉっ!! 動けよ身体ーっ!!」
「ぐうっ、うあぁっ……!」

 叫ぶが、それでも身体は動かない。
 拘束された未亜の四肢を縛り上げるキマイラは、彼女の身体を引き裂かんと力をこめる。
 ぎち、ぎちと音を立てて、縛られた部分の皮膚が変色する。
 無残な姿にされてしまうのも、時間の問題だった。





 お兄ちゃん、ごめんね……
 ごめん、ね…

 小さな声で、つぶやく。
 拘束された手足はすでに痛みを通り越して麻痺しているし、意識もぐちゃぐちゃ。

 兄を助けたい。
 力になりたい。

 そう決意して戦ったはずなのに、今のように簡単に捕まってしまった。
 情けない、無力な自分が悔しい。

 力がほしい。

 そう願った瞬間。





『………するか?』


『…と、……するか?』


 誰……?


『…は……なり』


『……を…める…なり』





 頭に響くこの声はなんだろう?
 わからないけど、この声は私に力を貸してくれる。
 なぜだか、素直にそう感じた。

「………」

 目をうっすらと開く。
 自分は拘束されたままだし、兄もリコも動けない。
 ……決めた。この力が、お兄ちゃんの役に立つのなら―――

「………す」





 未亜が、何かをつぶやいた瞬間。
 一面を覆う強い光が、大河やリコ、さらにキマイラまでをも襲った。












「……!? おにいちゃん!」
「あぁ、あの先だ!!」

 はひたすらに、光の漏れる口を目指した。
 ハサハもついてきてはいるが、動きづらい服装と身体の小ささからか、表情はつらそうだ。
 しかし、止まってもいられない。
 目的地はすでに目の前だから。
 は、落ちるように階段を駆け下りたのだった。



「大河、リコ……っ!」

 入った瞬間、先に行かせた2人の名前を叫ぶが、轟音にかき消されてしまう。
 まぶしい光をまぶたを少し閉じることで遮り、額に手を当てて眺めるように周囲を見回すと。

「……未亜っ!」

 どさりと地面に身体を打ちつけた、未亜の姿が見て取れた。
 駆け寄って抱き上げて意識を確認するが、彼女の意識は途切れている。息をしているだけでも幸いというものだ。
 彼女を抱き上げ、光が収まるのを待つ。
 どこかへ移動したほうがいいのだろうが、何があるかわかったもんじゃないので。

「ハサハ、周囲を警戒。どこから何がくるかわからない」
「……(こくり)」

 この光は、敵が放ったものなのかもしれないから。
 ハサハはきれいな眉を吊り上げて、軽くうなずいたのだった。


「「…………」」


 光が晴れる。

っ!!」

 叫んだ声は、大河のものだった。
 未亜を抱えたまま、彼のもとへと走る。

「大丈夫かっ!?」
「あぁ、なんとか。それより、お前が未亜を助けてくれたのか?」
「いや、俺は今ここに着いたところだから。立てるか?」

 未亜を大河の傍らに寝かせると、手を差し出して立ち上がらせる。
 多少よろけはしたが、両足を踏ん張ってゆっくりと地面に足をつけた。
 彼の視線の先には、白い獣。
 ところどころ傷を負っているのをみると、今の今まで戦っていたのだろう。
 大河は白い獣が動きを見せないのを確認すると、未亜の脇に肩膝をついて手を握った。

「未亜っ!」
「大丈夫。気絶してるだけだ」
「っ!?……そ、そうか」

 リコのとこに行ってくるから、と大河に告げて、は壁を背に座り込んでいるリコの元へと急ぐ。
 彼女は急に発された光で意識を取り戻したのか、すでに覚醒していた。

さん……いったいなにが?」
「さあ、俺にもよくはわからない。今加勢に来たところだったから」
「そうですか……あの、彼女は?」
「っ……」

 リコはハサハへ視線を向ける。
 ハサハはビクリと身体を震わせると、の背後へ姿を隠してしまっていた。

「悪い、人見知りする性格なんだ……彼女はハサハ。俺のいた世界で『召喚獣』と呼ばれる存在だよ。どうも、俺が喚んだらしい」
「…………」

 リコは目を丸めてハサハを見つめるが、余計に彼女はの後ろでしがみついてしまっているので、「あとで事情は話すから」と告げてリコをいさめた。


「リコ・リス!」
「大河さん……っ!? モンスターは!?」
「未亜があのモンスターに襲われたかと思ったら……いきなりモンスターが吹き飛んだんだ」

 には詳しい事情はわからなかったのだが、今の状況からして窮地を脱したことは理解できた。

「ところで、導きの書は?」
「まだだ。さっきのモンスターが書の守護者だったんだ。あいつを倒せば書が手に入るんだけどな」

 モンスターは、さっき木っ端微塵に吹き飛んだ。
 つまり、もういない。
 吹き飛ばしたのは未亜だ。彼女にそんな力があったとは思えないのだが。

「わからない。は気絶だって言ってるけど、一度調べてやってくれないか?」

 は医療に通じているわけではないから、大河の判断は正しい。
 リコが未亜を調べている間に、は書を確認しようと踵を返したのだった。

「とりあえず、危険はないみたいだな。とりあえず、書を見てくる。ハサハ、行こう」
「………(こくり)」

 広い空間だった。
 壁じゅうにいろとりどりの本が並び、頭上には大きなシャンデリアが下がっている。
 アレが落ちてきたら大惨事だな、などと考えてはいたのだが、見る限りだいぶ強固な補強がされているようなので安心。
 ハサハは服の裾を掴んでテコテコとついてきているが、やはり興味は周囲の本に向けられていた。

 しばらく歩き、鎖に絡まれながらも淡い光を放つ一冊の本の元で立ち止まった。
 本は青く淡い光を放っている。絡まっている鎖が封印なのだろうが、とても封印されているようには見えない。

「お〜い、!」

 本に触れるでもなく、ただ眺めていたところで、大河とリコが駆け寄ってくる。
 未亜の姿がないところを見ると、逆召喚で地上に送り返したのだろう。
 戦闘による怪我も、どうやら魔法で治したらしい。

「ついにメインイベントだぞ」
さん、私たちがくるまでそのままでいてくださって助かりました」

 個人で触れたら、何が起こるかわかりませんので。

 物騒なことを口にするが、それももう意味はない。

「リコ、この鎖ははずしちゃっていいんだよな?」

 大河はリコに確認を取ると、書の鎖をはずしはじめたのだった。






第24話です。
次回、『彼女』の登場です。


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