「拙者がここに来た理由……それは、会いたい人間がもう、元の世界にいなかったからでござる」

 カエデがここアヴァターへ来た理由。
 彼女はまず結論から口にした。
 一般人からすれば抽象的なことこの上ない上に言われただけでは非常に分かりにくい。

「師匠には、隠すつもりはござらん。なんなりと問うて下され」

 そんな彼女に甘えて、とりあえず聞きたいことだけを口にする。

「会いたい人間っていうのは、男か? それとも女か?」
「……男でござる」

 彼女は確かに逃げてきたのかもしれない。


 それは臆病者のそしりからでなく、恋人を失ったという辛い現実から。


 ……と、まぁ彼女の立場からしてそんな理由では間違いなくないだろうから。


「元の世界にいないってことは、もしかして……」

 カエデはうなずくと、眉間にきれいな形の眉を寄せた。

「言葉どおりでござるよ」

 そう口にしたのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.13



「で、その男は……」
「目の前で拙者の父を惨殺し、その場からのうのうと時空の扉をこじ開け、消えてしまったのでござる」

 恋人を失った辛い現実からの逃避ではなく、自分の目の前で父を殺したその男に復讐するため。
 カエデは、そんな理由でこの世界へ来ることを望んだのだ。

「拙者が、まだ年端も行かぬ子供だった頃の話なので、細部に間違いがあるやも知れぬが……」

 彼女は、さらに話を続ける。
 その光景はまるで古傷をがこじ開けているのではと考えられたのだが、彼女自身が許してくれているのでとにかく押し黙った。



 彼女の話は、聞けばそれはもう悲しい話だった。


 その男はカエデたちの住む隠れ里に突然現れた。
 最初は礼を尽くし、頭領であるカエデの父親へ面会を申し入れ、彼女の父も訪れた客人を歓待し、一晩泊めることに。
 そして、事件はその晩に起こった。
 厠へと起き出したカエデが蔵の中に人の争う声が聞こえて、開いていた扉をこじ開けて中に入った瞬間……





「父親の血を、浴びせられた……?」
「人肌の温もりで、ぬめりとして、錆臭い。最初は暗闇で、色まではわからなかった……」

 自分の姿を見ることができたのは、物音を聞きつけて蔵に集まってきた家人がカエデを照らし出したとき。
 父親の背中から吹き出た血が、全身を真っ赤に染め上げていたのだと。
 彼女はそう口にした。

 血が怖いと言う理由には、そこまで深い理由があったのか。
 そうなってしまうのも当たり前。どこまでも納得ができてしまうような理由だった。
 は、昨日の自分の言動を深く恥じたのだった。

 彼女の血恐怖症を克服するには、今日やってきたことだけではとても収まるような問題ではない。

「その男は……?」
「『残念ながら、ここにはなかったようだ』と一言発しただけで……」

 先ほど彼女が言ったように、時空の扉をこじ開けて消え去った、と。
 家人が蔵の中をどれだけ探したところで、隠し扉はおろか男の潜んでいた痕跡1つ発見できなかった。
 時空の扉など知るわけもないのだから、無理もない。

「時空の扉を開けて時空を渡ったって理解できた理由はあるのか?」
「……最近まで、そのような可能性には気付きもしなかったでござる」

 その考えに行き着いたのは、リコによる別次元からの干渉と召喚。
 その男も同じことをしたのだとすれば全てのつじつまが合う、と彼女はそう口にした。

「しかしその男……赤の書もなしに時空を渡ったのか……」
「師匠や大河どのも、そうらしいでござるな?」
「俺はちがうんだけど。でも……」
「何も大河どのが仇だと言っているわけではござらん」

 しかし、同じ方法で時空を渡ったのだとすれば、可能性どころか、それ以外に考えつくはずがない。

「申し訳ない。ちと、暗い話に終始してしまったでござるな」
「いや……辛い思いをしたんだな。ごめんな、そこまで深い事情があったとも知らず……」
「師匠が気にすることではござらんよ」

 カエデは薄く笑みを浮かべると、そうに告げた。
 人を騙して、殺して、その子供にまで一生モノのトラウマを受けさせて。
 今までにたくさんの人や召喚獣たちを見てきたからこそ、酷すぎる話だとはそう考えていた。
 自分が持つ過去の記憶なんかより、よっぽど深く、悲しい。
 以前言ったように、『復讐は何の意味も持たない』なんて、とてもじゃないが言えなかった。

「……俺なんかよければ、手を貸すよ」
「師匠……」
「弟子のためだ。迷うこともないさ」

 カエデは心強い仲間を得たとばかりに満面の笑みを浮かべて、

「かたじけないでござる。師匠がいれば百人力でござるよ」

 そう口にしたのだった。








「で、これはどういうことなのかしらねん?」

 翌日。午後の授業は恒例だという実技授業。
 席次を決める試験とは違って、あらゆる場面を想定した一対一以外の戦闘訓練も行われるらしいのだが。

「師匠〜、早く早く〜」
「あ、ああ……」

 というわけで今日、ダリア教員の出した課題は、『二対二』。
 いうところのタッグ戦だった。

 カエデに引っ張られるは苦笑を浮かべて、呆れ顔の救世主候補たちを見やる。

「あ、あの……カエデさん? 私たちの話、聞いてらしたかしら?」
「ぬ?」
だぜ。お前、俺の夢をことごとく……」
「はいはい、わかりましたから。その、どういうペアを組むかはみんなで話し合ってって……」

 女の子を1人取られたせいか、大河の機嫌はすこぶる悪い。
 ぶつぶつと呟く大河を未亜が制して、きょとんとした顔のカエデにそう説明したのだが。

「他の組み合わせに関しては関知しないと申したはず。自由に決めて結構でござるよ」

 まったく理解していなかった。




「さて、我々の相手となるぺあはどなた方でござるか? 遠慮はせぬので覚悟めされよ」

 すでに臨戦態勢だし。
 はしきりに謝罪の意を込めて頭を下げまくっていたのだが。

「おらぁ、覚悟しろよ! おいベリオ、俺と一緒に出ろ!!」
「ちょっ、お兄ちゃん!?」

 ギッタギタのボッコボコにしてやるからな……

 トレイターを喚びだして、まるで鬼のような形相でをにらむ。
 名前を呼ばれたベリオはわけもわからぬまま大河に手を引かれてフィールドの中心へ歩み出たのだった。
 ため息をつきながらベリオは自らの召喚器でを喚びだしたのだった。

「ああ……アヴァター全土にその名を轟かせる救世主クラスが……ここは幼稚園?」

 リリィの嘆きも最もだった。




 彼女の召喚器は杖の形をした『ユーフォニア』。
 膨大な魔力を秘めた大型の杖で、彼女がその魔力を引き出して魔法を唱える。
 彼女は僧侶志望であることから仲間を癒したり、敵を近づけさせない戦い方をする。

「おお、やる気まんまんでござるな」

 フゥーフゥーと鼻息も荒くをにらみつける大河は、が刀を抜いたのを確認するや否や大剣をナックルへと変化させて思い切り殴りかかっていったのだった。

「大河、落ち着けって。話せばわかるから」
「ぬうおおお〜〜!!」

 ダメだ。聞く耳もたん。
 一直線に突っ込んでくる大河のナックル攻撃を身体を横移動させることで避けると、峰を彼の肩へ落とす。
 ぽこん、と音がなって、勢いのあまりふらついてしまっていた。





 一方、ベリオは飛んでくるクナイの雨に苦戦していた。
 魔法の1つであるホーリーウォールを展開しても、その上を飛び越えてくるし、接近戦をしかけたところで彼女には歯が立たない。
 周囲に結界を張って攻撃を防ぐのが関の山だった。

「くっ!?」

 ベリオは、カエデが血恐怖症であることを知らない。
 もし知っていたのならそれこそ簡単に勝ててしまうのだが、以外に知っている大河が彼女にそれをそれを教えなければ負けは見えていた。
 どうしようか、と歯噛みしながら思考を前方へと向ける。

「よし、こうなったら……っ」

 クナイが途切れたところで、結界を解除して宙へ舞い上がると。
 杖の先をカエデに向けると、

「フェリオン……レェェェイ!!」

 杖の先から、碧のレーザーが打ち出される。
 着地した瞬間を狙われてしまったため、カエデが振り返ったころにはすでにレーザーは目の前。

「まずいっ!!」

 カエデは回避しようとバックステップをするが、レーザーは波打つように歪んで地面をえぐる。
 不規則な動きに対応できず、

「うわぁっ!?」

 カエデは碧の光に飲まれたのだった。





「こんにゃろっ!」
「おっと……」

 ナックル突貫を避け、大剣の連撃を受け止め、戦斧で地面ごと斬り上げる。
 宙へ舞ったかと思えば、爆弾を手に一直線。ヌンチャクが出てきたかと思えば、先っぽがの目の前を通り抜けた。
 変幻自在。どんな状況にも対応できる大河のトレイターの能力にやりづらさを感じながら、は避けつづけた。
 なにがくるのかわからないから余計に、

「……やりづらいな」

 つい、はそう呟いた。

「おらおらぁっ! どうしたんだよ、押され気味じゃねぇか!」

 の表情を見ながら、大河は表情を和らげる。
 大河は形状を大剣に変え、斬りかかった。

 は待ってましたと言わんばかりに大河の大剣を左手に持った刀で受け止め、その下に身体をもぐらせて固く握った右手を突き出す。
 右足を大きく踏み込んで、

「ふっ!!」

 突き出した右手は大河の腹部へ。

「ぐふぅっ!?」

 なににも守られていない無防備な身体に吸い込まれ、炸裂した。
 背後へのけぞる大河の手首、トレイターの鍔部分に峰を向けて振りぬく。
 殺傷力のない峰部分は柄と鍔の間を捉え、トレイターは宙へと舞い上がったのだった。

「げげっ……」
「残念だったな、大河?」

 チャキリと音を立てると切っ先を大河へと向け、そう彼に告げる。
 彼は悔しそうに歯をかみ合わせると、諦めて両手を上へ。降参の意を示した。





 爆音が鳴り、砂煙が舞う。
 多少なりベリオの放った光線を食らっていたカエデは苦しそうにげほげほと咳き込むと、周囲を見回してベリオの姿を探す。
 もともとカエデは暗殺に特化した一族。視界の悪い環境での戦いもお手の物だった。
 だからこそ、今のこの状況は彼女にとって好都合とも言えた。

「残念でござったな、ベリオどの。拙者の勝ちでござるよ」

 そう呟いて、その姿をかき消した。



「ちょっと、強すぎたかしら……」

 けほけほと砂煙に包まれたベリオは軽く咳き込むと、先ほどのカエデ同様に周囲を見回す。

「カエデさん、大丈夫ですか〜?」

 実に彼女らしい。戦闘中とはいえ人を思いやる心を忘れず、すでに自分が勝ったものと信じ込んでカエデを探す。
 しかし、それは大きな間違いで。
 どこからか風を感じ、次の瞬間。

「動かないでほしいでござるよ、ベリオどの」
「っ!?」

 背後から喉元に短剣を突きつけられ、目を丸める。
 そして、

「一瞬の油断が命取り……と言ったところでしょうか」

 自分の敗北を認めたのだった。





「ほ〜ら、ご覧の通りでござるよ」

 嬉しそうにカエデはそう口にすると、はお腹を抱えた大河を抱えて救世主候補たちのもとへと帰還した。
 大河を座らせると未亜が慌てて駆け寄ってきて、しきりに大河の様子を窺っている。
 「つい、手加減できなくて」と頭を掻くと、

「いいんですよ。お兄ちゃん、これくらいなんてことないはずだし」
「未亜……お前は兄をなんだと……」

 結構…いやかなり痛いんだぞ、と腹部を抱えたまま言うと、

「バカなあんたにはいい薬よ」

 妙に嬉しそうにふふんと笑うリリィがそう口にしたのだった。


「前衛同士はダメだ……不公平だぁ」
「誠に申し訳ないが、拙者は師匠以外と組む気はないので」
「え、え〜と、でもそれだと色々な場面を想定した訓練ができないんだけど〜……」

 ダリアの情けない声が、闘技場に響いたのだった。






第13話。
カエデ本当の理由暴露しました。
かなり重たい過去を抱えています。
ベリオの技名、曖昧ですが、合ってますか?


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