「おう、おかえり」
「お兄ちゃん、リリィさんどうだった?」
「お前ら、こんなところでなにやってんだよ……」
大河の言う『お前ら』とは……、未亜、ベリオの3人。
3人は、それぞれの部屋に戻ろうとしたところでちょうど出くわしたのだ。
軽く談笑していた所に、大河が戻ってきたという寸法である。
「過労と強いストレスだってよ。ま、軽い体調不良らしいから問題ないだろ」
「ふむ。それは僥倖だな」
大河の報告を聞いたはあごに手を添えて、数度うなずいた。
頭の後ろで手を組んだ大河は、茶化すように笑って、
「しかし、あいつも案外もろい所あるよな。破滅の来る日も近いって話になった途端、震えだしちゃって……」
普段なら大河が変なことを言うたびに噛み付いていたにも関わらず、破滅の話になったらなったで黙り込む上に気絶したり。
やっぱり中身は女の子なんだな、などと大河が口にしたところで、
「……それは、違うわ」
「「「?」」」
1人表情をゆがめたベリオは、そう言って大河の言を止めたのだった。
Duel Savior -Outsider- Act.20
「……リリィは、本当の破滅に遭ったことがあるから」
ベリオの話はそんな言葉から始まった。
それは、リリィがこの学園に来たばかりの頃まで遡る。
彼女が元々いた世界では、すでに破滅が猛威をふるっていた。もちろん、住んでいた村もことごとく焼き払われ、本当の両親も友達も。
彼女のすべてが破滅の手で消されたのだ。
つまり。
「彼女は私たちの中で唯一、たまたまそこいらのモンスターにとりついたような破滅ではなく、『本当』の破滅の軍団を目撃した経験者なのよ」
救世主に対する異常なまでの執着や憧れ。
常日頃の意気込みも、全ての発端はそこにあったのだ。
「ってことは、リリィが倒れたのはそれらのことによるトラウマになるわけだな?」
「ええ」
大切だった者たちが、一瞬のうちに消されてしまう。
なにもかもが自分の目の前で消えてしまっては、トラウマになってしまうのも仕方がないとは思う。
しかし、その先に疑問があった。
アヴァターで破滅が起こったのは千年前のはずなのに、なぜ破滅に遭ったことがある?
普通に考えれば、彼女はあんな姿かたちをしているが実は千歳をゆうに越える年寄りということになるのだが。
「時間流というものは、次元断層ごとに違っているらしいんです」
「それって、それぞれの世界ごとに時間の進む速さとかが違うってこと?」
ベリオは「そういうことです」とうなずいた。
正直、よくわからなかったので未亜が代弁してくれて大いに助かった。
「俺だってちゃんとわかってたよ」などと口にした大河だったが、絶対にわかってなかっただろうなと内心で呟く。
彼の態度を見れば一目瞭然だ。
さらにベリオが話を続ければ、リリィが元いた世界は、このアヴァターよりも時間の進み方がずっと遅いのだとか。
この2つの世界の時間流の速さの違いにより、次元跳躍――つまり召喚の際に時間をも跳んでしまうらしいのだ。
つまり、一種のタイムスリップということになるのだろう。
「とすると、俺たちも時間を跳んでここへ来てるってことになるのか?」
「可能性はあるけど、あなたたちの場合はリコが赤の書で喚んだのだから、あってもすごく小さなズレだと思います」
それだけの話を聞くと、リコがどれだけ力を持った召喚士なのかが本当に理解できる。
「リリィは、学園長先生が」
「へえ……」
いつでも、どんなときでも凛とした表情を崩したところを見たことがなかったから、もしやとは思っていたのだが。
「学園長先生も別の世界の出身らしいのですけれど、なんでも独力でいろいろな世界に跳んで破滅の脅威の元を調べた末にアヴァターへ跳んできたそうです」
よっぽど、強い魔術師のようだ。
そんなに優秀な魔道師なら、自分が救世主になればいいじゃないかと大河は口にするが、彼女の力が強すぎて召喚器が喚べなかったのだとか。
なんとも釈然としない話だ。
召喚器を喚ぶ、という儀式に失敗した学園長は、救世主として認められはしなかったが、その実力と膨大な知識を買われてこの学園の学園長をすることになった。
というのが、学園長が学園長たる理由らしい。
「リリィさんは……学園長先生に救われて、その縁で養女になったんですね」
「ええ。それが今回の事件で自分がいた世界のことを思い出してしまったのね」
その気持ちは、少なからずわかる。
大切な人ではないが、目の前で人間が殺されていくのを見ている様は、それはもう身の毛がよだつほどに恐ろしいことなのをはよく知っていた。
「でも、それを乗り越えて、自らが救世主となって苦しむ人々を救いたいっていうリリィの気持ちはとても立派だと、私は思うわ」
ベリオは、まるで自分のことのように嬉しそうな表情で、そう口にしたのだった。
は眉間にしわを寄せて、
「いや、そんな経験は……一度でたくさんだ」
「え?」
「……君?」
もう、かなり前の話だ。
凄腕の暗殺者たちが、応戦するヒマもなく首を掻っ切り、胸を貫き、その身体を容赦なく斬り伏せる。
それまでは殺されていったのは敵として戦っていた軍人たちで、和解すらできていた矢先の話だったから、そのとき何もできなかった自分が余計に悔しい。
そのときの光景が脳裏をよぎり、ぶるりと身体を振るわせた。
「なんだよ、どうしたんだ?」
「あんな辛い思い、しないほうが絶対いい……して欲しくない」
・ ・ ・
「あんな思い……って、まさか……」
を除く3人の表情には、驚愕が見て取れる。
彼が、破滅を経験しているのだろうかと考えているのだろう。
はっ、と落としていた顔を上げると、
「いや、似たような経験をしただけだよ。破滅じゃない」
そう告げた。
「俺の場合は……言わないほうがいいかな。結構バイオレンスだから」
そう。
実際に体験したわけではないからわからないが、自分のした体験は破滅よりは規模が小さいだろう。
『軍勢』というくらいなのだから。
「俺な、元々は日本人なんだぞ?」
知ってたよな?
そう尋ねようと大河と未亜に顔を向けるが、2人は同じように目を丸めていた。
さすが兄妹、である。
「名前が名前だったから、もしかしたらとは思っていたけれど……」
未亜の方はいくらかそのことを考えたことがあったらしい。
「何年か前に『現代に蘇った神隠し』っていうニュース、聞いたことなかったか?」
そう尋ねると、2人は思い出したのか、理解を示すようにぽんと手をたたいた。
どうやら、忘れていたらしい。
まぁ、小さなニュースだったから忘れていても仕方ないとは思うけど。
「とにかく。アレと似た経験なんて、2度もしないほうがいい。戦って痛いとか、怖い思いなんかは、それまでそんな苦労をしてないのほほん連中にやらせりゃいいんだ」
一度経験すれば、今のリリィみたいにイヤでも戦おうとするさ。
非常に自分らしくない。
先の言葉を口にした後で、は激しく後悔していた。ひどい言い方だ、と。
もっと、適切な言い回しがあったのではないだろうかと、内心でため息をついていた。
「それができれば……リリィだってそうしてますよ」
「そうだよ。リリィさんだって、好きで戦ってるわけじゃないんですよ?」
「戦うのがイヤなら、戦わなきゃいい。リリィも、俺たちも、戦うためだけの道具じゃないんだからな」
ベリオはの言動に眉を吊り上げるが。
「リリィは、自分の意志でここにいるんだ……君も、未亜も、大河も、カエデも、リコも、俺も、みんな」
その言葉を聞いてか、ベリオや未亜の表情はぽかんとしたものに変わっていく。
隣の大河も、視界にを収めて目を丸めているようだが、それはすぐに呆れたような表情へと変化する。
「そうだな。やっぱ、バカだぜ、あのつんつん娘はよ。目がさめたらお前みたいなバカは救世主なんかやめて、この学園で魔法の先生でもしてる方が似合ってるって言っとけ、未亜」
にしし、と笑い、大河はそう告げた。
しかし、未亜は言葉の意味の深いところまでを理解したようで。
「……お兄ちゃんが心配してたって、言っとく」
そう言って嬉しそうに笑った。
「たわけ、誰が心配なんかした。俺はとっとと救世主なんかやめちまえって……」
「ああ、みんなここにいたでござるか。学園長先生が我々をお召しでござるぞ」
やっと見つけた、といわんばかりにカエデは4人を見ると、自分たちを呼んでくるように頼まれたのだろう。
近寄るや否やそう告げたのだった。
「みんな、よく集まってくれましたね」
「リリィさんは体調不良のため、欠席だそうです」
ついさっきあんなことがあったのだから、仕方ないといえばそこまでなのだが。
欠席の簡単な理由を聞くと、軽く眉をひそめただけで納得していた。
さらにリコの姿もなかったのだが、今は救世主クラスの一同をここ、学園長室へ呼んだことに対する用件を優先するようで。
見つかり次第ここへよこしなさい、とダウニーに告げただけで、救世主クラスの面々へと顔を向けたのだった。
「さて、みなさん。今回みなさんを呼びたてた理由は、みなさんにお願いがあるからです」
救世主クラスに対する用件は、そんな言葉から始まった。
「つまり、その『導きの書』っていうのを、とってくればいいんですね?」
「ええ、そうです」
導きの書。
先日教わったばかりの、召喚士の始祖が書いたといわれる魔道書だった。
召喚陣そのものは、召喚士であるリコがいれば何度でも作ることは可能。しかし、その召喚陣がつなぐ場所が元の世界であるとは限らない。
ダウニーは「学園長だって召喚魔法が使えるじゃないか」と尋ねた大河に、そう口にした。
「召喚陣は世界と世界をつなぐ次元の架け橋であることは理解していると思います」
実はこの架け橋、基点である召喚陣が存在している間は、つながれた世界との間に常に存在し、互いの位置を知らせあっているものだからこそ、一度異世界から召喚された者でも、すぐに元の世界に戻ることができるのだ、と。
ダウニーはそう説明付けて、
「つまり、召喚陣が壊れればつないでいた架け橋が消えるから、還ろうにも相手がどこにいるのかわからない……」
「そうです。橋そのものを架けることができても、還ることができなくなってしまうのです」
の呟きに続くように、彼はさらに口にした。
そして、そんな召喚陣で問題なく元の世界に戻るには、その相手の所在を見つけ出すための術が書かれている導きの書が必要だ、と。
学園長が続いてそう告げた。
「ちょっと待った」
「なんですか?」
「導きの書って、昨日ダウニー先生が失われた幻の書だった言ってたヤツじゃないんですか!?」
そんな大河の発言に、未亜、カエデ、ベリオの順で驚きの声を上げる。
大河は呆れたかのように3人を見つつ、
「反応が遅すぎるっちゅーねん!」
そんな言葉を口にしたのだった。
「どういうこと? その『導きの書』がどこかにあるってことなの?」
「私も、事がこうなって初めて学園長から聞いて驚いているのですが……」
ダウニー曰く、『導きの書』はこの学園の中にあるらしい。
灯台もと暗しとは、このことを言うのだろうか?
彼は長い間、救世主と破滅の研究を続けてきた。
その中で、王都が建てられるずっと前に、この学園があった場所には救世主を目指す者たちが必ず訪れるという神殿があったらしい。
ちなみに、どのように研究をしていたのかは謎だ。
「つまり、救世主を目指す者たちは、冒険の末にその神殿にたどり着き、書の信託を受けていたと言われています」
そこで、世界のすべてをその神殿で受け止めるということらしい。
なぜ、そんな神殿の上に学園が建てられたのかという疑問は、学園長曰く資料が特別禁書扱いと王家に定められているため特別禁書庫というところにあるのだとか。
そのため、調べるのは無理なのだ。
さらに、千年前に王都が遷都された本当の理由や、学園が神殿の真上に建てられた訳などの資料が、その禁書庫のさらに奥に封印されているのだという。
わけがわからない。表面上の知識しか吸収していないにとって、学園長とダウニーが今まで話してきたことをほとんど理解できていなかった。
それでも、話は淡々と続くわけだが。
「禁書庫から下は、どうしてダメなんです?」
「それより下は『導きの書』の試しの場となっているからです」
書は自らを託す相手を試し、合格した者の為にだけ開く。
そして、試される者とは。
「救世主……」
「ええ……だから私にはそこへ行く資格がないのです」
ここで、救世主クラスの面々が集められた理由が判明した。
救世主としての素質――召喚器を扱える自分たちに、その試しの場へ書を取りに行かせようとしているのだ。
「じゃあ、これって……」
「実質的な救世主選定試験、ですね? お義母さま」
「リリィ!?」
未亜の言葉をつなげたのは、寝込んでいて欠席のはずのリリィだった。
彼女曰く、「救世主になれる時が来たというのに、のんきに寝ていられない」のだそうだ。
身体のほうはおおむね問題ないらしく、ふらつく様子すら見られなかった。
顔色はまだ悪いようだが。
「……いいのね、リリィ?」
「はい」
再確認するように、学園長はリリィに尋ねるが。
彼女は即答。
「あなた達も」
今までの試験とは違うのよ、と。
険しい視線を一同に送る。
これは、救世主を決めるための試験だから、一介教師が手助けなどもっての外。
してしまえば、それこそ救世主として選ばれなくなってしまうだろう。
「それでも、行く?」
「……はい。苦しむ人々の為に身を捨ててでもその盾になることが、神の示した私の道ですから」
「拙者は、弱い自分に打ち勝つために、もっと強く在るためにここに参った。ここで臆していては、何のために参ったのかわからぬ」
「私……は……」
上からベリオ、カエデ、未亜。
未亜だけは、明確な答えを出してはいなかったが、
「……しょうがねぇなぁ、やるしかねぇかぁ」
「お兄ちゃん!?」
このままでいたら、元の世界に還れない。
「こいつらだけじゃ、『書』を見つけられるわけないからな」などと言って周囲の反感を買ってはいるが。
「救世主に選ばれるのは、この俺様だからな」
「確かに大河殿は強敵でござるが、コレばかりは負けるわけには行かぬ」
「そうよ。私だってこの役目を他に譲る訳にはいかないわ」
それが例えあなたでもね、と。
ベリオは挑戦的な笑みを浮かべて、大河に告げた。
そのまま、リリィと大河の口ゲンカモードに入ろうとしたところで。
「いいわ。私も……導きの書を取りに、行きます」
真剣な面持ちで、そう全員に告げた。
兄である大河と一緒に、元の世界に還ること。それが、彼女の目的だから。
目的を成し得るためなら、なんだってしようと。そう決めたのだろう。
みんなには助けたいものがある。でも、自分にはそれがない。そんな周りに負い目を感じていた。
そして、争いごとのできない温厚な性格が、さらにその考えに拍車をかけたのだ。
「わかった……未亜、あなたはちゃんと元の世界に還してあげる」
「リリィ…さん?」
「その代わり…今すぐここから出て行って」
険しい表情でリリィは未亜に歩み寄ると、平手打ちと共にそう告げた。
ベリオのリリィを諌める声と未亜を心配する大河の声が重なるが、そんなことはお構いなし。
「私が…ここに来るまでに、どれだけの思いをして、何を踏みしめて這い上がったか、わかる?」
破滅の襲撃を受けて、家族や友達が消えていく中で1人、取り残されて。
私が守るのは、私を生き延びさせるために死んでいった人たちの手よ、と告げた。
幼い自分を生かそうと、突き出されたたくさんの手。
それらを守るために、彼女は今までがんばってきたのだ。
「それなのに、平和ボケした世界から来た呑気なお嬢様に、留学気分で救世主クラスをうろちょろされるなんて、冗談じゃない」
これは、血反吐を吐くような思いで這い上がった彼女の本心なのだろう。
「未亜なんかにここにいてもらいたくない。書を取ってきたらすぐに送り返してあげるから、ここからすぐに出て行って頂戴!!」
眉間にしわを寄せて、リリィはそう未亜に向けて言い放ったのだった。
「どちらでもかまわないわ」
そんなリリィを止めたのは、学園長だった。
信じられない、といった考えを顔の表面に表して、リリィは彼女を見やる。
「人の誠は、その人によって違うもの。未亜さんの言葉にも誠はあります。その誠の価値観を、自分の物差しで判断して批判してはいけないわ」
やんわりと。
諭すように、学園長はそう口にした。
リリィの言も正しければ、未亜の言い分もある意味正しい。十分な知識を持たないからこそ、導き出された結論でもあるのだ。
「どちらにせよ、書を取りに行かなくては還れないのは間違いないのだから、それから結論を出しても遅くはないでしょう」
最後に、そう口にしたのだった。
「それで、あなたはどうするのです? 君?」
「俺は……救世主になるつもりないし、元々資格だってない」
「なっ!?」
「忘れてないか? 俺は召喚器持ってないんだぞ」
召喚器がなければ、救世主としての資格がないのは先ほどまでの話の中でも理解できる。
だったら、自らの武器を持って戦っていたは、救世主になるという資格を最初から持っていないことになる。
「だいたい、俺が救世主クラスに入れたのだって、学園長の粋な計らいのおかげなんだし」
「いえ、それは……」
学園長は口篭もる。
なぜなら彼は異世界から喚ばれてきて、さらに召喚器に近い武器を初めから所持していたのだから。
「でも、救世主になるみんなのサポートくらいならできる。俺は……『破滅』に属さない『化け物』ですから」
俺は自分の周りが平和なら、それでいいんですよ。
は苦笑を受かべながら、そう告げたのだった。
第20話でした。
というわけで、破滅の名前は本格的に出てきました。
ゲーム本編ではもう1話はさんでからになりますが、名前だけならこの時期から出てきていました。
今回は妙に長くなってしまいましたが、どうにもキリが悪かったので。
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