刀の切っ先を地面に這わせ、細い糸のような砂煙を上げては走る。
 顔面は十数体のモンスターへと向き、黒がかった赤い瞳はその中の1体を捉えていた。

「せいっ!」

 目標は、小さめの人狼。白い体毛を生やし、やはり後ろ足2本で人間のように立って歩いている。

 走るスピードを上げ人狼の懐へ入り込むと右足を踏み込んで刀を右手に持ち、地面の切っ先を真上へ振り切る。
 斬撃のスピードのせいか、のこめた腕力のせいか。白い人狼はその身体を地面から数センチ浮かして、背中から倒れこんだ。

「次っ!」

 地面に落としていた顔を上げて紫色のスライムを視界に入れると、地面を蹴った。
 数歩でスライムを射程に捉えると、走るスピードを殺すことなくスライムを2つに斬り飛ばす。
 さらにその奥に控えていた灰色の人狼の身体に刀を突き刺すことで走るスピードが落ちていく。
 刀を身体から引き抜くと、こびりついたなにかを払い落としてさらに走る。

 闘技場にいたモンスターをすべて掃討するのに、さほど時間は掛からなかった。





「ふう……」

 敵全員が倒れていることを確認して、は頬を伝った汗を拭う。
 刀の切っ先を鞘の入り口に当て、その刀身を納めていく。カシンと鍔鳴るのを確認すると、クレアがいるはずのフィールド入り口へと歩くが、

「あれ……?」

 じっとしていろ、と忠告しておいたはずなのに、そこには。

「召喚の儀があるのではないのですか、 君?」

 なんの因果か、学園長が険しい表情で立っているだけだった。



Duel Savior -Outsider-     Act.08



「これは、どういうことですか?」
「えっ……あ、あ――……その、紆余曲折ありまして……」
「経過を聞いているのではありません」

 私はこうなった原因を聞いているのです、と。
 険しい表情をそのままに、の背後を指差した。
 そこから見た闘技場の光景は……

「地獄絵図?」
「今のこの状況を単純かつ明快に説明してください」

 の呟きをさらりと無視して、学園長は彼の顔を見つめたのだった。













「お、遅れました……」
「あら、遅かったのねん?」

 肩を落として、召喚の塔の最上階へ登ると、既にを除く救世主クラスのメンバーが集合していた。
 が闘技場を出てきた時には、すでに午後の授業が始まっていたのだから、当たり前と言えばそこまでなのだが。

「学園長に捕まってました」
「お母様に?」

 とりあえずクレアを案内をしていたことを説明し、さらにその足で闘技場へ行ったことを話す。
 その後のことも簡単に話をすると、リリィが目に見えて安心したかのような表情を見せていた。

「さ、災難だったわね」
「私、行かなくて良かったわ……」

 お母様に嫌われていたかもしれないんだから。

 大きく息を吐き、リリィは胸をなでおろす。
 逆にはここで、やはり全員を連れて行くべきだった、と激しく後悔したのだった。






「アニー ラツァー…… ラホク シェラフェット……」

 全員が集まったところで、リコは1人召喚陣の前へ歩み出て目を閉じると、ぶつぶつと何か単語のようなそうでないような、そんな言葉を呟いていた。
 召喚されたときにリィンバウムの召喚術とは異なるだというのは本当のようで。
 口に出されているのが召喚魔法の呪文であることは、隣のベリオから聞いて初めて理解していたのだった。

「ゲルーシュ フルバン ゲルーシュ アツーヴ」

 大掛かりな仕掛けとかがあるわけではなく、ただ言葉が延々と流れるだけ。

「大河たちは、召喚の儀式って初めてなのか?」
「あぁ。お前の時はリコがたまたま見つけただけらしいからな」

 小さな声で、大河とそんな会話を交わす。

「ベソラー コハヴ シェラヌ ティクヴァー」
「なんだか、不思議なメロディ……」

 自分たちが知っているようで知らない、呪文という名の【旋律】。

 未亜の言うとおりリズムや発音が、日本でいう音楽や歌と似ているようで似ていないと。
 それが、大河による召喚魔法の第一印象だった。

「シシート アホット アフシャヴ キュム シェラヌ カディマー」

 その後数分にわたって、リコの呪文詠唱は続く。

「確か、のいた世界にも召喚魔法ってあるんだよな?」
「あぁ、こっちじゃ召喚術』っていうんだけど……」

 ポケットに手を突っ込み、アヴァターに喚ばれる前から入れっぱなしにしてあったいくつかのうちの緑色の石を取り出すと大河に手渡す。
 彼の手に乗った石は召喚陣の周囲にある炎に反射し、ほのかに赤い光を出しているようにも見えた。

「この石と、適当な道具を媒介にして喚び出すんだ」
「へぇ〜」

 人差し指と親指の先で挟むようにしてその石を眺めた、その時だった。

「……来た」
「え?」

 突然呟いたリリィに、未亜が反応して彼女を見る。
 召喚陣を指差して、

「召喚陣の真ん中を……見ていてください」

 リィンバウムの召喚術のように輝いたり、吹き上がる煙もないままに、ただリコの声だけが響く。
 は召喚陣から目をはずして周囲を見ると、誰もが召喚魔法の成功を確信しているように見えた。
 そして、耳鳴りのような音がどこからともなく聞こえてきて、召喚陣の中心が歪んだかと思えば……

「……出た」

 徐々に人の形が現れ、その影が床に落ちる。歪みがだんだんと抜けていき、ゆっくりとその輪郭を形作っていた。




「……ぅ」

 現れたのは、緑色の髪の女の子だった。
 白いマフラーのような布を首に巻いて、黒を基調としたどこか動きやすそうな服装の彼女はまるで眠っているかのような表情で。
 召喚されたばかりで意識が朦朧としているのか、動きを見せることはない。

「だ〜い成功♪」
「教育者が雰囲気壊すな」

 満面の笑みを浮かべて、気の抜けるような声を出すダリア。
 そんな彼女の言葉のあとに、すかさず大河はツッコミを入れた。

 大河はいまだ動くことのできない彼女をまじまじと見つめると、人当たりの良さそうな笑みを浮かべる。

「や〜きみ救世主? 偶然だね、実は俺もなんだ〜」

 1人ほいほいと近づいて肩に手を置こうとした、その時だった。

「お……」
「……触るな……」

 迫る大河の手をすり抜け、少し離れた場所で険しい表情をしつつ低い声を発した。
 しかしそれにめげることなく、大河は先ほどと同じ笑みを顔に貼り付けると、

「こうして巡り会えたのも運命? どう? 今からお茶でも。あ、そんなプロセスすっ飛ばせってのももちろん大歓迎♪」

 彼女に近づきながら、大河はそう口にした。
 ナンパする気満々、といったところだろうか。

君は行かないの?」
「俺をあんなのと一緒にされては困る」

 普通に尋ねるベリオに恨めしそうな目を向けて、はそう答えたのだった。

 彼女に近寄る大河のさらに背後から未亜が彼の襟首を掴むと、苦笑いを浮かべながら引きずって後退させていく。
 未亜も大変そうだな、と今まで負ってきただろう多大な苦労には思いを馳せたのだった。

「あの、ごめんなさいね。うちの兄がご迷惑をおかけしまして」
「すぐ片付けますから」
「……焼却してしまいなさいよ、その生ゴミ」

 いくらナンパをしたからとはいえ、酷い言われようである。

「……」
「あ、リコ……ご苦労さん」
「…(ぺこり)」

 仕事を終えたといわんばかりに去ろうとするその背中に、はそう声をかける。
 一度振り返ると、一礼して塔を出て行ったのだった。






「ヒイラギ・カエデちゃんだったわね? ようこそ救世主(メサイア)♪ 根の世界アヴァターへ! あなたこそは、7人目の救世主候補よ」
「……」

 先ほど同様に満面の笑みを浮かべながら、ダリアはお決まりのセリフなのか、噛むことなくそう言ってのける。
 それとは反対に、召喚されたばかりの彼女――カエデは表情を少しも変えずその場に立ち尽くしていた。

「あたしはダリア。ここの戦技科教師をしているの。よろしくね」
「………」

 自己紹介をしているにも関わらず、無言にプラスして斬り裂かれんばかりの殺気。
 普通の人間ならこの殺気を浴びればしり込みしてしまいそうなのだが、さすがは救世主クラスというか、戦技の教師というか。動じている人間はいなかった。

「で、こっちがあなたたちのクラスメートとなる……」
「お、俺当真大河っ」

 さきほどの失敗を微塵も見せない大河が真っ先に手を上げて、彼女に歩み寄るのだが。

「っ!」

 それをしっかりとすり抜けると、右手を宙へ掲げた。

「来れ、黒曜!」

 静かな口調で呟いたその瞬間。彼女の右手は光に包まれて、輝くような黒い手甲が姿を現した。
 右手のそれが、おそらくというまでもなく彼女の召喚器だろう。
 全員がその手甲に目を奪われている間に、

「……なっ!?」
「っ!?」
「お兄ちゃんっ」

 彼の接近を拒絶し、顔面ギリギリに黒光りする手甲が突きつけられていた。
 は大河の背後につかつかと歩み寄ると、その首根っこを掴む。

「悪いな。大河はこういう人間なんだ。悪く思わないでくれ」
「おい……さりげなくヒドイこと言ってないか?」

 そんな大河の呟きを無視して自己紹介を済ますと、大河を引きずって未亜に渡す。
 そのあとで振り返り、目を丸めている彼女に苦笑いをして見せた。

「すっごぉぉい!大河君のセクハラ攻撃を寄せ付けないなんて♪」

 すっごい逸材だわ♪

 うれしそうに飛び上がるダリアを見つめ、大河は顔をしかめたのだった。
 カエデは戸惑いの表情を見せると、黒曜という名前の召喚器が光に包まれて消えていく。
 とりあえず諦めたのか、大河はダリアから視線を移動させると、まじまじと彼女を見つめて頭を掻いた。

「もぉ、君に感謝しないとダメだからね。お兄ちゃん?」
「あ、ああ……」

 とりあえず立ち上がると、ぽんぽんとホコリを払って見せた。



「そうそう、紹介の続き続きっ」

 ダリアの音頭で、救世主クラス全員が自己紹介を行ったのだが、カエデは終始だんまりを決め込んでいて。張りくめた空気を身に纏っていた。
 そんな様子が昔の彼女に似てるな、などと思いつつ、遠くリィンバウムは聖王都ゼラムへ思考を飛ばす。きっと今も、ケーキ屋でのアルバイトに勤しんでいるのだろう。

「それで、カエデちゃん。あなたはココのことをどのくらい知っているのかしら〜?」

 なんの前フリもなく、唐突に発されたこの問い。
 しかし彼女は事前に説明を受けていたからか動じることなく、

「一通りは聞いた……と思う。殺せばいいのだろう? 敵を……」

 抑揚のない低い声で、そう答えた。

「まあ、説明の手間がはぶけてよかったわ〜。それじゃ早速テスト〜、といってもいいかしらぁ?」
「……構わない。いつでも死ぬ覚悟はできている」

 彼女の言っていることはどにか違う気がしたものだから。

「もっと肩の力抜けって。殺し合いじゃないんだからさ……少なくとも、今はさ」

 はそう彼女に向かって言い放っていた。
 緑の目だけがへと向かい、殺気が放たれる。しかし、も彼女のような人間を見たことがあるからして。

「無駄に肩肘張ったところで、今この場じゃ無意味だぞ」

 な? と笑みを向ける。
 しかし、やはりというかなんと言うか。彼女の雰囲気は変わらぬまま、視線がダリアへ向いたのだった。

 テストといえば、も先日行った戦闘テストのことだろう。
 ゴーレムを斬りくずした後で聞いたのだが、なんでも試験の相手モンスターか、それに匹敵する人間なのだとか。
 救世主クラスの中の誰かが彼女の相手をするのであれば、適した相手は他にいないだろう。
 だからこそ、

「楽しみですね、一体どんな戦い方をするのかしら」

 ベリオはに顔を向けるとそう言って、目を輝かせていたのだった。
 たしか彼女は僧侶志望だったはず。その割には妙に好戦的にも見えるのだが。これはどうなのだろうか。

「闘技場で模擬戦、ってことになるでしょうから……誰かカエデちゃんの相手を…」
「「はいはいはい!!」」

 上がった手は2つ。
 こんなところだけ息が合うリリィと大河。あまり広くない部屋なのだが、とにかく大きな声で返事をしていた。
 その目は「自分にしろ、自分が相手をする」と。
 声がハモった2人は一瞬目を合わせると、

「何よ当真大河! あんたじゃテストにならないじゃない」
「なんだと! 潜在能力ナンバーワンのこの俺に対して!」

 いつものような口ゲンカを始めたのだった。

「永久に潜在してるくせに。合格点のボーダー下げる訳にはいかないわ」
「お前なんか呪文唱えてる間にボコられておしまいじゃね〜か!」

 あーだこーだと飛び交う言葉の応酬。
 尽きることのない言葉のマシンガンに、未亜は止めようがなくただおろおろとしていた。
 無論、未亜に助言を頼まれたベリオもどうすればいいのかわからず、頬に手を当ててしまう。
 なぜなら、2人とも動機が丸分かりだったから。

「リリィちゃんは、自分の力の方が上だと誇示するのに必死だし」
「お兄ちゃんは………やっぱり」

 指導という伝統を盾にしていかがわしいことを望んでいる、と。
 すでに実行済みなのか、それとも未だに実行されていないのか、それはにはわからない。
 どっちを支持すべきなのか、残されたメンバーは苦笑いを浮かべていた。

 そして、ケンカはついに実力行使へと発展していく。

「もう我慢できない! こうなったら勝負よ当真大河!」
「おう! 勝った方がテストの相手ってだけじゃねえぞ! もちろんいつものルールもアリだからな!」

 いつもの、という時点で、すでに実行はされているのだろう。
 ベリオの顔が引きつっているところを見ると、被害者は彼女だろうか。
 どちらにしろ、このままでは塔の崩壊は確実。早急に手を打たねばならなくなってしまっていた。

「望むところよ! さあ早く闘技場へ行くわよ!」
「よ〜し、トレイター!」

 早く打開策を見つけなければ、塔は木っ端微塵だ。
 どうしようかと、3人で頭をひねっていたその時だった。

「やめなさぁぁぁ〜いってばぁぁぁ〜!」
「と」
「む」

 さすがは教師というべきだろうか。ダリアの一声で、ケンカは止まった。
 初めて彼女の教師らしいところを見れたような気がするのだが、それはまぁ……置いておく。

「救世主候補同士が私闘なんて、先生そうゆうのぜ〜ったいに許しませんからね〜!」

 間の抜けた声は相変わらずだが、口答えしようとする2人をひとにらみで黙らせると、

「もし、アタシの許しもなく戦ってごらんなさい? 退学ア〜ンド退寮処分よん?」

 2人とも、退学アンド退寮はよろしくないらしく、押し黙る。

 いっそのこと2人を戦わせてはどうか、というベリオの提案にもダリアは首を縦に振らず、顔をしかめる。
 個人的には好き、という発言に未亜がかなり驚いていたようだが、ベリオは気にすることなく会話を進めていた。

「なら、転入生に決めてもらえばいい。異存ないわね?」
「おうよ! どうせ俺を選ぶに決まってるさ」

 結局、カエデに決めてもらうというところに落ち着いて、全員の視線がカエデに集中する。
 立候補者は2人。彼女は沈黙を保ったまま2人に目を向けて、最後にへと視線を向けた。それに気付くのはすぐのことで、は「災難だな」という意味をこめてカエデに苦笑いを向けると特に反応もなく視線が戻る。

「………」
「どうしてもって言うんなら、こっちのベリオちゃんや未亜ちゃん、君でも構わないけれど」

 そんなダリアの気配り(?)に緑色の瞳を揺らすと、

「彼で……お願いする」
「よっしゃ、いいぜ。この超救世主の大河様が……って、あれ?」
「……俺?」

 彼女の視線は、に向けられていたのだった。






第08話です。
最後の救世主候補、カエデの登場です。
ただの暗殺者のように感じられますが、彼女も大きな過去とトラウマを抱えています。
ゲームをプレイした方ならご存知でしょう。


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