ボッ、と冗談の様な拳の音が聞こえた。
距離は零。足は上手く動かせない。この状態で足を動かしたところで大した距離も稼げずに、どちらにしろ頭を砕かれる。
だが、このまま殺される気も、無い。
防ぐ。
それしかない。しかし、どうやって?
方法は一つ。手段が一つ。
ブレーカーは腕を突き出し、その名を呼ぶ。真名を唱える。
「“唯一つ生を残らせる蒼”…………!」
瞬間で、蒼が展開される。
意思を伴って強固になる盾がブレーカーとバゼットの間に隔絶を生む。それを破る事など出来ないだろう。
だが、破る事は出来ずとも、その前ならば攻撃は通じる。
拳が弾かれたバゼットは、即座に行動を起こす。拳の上に浮いた球体が帯電し始める。“伝承保菌者”としての魔力特性が、神代から存在するその宝具を顕現させる。そしてバゼットは囁く。
「“後より出でて先に断つもの”」
盾を展開したまま、相手の宝具の発動を見据えて応対の為に、眩みながらもブレーカーは後に退く。
破られる訳の無い不破の盾。それを以てすれば、相手の攻撃は絶対無効。彼は絶対安全領域に居る。
帯電は激しくなり放電の様相を呈する。
ブレーカーの持つ盾は破られない。が、相手の宝具が発動するのは得策ではない。ならば、発動の前に動きを封じるべき。
刀を持つ手に力を込める。盾を展開した状態を長く維持するのも、その宝具の特性からして拙い。何れにしろ早く行動を起こすべきなのだ。
先ほど練ってストックしておいた気はまだ残っている。使っていなかったので当然だ。霧散するものではない。
再びバゼットを見遣り距離を測る。距離的には充分に、刹那で詰められる。この状況ならば相手の宝具発動よりも早く攻撃を仕掛けられる。否、仕掛けられたところで、不破の盾は破られない。
未だに昏い頭で吐き気を耐えて静かに迅速に深呼吸をする。少しだけ体が落ち着く。
先刻の回避から十数秒も経っていないが、気分は最悪の少し上と言った所だろうか。それでもマシな方だ。
後のアヴェンジャーは未だに復活出来ていない。同じ傷を魂に共有していながら、これ程までにブレーカーとの差が出るのは性能の問題だろう。ならば余計に、宝具を使われる前にここで斬り伏せるべき。使い魔と魔術師が揃う前に―――
ダンッ、と強く地面を蹴った。
気による速力の上昇。更に盾を展開する事による攻撃の無効化。形は特攻だが、結果は必殺。
ブレーカーは刀を大きく振り上げ―――
「“斬り抉る戦神の剣”――――!」
振り降ろす前に、抉られていた。
「―――――」
有り得ない。何時から自分が死んでいたのだろうか、と疑いたくなる様な状況。
彼は刀を振り上げる前には死んでいた。
恐らく、強いて言うならば、宝具を展開した時点で死んでいたと云うのが正しい。矛盾しているが、そんな事は関係無い。相手の切り札に反応し、その発動前に順序を入れ替えて攻撃する逆行剣“斬り抉る戦神の剣”。
必然の様に、不破の盾は消え去り、同様にブレーカーの姿も消えて行く。
バゼット・フラガ・マクレミッツは焼け落ちた革手袋を、顔を顰めながら外した。彼女は勝利し、ブレーカーは敗北した。
曖昧模糊とした教会の境界で、一つの、夜の聖杯戦争が終わり、それを照らし出す様に逆月が虚空に昇る。
――――四日間の刻限は未だ遠い。
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