「それではここまでとします。今日のところは重要なポイントですから、きちんと復習しておくように」

 講義の終わりを告げる鐘がなり、ダウニー教員そう言葉を残すと教室を出て行った。
 周囲に喧騒が生まれ、バタバタと教材の片づけを行って少しでも早く昼食にありつこうと学生たちは一斉に教室を出て行く。
 そんな中で、は教材をまとめて立て掛けてある刀を手に取り立ち上がった。
 そのときだった。

「師匠〜!」

 カエデに呼び止められていた。
 彼女はなぜか嬉しそうにのところへ駆け寄ると、

「よう、どうだった? 授業は?」
「うむ、なかなか新鮮でござった」

 集団戦闘のくだりや、兵法。
 自分のいた世界のそれと比べてみると、面白いかもしれない。
 彼女はの問にそう答えた。

 一方、彼女の豹変ぶりに大河たちはというと、昨日とのギャップに苦しんでいた。
 一緒に昼食をと誘った未亜も同様で。

「そんなことより特訓でござるよ! 拙者、先ほどから昼休みが待ち遠しくて」
「よっしゃ。じゃあ早速行こうか」
君、お昼ご飯は?」

 そう尋ねるベリオに、今日はちょっと……と苦笑し、カエデに手を引かれながら教室を後にしたのだった。
 残された救世主候補たちはバタンと閉じられた扉を眺めて、しばらく固まっていたのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.12



「さて、とりあえず俺が昨夜考えた内容だけど、とりあえず血を見ても平気な顔をしていられるような度胸をつけるべきだと考えたんだが」

 正門前。とカエデの2人は、学園の出入り口であるこの場所で向かいあっていた。
 なぜかというならば、学園の案内を兼ねて特訓をしようと思い立ったからだった。

「のぞむところでござるよ、師匠! 拙者を大人の女にしてくだされ!」
「……じゃあ、学園の案内がてら特訓するから、ついてきてくれ」
「了解でござる!」

 というわけで、正門を出発したのだった。
 ……彼女の思考は、果てしなく間違っているような気がしないでもないのだが。




 とりあえず、食堂へとやってきた。
 学生たちはすでに昼食を食べ終えたのか、空いた席はすぐに見つかった。
 カエデには席に座ってもらって、昼食と同時にあるものを取りに厨房へと足を運んだ。

「ほい、昼飯」
「かたじけないでござる。本来なら弟子である拙者の……」
「さらに、カエデには特別メニューを」

 とん、と置いたコップには赤い液体がなみなみと注がれていて。
 それを見たカエデは、目をぐるぐると回して今にも叫ぼうとしていた。

「おいおい、落ち着けカエデ。これは血じゃないから」
「へ……」

 そう言われたカエデはコップの中身をまじまじと見つめて、やはり目を回す。

「こっ、こここここれはどー見たって血ではござらんかぁ〜!」

 深い赤色を強調した液体。
 実はこれ、ただのトマトジュースなのだが。

「血ぃ〜、血はイヤでござるよぉ〜」

 周囲の目を気にすることなくカエデは声をあげつづけていたのだった。

「さぁ、皆さんが見ている前でこれを飲め!!」
「ひぃ!」

 カエデの悲鳴とも取れる声に、食堂にいた周囲の人間たちはなんだなんだと視線を向ける。
 その視線に気付いてか、カエデは悲鳴を止めて顔を真っ赤にしてしまったのだった。
 はコップを持ち、カエデに突き出す。

「いいか。血を克服するためには、血と似たものと接触していけばいいんだ」
「血と……似たもの?」

 コップを手にとって、側面から、底の方から怯えながらもじっくりと眺めて、最後にその水面を見つめる。
 ゆらゆらと揺れるその液体は、彼女にはどこから見ても血にしか見えないようで。

「っ!」

 結局、顔を背けたのだった。
 頭を掻いて小さくため息をつくと、カエデの背後、少し離れたところに知った顔を見つけて席を立ち再び厨房へ。
 同じようにトマトジュースを2本もらうと、

「お〜い、大河!」

 当真大河に向けて手を振った。
 彼はどうやらカエデの騒ぎを聞きつけてちょうど今来たらしい。
 少し不機嫌で、がカエデになにかしているんじゃないかということらしいのだが、普段の彼からしてみればそんなものくそくらえである。

 先ほどもらってきたコップを手渡して、「一気飲み」と命令に近い形で彼にそう告げる。
 カエデに大河を見ていろと言うと、大河は銭湯で風呂上りに牛乳を飲むように空いた手を腰に当てると、一気にそれを飲み干した。

「おぉ……」

 羨望の眼差しで大河を見ていたのだが、彼にはそれがナゼなのかすら分からない。
 簡単に説明すると、納得したようだった。

「カエデお前、コレを血と勘違いしてるんだってな?」
「いいえ、大河どの。これは血以外に考えられないでござる。もしや、そなたは実は吸血……」
「ちがうし」



 結局、トマトジュースだと言い聞かせてもカエデはイヤイヤと首を振るばかりで、もらってきた残り2本のトマトジュースをが飲み干したのだが。
 「師匠凄いでござる〜」などと羨望の眼差しを向けられた時にはどうにも複雑だった。

 カエデとお近づきになりたいと考えていたことは露知らず、事情を知ったからには放っておけない、という建前のもと大河も同行したのだが。
 闘技場、召喚の塔、図書館、礼拝堂と経由し大河がその場で考案した特訓方法を実践したのだが、どれも彼女を辱めるようなものばかりで役に立たず、手詰まりとなってしまった。

「め、面目ないでござる、師匠……」
「いや、別に……」

 そうは言いつつも、と大河には少々の疲れが見え隠れしている。

「なぁ、。最後に1ヶ所、度胸をつけられそうな場所があるんだが、行ってみないか?」

 そんな大河の提案に、は目を丸めた。
 もう一月近くこの学園に住み着いているのだが、そんな場所のことなど聞いたこともなかったからだ。

「実は、お前がくるのと同じくらいの時期に、ブラックパピヨンっつう女怪盗が出てたんだよ。で、まぁいろいろあって俺が探して捕まえることになったんだが……」

 そのときに見つけた場所があるんだ、と。
 大河はついて来いと言わんばかりに身体をある方向へ向けると、1人歩き出していた。
 地下へと続く階段を降り、壊れた錠のついた扉を抜けて。そして、たどり着いた場所は。

「なんと面妖な! 学園の地下にこのような場所が……」

 ランプの炎のみが明るく照らす、レンガ作りの部屋のような空間にたどり着いたのだった。
 なにか、ところどころに空いている小さな穴から風が漏れ、ヒューヒューと音を立てることで、幽霊のたぐいが出そうな雰囲気を作り出している。

「……怖くないのか?」
「怖い? 何がでござるか?」

 大河は指を打ち鳴らして、舌打ち。
 彼女が怖がって抱きついてくるのを期待していたのだろう。
 カエデは血をあれだけ怖がるわりに、暗闇や不気味な雰囲気は全然平気らしく、平然としていた。

「それで、ここで何をするでござるか師匠、大河どの?」

 ここなら周りに人もいないし、集中できそうなのでござるよ。

 彼女は笑みを浮かべてそうのたまった。
 彼の表情が落胆へと変わっていくのを確認しながら、は不気味な雰囲気を醸し出す周囲を見回した。

「しかし、こんなところがあるなんて俺も知らなかったぞ?」
「そりゃそうだ。俺だって、つい最近見つけたばかりだからな」

 じゃ、奥へ行こうぜ。

 そう言って、3人は奥を目指したのだった。
 大河だけどこか、何かを確信したかのような表情で。





「きゃぁ〜ん、またしてもダーリンですのぉ!」
「ほ〜らな」
「ぬぅっ!?」
「?」

 3人の目の前に現れたのは、白い髪に大きなピンクのリボンをつけた褐色の肌の少女だった。
 うすい紫の服を着ているのだが、袖の部分やはいているスカートのすそは破れてしまっている。
 そして特に目を引いたのは、全身に巻きついている包帯だった。

「運命の導きですの。デートの約束ですの。恋の19番ホールですの〜vv」

 妙に嬉しそうなのだが、言動はわけわからん。

「何奴でござるか?」
「俺には……まぁ微妙におかしいけど、普通の女の子にしか見えないけど……」
「はれ? こちらは〜?」

 とカエデを見て、少女はハテナマークを頭の上に浮かべて首をかしげる。
 大河はまず2人を指差して、

「異世界から召喚されてきた剣士と忍者」

 そして次に少女を指差すと、

「この学園に巣くうアンデッド」

 そう口にしていた。
 その途端に、の表情からは血の気が引いていく。

「…………」
「あんでっど……生ける屍でござるな?」

 そんなこととは知らず、カエデはそう口にする。
 少女は2人を見て眉を吊り上げたのだが、特に恐怖を感じることはなく、は彼女の存在についてを先ほどから考えていた。

「た、タチの悪い冗談だなぁ……アンデッドって、生ける屍って……ゾンビのことだろ?」

 そんなのいるわけないじゃないか……

 そんなのいない、いるわけない。と必死に自分に言い聞かせながらは大河にそう言うが。

「ウソじゃねえよ。コイツは正真正銘、ゾンビだぞ」

 そう言って彼女を指差すが、とてもゾンビには見えない。

「む! そういえばさっきからダーリンにくっついて〜、離れるですの〜」
「……なんと自己主張の強い腐乱死体よ」
「ひ〜、ひどいですの〜、ちゃんと新鮮さはいつも気を使ってますの〜」

 ここで何を? と聞いてくるカエデに、大河は。

「コイツと戦うんだ」
「師匠……」
「えっ!? あ、あぁ……それでいいよ」

 了解を得たところで、カエデは早速と言わんばかりに腰の短剣を抜き放つ。
 瞬時に表情はりりしいものになり……

 あっという間に決着がついていた。

「これに懲りたら、もう悪さをしないことだな」
「び、びええええ〜、また腕が取れちゃったですの〜」

 取れちゃったですの〜

 ですの〜

 の〜

 ・

 ・

 ・

 はその一言を聞いて彼女の腕を見ると、そこにあるはずの彼女の腕は……ない。
 それを確認するや否や……

「……っ!?」

 耐えろ、耐えろ俺。今までの経験は何のためだ。大丈夫、ここにいるのには害はない。

 必死に、とにかく必死で自分にそう言い聞かす。
 実はは、幽霊や人魂などは平気なのだが、ゾンビだけは苦手という特異な体質があった。
 以前も、それをネタに友人が言い寄っては反応を楽しんでいたが、その度に制裁を加えてきたのだ。

「悪さなんかしてないですの〜! あなたこそダーリンとの逢瀬を邪魔する悪者ですの〜」
「死体は大人しく土に帰れ。これ以上騒ぐようなら今度こそ斬り刻む」

 カエデが短剣をちらつかせながら凄むと、少女は目に涙を浮かべる。

「ふ、ふええええ〜ん!!」

 泣き声を上げながら、さらに奥へと姿を消したのだった。
 化けて出てやる、という捨て台詞を残しながら。

「…………」
「と、もう大丈夫でござるよ……師匠?」
「大丈夫大丈夫アレはゾンビじゃないゾンビじゃない………」

 カエデは返事をしないに怪訝な表情をして、顔を覗き込む。
 は顔面を蒼白にして、小刻みに身体を震わせていた。

「おい、。どうしたんだよ?」
「師匠!!」
「………はっ、俺は何を……って、あのゾンビは!?」
「もういなくなったでござるよ」

 カエデの答えには両手を天に突きつけると、表情に笑顔を宿す。
 その目からは一筋の涙を流し、2人に驚かれたのだった。




「ふぅ……」
「師匠、肩でもおもみしましょうぞ」

 日も暮れて、寮の屋上で手伝いをかって出てくれた大河に礼を言うと、それぞれの部屋へ戻ってきていた。
 昨晩と同様にイスに腰掛けると、カエデはの肩を揉みほぐそうと背後に回る。
 ゾンビ騒動で肩肘張っていたせいかずいぶんと凝っていたようで、彼女の肩もみがずいぶんと気持ちよく感じられた。

「その、さっきは悪かったな」
「さっきの腐乱死体のときでござるか?」

 はうなずくと、カエデにベッドに座るように促す。
 立ち上がり、きゅうすと湯のみを2つ持ってくると、緑茶を注いで手渡した。

「カエデにあんなこと言っておきながら、俺にも苦手なものがあってな」
「も、もしや……」

 緑茶を口に含み、飲み込むとカエデは顔をへと少し近づける。
 彼女の碧の瞳を見ながらうなずくと、同じように緑茶を喉へ流し込む。

「幽霊とか人魂とか、そういったものなら大丈夫なんだけど、ゾンビだけはなぜかどうしても苦手でな」

 普段なら、奇声を上げて一目散に逃げ出しているところだったのだが、努力も積み重ねればきっと報われるなどとカエデに言った手前だったので、その場で耐え切ったのだということを彼女に話して聞かせると。

「師匠にも、苦手なものがあるでござるな。なんだか師匠がより近くに感じられていいでござるよ」

 そんなことを言って笑ってくれたのだった。
 彼女の寛大さに感謝である。



「とりあえずその話はそこまでにして、とりあえず今日はどうだった?」
「う〜ん……微妙でござるな」

 まぁ、言った先々で救世主候補の仲間に捕まってはやっかいごとに巻き込まれていただけだったので、実感が持てないのは確かなことだ。

「ということは、結局のところ、ダメなものはダメということなんでござるか〜?」
「今はダメでも、努力すればきっといつかは結果になって現れると思うんだけど……」

 実際、も戦うためにと努力した。
 親からは剣を習い、精神を鍛えて、リィンバウムに喚ばれてからも強くなるんだと必死になった。
 その結果として今の彼がいるのだから、そう努力したぶんだけ結果が現れるという言葉は本当なのだと自身思っていた。

「でも、俺の言葉だけが真実ってわけでもないからな。もっと自分に自信を持つといいと思う」
「自信、でござるか……」
「そう。『自分なら絶対にできる』って信じていれば、苦手なものでも結構大丈夫だったりするんだよ」

 身を持って実証済みである。
 スルゼン砦で、死人たちに囲まれたときなんか、とにかく必死だったのだから。

 ……途中から記憶が飛んでいて、気づいたら戦闘が終わっていたということは多々あったのだけど。

「し、しかし拙者……信じられぬ最たるモノが自分自身で……」
「カエデは身体的には強い。だから、心の問題だと思うんだよ」
「心の、問題?」

 これは、ゾンビが大の苦手なにも言えること。
 十分に戦える力を持っているのに、『どうしてもコレが苦手だ』という概念が精神に植え付けられてしまっているのだ。
 だからスルゼン砦での戦いでは、自分は大丈夫だととにかく言い聞かせて戦ったのだ。

「自己暗示、みたいな感じで自分に信じ込ませるとか」
「しかし……」
「とにかく、そんな荒療治にしたって効果が出るかは本人次第なんだ。君にとっては酷な話かもしれないが、もっと自分に自信を持ってくれ」

 なにかあれば、俺が手助けしてやるから、と。
 頼りないかもしれないけど、と付け加えながら、苦笑した。




「そういえば、血に弱いって分かってて、カエデが救世主候補に志願した理由ってなんなんだ?」
「それは……」

 カエデは眉をハの字にして、口篭もる。
 もといた世界でも、誰に何を言われようが為すべきことはいくつもあるだろう。
 しかし、救世主はあくまで『破滅』を倒すだけが役目。悪く言えば、戦うためだけに喚ばれたようなものなのだ。

「なにか、他に理由があるんじゃないのか?」

 『自分を鍛えるため』『臆病を正すため』、それも理由の一つなのだろう。
 しかしそれでは救世主にとって危険な場所であるため、理由として決定打に欠けてしまう。

「本当のこと、話してみてくれないか?」

 はそんな言葉を残して、聞く側に徹しようと口をつぐんだのだった。
 そんな彼の正面で、しばらく沈黙が続く。しかし、それはほんの数秒で。
 ぬるくなってしまった湯のみの緑茶を飲み干して、

「今から話すこと……しばらくは、他の方々には秘密にしておいてくださらぬか?」

 カエデは少し低い声でそうに告げ、うなずいたのを確認すると話し始めたのだった。






第12話。
カエデ特訓の回です。
公式サイトのほうにトマトジュースのネタがありましたが、その辺は無視の方向で。


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