実に、の読みどおりであった。 時刻は夜半。 訓練はすでに終わり、メンバー全員が部屋に引っ込んで夢の中へ誘われようとしていた頃。 隊舎全体に響く赤の光は、まどろみに沈もうとしていた意識を強制的に浮上させた。 敵影補足を知らせるアラート。それは、すでに夢の世界へ旅立っていただけでなく、部隊全体にとっての『面倒』そのものであった。 『東部海上に、ガジェットドローンU型が出現しました!』 『機体数は現在12機。旋回飛行を続けています。ただ……機体速度が今までよりもかなり速くなってます』 少し慌しげな音声が室内に響く。 ガジェットが本来狙うはずのレリックの反応はなし。 障害物もなく見晴らしの良い海の上でただ、旋回を続けるだけ。製作者はなにを意図しているか、予測はできても真実は不明なまま、しかし本来の仕事を全うすべく、機動六課は動かざるを得ないのだ。 「こっちに飛んでこないなら、ほっときゃいいのに」 ベッドからのっそりと起き上がる。 未だ開ききらない目蓋を無理やり起こして、いい感じに温まった布団を名残惜しくも脱ぎ捨てなければならなかった。 昼間、少しばかり面倒くさいことがあった。 ありていに言えば、教師が生徒を撃ち抜くといった体罰的な。色々な思惑があるにしても、彼はガラにもなく、再起不能になる前にその仲裁に入ったのだ。 普段は見せないおせっかい。相棒アストライアにすらも意外、と口にされているほどに、本来であれば面倒とスルーする場面であったのだが。 あとに面倒な目に遭わないようにと、ある意味での先行投資をしてみたりした。 その結果が、今のこの状況。世の中、やはり思うようには行かないようだ。 『世の中なんて、こんなはずじゃないことばっかりなんですね』 「なんか涙出そうだからやめてくれない、まじで」 そんなとアストライアのやり取りがあった直後。 隊舎屋上で、彼にとっては勘弁この上ないほどの出来事があって、自分から面倒ごとに自分から首を突っ込むことになろうとは、思いもしなかったわけで。 魔法少女リリカルなのは The Another StrikerS #19 現れたガジェットドローンは相も変わらず旋回飛行を続けたまま、らしい。 レリックを求めるでもなく、一般人はおろか建物すらもいない海の上で、ぐるぐると。ただ、一報を受けた頃よりも機体数が倍に増えているとのこと。 幸いなことにU型が展開するAMFの濃度は低く、腕のいい空戦魔導師であれば単騎で全機撃墜も可能だろう。 夜の空戦ということで、飛行資質を持つ隊長陣で作戦に望むことになったのだが。 「航空U型、4機編隊3隊。12機編隊1隊」 「発見時から変わらず、それぞれ別の低円機動で旋回飛行中です」 何もない海上で、24機のガジェットの旋回機動。 それはまるで、『打ち落としに来い』と挑発しているようなもの。 「テスタロッサ・ハラオウン執務官。どう思う?」 「仕掛けてきたのがスカリエッティなら、こちらの動きとか、航空戦力を探りたいんだと思う」 たずねたはやてがふむ、と考えを巡らせる。 フェイトの回答のとおりであれば、超長距離砲撃で一掃するのが最善の策であろう。 しかし、それは敵にこちらの戦力を見せ付けてしまう。 近接戦における戦力の大半は、先のオークションで投入してしまっている。ある程度の近接戦力は割れてしまっているだろう。だからこそ、「こっちは長距離攻撃もできるんだぞーハハハすごいだろーう」と言いふらすのは愚策と言えよう。 だからこそ。 「奥の手は見せない方がいいかなあ、って」 フェイトは『楽して勝つ』方法の回避を提言した。 つまり、超長距離攻撃のためのリミッター解除を避けて、今までどおり人を使って各個撃破。 相手はちょっと速く飛ぶだけのただの機械と考えれば、そこに切り札を使う必要などないわけで。 「高町教導官は、どうやろ?」 「こっちの戦力調査が目的なら、なるべく新しい情報を出さずに今までどおり対処する、かな」 さらにたずねられたなのはの言が言わずもがな、フェイトのそれと同じ。 「隊長は?」 「別にそれでいんじゃね?」 「相変わらず適当やな」 「俺のアイデンティティ。忘れたわけじゃないでしょ?」 「せやな」 はやてはへ答えを返しながら、にか、と笑ってみせた。 それこそが節。それこそが彼のアイデンティティ。彼の気性を考えれば簡単に導き出される話であったからこそ、彼を知る人間は誰しも『とりあえず聞き流す』。 「もぉ……」 「なのはなのはなのは、どうどうどうどうどうどうどうどう」 「……8回」 中には、わかっていてなお容認できていない人も一部いるようだが。 ● と、言うわけで、今回は空戦。 先に述べたとおり、隊長陣による少数精鋭での作戦と相成った。 面倒なことはさっさと終わらせたいにとっては願ってもない作戦であるが、まあ本音を言えば行かないですむならそうしたいところだが。 「今回は空戦だから、出撃は私とフェイト隊長、隊長の3人ね」 ……だめでした。 「みんなはロビーで出撃待機。よろしくね」 なのはに続いたフェイトの一言に、フォワードメンバーははっきりと返事を返す。 先の一件からこっち、気まずいはずのティアナでさえも。最後の一撃をに止められ、医務室に押し込まれたはずの彼女が何か思い至ったのか、あとから遣わされたに何かを吹き込まれたのか。 どちらにせよ。 「それから、ティアナ」 「あ、はいっ……あの、あたし」 「ティアナは、出動待機から外れておこうか」 「……え?」 なのはに言葉を遮られて、言おうとしていた言葉が、ティアナののどの奥へと消えた。 医務室に押し込まれてからこっち、色々と考えて、と話をして、自分なりの答えを出して、よしこれからがんばろう! って、意気込んでいたはずが、その気持ちが萎えていく。 「その方がいいな……そうしとけ」 ヴィータの一言が、モチベーションの低下を助長するようだ。 ……あれ、おかしいな。 「今夜は体調も魔力も、ベストじゃないだろうし」 「あ、の……」 言いたいことが、言えない。 「…………そうですか。わかりました」 「ティアっ!?」 あと、なんだろうこの、湧き上がってくる感情は。 自分を心配してくれるスバルの声は、聞こえてくるのに右から左へ抜けていく。 「ティ……」 「いうこと聞かない大バカ者は使えない。そういうことですもんね」 黒い、黒い。どす黒いナニカが、胸の奥に積もっていくようで。 「昼間までのあたしは、そんな大バカ者でしたよ。…………えぇえぇ、そうでしょうとも!」 相棒のスバルを危険にさらし、今までの訓練をないがしろにしてまで、無茶をした。 そんな自身のふがいなさと、弱いことへの悔しさと、『こんなはず』じゃない世界自然と拳を握る手に力が入って、思ってもいないことを。 「だからあたしは、この部隊では使えない! そうならないように、今まで! ずっと!! 努力だってたくさんしてきたのに!!」 いや、思っていなかったわけじゃない。 これは、自分自身の総意だ。 「今日の模擬戦は、今までの訓練内容にそぐわない内容だったかもしれない。でも……貴女は、あたしの今までの努力が……」 「ティア、ナ……」 彼女たちは知らないはずだ。 自分が今までしていた努力など。 体力の限界まで身体を酷使して、胃袋の中のいろんなものを吐き出してなお、続けてきた努力さえも。 「全部無駄だったって、そう言うんですか!!」 呼吸することすら忘れて、一気にまくし立ててしまった。 肺の中の空気全部を使い切って、大きく息切れ。 誰もが口を閉ざしている間に、吐き出しすぎた空気をしっかりと吸収して、熱くなった頭をクールダウン。 ――大丈夫。あたしは冷静だ。 そう言い聞かせて。 「すいません。不躾でした」 部屋に戻ります、と一言告げて、くるりと回れ右。 自分はこの場にもはや必要ないとばかりに、去ろうとしたのだが。 「あ゛ー、ったくめんどくさいなもー」 の一言に、足が止まった。 心のそこから面倒だと言わんばかりに、大きなため息とともに吐き出されたその一言には、呆れすらも混じっていた。 「ウインド分隊一同、いらっしゃーい」 「あ、はいっ」 「う、うっす」 すでに移動用のヘリに乗り込んでいたが、エミリアとフォルテを呼んだ。 その意図もわからないまま、2人はとことこと歩み寄ると。 「さ、乗った乗った」 「は? はぁ……」 「なぜに?」 2人を、ヘリの中へと誘っていた。 「!?」 フェイトが声を上げるのは当然であろう。 今回は空戦で、隊長陣で対処すると、部隊長はやてを交えて決めたはずなのだから。 「てめえ、なに考えてやが……る……」 ヴィータの怒気すら孕んだ声を張り上げるが、その声は尻すぼみになっていく。 にらみつけた先のの表情が、いつもと違っていたのだ。 普段はダルさを押し出す覇気のない目が、今はまったく別の、呆れの中に威圧感すら含んだ、冷めた目をしていたのだから。 その、普段見せない冷たい瞳が、ヴィータの怒気を霧散させ言葉を押しつぶしたのだ。 「あのねヴィータ。俺はね、こんな面倒なことさっさと終わらせたいんだよ」 そこんとこ、わかってるかね? とは語尾を上げる。 彼の言う『面倒』というのは、今回のガジェット討伐の件と、もう1つ。 長年の付き合いのある面子であれ、出会って間もないフォワードメンバーでも、彼を知っていればわかること。 いわずもがな、なのはとティアナのことだ。 「ガジェットの討伐は、今回の一件で一番関係ないウインド分隊で受け持つから。お前さんたちは空いた時間でちゃんと、面と向かって、腹割って、全部話せ。……俺らが帰ってくるまでに解決してなかったら、二度と訓練とか付き合わんからな」 「でもくん。エミリアはともかく、フォルテは……」 「なのはちゃん。今のお前さんはそんなこと気にする必要ないの。……ったく、自分の生徒のことくらいちゃんと見とけってのに」 なのはの問いに対し、勘弁してくれよ、とばかりに呆れ声を漏らしながら頭を掻きつつ刺々しい答えを返し、は残ったスターズ、ライトニング各分隊に背を向ける。 「シグナムさんも。何に怒ってるか知らないけど、その怒りは話を聞いてから爆発させるか判断してもいいでしょ」 「!? あ、あぁ……承知した」 振り返ることなく、視界の隅で強く拳を握っていたシグナムに、は念を押しつつ、 「ヴァイスー。ヘリ出してー」 「あいよー」 パイロットのヴァイスに出発を告げ、閉じられていくハッチの隙間から、面々を見下ろしたのだった。 ● 「あの、さん」 「んー?」 ハッチが閉じられ、飛び立ったヘリの中で、エミリアが遠慮がちにに声をかけた。 「私たち、勢いでヘリに乗っちゃいましたけど、いいんですか?」 「もち。いいのいいの。今のあの連中よりよっぽどいいよ……主に俺が楽できるし」 ティアナのことを引きずって、お仕事に支障をきたすかもしれないし、意識していなくとも調子が出ずに撃ち漏らす可能性だってないとは言えない。 優秀な彼女たちだから、そんなヘマはしないだろうとも思ってはいるし、信頼もしているが、彼女たちだって人間なのだから、それこそ失敗がないとも限らない。不安要素が1つでもあれば、それが悪い方へ転がる可能性も、なきにしもあらず。 ……というのは、ただの建前。 面倒なもの背負って、面倒な空気醸して、とにかく面倒な思いをしたくないだけ。 だから、一番面倒にならなさそうな面子で固めるのが一番楽が出来ると判断しただけの話だ。 その面子が分隊のメンバーというのも、また変な話ではあるが。 「つか俺、空戦て」 「大丈夫だってフォルテ。こないだ教えたっしょ」 フォルテには元々、飛行資質がない。 だからこそ、彼はヘリに乗っている意味を疑問に思っていたりした。 しかし、そんな疑問をは一蹴して見せる。 「教えた、って……あー、あれですか」 「そそ。あれなら、お前さんでも……あー、まぁ少しくらいは戦えるはず」 「少して」 それは、つい先日教えたばかりの機動魔法。 魔力の消費こそ少ないが、塵も積もればなんとやら。使えば使うほど比例して魔力を消費していくが、飛行資質のない人間でも短時間の空戦を可能にする、独特な魔法なのだが。 「でもあれ、まだそんなに使いこなせてないんスけど」 「なら、ここで使えるようになればいい。何事も経験が大事よ」 「また横暴な……」 「あ、あははは」 飛行資質を持ち合わせていたエミリアはただ、乾いた笑いを浮かべるのみだった。 内心で、ティアナを心配しつつ。 戻ったら、今まで通りになっていてほしいと思いながら。 『、そろそろポイントに到着だぜ!』 「あいよりょーかい。さて2人とも、お仕事だよー」 「了解です!」 「了解っす!」 操縦席のヴァイスからの連絡を受けて窓を見れば、眼下で旋回しているガジェットの姿が見える。 ガジェットの数は先ほど受けた情報よりも多いように見えたが。 「まあ、この程度なら問題ないかな……2人とも、D.D.S……使ってみようか」 その一言に、待ってましたとばかりにエミリアとフォルテはうなずきを返した。 Dual Drive System ―― 通称D.D.S。 デュアルデバイス特有のシステムで、ミッド式とベルカ式両方の魔法を発動できる。 2つの魔法体系を同時に扱えるシステムだが、使用する魔力の選択、発動タイミングなど、その自由度の高さが仇となってか取り扱いが非常に難しく、それがデュアルデバイスの使用を敬遠された要因の1つになっていたりした。 今までは2人がデュアルデバイスの扱いにこなれるまでは教えることは避けましょう、と教導官であるなのはをはじめ、隊長陣全員の総意で決定していた。 が。それを無視したが、そろそろ良かれと勝手に教えてしまっていたのだ。 … 「アストライア、D.D.Sスタンバイ」 『了解。デュアルドライブシステム、スタンバイ』 がしょんがしょん。 飛び出す薬莢は2発。 「こんな感じこんな感じ」 「「すいませんよくわかんないです」」 … 教えられたと言うよりは、覚えさせられたと言うべきか。 カートリッジを使いすぎて、その日はいつも以上にグロッキーになっていたのだが、2人ともひとまず発動から展開まで行えるようになっていたのは、さすがの才能と言うべきか。 「んじゃ、ぱぱっとやっつけてさっさと帰るよ」 「了解です!」 「了解っス!」 「うし……ウインド1、出るよ」 満足げに笑みを浮かべ、は夜の海へと飛び出したのだった。 ● 「たく、あのヤロー何考えてやがんだよ……」 「まあまあヴィータ。は私たちのためを思って言ってる……と思うし」 一方、隊舎に残ったスターズ、ライトニング両隊のメンバーは、ロビーに集合していた。 今回の件の当事者であるなのはと、ティアナを除いて。 「少し、2人にしてほしい」 というなのはの言葉を受けての行動だった。 は、「ウインド分隊は一番関係ない」などと言っていたが、実際関係しているのはなのはとティアナの2人のみ。その他の面子は、ティアナとルームメイトのスバルを除いてその一部始終を見ていただけ。 模擬戦の当時、何を思ってティアナがあのような行動に出たのかは、この場にいる面々にはわからない。 でも。 「みんなも、知っておいた方がいいと思うんだ……なのはの教導の意味」 ヴィータのフォローをするフェイトが表情を固め、隣のシャーリーを見やる。 シャーリーが手元のコンソールを操作すると、一同の目に飛び込んできたのは。 「小さいなのはさん……?」 幼い頃のなのはの映像であった。 年の頃9歳。魔法と出会った、何も知らない子供だった頃の。 「……1人の女の子がいたの」 語りは、そんな一言から始まった。 ごくごく普通の一般家庭で、ごくごく普通に育った普通の少女。そんな彼女を変えたのが、一匹のフェレットとの出会いであった。 魔法との出会い。たまたま魔力が大きいというだけで、現実とは程遠い、命がけの実戦に巻き込まれた。 次に映されたのは、9歳のなのはと矛を交える、金の少女。 「これって……」 「フェイトさん?」 エリオ、キャロのつぶやきを横目に、フェイトは小さくうなずく。 「当時、私の家族関係がちょっと複雑だったんだ」 後の、プレシア・テスタロッサ事件―― P・T事件と呼ばれるようになった事件で、『ジュエルシード』と呼ばれるロストロギアを巡り、フェイトはなのはと争った、敵同士であった。 映像は進む。 お互いの持つすべてのジュエルシードをかけた、1対1のガチバトル。 無数の射撃魔法を放つフェイトの攻撃を耐え切ってからの、周囲に霧散した魔力を全部掻き集めて作り上げた巨大な魔力球と、そこから放たれる大きな大きな収束砲撃。 ただでさえ身体に負担のかかる収束砲を、たった9歳の少女が放つことが出来るこの映像の中のなのはの持つ才がどれほどのものか、ここにいる誰もが理解できないはずもなく。フォワードメンバー全員が目を丸めた。 「その後もな、さほど時を置かず、戦いは続いた」 闇の書事件と呼ばれる、ロストロギア『闇の書』を巡る一連の事件。 突然の襲撃戦からの敗北。それに打ち勝つために選んだシステムが、当時まだ安全性の危うかった、カートリッジシステム。 身体への負担を無視して、自身の限界を超える力を無理やり行使するフルドライブモードもまた、彼女はこのとき発揮している。 誰かを守る。自分の意思を貫く。そのための無茶を、彼女は行ってきたのだ。 技術の進んだ今であれば、そのカートリッジシステムを使用することによる危険性もなかったであろう。しかし、その技術の進歩も、大出力の砲撃魔法を多用する彼女の身体への負担の蓄積が軽減されるだけであった。 長年蓄積されてきた負担がついに限界を超えたのは、彼女が11歳のときのこと。 ヴィータと共に参加した異世界での捜査任務の帰りのこと。不意に現れた未確認体。普段の彼女であれば、何の問題もなく味方を守って、倒せるはずだった。 『なのは! おい! なのはしっかりしろ! ……医療班!! なにやってんだ早くしろぉ!! 早くしねぇとなのはが死んじまう!!』 映像の中のヴィータの必死な叫びが部屋中にこだまする。 今までに蓄積されてきた疲労と、続けてきた無茶が、ほんの刹那の判断と、身体の動きを鈍らせた。 結果、彼女は墜ちた。 次に映し出された映像は、身体中に包帯を巻き、人口の呼吸器とさまざまな機械を接続し眠る少女の姿。 当時の記憶がフラッシュバックしたのか、ヴィータは少し悔しげに、涙を堪えているようにも見えた。 医師は、『もう飛べないかも』『たって歩くこともできないかも』とまるで脅すように口にした。 そのためか次の映像には、それは嫌だ、と奮い立ってか、必死にリハビリをするなのはの姿が映っていた。 「ティアナが模擬戦で繰り出したあの技が、いったい誰のためか。何のためか。それは今ごろ、なのは本人が尋ねていることだろう」 「なのはさんは、みんなにさ。自分と同じ思いをさせたくないんだよ……」 無茶なんてしなくて言いように、任務に出ても、みんなが元気で帰ってくるように。 ● 「――どうかな?」 「たぶん……いえ、間違いなく、自分自身のためだったと思います」 場所は変わり、なのはとティアナは、隊舎脇の波止場で腰を下ろしていた。 フェイトやシグナムが話したものとほぼ同じ内容をティアナに聞かせ、シグナムの放ったものと同じ問いを、ティアナにかけていた。 当時のティアナは、『勝つ』ことに躍起になっていた。強くなっているという実感もなく、ただ繰り返すだけの日々に不安を感じていたから。 「あたし、ずっと考えていたんです」 ティアナがつぶやいた。 それは、今までの訓練に対する不満にも近いもの。今のままでいいのか、このまま進んでしまっていいのか。 まるで強くなっている実感がないから、訓練に疑問を持ってしまったし、今のままでは足りないからと、居残り訓練なんかもしていたりするし。 「さんに『色々空回ってる』って言われて、今までの自分を振り返ってみたんです」 なぜ、自分が管理局で、銃を握っているのか。 強くなるために。強くなって、より高みに上り詰める。ランスターの銃弾に撃ち抜けないものなどないのだと証明するために。 でも、今励んでいる訓練だけでは、強くなっているという実感がなかった。だから居残り練習もして、隊長たちに強くなったと認めてもらうために。 『クロスシフトC』を、実行した。スバルはただ、協力してくれただけ。 「模擬戦はケンカじゃない……確かにその通りだと思います。でも、あの時の私は、『勝つ』ことが、強くなったということが証明できる唯一の手段、と思っていたんです」 「そっか……それはきっと、私自身にも問題があった、ってことだよね」 「い、いえいえいえそんなことはっ」 「ううん、私の教導は地味だから。あんまり成果が出ていないように感じて、苦しかったんだね」 なのはの言葉に、ティアナは目を見開いた。 「でもね、ティアナ」 なのはをはじめ、フェイトも、も、シグナムもヴィータも皆、ティアナが射撃と幻術が出来るだけの凡人だと決め付けているわけじゃない。 「ティアナも他のみんなも、今はまだ原石の状態。でこぼこだらけだし、本当の価値もわかりづらいけど、磨いていくうちに、どんどん輝く部分が見えてくる」 エリオはスピード。 キャロは支援魔法と、召喚魔法。 スバルはクロスレンジの爆発力。 エミリアはなのはと同じ、飛行資質を生かした射撃、砲撃魔法。 フォルテは一撃必殺の破壊力。 そして、ティアナは。 「射撃と幻術で仲間を守り、知恵と勇気でどんな状況でも切り抜ける」 なのはが視ているチームの未来設計図。 ティアナを中心とした、ゆっくり近づいている理想のチーム。 「模擬戦で受けてみてわかったでしょ? ティアナの射撃魔法って、ちゃんと使えばあんなに避け難くて、当たると痛いんだよ」 一番魅力的なところをないがしろにして、慌ててほかの事をやろうとすると、何もかもが中途半端になってしまう。 だったら、まずは自分の一番魅力的なところ……得意なことを伸ばすところから。 そんな思いをもって、なのはは訓練のプランを立てていたのだが。 「やっぱり、ちゃんと言わないと伝わらないことって、多いよね」 「……そうですね」 なのはも、ティアナも、お互いに。 「じゃあ、ついでに伝えておこうかな…………今までずっとティアナが思っていたことってさ。実は、あながち間違いってわけじゃないんだよね」 「え?」 ティアナの脇に置かれていた、クロスミラージュを手に取ると。 「システムリミッター、テストモードリリース」 『Yes』 クロスミラージュが一瞬輝き、ティアナに手渡す。 「モード2って、言ってみて」 海に銃口を向けて、つぶやくように。 「モード、2」 『Set up. Dagger Mode』 向けた銃口から、橙の光が伸びる。 グリップ端から銃口へ向けて、光がアーチを象る。 クロスミラージュのセカンドフォームは、近接型。執務官志望であるティアナの将来を見据えた配慮。 「っ!!」 出動は今すぐにでもあるかもしれない。それこそ、今日のように。 クロスレンジも、ロングレンジも、これから教えるつもりだった。遠近両用のデュアルデバイス使いであるを相手に、実戦経験と共に。 「なのはさん、あたし……」 「ごめんねティアナ、苦しかったね」 なんで、貴女が謝る必要があるのか。 「……っ、ちがうっ! 違うんですっ!!」 全部、理解していたはずじゃないか。 毎日激しい訓練のあとに、居残って訓練して、毎日死ぬほど汗を流して、部屋に戻ったら寝るだけの日々を繰り返して、今までの訓練内容を無視した模擬戦でなのはに撃墜されて、医務室にぶち込まれて、頭冷やしてゆっくり考えて。 自分が、自身の思いと向き合って、自分の本当の思いと間違いに気がついた。 と話をした。彼は、自身のこれまでを認めてくれた。『失敗だっていくらでもしていい』と教えてくれた。 「謝らなきゃいけないのは……っ、あたしなんですから!」 「ティアナ……」 思っていることも聞かずに、先走ってごめんなさい。 内に抱いてしまった思い、伝えずにいてごめんなさい。 無茶ばかりして、ごめんなさい。 そして。 「いつもあたしのこと考えてくれて、ありがとうございます!!」 これからもよろしくお願いします。 そんな気持ちのこもった、お礼の言葉。 ● 『Atlas Sword』 「ふんすっ!」 一閃。 真ん中から2つに分かたれたガジェットを尻目に、片手剣をかたどったアストライアを肩口に乗せる。 攻撃はない。自分たちの魔力を感じてか、突っ込んできてはすれ違う。その繰り返し。 せめて射撃兵装でも搭載していれば、もまた違った面倒くささを感じてしまうだろうが、これはこれで、何もなさ過ぎて面倒くさかったりなかったり。 「ふぁ……ぁふぅ」 「さんっ!!」 「む」 目の前に高速で迫るガジェットを叩き潰すように、フォルテがその手の剣を振り下ろす。 眼下は海。しかして彼は、と同じ目線の高さでそこに立っていた。 ずるっ 「うおぉっと!?」 「……足場がズレるのは」 「集中力が足りないのでっ!」 のつぶやきに呼応するかのように、フォルテは声を上げつつ態勢を立て直した。 足元に即席の足場を作り出す。スバルのウイングロードに似たその魔法は、飛行資質を持たないフォルテでも空戦をこなせるようがレクチャーしたもの。 ミッド式補助移動魔法『フローティングフロア』。 術者の意識を察知して、魔力で即席の足場を編み上げ、術者はどのような場所にでも『立つこと』が出来るようになる。それが空中であったとしても。 術者の魔力を使うのだから、もちろん足場の作成も無限にできるわけではない。術者が宙を『踏む』たびに足場が作成される。足場が作成されるたびに魔力を消費するから、いくら足場を作成するための魔力が少なくても、それが続けばいずれは枯渇する。まさに、塵も積もればなんとやら、だ。 つまり、術者自身の魔力総量がものを言う。なくなれば、そこまで。ある意味危険な行為ではあるが、得られる恩恵は、今のフォルテにとっては何者にも代えがたいもの。 「AMFに注意。あと無茶しないようにねー」 「あいさ了解! ドレッドキャリバー!」 『D.D.S、起動』 発動トリガーはすでに満たしている。 陸戦魔導師が強引に空戦をやろうとするならば、多少の犠牲は許容しなければならない。 だんっ、とフォルテの踏み出した足が空中で快音を鳴らす。足元には魔法『フローティングフロア』による足場。 大剣内で爆発するカートリッジは2発。腕に感じるわずかな振動と同時に広がるは三角の頂点に魔法陣。ともに浮かぶ球形魔法陣は、空いた左手の平の先に付き従い、ゆっくりと回り続ける。 「スラストぉ!!」 この一撃は、彼の渾身の一撃。 大剣の中心を、術式を施した帯状の魔法陣が駆け抜ける。 『……fang!!!』 大剣を振り抜く。 その切っ先が線を描き、その線は波となって突き進みながらガジェット巻き込み、爆散させた。 「わったたたっ!?」 踏み込んだ足元の足場が沈み、全体重を預けていただけに態勢が崩れていく。 せっかく格好良くキメたのに、まったくもって詰めの甘いフォルテであった。 「おおー、あのフォルテが空を走っている……」 その上空で、エミリアは眼下の光景を眺めていた。フォルテの一撃で仕留められたガジェットは4体。ヘリから飛び出した直後が32体いたことを考えれば、充分な戦果であろう。 その前に、が全体の3分の1ほどのガジェットを撃墜していたのだから。 ● 「さっさといくよー。アストライア、D.D.Sスタンバイ……モード"ストライク"」 『了解。D.D.S起動、モード"ストライク"を適用……完了』 剣を一振り、吹き荒れる暴風。 かまいたちを孕み荒れ狂う風の壁は高速飛行するガジェットの動きを真正面から押し留め、斬撃波が襲い掛かる。動きを拘束されたガジェットたちが、それを回避する手立てはなく。旋回飛行を続けていた1つの円軌道上全てのガジェットを、爆散させた。 その数、実に12体。 彼を中心に爆炎が立ち上る。 「あー疲れたー……2人ともあとヨロシクねー」 その中心で放たれた間の抜けた一言は、残りのガジェット全てを部下に押し付けるもので。 『仮にも隊長なんですから、部下に全部押し付けないでもうちょっとがんばりましょうよ』 「だってメンドくさいし。いーじゃん」 『仕事しなさいってば』 相棒アストライアに呆れられる人間なんて、そうそういないと思うんだけど。 ● 「フォルテも頑張ってるし、私も頑張りますかっ」 杖を模したセイファートハーツを、手のひらの上でびゅんびゅんと回し、足元に蒼い魔法陣が顕現する。 「セイファートハーツ、D.D.Sすたんばいっ!」 『了解です!』 相棒セイファートハーツは、エミリアの声に応え、小さな振動と共に排莢した。その数は2発。同時に、2系統の魔法を取り扱えるキャパシティを持つ球形魔法陣が浮かび上がる。 杖を掲げ、顕現する12の光弾と。 『Fliegen Dolch』 さらに12の射撃刃。 彼女の指令を今か今かと待ち受けて、 「ファイアっ!!」 一斉に、旋回飛行を続けるガジェットへと殺到した。 AMFを展開するヒマもないまま、24の光弾と光刃はガジェットを貫き破壊し落としていく。 エミリアの視界を、自身の魔力光である蒼が多い尽くす。 はその光を視界に納めながら、『撃ちこぼし』を駆逐すべく疾駆する。 『Aerial Emission』 一閃。 大剣に変化させたアストライアを振るい、ガジェットを斬り裂いた。 「フォルテー。ラストヨロシクね」 「了解ッす!!」 の頭上をまるで階段を上っていくかのようにフォルテが空を駆け上る。 ドレッドキャリバーを大きく振りかぶって、飛行する最後のガジェット1体を視界に捉えると。 「いちげき……ひっさあぁぁぁつっ!!!」 だんっ。 咆哮しつつ跳躍。 カートリッジをさらに2発飛ばすと、真っ赤な刀身が大剣形態のドレッドキャリバーを覆い尽くした。 『Hyperion……』 それは、彼にとって最大の威力を誇る斬撃魔法であった。 ミッド式のフローティングフロアによって発動条件を満たし、D.D.Sによりベルカ式の魔法を発現させたのだ。 いまの彼に出来る最大の空戦。一撃の威力の高さを重視した彼にとっては、後発するベルカ式魔法はまさに好都合であると言えた。 「ぶれいっ」 柄を握る力を強める。 自身が今、『戦闘』をしているという事実が、彼のテンションを強引なまでに引き上げたのだ。 「ばあぁぁぁっ!!」 ● 「ウインド04、最後の1体を撃墜。増援ありません!」 「付近の観測隊に連絡。残骸を回収を」 「了解!」 作戦司令室での報告に、はやては胸を撫で下ろしていた。 それもそのはず。つい先ほどの会議において、今回の作戦は飛行資質を持つ隊長陣4名で行うはずだった。それが実際は、ヘリから出てきたのはウインド分隊の3人。 出撃前になにかがあったことは間違いないのだが、まだまだ経験の浅いフォワード2人が心配で仕方なかったのだ。特にフォルテは、飛行資質を持っていない。その彼が突如ヘリから身を投げたのだから当然だ。 何事もなかったかのように宙に『着地』したときは、隊長に恨み言の1つや2つや3つや4つ言いたくて仕方なかった。 「待機する必要もなさそうやな。ウインド分隊は戻ってもらおか」 「はい。残りのフォワード部隊も、解散でいいでしょう」 『あいよ了解。ウインド分隊戻りますよー……やっと寝れるわー』 はやてとグリフィスの会話を何の気なく聞いていたが、心底うれしそうに言葉を挟んでいた。 『さん早く戻らないと! 俺! 魔力がヤバイっす! 落ちる! 落ちる!』 『あー。出撃待機の連中、解散してるといいなあ』 『大変です! フォルテのMPはもうゼロですよっ!?』 『さー2人とも、とっとと帰るよー』 『『聞けええぇぇ!』』 ● 「ふいー、疲れたつかれた」 「おつかれさんや、隊長」 任務を終えて、さっさと帰ってきたウインド分隊一行。 彼らを出迎えてくれたのはフォワード部隊の面々ではなく、部隊長のはやてであった。 時間的にも、夜は遅い。元々、ガジェットの発見自体が夜中だったのだから、隊舎全体が消灯していてもおかしくはない。 もちろん事件発生をいち早く察知するためにシフトを組んでアラートに備えているわけだが、もちろんそれは一部のメンバーのみ。フォワードメンバーの仕事は、アラートの後にある。だからこそ、彼らは本来であれば身体を休めねばならないのだが。 「……俺、もう寝たいんですけど」 「わかっとるよ。ただ、ちょっと隊長に話があるんよ」 「あっそ。……エミリアとフォルテはお疲れさん」 「報告書とかは今度でええからなー」 「了解ですぅー、ふあぁ」 「ういーっす……あー魔力なくてしんどー」 疲れた表情を隠しもせず、2人は力なく返事を返す。夜中、身体を休めようと思っていたところへのアラート発生。その後のガジェット掃討任務に従事すれば、もう夜更けだ。 夜明けまであまり時間もなく、ゆっくり休めるとは思えないが。 「あ、そうそう。エミリアとフォルテは今回の件も含めて、明日はお休みや。1日、しっかり休むんやでー」 「「へ?」」 何のけないはやての一言は、 「…………なん、だと?」 の表情に驚愕を宿す。 ねえ、俺は? 俺は? あかんでー。 俺の休暇は、いったい……いつ来るというんだ…… |
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