「はぁ、ひどい目に遭った」

 夜。は自室、というよりマイホームと言ってしまってもいいだろう木造の小屋のベッドの上でため息をついていた。
 リィンバウムでもそうだったのだが、このアヴァターという世界もやたら一日が濃いような気がするのだ。
 しかも『破滅』の脅威に晒されているとは到底思えないほど平和なもので。
 本当に『破滅』が来るのだろうかと疑ってしまう。

「……っ」

 ふるふる、首を振る。
 この学園の責任者が来ると言っているのだから、いくら平和とはいえど安心はしない。
 来る戦いの時までに、準備を整えねばならないのだ。

「頭……冷やしてこようかな」

 呟くと、は自室から外へ足を向けていたのだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.10



「う〜ん………っ、はぁ」

 寮の出入口でベリオに出会ったりとか、図書館前でダウニーを見かけたりとこのような夜更けであるにも関わらず妙に人に会うな、などと感じながら中庭へ。
 なぜかと言えば、寮の屋上の他にそこが一番風通しがいいからだった。なにより、散歩をしたいと思い立ったからココまで足を運んだのだが。

「………ござるよ」

 ベンチに腰掛けたところで、そんな小さな声を耳にした。
 静かな夜中だからこそ、聞こえたのだ。もしこれが昼間なら、絶対に聞こえなかっただろう。

「はあ…やはりこの世界の人たちも同じ血の通う人たちであったでござるよ……」

 ……ござる?

 どこかのテレビからアニメでも流れているのだろうか……いや、この世界にテレビはない。むしろ、電気すらないのだ。アニメなんて流れているわけがない。

「新たなる新天地で今度こそはと、せっかく無口でくーるに決めようと思っていたのに……」

 月明かりを頼りに、声の主を探ると。
 その正体はすぐに見つかった。しかし、口調や内容とは大きくかけ離れていて。

「……カエデ?」
「っ!?」

 つぶやいた瞬間。
 人影は視界から掻き消えて、

「誰だ」

 気付けば喉元に冷たい感触。
 それが短剣の刃だということはすぐに理解できていた。目だけを動かして姿を確認しようにも、見当たらない。

「おぬし……確か昼間の?」
「そうそう。だから悪いけど、この短剣どけてくれないか?」
「うわあっ!?」

 ちょんちょんと短剣をつついてみせると、彼女はなぜか妙な悲鳴をあげていた。
 別に手を触っただとか、いかがわしいことをしたわけではないのだから、別に悲鳴をあげる必要はないのだが。

「なっ、ななな何をするでござるかっ!?」
「……ござるか?」
「あ! ……な、何をするか」
「何をするって、ただ短剣をちょっと突付いただけなんだけど……」

 そう。
 ちょっと突付いただけなのだが、なぜか彼女は少し息を荒げて再び短剣を逆手に構える。
 自分も護身用にと刀を持ち歩いていたのだから、戦うことはできるのだが。

「とりあえず、その短剣を納めろって」

 こんなところで戦う理由はない。
 さらに、戦えばそれこそ大騒ぎになってヘタをしたら退学&退寮処分になりかねない。

「俺は、ただ散歩してただけだから。あ、これは護身用に。何があっても対処できるようにな」

 刀を腰から鞘ごと抜いて地面に置くことで戦う気はないという意思を示す。
 彼女はそれを見ると、短剣を鞘に戻したのだった。




「それで、もう大丈夫なのか?」
「……何がだ」

 刀を拾い上げながら、そう尋ねる。
 昼間の模擬戦闘のあと、倒れた彼女を背負って医務室まで運んでいったのだから、気になるのも当然で。

「ほら、昼間の模擬戦で気を失ってただろ」

 ぴ、と人差し指を立ててそう口にした。

「問題ない」
「そうかそうか。そりゃ良かった」

 どこかケガでもしてるんじゃないかと思って心配してたんだ。

 彼女の顎を持ち上げて投げ飛ばしたのだから、首の部分とか傷めているのではないかと思っていたのだがそれは杞憂だったようで。
 は心底安心した、と言わんばかりの笑みを浮かべた。

「あの程度の攻撃でケガをするほど柔な鍛え方はしていない」
「そうだよな。あれだけ飛び回ってたんだからなぁ……で、なんで気を失ったんだ?」
「あれは…………………………なんでもない」

 妙に声が上ずっていたような気がして妙に疑わしいのだが、本人がそう言っている以上どうしようもない。
 しかも、カエデを背負って医務室へいったりとバタバタしていたので、模擬戦のこととかが色々とうやむやになってしまっている。
 まぁ、ペナルティに関してはにとって別にどうでもいいのだが。

 そのときだった。

「静かに」
「?」

 突然、再度短剣を抜いたカエデが顔を茂みに向けながらそう口にした。
 何かがいる、ということで表情が妙に真剣であったから、対処できるように刀に手をかけたのだが。

「特になにも感じないけど……」

 地面を這っているかのように身体をかがめると、茂みに向けてゆっくりと前進していく。

「確かに、常人には気取られぬほどの気配だ。だが、我ら一族にはわかる」
「ふむ。暗殺者は独特な訓練を受けると聞いているから、わからんでもないけど……」

 耳が良くなる訓練とか、臭いをかぎ分ける訓練とか、夜目が利くようになる訓練とか。
 全部リィンバウムで聞いた話なのだが、それはどこでも同じようで。

「私はこの世界では暗殺者に部類されるだろうが、正確には『忍び』だ」

 この世界で通用するか?

 静かに、そして低い声で、カエデはそうに告げる。
 これで合点がいった。戦闘中の足の動きも、体さばきも。卓越した投術や短剣の使い方も。
 そして、確実に急所のみを狙うその正確さも。

「忍者か……」
「ほう、知っていたか」
「俺のいた世界……まぁ2つほどあるんだけど、アヴァターの前にいた世界では知り合いに何人か」

 思い出すようにそう口にすると、

「そうか……」

 と単調な答えが返ってきていた。

「我らは、その中でも暗殺に特化した一族だった」
「………」

 戦闘中にあれだけ急所ばかりを狙ってきていたのだから、そのような部類の人間ではないかと思っていたら案の定。
 隠密行動や諜報活動を主として動いている忍びの中でも、彼女の一族は暗殺に秀でているのである。

「そろそろしゃべるな……」

 話かけようとしたところで、カエデはそう言ってを制する。
 沈黙が周囲を包み、茂みにいるであろう何かに向かって先制をかけようとしたその瞬間。


 にゃー。


「っ!?」


 茂みから音が漏れてきていた。
 その音を聞いて、カエデは突っ込もうとしていた身体にブレーキをかける。


 にゃー。


 それはどう聞いたところで、

「ネコだな」

 そう呟くと、口に何かをくわえたネコが茂みから顔を出した。

「確かに、こんなネコの気配にまで感づくのは凄いけど……」
「う……」
「ちょっと過敏すぎじゃないか?」

 ネコにまで反応するのだから、ほとんど誤動作に近い。
 ネコの前でしゃがみこむと、頭を撫でた。
 近くで見て分かったのだが、ネコが口にくわえていたのはネズミくらいの小動物で。


 にゃー。


 一声鳴きながら、ネコは加えたものを落とすことなくカエデの元へてくてくと歩いていく。
 そして「自分が捕まえたんだぞ!」といわんばかりに口の小動物をぽとりと地面に置いてみせた。
 まるで、彼女にその小動物を貢いでいるかのように。

「あ……」

 カエデの表情がみるみるうちに変化していく。
 あいにくと夜だったため、顔色まではわからないのだが。

「おい、どうし……」

 声をかけようとしたその瞬間。

「¥=〜#$%&@*+?!!!!!!」
「うおっ!?」

 彼女は声にならない声で悲鳴をあげたのだった。
 しかも叫ばれたのはの目の前だったので、その奇声に慌てて耳をふさぐ。

 すると。

「血! 血! 血ぃぃぃぃ〜!!! はぎゃぎゃうぎゃわわわ〜〜〜〜〜〜!!」
「ふぐっ!?」

 の顔に飛びつくや否や叫び声を上げ、その身体を顔に押し付ける。
 男であるからすれば、うれしい状況なのだろうが……彼女の身体が呼吸器を激しく塞がってしまっているので。


 息できねぇ。


「拙者、血はダメでござるよ〜! 色もイヤ〜! 匂いもイヤ〜! イヤイヤ尽くしでござる〜!!」

 ……は?

 凄い速さで、しかもえらい勢いでの内の何かが崩壊しているような気がした。
 それは彼女の第一印象だろう。昼間とはえらい違いにその印象が音をたてて崩壊しているのだ。

「うえええぇぇん! イヤ〜! 血、血でござるよ〜! へもぐろびん〜!」

 血が赤い理由や、そのメカニズムはしっかり理解しているらしい。
 彼女は足すらもの身体に巻きつけて声高らかに泣き声を上げたのち、


 にゃー。


 ネコの一鳴きであえなく気絶したのだった。
 もちろん、に飛びついていた彼女の身体は解かれて地面に落ちていく。
 どさりと地面に落ちた後も、目をぐるぐるさせて動く気配はなかったのだった。
 それを見て、は手持ち無沙汰げに頭を掻くと、


「コレを、どうしろと?」


 どうやら、彼の巻き込まれ体質はとどまるところを知らないらしい。







第10話でした。
とりあえず本編の展開をそのまま利用しました。
主人公を変えて、と言うことになりますが。
すいません、どうしようかと悩んだのですが、結局このような形になってしまいました。


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