「あ……?」
「お、起きたか。とりあえず、これ」

 この間セルに買わせた茶の葉で緑茶を入れて差し出す。
 しかし、

「っ!?」

 彼女はそれを受け取ることなくの視界から消えると、背後に回り喉元に手刀が突きつけられた。

「何をした!」

 すごんでいるのだが、先ほどの彼女を見れば対して臆することはなく。
 食堂で分けてもらった湯のみときゅうすを両手に持ったまま、うなってみせる。

「……質問に答えろ!」
「特にはなにも。気を失った君を俺の部屋のベッドまで運んだだけだよ。君の部屋、知らないんで。しかし……」

 くくく、と含み笑う。

「イヤ―、拙者血はイヤでござるよ―」
「なっ……」

 かなり棒読みなのだが、カエデは目を丸めて絶句していた。
 言葉の内容もなのだろうが、とりあえずはその口調に。

「ちゃんと血が赤いメカニズムは理解できてるんだな……苦手な割に」
「うわあああ〜!」

 その言葉を聞いた途端。
 彼女は夜遅い時間であるにも関わらず大声を上げ、そして……

「うええ……うえええええ〜〜〜ん!」

 情けない声を上げて泣き出したのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.11



「落ち着いたら、とりあえずそれを飲んでくれ」
「うう……かたじけない」

 カエデを座らせたベッドの脇。ランプの置かれた小さな机の上にぬるくなってしまった緑茶を新しく入れなおし置いておく。
 やはりセルに買わせたハンカチを手渡すと、ち〜〜ん! と音を立てて鼻をかんでいた。
 一応、涙を拭くためのものだったのだが。

 その後湯のみを握って一気にあおる。
 それを見て止めようと手を伸ばしたのだが。

「あっ……」
「あああ熱いでござるぅぅっ!」

 間に合わずカエデは声をあげたのだった。





「さて、おちついたところで……話してくれるか?」
「うう……仕方ないでござるな」

 もはや言い訳など通じない。
 彼女は目を伏せると、今までのことを話しはじめたのだった。

 はそれを聞くために耳を傾ける。
 第一印象と同時に出来上がっていた、彼女のイメージがガラガラと崩れていくのを感じながら。

「闘技場のときは……必死で作ってたでござるよ」

 理由はここ、アヴァターには本当の彼女を知る人間がいないから。クールな女忍者の救世主を気取って尊敬を集めたかったということらしい。
 と模擬戦をしたのも、彼女の印象に色をつけるためだったのだと白状していたが、実力は相当なものだった。
 全員と戦ったわけではないが、見ている限りでは救世主クラスの中でも上位に位置するだろう。
 それを聞いたらリリィあたりが怒るだろうが。

「なんでそんなに卑屈になるんだよ。腕はかなりのものなのに……」
「いくら強かろうが、最終的に勝つことができないでござるよ」
「血が苦手だからか」

 の声にカエデはこくりとうなずく。

「そう! 赤くって、たら〜りと流れたり、ぶしゅ〜っと噴出したりする、アレでござるよ〜」

 先ほどの彼女の様子を見れば、分かりたくなくてもわかってしまうだろう。
 しかし、破滅と戦うためにという理由で喚ばれた救世主候補が血恐怖症では、この先戦っていくにしても心もとないというものだ。

「そ、それで一族の者にも臆病者とのそしりを受けてぇ……」

 腕は彼女の方が上らしいが、血を見るのすらダメなのだ。
 勝てる戦闘も勝てなくなるのは間違いないだろう。臆病者と言われるのも、分かる気がした。

「わが一族郎党皆、殺しを生業にする者たちなのでござるが……」
「ござるが?」
「その中で唯一、人を殺したことがないのは拙者だけなので〜」

 ここが日本ならそれでもいいのだが、生憎ここは日本のように平和な世界ではない。
 というか、明日にでも世界を滅ぼす軍勢が攻めてくるかもしれないのだ。
 血がダメという理由で戦えないのは、マズイだろう。
 しかし、

「俺だって、人を殺したことはほとんど無いぞ。大河や未亜なんかはたぶん……といってもほぼ確実に人殺しなんかしたことないはずだ」

 大河と未亜の名前は、おそらく日本のもの。
 も日本の出身であるからして、そう言い切れたのだった。

「そっ、それはまことでござるか!?」
「まぁ、血を見るくらいなら大丈夫だと思うけど……」

 そう言うと、再び目に見えて落ち込んでしまっていた。

「臆病な自分に別れを告げたくて、救世主への誘いを受けたのでござる」

 ここにいるのが大河なら「救世主なめとんのか?」なんて言うだろう。
 大河でなくとも、きっと救世主クラスなら誰でもそう思う。実際、が内心でそう思っているのだから。
 カエデの目からは拭ったはずの涙が再び流れ落ち、聖職者が神に祈りをささげるときのように両手のひらを胸の前で組んでを見ている。

 かなり物騒な話なのだが、彼女の性格ゆえにか肩の力を抜いたまま聞けていた。

「だからこそ、お主たちが羨ましい」
「なんでさ?」
「先ほど、未亜どのから聞いたのだがどのも大河どのも、つい最近ここに来たばかりと言うではないか」

 そこそこに日にちは経っているものの、まだアヴァターへ召喚されてから半年どころか一ヶ月も経っていない。
 最近と言っても過言ではないだろう。

「まぁ、慣れてるからなぁ。俺は」
「慣れてる?」
「あぁ。俺、召喚されたの今回で4回目なんだ」
「なんと……」

 世界を飛んだのは2回目だけどな、と付け加える。
 今までは最初を除いて世界の中で喚ばれてばかりだったからまだよかったのだが、アヴァターはリィンバウムからすれば異世界であるからして。
 勝手が違う部分もあって戸惑ったことも多々あった。
 ……その筆頭として、文字が読めないことが挙げられるのだが。

「慣れているとはいえ右も左もわからぬ世界にて、こうして地に足をつけ、日々を生きている……」
「は、はぁ……」
「それに引き替え、拙者はどうだ。救世主という甘言を言い訳に、逃げるように……」

 どんよりと曇っていた雰囲気がさらに深いものになり、いつか遠くから雨でも呼んできそうな勢いだ。

「そこでも自分を見失って、このような醜態を……」

 マイナス思考もここまで来るとある意味凄いな、などと思ってしまう。
 今までにないタイプの人間だったからして、も対応に困っていたのだが。

「拙者はダメな忍びでござる。もう生きていく価値もないくらいに……」
「考えが飛躍しすぎてないか?」
「拙者を知る者が誰もいないこの地であれば、自ら命を絶つこともそれほど良心の呵責は……」

 そこまでつぶやいたところで、は眉を吊り上げた。
 自分は今まで必死になって生きてきたというのに、目の前のこのダウナー忍者はこの場で命を絶つことを口にした。
 それが、許せなかった。

「そう……今こうして手首を掻き切ってしまえば……って、そんなことしたら血がどばどば……」
「死ぬのはダメだ!!」
「っ!?」

 いきなり出された大声に、カエデは目を丸める。
 しかし、はそれを気にすることなく彼女の両肩に手を置くと、

「親からもらった命だろう! もっと大事にしてくれよ……」
どの……」
「苦手なものがあるなら克服していけばいい。1人でできないなら仲間に頼ればいい。だから……」

 自分から死ぬなんて言葉、出さないでくれ。



 目を丸めた。
 カエデは目の前の青年を見て、彼は強いと、心から感じていた。その赤い瞳の奥に、確固たる強さを。
 彼のもつ強さが、自分も求めるものなのではないかと、素直にそう感じた。

 彼と共にいれば、もしかしたら……

 そんな考えが頭をよぎったのだった。



「俺でよければ、克服に手を貸すから」


 もっと前向きに努力してくれ、と。
 今までは後ろ向きに物事を考えていたから、自ら死のうと考えてしまっていたのだ。
 なにをやっていたのだろう、と自嘲するかのように、うつむく。

「かたじけないでござる。しかし……今日会ったばかりのおぬしにそれを頼むのも……」
「いいんだよ。指導のことは聞いたか?」
「あ……」

 合点がいったのか、顔を上げて碧の瞳にをうつし出す。

「明日、君の苦手の克服を俺の『指導』にする」

 決めた、とばかりにカエデに笑いかける。

「そんな……拙者のために、そこまで……」
「大丈夫だ。努力も積み重ねればきっと報われるさ」
どの……」

 その言葉を聞いてか、カエデは目を輝かせる。

「師と仰いでもよろしいでござるか、どの」
「は?」
「おぬしは誰よりも強い。それを今、確信したでござる。それに、拙者の求める強さをきっと、おぬしが持っている。側でその強さを見出したいのでござるよ」

 自分を若師匠と呼んでやまなかった格闘家の少年を思い出しながら、

「まぁ、慣れてるからいいけどさ」

 それを聞いた彼女は、嬉しさのせいか早速「お師匠様〜〜!」と呼んで握手を交わしたのだった。






第11話。
カエデ本性を暴かれるの回でした。
私も始めはクールな印象を受けていましたが、実はとっても明るく気のいい人なんです。


←Back   
Home   Next→

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送