「あ」
今日も今日とて、救世主クラスの面々は闘技場にて試験。
試験とは言っても、学力が問われるような堅苦しいものではなく、クラス内での席次を決めるもの。
時間も近づいていて、暇を持て余していたは闘技場へ足を運んでいた。
腰にはもちろん刀。
闘技場にたどり着いたところで、大きな貼り紙が出されていることに気づいての冒頭のセリフだった。
その紙の前には、すでに何人かいて。
「何の紙だ、これ?」
「あら、じゃない……見ればわかるわよ」
そう言ってリリィが指差すその先には。
『能力測定試験・対戦表』
と。
デカデカと書かれていた。
なぜ文字が読めるかといえば。
「すこし、勉強したんだ」
とある事件により暗記能力が飛躍的に上がっていたため、簡単な文字を覚えるだけならすぐだった。
「誰に話し掛けてるのよ?」
「……気にしたら負けだぞ、リリィ」
「はあ?」
Duel Savior -Outsider- Act.16
対戦表には、3組の組み合わせが書かれていた。
第1試合 当真大河−リコ・リス
第2試合 リリィ・シアフィールド−
第3試合 ヒイラギ・カエデ−ベリオ・トロープ
※当真未亜は見学
大まかにはこんな感じだ。
負けてやるつもりはないんだからね、と隣でわめいているリリィをやんわりといなして、は自分たちの前の組み合わせを凝視していた。
そこに書かれている彼女は先日、自分が大苦戦を強いられた相手だ。勝ちはしたものの、実力では向こうが圧倒的に上。
大河との試合は初めてのはずだから、間違いなく自分と同じように戦っていくだろう。
ちなみに彼女への指導は、王都のうまいものめぐり(全額彼女のおごり)だったのだが、あまりの食べっぷりに思わず卒倒していたのもついこの間の話だ。
「……実際、戦ってみないとわからないよな」
「ちょっと、聞いてるの!?」
「はいはい、聞いてますよ」
来たばかりのベリオと未亜に軽く挨拶をすると、は闘技場へと足を運んだのだった。
「はあぁぃん、各自自分の対戦相手の確認はすみましたね?」
第1試合。
大河とリコは互いに向かい合い、先だって大河がトレイターを喚びだした。
大剣の姿でトレイターは具現し、彼の手に収まる。
対するリコは、との試合時同様に特に何かを装備するでもなく。
正面の大河を凝視していた。
「大河さん……」
彼にも聞こえない、小さな声。
「あなたが……か、どうか……」
「はぁい、それじゃ行くわよ〜ん♪」
「試させてもらいます」
ダリアの掛け声とともに、試合は開始されたのだった。
「おらぁっ!」
「っ!」
前衛系の大河は、間合いを詰めようとナックル形態へトレイターを変化させる。
拳を黒いそれが纏い、振りかぶる。
彼のナックルは、突進力があって……むしろありすぎて発動すれば自分でも止まれない。
しかし、突進力だけは救世主クラスの中でもピカ一なので、使い勝手がいいからと彼も多用していた。
今回も間合いを詰め、ついでに攻撃という戦法を取った大河だったが、リコ特有の術と言っても過言ではないテレポートで彼の背後に回っていた。
大河はそれに気づいて、トレイターを小回りの利くヌンチャクへと高速で変化させて、振り向きざまにそれを振るう。
しかし、それは召喚された青いスライムによって阻まれていた。
「お兄ちゃん、がんばって!!」
「リコも、しっかり!」
観覧席で、残りのメンバーは2人の勝負を観戦していた。
応援をしているのは、お兄ちゃん第一主義の未亜と、まじめなベリオだった。
ダリアはニコニコと笑ったままそれを眺めている。
「先日リコ殿と戦われた師匠はこの試合、どちらが勝たれるとお思いでござるか?」
刀を立てて両手に持ったまま、は尋ねたカエデへと顔を向ける。
「そうだな……実力的にはおそらくリコの方が上だよ。間違いない」
「はぁ? 何いってんのよ。あの子はこのクラスの中でも、下から2番目の順位なのよ?」
「順位だけで考えるのは早計だぞ、リリィ。彼女、実力は相当なものがあるよ」
む、とリリィは押し黙る。
自身が実力もトップクラスだと認めた彼がそう言っているのだからもしかしたらと考えたのか、それともその言動に押し黙ってしまったのか。
それはわからないが、そこからは言葉を発することなく目の前の光景を眺めていた。
「……ということは、どういうことでござるか?」
「実力的にはリコの方が上だけど、大河も最近だいぶ強くなってきてる。彼ががんばればもしかしたら……」
大河は大剣形態のトレイターを振りかざしリコに斬りかかるが、彼女は見事にそれを見切っており、繰り出された斬撃は背後に位置していたスライムに命中。
ザン、という斬撃音と共にスライムは2つに分かたれ、消えていった。
リコは彼の背後で分厚い本を掲げると、思い切り振り下ろしていた。
「……っ」
大河はそのまま前進して本を躱すと、左の足を踏ん張って方向転換する。
トレイターの形態はナックル。
ほとんどゼロに近い彼女との距離と、本を振り下ろしたばかりのリコは無防備。
よって、
「もらったぁっ……!」
渾身の力をこめ、大河はナックルを繰り出した。
ひじの部分までを覆ったナックルはジェットを噴出し、彼女の身体を捉えて。
「う、うあぁっ……!?」
衝撃音とともに、彼女の身体は背後――フィールドの端まで吹き飛んでいた。
背中から壁に激突し勢いが収まると、ズルズルと地面に腰を落とす。
「はぁ、はぁ、はぁ……の言ってたことも、あながち間違いじゃ……なかったな」
激しく乱れた息を整えようとその場に腰を下ろす。
トレイターが手の平の汗で滑り落ち、カラン、と音を立てた。
「あ……負け、た?」
背に多少の痛みを感じたまま、呆然とした表情でリコは呟く。
正面の離れたところでは、大河が座り込んで息を荒げているのが見える。
「よ、よっしゃああ! 俺様強いっ! さあさあ指導……」
再び立ち上がりながらそんなことを叫び、よろけているのがまた滑稽だ。
「………」
本気を出した。
全力で戦ったはずなのに。
なのに、負けた。
リコはそんなことを考えながら、すっくと立ち上がったのだった。
「あらあら情けないわねぇ、『お兄ちゃん』? それで勝ったと言えるのかしら?」
リコを見なさいよ、と。
リリィは顔を向けると、その先でリコはすっくと立ち上がっているのが見える。
あれだけ渾身の力を叩き込んだというのに、彼女はピンピンしているのだ。表情は敗戦のショックを隠し切れないでいるようだが。
「まぁ、とりあえずお疲れさん。医務室言って来いよ……立てるか?」
「ああ……悪ぃ」
大河の手を取り、立ち上がらせる。
彼の服は黒い部分が多く見て取れて、ボロボロに近い。
そんな様相をみて、
「そんな調子じゃ、今日は勝ったけれど、いずれ兄妹で最下位争いなんてことになりそうね」
嫌みったらしくそう口にするリリィだったが、それでも悔しそうに大河に背を向ける。
次は試合なのだから、もしかしたら体力を少しでも温存しておこうとしているのだろうか。
「おめでとう大河君。でも、かなり苦戦しましたね。体調でも崩していたんですか?」
「……いや、絶好調だったよ」
そんな大河の発言に、以外の全員が目を丸める。
大河は視線をに向けると、苦笑して見せた。
「リコは強かったよ。未だに勝てたのが信じられないくらいにな。が苦戦したのもうなずける」
「お兄ちゃん……」
「そんな…」
やはり、驚きを隠せないらしい。
先日のの大苦戦といい、今回の大河の発言といい。
2人がウソを言っているようにも見えない。そんな2人が、「彼女は強い」と口をそろえて言っているのだから、驚くのも当然というもので。
「ささ。それでも判定は大河君の勝ち。異存はないわね、リコちゃん?」
「……あ、はい。負け、ですね、私の」
「そ、そんなに俺に負けたのがショックかよ?」
「あ、いえ……」
そう呟いてはいるものの、彼女の表情は変わらない。
そんな彼女を訝しげに眺めつつも、ダリアは改めて大河を医務室に連れて行くようにと見学の未亜に頼んでいた。
「じゃあ、次の対戦ですねぇ。リリィさん、くん、前に出てぇん」
大河と未亜を見送って、は刀を腰にフィールドへと踊り出た。
先に来ていたリリィはすでにスタンバイ完了と言ったところだろう。召喚器のライテウスもすでに手に装着されている。
「絶対に、負けてやらないんだからね!」
「あぁ、お手柔らかに頼むな」
救世主クラス首席のリリィと、新参者の。
2人は互いに構えを取ると、
「……いやよ」
構えたままで、リリィは首を横に振る。
「認めたくないけど、アンタが相当の実力者であることは確かなの。私は、カエデさんとアンタが一番のライバルだと思っているのよ。私の実力、身をもって知ってもらうんだから」
そう言い放つと、ライテウスが光を帯び始めた。
は息を一つ吐くと、抜いていた刀を再び鞘へと納める。
腰を落として、柄へと手を掛けた。
「だったら、俺の力も……首席様に知ってもらわないといけないなぁ」
抜刀術。
納刀した状態から放つ神速の剣術である。
は居合斬りを多用する。多少離れた状態でこの構えを取ったのは、まさに居合斬りを放つと宣言しているようなもので。
「まぁ、俺は救世主になんてなるつもりはないけど」
「なっ!?」
元々、どんな形であれ救世主クラスに入ったのだから、『救世主』という称号に興味がないのは多少おかしいのかもしれないが。
「俺は、俺の世界を守ることができれば……それでいいからな。でも、ここで負けようとも……思っていない」
こんな言葉を掲げて今まで戦ってきたのだから、興味がないのもうなずけるというものだったりする。
「ふ、ふんっ! あとで後悔しても、知らないんだから!!」
リリィは、魔力を放出させつつ呪文の詠唱をはじめたのだった。
第16話でした。
やっと、リコメインのストーリーに入りました。
夢主くんは、巻き込まれただけなので救世主には興味ありません。
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