それを、約束の四日間と呼んだのは誰だろう。
憶えてはいないが、覚えている感覚。とても奇妙な、それでいて酷く現実な幻想。
日常を繰り返し、闘争を繰り返し。生を繰り返し、死を繰り返し。四日間の絵画を、全ての邂逅で塗り潰す時は必ず来る。―――来てしまう。
哀しい事に、それはパラドックスでどうしようもない事だ。
戦争を忘れ過ごせる四日間はとても幸せだ。だから、同時に哀しい。もう解っている人は居るだろう。冬の城の主や寺の魔術師、彼女達が気付かない訳が無い。否、気付けない訳が無いんだ。だから待つ事しか出来ない。
この空繰られる四日間は歪んでいる。故に破壊出来ない。
それは、俺が俺である、守護者としての存在に反するかもしれない。
だけど、それ以上に幸せ過ぎる。
だからそう、俺も、時が来るまでは。
この只管に幸福な平穏な日常を―――享受し続けたいと願っている。
―――よぉ、破壊者。何の用? と、俺を見た影が嗤った。
十月十一日のこの教会。四日間の中で実に曖昧な線引きをされている境界で。
「俺を壊しに来たの? それとも、この四日間を壊しに?」
見覚えに余り有る影の横には、男装の麗人が立っていた。
……否、何故男装と判ったのか。俺と彼女は初対面だ。この邂逅も必要で、必用に執拗に絵柄を埋める、ノカ。
ザァッ――とノイズが奔った気がした。もしかしたら脳に直接フィルターが掛かっているのかも知れない。
ほんの少し、頭痛か眩暈がした。
「俺としては大歓迎。いい加減厭きたからさ、ここらで引導を渡せるならやってくんない?」
影が問いを投げ掛けてくる。答えは解っている筈なのに、敢えて繰り返す。
……もしかして、少し自虐趣味にでも目覚めたのかも。否、目覚めたんじゃなくて、元々何でもありなのかな。……実にどうでもいい。俺は未だに頭が眩んでいるのかも知れない。
俺も繰り返す。
「俺は、そんな事しないよ―――否、出来ないよ。これは君達の四日間だ。それに、元々俺は例外だ。君よりも更に、例外だ」
そう、だから、熟達した魔術師でもない俺が、自力でこの四日間に気付いている。俺のマスターの様に、最初から気付いている者の進言で気付いたのではない理由はそれしか無い。
「成る程ね。破壊者様にも壊せないもんがあったか。いいね、俺ってば壊されないものなんて光栄。なぁ、マスターもそう思わねぇ?」
影はせせら笑って、自身のマスターに初めて意識を向けた。
「……アヴェンジャー、何を言っている。彼は誰だ。否、彼は何のサーヴァントだ」
警戒の中に殺気を交えながらこちらを窺ってくる。
当然の疑問だろう。彼女は俺の事を決して知る事は出来なかったのだから。
「あ? そんな事も判んねぇのバゼット? 先刻から言ってんじゃん。例外のサーヴァント・破壊者だって」
「―――宜しく、バゼットさん。俺はどちらかと言うと、この四日間では君達寄りに居る様だ。イレギュラーだからかな。今回の遭遇は本当に少ない偶然だと思うよ―――否、偶然なんて関係無いか。この邂逅も、何れは埋まる可能性の一つだから」
そんなん俺からすれば、どーでもいーよ、と影は嘲笑した。
「そう言やよ、何しに来たの? ここらでする事と言っても何も無いでしょ?」
何気無い、アヴェンジャーの素朴な疑問。それはキラーパスだ。さて―――
1.正直に話す
2.適当に誤魔化しを試みる
―――などと、選択肢を考えてみたところで、実のところ俺は嘘を吐くには向いていない。結局、事実を伝えなければならない。……正直者は徳があるよ。
「……実に言い難いんだけど、道に迷ったんだ」
「あーあー。馬鹿だねぇ、一人で出歩くからそう云う事になるんだよ。何時も言ってるだろが、一人で行動しない様にってよ」
「面目無い」
全く持って、ご尤も。この世界で言う、英雄と云う枠に嵌っても直らない方向音痴。実は割とコンプレックスだったり。
「君は、サーヴァントなのか?」
悶々としていると、初めてバゼットさんが俺に話し掛けた。
「え? そうですよ、ブレーカーです。目下、マスターに扱き使われています」
真名は隠す必要は無いのだけれど、一応クラス名で名乗っておく。
「ならば、聖杯戦争の参加者か」
キッと、こちらを見据えて、彼女は戦闘態勢に入った。
「アヴェンジャー、彼と戦闘をします。未確認のサーヴァントが居るのならばその実力を測っておくべきです」
ギュッと革手袋を両手に嵌めるバゼットさん。
……少し、拙い。俺は戦いたくない。だけど、サーヴァントとして、幽かに戦闘意欲がある事も確か。
「冗談じゃねーよ、あいつ、化物だぜ? モノホンのモンスター。対して俺は最弱。どうやって勝てっつーんだよ」
自覚はあるが、非道い言い種だ。
「戦う前から後ろ向きでどうするのです。こちらにはこちらの戦い方がある。ラックも有ります、勝機は充分です」
「正気は不充分だと思うぜ、マスター」
「俺も戦いたくはないな」
一言、言ってみた。もしかしたら、場合によっては話し合いで穏便に解決――
「構いません。戦意が無いのならば、そのまま君が死ぬだけですから」
駄目だった。
「…………君、このマスターだと大変だろ」
「判る? でもいい女だし、人間外認定証もあるから」
「――最早、問答は無用です」
今やバゼットさんの拳や膝、爪先には硬化のルーンが刻まれている。魔術回路からの魔力の供給を行えば、立派な殺人を行える。
ちらり、とアヴェンジャーを見ると、彼も何だかんだで戦う気は満々なので、獣の爪牙染みた刃物を得物にしていた。
「仕方無いな……今は大体、十二時三十分前、かな―――平気だろう」
俺は久し振りに握る愛刀の鞘をベルトに吊って、
「三十分間。貴女の気が済むまで相手をしますよ」
刀の鯉口を僅かに切った。
*
実に不可解だ―――とバゼット・フラガ・マクレミッツは思う。
何が不可解か。それは破壊者の名を冠するサーヴァントである。自身の使役している―――とは言い難いが、名目上はそうなっている―――サーヴァントも、“復讐者”の名を冠するイレギュラーではあるが、過去の聖杯戦争で前例のあるサーヴァントである。
しかし、“破壊者”とは何か。文字通り壊す者だ。字面だけ見れば、真っ当な英霊とは思えない。
復讐者は反英雄である事は確かだ。彼の名乗った真名“アンリ・マユ”がそれを示しているのだから。拝火教の絶対悪の名を与えられている様な英霊が善性を持っている訳が無い。故に復讐者なのだ。
だが、破壊者とは? 彼も反英雄なのか。何せ壊す者だ、化物と呼ばれて苦笑しながら『仕方無いか』という様な表情を浮かべる英雄など居るものか。
(だけど―――)
バゼットはある程度間合いの取れた敵を見る。
端正な顔立ちの青年だ。
彼からは、アヴェンジャーの様なものを感じ取れない。事実、彼女のマスターとしてのサーヴァントの透過能力は彼が善性であり秩序を重んじる側の存在だと示している。
反英雄ではない。
益々以て不可解である。破壊者と云う物騒な名を冠していながら、剰え在り得ないクラスであるのに、その武器―――ブレーカーの英雄としてのシンボルである宝具は―――刀である。
対人用の武器を持って破壊者と云う名も奇妙だ。いっそ、悪名高い青の第四魔法使いの様な術師の方がしっくりくるものだろう。
結論として、彼から得られる情報は対人戦に長けた英霊と云う事だけだ。もしかしたら、案外この国の出身なのかも知れない、などとも彼女は思う。彼の持つ武器はこの極東の国特有の物に酷似しているのだから。
「…………アヴェンジャー、彼の能力は未知です。しかし、白兵戦に長けている事は明瞭だ。そして彼の武器は刀―――セイバー攻略と同じ方法を試みます」
「要は俺に死んでこいって事ね? あぁマスター、何て冷たいんだ! ケケケ、最初から相手を探る事しか考えてねぇじゃん」
「誰もそんな事は言ってません。それに勝機はこちらにあると言ったでしょう。
彼のマスターは不在だ。魔術師の援護が無いのならば、純粋にこちらが圧倒すればいいのです」
「……アンタ、やっぱ妙なとこで雑多だよな。別に構わねーよ、どうせ今回も、もう直ぐに終わる」
言って、アヴェンジャーは左右非対称の奇形の短剣を持つ手に力を込めた。
右歯噛咬と左歯噛咬。獣の牙を模した得物を駆る影は、自身も獣の様に体勢を屈め、破壊者に向かった。
「ヒャ――――ハッ!!」
人を模した獣の跳躍。それを突進と呼ぶか奇襲と呼ぶか、戦いの先手を打ったのはアヴェンジャーだった。
ガギッ、と牙と刀が交わる。そこで止まる訳が無く続け様に三撃。双方向からの牙に特に動じる訳も無く淡々とブレーカーは捌いていく。
初撃を弾いたのならば追撃に備える。先手を打ってきた相手が持つ流れに合わせ、冷静に対処していく。
先手必勝とは誰が言ったものか、先の攻撃は流れを得やすく後の戦いを支配出来る。
この時点で流れを持っていたのはアヴェンジャーだった。
「ゼッ、ハッ―――――ガッ!」
奇妙な呼気。最弱故に体の限界を無視している為、喉から搾り出される音は人間のそれではない。
心臓
のリミッターを外したか壊したか、それとも元から無いのか。繰り出される凶刃は速く、ただの人間ならば数秒で挽肉だ。
連撃は四方より襲い掛かり、破壊者を引き裂かんとする。だがそれすらも破壊者は全て捌き切る。
「ゼッ、ヒッ―――――ハッ、ハハッ!!」
ならばより速く、連撃で通用しないのならば乱舞を、四方で肉を断てないのならば八方で肉を殺ぎ落とせばいい。
獣は筋肉が断線する一歩手前まで肉体を酷使する。肉体の限界など存在しない。脳内麻薬が大量に分泌された様に昂揚した気分のまま、ただ殺す時までギアを上げていくだけだ。
だが、鍛え上げられた練武には、乱舞はただの児戯に過ぎず、
「遅いよ。次はこっちが流れを貰う」
ブレーカーの一言が流れの変わる契機となった。
ヒュン、と風を絶つ音がした。
絶たれた風は何か。それは復讐者の乱流であり、破壊者に対する敵意の表れの顕現の筈だったモノ。だがブレーカーは仮令大嵐が襲い来ようとも意にも介さない。
当然だ、彼の象徴とも言える宝具の、その名が“世界を斬り絶つ鋭き風”―――それでどうして、嵐が彼に打ち勝てるのか。
アヴェンジャーの限界突破すら、心臓の臨界点の破壊すら無視した、ただの歴然とした力の差。
「ギッ――――!」
弾かれ一蹴され、骨の軋む様な呻き声を上げ、後に退くアヴェンジャー。
「……ったくよぉ、何だソレ? 一撃で圧倒なんて傷付くぜ」
「それは済まない。この戦いで傷付けるつもりは毛頭無かったんだけどね。矢っ張り、闘争とあってはそうもいかないものかな」
「ケッ、間抜け。殺し合いの本分も本質も何もかも、殺す事だろうがよっ――――!」
叫びながら奇形の短剣を投擲するアヴェンジャー。回転し、蛇染みた軌道に乗ってブレーカーに襲い掛かる牙。複雑な形状が空気を掻き乱し曲がり歪み、不規則に動く牙は予測など出来ない。
「―――――」
刹那。それに対する、打破の判断を、破壊の判断を己の経験則からブレーカーは即座に導く。彼に備わっている“心眼”。それを前にして、ただ奇を衒っただけの攻撃が通用する訳が無い。
かしゃん、とコンマ零秒以下の速さで、その行為だけで達人業の様な速さで納刀する。それを、魔術師とサーヴァントが不審に思う前に、ブレーカーは神速で抜き払った。
虚空に振られた筈の刀からは刃が現れ、左右の歯噛咬を宙空で弾き落とす。
「なっ―――」
驚愕の声はバゼットのもの。
“居合い切り”と云う技巧を目の当たりにしての動揺。その、ガンドにも似た刃。エーデルフェルト程の術師にもなれば、ガンドは銃弾にも匹敵すると云うが、彼女の眼前の敵が放った攻撃は紛れも無い刃。しかもそれは魔術の行使ではない故に、魔力の励起も感じ取れなかった。
つまり、相手は全くの未知の『何か』を用いて戦える事が出来ると云う事だ。
(……厄介な。流石は、例外と云うべきか)
彼女は知る由も無いが、ブレーカーの扱ったものは、魔力と対を成す『気』である。魔力よりも繁雑な術の行使が出来ないが、単純な汎用性だけで言うのならば、体術や居合い切りの様な、術ではない技能としての使い方も出来るものである。
それに加えて気の行使で言うのならば、ブレーカーは正に人外の様相を呈する事も可能である。此度の聖杯戦争で例を挙げるのならば、彼の剣は聖剣や乖離剣にも肩を並べる“殲滅剣技”を有しているのだから、彼女の厄介だと云う思いは、正鵠を射ているだろう。
そして彼女は警戒から、備えを得るべきだと判じて、前方にサーヴァント達を見据えながら、背負って来たケースから鉄球を取り出した。
彼女の見やっていた場所ではアヴェンジャーが憤る。
「おいおいおいっ! 巫山戯んなよっ、一歩ぐらい動けってんだ化物!!」
「ば、化物って……。本当に君は口が悪いな。
大体、この戦争では皆似たり寄ったりじゃないか」
不満そうにアヴェンジャーの言葉に反駁するブレーカー。自覚と経験はあると言っても、化物呼ばわりは何時まで経っても気分のいいものではない。
「ハッ、似たり寄ったりか、言いえて妙だ。だけどな、解ってんだろ?
この四日間での化物と言えば、テメェと奴等ぐらいだよ。俺は一応、マスターに言われて化物退治をしてるからよ―――お前も殺すぜ」
一体、誰に対するものか、嘲笑する様にアヴェンジャーは間を詰めながら、落ちている得物を掴み、その勢いで再び襲い掛かった。
「シャ―――ハッ!!」
しかし、初手を打った時とは違い、その攻撃はブレーカーが迎撃の構えを取るには充分だった。刀を逆袈裟の構えにし、腰の高さまで下げ、タン、と一足一瞬で間合いを詰めた。
「――――、あ?」
驚愕し、瞠目し、思う。
速過ぎる、と。
それは最弱のアヴェンジャーの眼には到底捉えられぬ動きだった。鷹の眼を有する弓兵も虚を衝かれれば応対が遅れる程の速さなのだ。彼が対応出来る訳が無い。
足に練り溜めた気の跳躍。そもそもが、ブレーカーの敵ではない力量。彼の実力からすれば、先手を打たれたとは云えそこまでの苦戦を強いられる相手ではない。然して、それが意味する意味と云うのは明瞭。
本気を出した。それだけだ。
「先刻言っただろう?
―――次はこっちが流れを貰う」
練武による舞。
戦いと云うよりも、舞と形容すべき流麗。見事なまでの型。凡そ、現在の武道に於ける型と呼べるものと較べたのならば、それがどう云うものか判っただろう。
ブレーカーのそれは、我流にして極まっていた。
彼にも師事する人間は居たので、それは厳密には亜流となるのかも知れないが、自力で戦い続けてきた彼からすれば、それは矢張り我流と評するのが適切だ。
壱撃、弐撃、参撃、肆撃、伍撃―――その攻撃全てに間断無い。
「なっ、糞が……! このっ、出鱈目な化物野郎が―――!」
アヴェンジャーの攻撃を我武者羅な乱流と例えるならば、ブレーカーのそれは冷厳無比の清流。着実に自己に積もったものから歩を進め場を動かし―――破壊する。
そう、彼は究極の我流とも言えるものを、一つの信念の下で武を極めた形を持った体現者なのだから。その彼が流れを得た戦いで負ける事など、無い。
ガキ、と左逆袈裟からの一閃がアヴェンジャーの右半身を大きく開かせた。
衝撃による踏鞴で後ずさるアヴェンジャーに、追い撃ちを掛ける様にブレーカーは詰め寄る。
自分が体勢を立て直すよりも早く懐に入れるブレーカーに対して、右側を捨てる様にアヴェンジャーは左歯噛咬を構えた。
「――――っ!」
その牙ごと弾き飛ばそうとブレーカーは刀に気を纏わせる。居合い切りの応用で、刃を飛ばさずに斬り刻む。
剣速に加えての気の衝撃。普通に衝突すれば先ず間違い無くブレーカーが圧し勝つ。だが末席とは云えアヴェンジャーも英霊である。見す見すやられる訳も無く、
「―――――馬鹿が、掛かりやがった……!」
一瞬。閃くブレーカーの剣を絡め取った。
「……っ、刀剣砕きか!」
奇怪な牙の形の本来の意味は、武器の拘束を目的とした兵装。
牙で噛み止めた刀を弾き飛ばし、右の牙を戻しブレーカーの体を断ちに掛かる。
「ハッ―――殺った……!」
武器を失くしたブレーカーは無防備。そこに大きく踏み込んでの攻撃は必殺の距離である。英霊と言えど、徒手空拳での戦い切れる者は、それこそ狂戦士のクラスでもなければ出来ないだろう。
相手には抵抗手段は無く、絶対の自信を持って一撃を放った。
だが、
「甘い、がら空きだ」
「ぶぇっ!?」
ゴッ、とアヴェンジャーは鈍い音と共に吹っ飛ばされた。
側頭部に打撃を喰らい、頭蓋に浮く脳味噌が揺らされる。視界が歪み、吐き気と共に昏倒仕掛けて跪く。
一体何で攻撃されたのか、と彼は体勢を立て直し確認して、憤慨した。
「―――てっ……鞘かよッ! 刀使え、刀ぁ!」
「鞘だって立派に刀の一部だよ」
そう、得物を弾かれたブレーカーが大振りの攻撃を仕掛けたアヴェンジャーへの反撃に使ったのは鞘。刀が弾き飛ばされながらも、相手に大きく隙が出来たのを見逃さずに立ち向かう“勇猛”である。
ブレーカーは脳震盪で立ち上がれずに呻いているアヴェンジャーを尻目に、弾かれた得物を拾って魔術師の方に向かって行った。
戦闘を終わらせるならばマスターかサーヴァントのどちらかを斃す。それが戦争のルール。
セオリーに従えば、マスターを守るサーヴァントを退かせればそのままマスターは戦闘手段を失う。ブレーカーも通例通りにマスターの方へ向かった。
だが、ブレーカーはマスターを殺す気は無い。戦闘の終了を目的として攻撃する。相手はただの魔術師。人よりも上に位置する英霊を斃せる訳が無いのだ、追い詰めれば屈服するだろう。
見遣ると、意外にもバゼットは構えていた。彼女を中心として鉛の様な球体が周回している。
刹那、何かの魔術兵装かと逡巡するブレーカー。サーヴァントである自分と戦おうとしているのだ、何らかの迎撃手段として見るべき。だがしかし、如何せん、彼にはそこまで魔術の知識が無い。推測も出来ない兵装に対して危惧する事など無駄。対するには単純明快な一つの方法。
(使わせなければいいだけだ――――!)
ぎりぎりの、自分の射程距離に入れる手前までバゼットに向かって行く。自身の裡で練り上げストックして、不意を衝く下準備を行う。
こちらは刀、相手は徒手空拳。単純なリーチで言えばこちらに分がある。故に、バゼットはブレーカーの動きを見極める事に全神経を注ぐだろう。あの球体も、その時の支援だと判じる。
ならば、迎撃の隙など与えない。
射程の寸前、練り上げた気を足に集中する。この状態でのブレーカーの速力は、正に眼にも映らなくなる。
そして、射程までの距離は零。
「―――――――」
弾ける様に動くであろう自身の体に、置いて行かれない様、身体に力を込める。
そして、
“偽り記し写す万象”
ブレーカーの魂に、報復の呪いによる傷が写された。
突如、がくん、と足の力が抜け、意識が朦朧とする。使おうとしていた気も、足も上手く動かせずに前のめりになる。そして、そのままバゼットの前に倒れこみ、
「――――予定通りです、よくやりましたアヴェンジャー」
何時の間にか距離を詰めていた、執行者の声が、響いた。
一体何が起こったのか解らないままブレーカーは混乱する。否、混乱する事も上手く出来ていない。ただ、目の前に映っている現状は、自分の死に直結する。
ぐっ、と右腕にバゼットは力を込める。硬化のルーンが刻まれた拳は、頭蓋など無い様に脳と脳漿を教会の敷地に撒き散らすだろう。
バゼットとブレーカーの距離はほぼ零と言ってもいい。この距離で、この状態で彼女に迎撃する事など出来ない。
ブレーカーに出来る事は―――
1.気を練って躱す
2.攻撃を防ぐ
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