「せっかく案内してもらうのだから、救世主の救世主らしい所を見てみたいのう」
「…………」

 校舎を出て、意気揚々とスキップして歩くクレアを見て、はなにやら一抹の不安を感じていた。
 疲れているにも関わらず、子供に言いくるめられて学園内を案内する始末。
 賢い娘ゆえになにか起こしそうで、とにかく不安だった。

「何で私たちまで……」
「う、うぅ……」

 不貞腐れたようについてくるリリィが、恨めしげに未亜を視界に捉える。
 未亜は、とにかくひたすらに謝罪していたのだった。
 そして、クレアの目的だったはずの大河は。

(こうなっちまったら仕方ない。みんなには悪いが、とっととどこかでばっくれちまおう)

 ついてきながら、そんなことを考えていたのだった。

 こうなってしまった経緯として、数分前まで遡る―――



Duel Savior -Outsider-     Act.07



「よし、決めたぞ! お前、この学園を案内するがよい!」
「え゛……」

 クレアはを指差し、無邪気な笑みを浮かべた。
 全員に背を向けて歩いていた足を止め、ため息をついて振り返る。

「お前は救世主候補であろう? ならば困っている市民を助けるのは当然であろう」

 一般人の希望の象徴である救世主。
 その候補である自分たちは、困っている人がいれば助ける。
 確かに、困っている人を見かけて放っておくのは人道的によろしくないことだとは思うのだが、それも場合によるというもの。

「確かにその意見は理にかなってると思うが、俺たちだって人間なんだぞ。疲れる事だってあるわけで」
「なんだ、ここに困っている一般人がおると言うのに、お前はソレを無視していくつもりか?……ならば、王宮に救世主資格者の算定方法に問題があるやもしれぬと投書でもしてみるのも一興であるな」
「ぐぬ……」

 クレアは得意げに胸を張る。
 なんと、頭の賢い娘だろうか。先日セルを見事にこき使って見せたにも関わらず、年下である彼女に見事に言い負かされてしまったのだった。

「ついでだ。お前たちも一緒に来ればよい」

 その言葉に未亜が反応し、うなずいて返事をしてしまったせいで、用事があるため先に教室を出ていたリコを除く救世主クラス総出での学園案内が始まったのだった。
 これが、彼女が謝っていた原因である。















 …………。

 せっかく、疲れた身体を休めることができると思っていたのだが。
 を含めた救世主クラスは大きなため息を吐いて、先を行くクレアの後を追ったのだった。

「え―、ここが当王立学園の正門でございま〜す」
「どうしたのよ、アイツ?」
「ずいぶんと張り切ってるな」

 先ほどまで落ち込み気味だった大河がなぜか一行の先頭で、まるでガイドのように振舞って見せていた。
 その真意を誰も、知る由もないのだが。

「……知っておる」
「では、お帰りはあちらとなっておりますので、足下にお気をつけてお帰りください〜」

 ……早々と終わらせる気だったのか。
 しかも、正門しか紹介しておらず案内にすらなっていない。これでは彼女を追い返そうとしているようなものだった。

 ずいぶんと急いでいるようだが、彼がこのあとセルと共に魔術師クラスの女の子たちと食事をする約束をしていることなど誰も知らない。
 彼はただ、案内を速攻で終わらせて急いで食堂へ行きたかっただけなのだが。

「まだ私は、お前たちの救世主らしいところを何もみせてもらってはおらぬが?」
「何をいうか。親切にもここまで送ってきてやっただろうが。こんなに親切な人間が救世主でないはずがないだろ」
「よし、分かった。途中で私が露出狂の変態中年おやじに襲われる様なことがあったら、お前たちがどのように親切だったかを警備隊に話して……」

 ああ言えばこう言う。しかも、露出狂の変態中年おやじに襲われることなどほぼ確実にないだろうに。
 この世界のことをよくは知らないでさえ、そんなことを考えていた。
 それを聞いて肩で落ち込む大河が哀れであった。

「無駄な抵抗だったね、お兄ちゃん……」

 未亜のコメントもそこそこに、正門を離れたのだった。







 続いて、食堂へとやってきた。

「ほう……にぎやかだな」
「ここが食堂だな。昼飯時には最高潮の賑わいを見せる」
「混みすぎて満足に食事もできませんけど……」

 の紹介文に、ベリオが付け加える。あまり言わなくてもいいような気がするのだが、そこはまぁご愛嬌である。
 その光景を見回し、席が空いていないことを確認して、

「残念ながら、席はあまり空いてないみたいだな。みんな、後は俺が引き受けるから昼飯とか食っちゃえよ」
「これ、何を言うか。私はみなに……」
「私め1人でも学園内を案内することは可能ですが、なにかご不満でも?」
「むぅ……」

 今度はクレアが押し黙る番だった。
 もアヴァターに来てもうかなり日にちが経っているのだから、いくら方向音痴のでも学園内くらいなら案内できる。
 大河が今にも飛び上がりそうなくらいに喜んでいるのだが、なにやら眉を吊り上げたセルに叱られて肩を落としていた。

「本当にいいんですか?」
「案内にそんな何人もいらないだろ。それに、頼まれたのは俺だからな。責任持ってあの娘を案内するよ」

 いいですね、とクレアに尋ねれば。

「非常に遺憾ではあるが……お前の言うことは最もだ。仕方ない」



 セルがクレアとを目に留めてその隣りを見やりしばしの間目を丸めると、つかつかと歩み寄ってくる。
 の耳元に口を寄せると、



「おい、……この娘は一体…?」



 さすがは女の子大好きのセルビウムくん。
 彼女のような子供も彼の守備範囲に入っているのか、などと思っていたら。

「ふ―ん、クレアちゃんかぁ。可愛いねぇ。でも、この学園は広いからねぇ。見学するときは迷子にならないように気をつけないと……」
「なぁ、セルって……」
「……馬鹿な?」
「けれど、見なさいよ」

 2,3言会話を交わすと、再びセルへと顔を向ける。

「どうかな? 俺は午後から自習なんだ。どこでもゆっくりと案内して上げられるよ」

 救世主候補のお兄さん、お姉さんたちはなにかと忙しいからね。

 なにやら、彼の言動が普通の子供に接するものとは微妙に変化してきていることに気付く。
 自分たちと話している時とはえらい態度の違いだ。
 クレアは助けを求めるかのように救世主候補たちをちらちらと見ているのだが、

「あ、そうだ。案内が終わったら、美味しいケーキをご馳走しちゃおうかな?」
「それは……悪くないな」

 年寄りじみた言動をしていてもやはり子供。
 ケーキという言葉に満面の笑みを浮かべたのだった。

「だろ、それじゃ早速……」
「あ〜、セルビウム君。案内を頼まれているのは俺だから。悪いけど」
「え?」
「悪いな。時間がないんだよ。じゃあみんなはここでメシ、食っててくれよ」
「え、あ、うん……って、ちょっと!?」

 リリィの返事を最後まで聞かずに、はクレアを促して食堂を出たのだった。





「ちょっ、ちょっと……、クレアちゃ〜ん!?」
「さて、セル。とりあえず詳しい話を聞かせてもらおうか」
「女の子に対する貴方の考えを洗いざらい、ね?」
「え、ええっ、ええええっと!?」

 を除く救世主候補のメンバー、特に大河とベリオでセルの両手を掴むと、食堂の奥へ。
 沈黙の許されない、重苦しい重圧のプレッシャーの中で尋問が始まったのだった。



 ……ちなみに。セルの中での女の子の守備範囲は、可愛い子なら一桁でも構わないのだとか。















 その後クレアを引き連れて召喚の塔、礼拝堂、図書館、森へ回ったところで、

「闘技場があるのだろう? そこへ行ってみたいのだが」

 そんな彼女の注文にしたがって、2人は闘技場へと向かったのだった。





「おお〜、すごいのぅ!」

 ローマのコロッセウムを彷彿させるようなつくりの闘技場。
 実際に戦う場所であるフィールドへ向かうと、クレアは瞳に爛々と輝かせて嬉しそうな笑みを浮かべた。
 子供が闘技場を見て何が面白いのか、にはいまいち分からなかったが。

 はしゃいだあまり、彼女はフィールドの中心へ飛び出していく。
 訓練用のモンスターを入れてある鉄格子を開け閉めするレバーの部分に近づいていたのに、は気付くことなく。

「クレア、ヘンな所に触っちゃダメだからな!」
「平気である」
「そうは言うけどな……」

 注意を促そうとすでにかなり離れてしまったためは大声を張り上げる。
 しかし、彼女はそれすら耳に届いていないのか、

「ほぉ……ううむ、やっぱり本物は迫力が違うのう」

 返事すら返ってこないまま広い観客席の最前に沿ってフィールド内をぐるぐると回り始めていた。
 ちなみに、見学者を闘技場に入れるには先生の許可が必要なのだが、はそんなこと知っているわけもない。

「おい、。この壁の傷はなんだ?」
「あぁ、たしか大河が初めて召喚器を喚んだときにできた傷らしいな」

 俺も話に聞いただけなんだけど、と付け加える。
 は大河や未亜よりも後にアヴァターに来たのだから、その光景を見たわけではないのだ。

「ほお、初めての戦いでゴーレムを……すごいのぅ」

 満面の笑みをそのままに、物珍しそうに大河が作った壁の傷を触ったり、撫でたり。
 そんな彼女を見て、は大きく息を吐き出した。

 クレアがレバーに近づき、その先端に触れる。
 少し下に動かしたところで、

「おーい、。このレバーはなんだ?」
「あぁ、それは訓練用のモンスターを入れておく檻のレバーだよ」

 うかつに動かしちゃダメだからな!

 そう声を張り上げて主張したのだが、時すでに遅し。

「……すまぬ」
「は?」
「動かしてしもうた……」

 ……表情が、ぴしりと音を立てて固まった。



 ・


 ・・


 ・・・



「なぁっ、おおおおいクレア! 早く戻って来い!!」
「おお、足が動かぬ……これは困った」

 開いた鉄格子の奥から、けたたましい声を上げて姿を現した。
 その姿は、二本足で立っている狼。いわゆる、人狼という魔物だ。
 さらに、液体のようなそうでないような、丸くて青かったり紫だったりオレンジだったりする生き物。授業で教わった、スライムというモンスターだろう。

「ちぃっ!」

 は刀を鞘から抜き、クレアの元へと走る。
 腰を抜かして動けない彼女を見つけ、ゆっくりと近寄る人狼。
 体を前に傾げさらに走るスピードを上げると、切り裂かんと振り上げた腕をめがけて刀を振るった。

 刃は振り下ろしたその爪とぶつかり、赤い火花を上げる。
 は弾かれた刀をすぐに引っ込めると腰を落とし、さらに斬りつけようと刀を振るった。
 狙いは相手の腹部。

「っ!!」
「グギャァァッ!」

 斬撃は狙いどおり、の何倍以上もある人狼の腹部に深い斬り傷を作り、大地に伏せた。

「おお、やるのう!」
「ったく……世話のかかる……っ!!」

 動けないクレアを空いた左手で抱え上げると、出口の方へと走る。
 人狼の動きは速い。
 たくさんの人狼から繰り出される攻撃をかいくぐり、出口へと辿り着くとクレアを下ろす。

「ここでじっとしてるんだ。絶対にコッチまで近づけさせないから」
「すまなかったな、

 そう言い聞かせて、彼女の謝罪を聞かずに背を向ける。



「久しぶりの白兵戦だ……上等!!」

 刀を両手で持つと、体を低くかがめる。
 刃を地面に向けたまま、走る速度を上げて十数体の人狼の群れへと向かったのだった。





「予定はちと狂ってしまったが……見せてもらうぞ。救世主候補の、お前の実力を……」





 クレアはそんなことを呟いていたのだが、それをは知らない。







第07話。
クレアを案内するの回です。
本編ならば最後まで案内は全員でするのですが、主人公1人にさせました。
これが終われば最後の救世主候補が登場しますよ。


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