「…………」

 朝。
 今日も今日とて、ミッドチルダのお天気は快晴。
 ニュース番組で見たやたらとど派手で凝った演出を見せる天気予報の通り、雲ひとつない澄み切った青空が、ミッドチルダの街々を覆い尽くしているようにおだやかな朝が、まさにそれこそが当然であるかのように世間を照らしている、今。

「…………」

 そんな俗世間の空気はしかし、ここ機動六課隊舎にまでは届いていない様子。

 ――もとい。
 世間の空気をまったく読んでいなかったのは、海辺に面した巨大な建物ではなくて。

「…………まじ?」
「本気と書いてマジと読むんだよー」

 その巨大な建物の一角、それもたった一部屋の玄関でのことだった。

 遡ること数分前。
 朝も早くから部屋に鳴るチャイムの音に起こされたは、寝ぼけ眼で扉を開けると。
 そこには、管理局の制服をきっちり着込んだなのはが、満面の笑みを称えて立っていた。

 直感したのは不吉。
 背筋を走ったのは寒気。
 予感したのは多大な苦労。
 だから。

「あー、君なら先ほどお散歩に出かけましたよ?」

 白々しくも“自分はここにはいない”ことを主張して見せた。
 もちろん、通じるわけもない。

「それじゃあ、私の目の前にいるあなたはどなたかな?」
「ああ、僕はの弟のカイムといいますが……」
「あのさぁ……………………白々しいウソはやめないかな」
「…………で、こんな朝っぱらからなんか用事?」

 みえみえのウソがばれたことに自分はもはや逃げられないことを悟ったは、声のトーンが下がったなのはの言葉に間髪入れずに用件を聞くことにした。
 局内でも超がつくほどに有名なエースオブエースに逆らうほど、面倒なことなどないのだから。
 そんな経緯もあり冒頭に戻るわけだが、彼女が朝も早くからの部屋を訪れたことには、もちろん理由があってのこと。
 彼女は、お願いがあって来たのだ。

「今日の教導、模擬戦の予定なんだけど……君にも手伝ってほしいなー、って思って」

 その言葉に、はまず自分の耳を疑った。
 自分は教官資格を持っているわけもない。そもそも資格を取ろうなどとそんな面倒この上ないこと、するわけがないことくらい、なのはも既知のはずなのだが。

「デュアルデバイスについて、みんなに知っておいてもらいたいんだよ」

 それを知った上であえて、なのははにお願いしたのだ。
 デュアルデバイスという、局内でも数少ない使い手がいるから。
 通常ではほとんど使われることのないそれが、使い手によってどれほどの力となるのかを、新人たちに知っていて欲しかったのだ。
 いつか、デュアルデバイス使いを相手に大立ち回りすることも、あるかもしれないのだから。

 それはつまり、新人6人の教導に参加しなければならない、ということで。

「ええー」

 それは、にとっては面倒この上ないものだということは、間違いないことだった。
 すがすがしい朝っぱらからしかめっ面。
 どう回避するべかと思考をめぐらせる。

「まあ、まずは……正論から言ってみようか?」
「無駄でーす。もうはやて部隊長から承認もらってまーす」
「な、なんと手回しのはやい……」

 軍人というのは本当に、こういう状況になると本当に弱い。
 相手が知り合いとはいえども、逆らえば手取りの給料が減らされかねない。というよりは、昔からのシステムが逆らうことを許さない。
 それはまさに、職権濫用。

「お、横暴だ……鬼がいるよここに」
「鬼じゃないでーす。これは命令ですよー、隊長さん♪」

 命令だから言うこと聞けと。
 資格ない者に資格が必要な行為をさせる―――法を守る時空管理局員が、よもや法を強制するとは。

「こ、こんの悪魔めぇ……」
「…………っ」

 皮肉交じりに放たれたそんな言葉に、毅然としていたなのははぴくりと反応してみせると。

「うわーん、そんなこといわないでってばあっ!」

 私、悪魔なんかじゃないもんっ!

 突然、挙動不審になり落ち着かない表情でそんな言葉を口走って見せた。
 そういえば、前にヴィータに聞いたことがある。
 ……あのときはホントに悪魔が降臨召されたかと思った、とか何とか。
 『あのとき』というのがいつなのかは定かではないが、当時のことがよっぽど記憶に強かったのだろう。

「と、とにかくぅっ! くんはこれから私と一緒に訓練場にいくの!」

 まずは、なんだかんだで機動六課設立から1週間半ほど経った今の新人たちの実力を見て、模擬戦に臨んでもらうのだ。
 全員が新型デバイスを受領する前に、机上でしかその全容を知らない新人たちにデュアルデバイスの全貌を知ってもらうために。
 は局内でも数少ないデュアルデバイス使いで、戦闘スタイルはクロスレンジをメインとしたオールレンジアタッカー。さらには経験も豊富で、より実戦に近い模擬戦が行える。
 模擬戦の相手としてはうってつけ、しかも一部隊の保有できる魔導師ランクの総計規模が影響し、AAランクの彼は魔力の出力リミッターによる制限で1.5ランクダウンのB+。
 対人戦で能力平均がBランク程度の新人たちといい勝負ができる、体のいい練習相手になれる人材とも言えた。
 それでなお、なのはは戦技教導官として必要だと思うから、こうして今の部屋まで足を運んだわけであった。

「はいはいわかりましたよ……ふぁぁ、まだ眠ぃのになんでこんな目に……」

 小声でぐちぐちとグチをこぼしながら、気だるげに開いていた扉をくぐる。
 もちろん、寝間着代わりに着ていたスウェットのまま。

 まったくもって、着替えることすら面倒だ。

「わぁーわぁーわぁー!! くんだらしないよ! ちゃんと着替えてよぉ!!」
「えー、別に何かするわけじゃないし。……いいじゃん」
「だーめーでーすー!」

 見慣れぬ男性の寝起き姿にか、だらしのないの姿に呆れてか。
 朝も早くから大声で部屋を出ようとするを、なのはは顔を真っ赤にして部屋に押し込もうとする。
 逆に「おろろろ」などと間の抜けた声を出しつつ、きょとんとした表情でなのはによって部屋に押し込まれるは、

「ちゃんと着替えてよー!」

 ドア越しに聞こえるなのはの声に、小さくつぶやきつつも服に手をかけた。

「……めんどくせ」



 
魔法少女リリカルなのは The Another StrikerS  #05



「と、まあいろいろとあったわけだけど……」

 訓練場で疲れた表情のなのはは、今日は朝から今まで、新人たちですら思わず心配してしまうほどの疲れっぷりであった。
 その原因とも言える青年はどこ吹く風か、自分は関係ないと言わんばかりに涼しい顔で挙動不審なまでにきょろきょろと周囲を見回している。

「きょうは、みんなにデュアルデバイスについて、深く知ってもらおうと思うわけです」

 今日もすでに夕日にかげり、夜が来ようとしている。
 そんな黄昏時にライトアップされたいつもの訓練場は、いつもとは違う雰囲気に包まれていた。
 いつもはなのは1人のところを、もう1人。
 ある意味『特別ゲスト』な彼は場違いですオーラを出しまくり、表情にも覇気がない。
 ……というか、とても眠そうだった。

「そんなわけだから、みんなももうわかってると思うけど……今日の最後は隊長に教導を手伝ってもらうことにしたんだよ」

 一言お願いします、と話を振られれば、彼はばつが悪そうに頭をかきかき。

「……あー、こんなんガラじゃないのはみんなもわかってると思うけどさぁ」
『まったくです。……どういう風の吹き回しですかね?』
「しかたないでしょ頼まれちゃったんだから……もとい。あー……使い手が少ないデュアルデバイスだけど? いつか、相手にすることがあるかもしれないから、知っといた方がいいってなのはちゃんが言ってた」

 貴重な朝の時間を邪魔されて、強引なまでに仕事を押し付けられて。
 楽々が3度のメシよりも大好きなは、やる気などまったくといっていいほど感じられないような一言を口にして。

「まあ、“やる”からには……きっちり相手させてもらうかね」

 次の瞬間にはやる気のなさげな表情が一変、仕事モードへと切り替わる。
 本日の教導の最後は模擬戦。
 魔導師ランクB+のがほぼ同じランクの新人6人を相手に、たった一人で奮闘する。10年ほど前にAAAランクレベルの相手4人と互角に戦った実績があることこそ当人たちだけの秘密だが、1対6というハンデを補って余りある高いスペックを秘めているのが、本当の『デュアルデバイス使い』なのだ。

「制限時間は15分。それ以外に制限は付けないから、クリーンヒットを入れることだけを考えて動いてみようか」
『は、はいっ!』

 最初は、いくらなんでも無茶だと思った。
 新人とはいえ6人を相手に、たった1人。一部隊の隊長格の立場とはいえ、無茶が過ぎるのではないかと思った。
 元気に返事をしながらそんなことを考えたのは、きっとフォルテ1人ではない。
 彼のことをよくは知らないティアナやエリオ、そして、キャロも。昔馴染みとしての彼を知るスバルも、心境は複雑だった。
 そして。

「あ、あの!」

 そんな新人たち全員の気持ちを代弁したのが、エミリアだった。

「いくらさんでも、6対1はひどくないですか?」

 模擬戦の内容を同時に知ったもまた、その大変さを痛感。エミリアの一言こそ、彼の内心を物語っているようだった。
 ……というか、どれだけ鬼教官なんだこの女は。
 今みたいに無茶言うし、こうと決めたらどこまでも手回し早いし、ヘタに逆らえば返り討ちに遭うし。

『それがあの人の味ですからね。今更変えてもらおうなんて無理もいいところです』

 勘弁してください。



 ●



 それは、無意味な願いだった。
 だからこそはこうして、戦場に立っている。

「えげつないなぁ……だから」

 悪魔とか魔王とかいわれるんだ、という言葉は胸の奥にとどめておく。
 言ったところで今更だし、なにより我が相棒の言うとおり今更この教導の仕方は変えようがないのだから。
 とにかく今は、どれだけ無理なく無駄なく立ち回れるか。
 複数人を1度に相手することは初めてに近いが、動くことに制限はないし。

 まあ、きっと何とかなるだろう。

「そんじゃ、いくよアストライア」

 ほどほどに、な。

 そんなの一言に、彼の相棒であるデュアルデバイス『アストライア・ユスティード』は、答えを返す代わりに小さく輝いて見せた。
 キーホルダーを模したウエイトフォームのアストライアは、細身の槍へと姿を変える。
 うつむいていた顔を上げれば、そこには将来有望な新人たちが目を輝かせて己のデバイスを手に自分を見据えている。
 まだ知らないひよっこたち。そんな彼らを、なのはは一人前に育て上げる。
 自分がその一端を担うことになろうとは思いもしなかったわけだが。

「まあ、まったりいきますか」

 は槍を肩に引っ掛けて、小さく笑みを浮かべて見せた。
 それが、どうも癪にさわったらしい。

「……ナメやがって」

 自分たち6人をたった1人で相手する割に、随分と余裕ある表情を見せているを目にして、フォルテは剣の柄を握る右手に力をこめる。
 自分の持つ力に自信があるからこその憤りだった。
 こと戦闘においては訓練校でも贔屓目なしでも高い成績を納めたし、毎日の鍛錬も欠かさずやってきたし、握られた物言わぬ相棒にだって絶対の信頼を寄せている。
 だからこそ今まで、同期の中でも負けたことは一度もなかった………………座学を除いて。
 だから、部隊に配属されても今までどおり力の使い方を間違えさえしなければきっと、負けることはないと思っていた。
 そんな自信を気にもとめていないかのように、目の前の上官は笑ってみせた。

 それが、フォルテにはどうにも許せない。

 自意識過剰になっているわけじゃない。
 自分より強い存在がわんさかいることくらい、よく知っている。
 だからこそ強くなろうと、配属されてからも真剣に訓練に励んだ……モチベーションも保つことができたのだ。

 そんな自分の心の奥底を見透かしているかのように、目の前の青年は笑っていた。

「上等だよ」

 そんな自信はしかし、真っ向から吹き飛ばされることになる。


「なんだよ、これ……!」

 だれもが、見誤っていた。

「攻撃が、当たらない!?」

 彼の力を、彼の力の使い方を。そして……

「残念。俺とガチでやるには、まだまだってところだ」

 ま、まったりいこうぜ?

 局員のだれもが敬遠していたデュアルデバイスの、本当の力を。


 ●


「―――やっぱり、まだ早かったかなぁ?」
「そうでもねーだろ。あのひよっこどもは、いずれ知らなきゃいけなかったんだ」

 なのはは、模擬戦の繰り広げられている訓練場を眼下に、そんな会話を交わしていた。
 相手は彼女と同じ、スターズ分隊の副隊長であるヴィータ。朱い髪の少女だ。
 かつて起きた大きな事件の当事者であった彼女は、なのはやフェイトと何度もぶつかり合い、話し、解決へと導いた。
 もっとも、犯罪まがいの行為を行いまくっていたので、それから数年は管理局の保護観察を受けながら、仕事に従事することになり今に至るわけだが。

「しっかし、いつもやる気なさそーにしてる割にハデにやってんなあ」
くんって、なんだかんだでちゃんとやってくれるからね」

 眼下を見下ろし、呆れたような物言いをするヴィータに、なのはは苦笑する。
 もちろん、フォローも忘れずに。

さんのことって、実は私もよくは知らないんですよねぇ……」
「まあ、そのうちわかるようになるはずだよ…………イヤでもね」
「は、はぁ……」
「……お」

 訓練場を操作するシャーリーの問いになのははどことなく漠然とした答えを返し、苦笑する。
 そんな中、ヴィータは一際強い風の流れを感じていた。
 彼の『風』だ。
 魔力そのもの変換し行使するそれは、局内でも一部の人間にしか持ち得ない特殊な資質。
 もまた、その名の通り魔力変換資質の持ち主なのだ。

「さ〜て、ひよっこどもはどうすんのかな?」



 疲れていた。
 朝昼晩と訓練漬けの毎日。特に、昼後から夕方にかけてが一番疲れが回ってくる時。
 なのはさんの訓練は厳しい。でも、今日は昨日より強くなれているような、そんな気がした。
 今日の夕練は、たったの15分。
 いつもに比べればだいぶ早い時間で終われるはずだったのだが。

「どうすりゃあ、どうすれりゃいいのよ……!?」

 そんなことを考えていたスバルは、隣で歯を立てるティアナを見た。
 表情は険しい。
 疲れに疲れて汗だくだ。
 もちろんそれはみんな……スバル自身も同じだった。

「同じなんだ」
「え? なにスバル!?」
「疲れてる私たち6人と、疲れてないさん1人。人数差を体力のありなしで埋めたんだよ、なのはさんは」

 対等に戦えるように。
 それでも、こちらは6人。今の自分たちなら、束になってかかればいい勝負ができるはずだと、少なくともそう思っていた。
 しかし、それこそが間違いだった。

「クイックシューター、ファイア!!」
「クロスファイア……シュート!」
「ウェイブ・エッジ!!」

 次に射出されたのは、三方向からの同時射撃。
 ブルーで彩られた魔力を具現した複数の魔力球。
 オレンジ色の魔力球。
 そして、大地を這うように迫る斬撃波。
 全部あわせても、その数は10をゆうに超える。
 近接戦闘をメインに戦う彼にとって、中長距離の射撃――特に誘導型の魔法は鬼門、撹乱されてもよいはずだったが、しかし。

『Turbulence』

 アストライアの声とともに、彼の周囲を目に見えない風が包み込み、その場から動くことなくすべての射撃魔法が明後日の方向へと飛んでいってしまう。

 全方位を守る彼の魔法。バリア型に属する防御魔法だが、それは『受け止める』魔法ではなく、彼を守り渦巻く風によって『反らす』ことを念頭に置いた防御魔法だった。
 射撃魔法なら反らした先に敵がいれば、間接的な攻撃も可能。
 ミドルレンジの近接魔法なら、対象である避けていく。それ以前に、ヘタに近づけば吹き飛ばされる。
 その分、一点に魔力を集中させた砲撃魔法や広範囲に影響が及ぶ広域攻撃魔法には弱いというという特殊なバリアを張る魔法だった。

 は模擬戦が始まってからずっと、その場を動いてすらいない。
 余裕ともとれるような笑みを浮かべて、新人たち全員を見回している。
 手に携えているのは細槍。エミリアのそれとよく似た、突くことを目的に作られたとも取れる穂先には緑の宝玉が埋め込まれていた。

「……っ」

 これが、隊長格。

 なのはのそれとは違う、格の違いを思い知らされたようだった。
 きっと、同じ隊長であるなのはやフェイトも同等かそれ以上。全力でかかられたら、自分たち6人など瞬殺できるのだと、悪態ついたフォルテは感じていた。
 デュアルデバイスについて、何も知らなかったことを思い知らされた……はずだった。
 でも、それは違う。

「タイムアップまで、防御しかしない気かよ……っ!」

 それどころか彼は、デュアルデバイスの一片すら出していなかった。

 の周囲を覆っていた風の奔流が消える。
 同じ魔法は、これで何度目になるかわからない。
 制限時間は15分……残り何分だ?

 特にペナルティがあるわけじゃない。
 訓練後に何かしなければならないことがあるわけじゃない。
 いくら格上の人間が相手とはいえど6人がかりでその場から動かすことすらできないことが、ただ悔しい。

 遠い。
 彼と自分との距離の遠さを、その身で感じた。
 でも、ひとつだけ許せないことがある。

「冗談じゃないっ!!」

 大剣の柄尻で、数回の微振動。
 リボルバー式のカートリッジシステムから、数発のカートリッジをロードした音だった。
 ストックされていたカートリッジはこれで底をついた。
 今からやるべきは、全力全開の一撃を加えることだけ。

 意地でも、一発通してやる……!

「フォルテ……」

 そんな彼の名前を呼んだのは、彼と今まで行動を共にしていたエミリアだった。
 訓練校時代からずっと面を合わせていたから、彼が今までになく動揺、焦っていることがよくわかった。
 数年の付き合いの中で、あんなにも悔しそうな表情を今まで、見たことがなかったのだから。

 今の自分たちが相手じゃ、あの人はまともに戦ってくれないことはよくわかった。
 彼のことだ。きっと、楽しようと思って守りに徹してタイムアップを待っているのだろう。
 ……一気に自分たちを戦闘不能に追い込んで、早々に模擬戦を終わらせた方が時間もかからないはずなのだが。
 きっと攻撃のためのエネルギーでさえも消費しないようにしているんだと思う。
 だったら、自分がやることは1つだけだ。

「いくよ、相棒……チャージ、アクセラレーション!」

 槍の穂先をに向けて、その先端に魔力を集束させる。
 ブルーの魔力が球体を模し肥大する。
 彼女に持てる最大の砲撃魔法。それを、多分、初めての高い高い壁に向かっていこうとしている相棒のために。
 魔力が渦を巻く。

「ディバイン……」

 それは、過去に見たなのはの砲撃魔法を真似て作った、今の自分の全力全開。
 以前、一度撃っただけでデバイスが壊れかけた魔法だが、それで誰かの助けになるなら、構わない。
 デバイスをなくすことになるだろうけど、次があるなんて思いたくないけど、今まで一緒に戦ってきたのにそんな薄情なことを考えたくはないけど。
 これも全部、仲間のため。
 そして何より、自分がそうしたいと思ったから。

「スマッシャー……!」

 フォルテが走る。
 真紅の魔力、高まりは最高潮。
 彼を包む力の奔流は、のそれ以上に熱く猛っている。
 やるべきは彼をの元まで到達させること。そのために、自分は。

「シュート!!!」

 あの柔らかくも堅固な守りを、突破してみせる。



「あたしだって……」

 スバルは全力を見せる2人を視界に納めて、開きかけた拳を再び握り締めた。
 15分という時間制限とか、そんな細かい話はどうでもいい。
 最初から、全力全開で攻撃に当たるべきだったのだ。

「カートリッジロード!!」

 吐き出される数発の薬莢。
 ナックルスピナーの回転をその手に感じながら、

「いっくぞおおぉぉぉっ!!!」

 スバルは猛然と、走り始めた。
 その隣で、ティアナは。

「……こういうアツいのって苦手なんだけどねえ」

 1人、冷静に争いの中心を望んでいた。猛然と突っ込んでいったのはスバルと、フォルテとエミリア。
 それであの人に有効なダメージを与えられるとは思えない。
 だからこそ、ティアナは保険が必要だと考えた。
 あのいくら攻撃しても受け流される柳のような防御を潜り抜けた先の、スキを狙うために。

(エリオ、キャロ! 聞こえてるわね!?)

 だからこそ、ティアナは先行した3人をも知らず組み込み考えた即興作戦を、まずは2人に伝えなければならない。
 時間がなさ過ぎるからこそ、シンプルかつわかりやすいたった一言で。


 ●


「お、本気でくるかな?」
『魔力の高まりを感じますね』

 四方から感じられる魔力の奔流。
 特に強い高まりは、自分の背後……エミリアの砲撃だった。
 なのはの主砲ともいえるディバインバスターによく似た青い魔力が、一直線に向かってきている。
 今までどおりの守り方では、守りきれない。

「それじゃ、そろそろ動きますか?」
『……動かざるを得ない状況かと愚考しますが?』

 そんなアストライアの言葉に苦笑しながら、は告げる。
 攻守をバランスよく立ち回れる、動きやすい形態への変形を。

 最初に到達したのは青い魔力光だった。
 巨大な魔力の奔流を目の前に、彼の行動は早かった。
 過去に同じような境遇にあったことがあるからこそ、取れる行動が限られていることも知っていた。
 以前のように、一度飲まれてから死に物狂いで抜け出すようなことなど、痛いだけで得なんかあるわけもない。

 だから、は。

『Sprinter』

 避けることにする。
 自身の持てる最速で動く魔法を行使し、速度のある砲撃を躱す。
 それを見越していたかのようにの移動した先……ちょうど進行方向の先に現れたに向かって、

「ハイペリオン……」
「っ!?」

 剣を振りかざす。
 彼の持つ、近接戦において最高の攻撃魔法。
 集中した魔力を帯びた刃を一思いに相手に叩きつける、バリアブレイク特性を持った斬撃魔法だ。
 振り上げられた剣から迸る魔力の塊は力強く、大きな威圧感となってに襲い掛かる。

「っ!」
『Storm Blade Gusted Shift』

 吐き出される2発のカートリッジ。
 の意を理解しているかのように、ロードの言葉もなく吐き出された2発の薬莢は宙を舞う。
 通り過ぎていく青の魔力光を背に、鬼気迫る表情をしたフォルテと涼しい表情のの剣が。

「ブレイバーァァァっ!!」
「んんっ……!」

 大きな音を立てて、衝突した。
 弾ける火花。拮抗する力と力。
 そして、通り過ぎた青い光の背後から。

「うおおぉぉぉっ!!」
「!?」

 長いハチマキをなびかせ飛び出した人影が、右腕を振り上げ迫る。
 もよく知る格闘術の達人にして、いつかの『母』の面影を残した娘の1人。
 装備されたナックルがうなりをあげ、カートリッジが排莢され、側面に装備されたスピナーが回転数を増す。
 握られた拳は堅く握られ、を襲わんと力がこもる。

「……いいね」
「!?」

 つぶやかれたのは、小さな声。
 拮抗していたフォルテは、その言葉に目を見開いた。
 小さく笑っていたのだ。その笑みはどこか、彼の心をざわつかせることもなく。どこかすとんと落ち着くような、人を安心させるような笑みだったように見えた。

「リボルバァァァ……!」
「でも」
『Solid Protection』

 の背後に展開されるバリア。
 彼は気付いていた。背後から迫る、スバルの存在に。
 展開されたのは緑の楯。

「キャノンっ!!!」

 目の前に展開された楯などスバルは気にも留めず、力のこもった拳を振りぬいた。
 衝突する拳と楯。轟音を立て、閃光が走り抜ける。
 思い切り力を込めた拳だ。楯にヒビが入るなどすぐのこと。

「……残念。アストライア」
『Yes, master。Dual Drive System……ignition』

 それすらも、は理解していた。もちろん、相棒のアストライアでさえも。
 今のままではいずれ数に押されて痛い目に遭う。
 だから、まずはこの2人から抜け出して、後続連中を無力化する。彼らの魔法やスタイルも理解済み……まったく、ヒマだからと名簿を眺めていたのがこんなところで役に立つとは。

 何がどこで役に立つかわかったモンじゃないよねえ。

『Whirling needles』

 のそばに浮かび上がる球体。
 デュアルデバイス特有の魔法陣で、カートリッジを消費して複数の魔法を同時に行使するための容量キャパシティを持ちうる、その名の通りを模したの魔法陣。
 デュアルドライブシステムと呼ばれる、10年前に確立したシステムにより具現する特殊な陣。
 そのシステムはそのものはデュアルデバイスの代名詞のような立ち位置にあり、存在そのものは皆が知っていた。
 もっとも、彼らがそれを目の当たりにしたのは今日が初めてだが。
 そのためかスバルもフォルテも、突然現れた無数の緑の短槍に驚きを禁じえない。
 風を纏い螺旋を描くその穂先はすべて、2人に向かっており……

「うっ、ウソォ!?」
「っ!?」

 もはや、躱す術はない。
 そして。

「外の連中も、一緒にやっちゃうぞ」
『O.K.……Cartridge reload and additional needles』

 その言葉に、目を丸めたのは言うまでもないだろう。
 彼は2人の攻撃を受けながら、その他の人間の動きまで理解していたのだから。



「アイツ、また腕上げてんな」
「……そうだねえ」

 一部始終を見たヴィータは、感想としてそんな言葉を出していた。
 がなぜ新人とはいえ同じランクの人間相手に優位に立てるのか。
 戦い方が巧いだけではなく、魔力の運用方法に特徴があるといっても過言ではないだろう。
 ここ数年でもともと燃費の悪いアストライアの運用効率を改善したが、まだまだ不満点は多い。それを補うために、慣れない考え事をしたこともあった。
 戦闘中でさえも魔力を集めてみたり、無駄に魔力を消費しないように極力近接戦に持ち込んでみたり、荷物になるがカートリッジのストックを多めに持っていってみたり。
 そんな試行錯誤の結果が、今の彼だった。

「魔力を少しも無駄にしない魔力運用。近接魔法でも砲撃魔法でも、無理なく無駄なく魔力を使うこと……普通の局員じゃ、きっと難しいね」

 つぶやきながら、なのはは時計をみやる。
 ちょうど15分。訓練終了の時刻だ。同時に訓練場を見てみれば、太い煙が立ち上っている。
 中空に浮かぶモニターを見やれば、彼の射撃魔法ををまともに喰らったスバルとフォルテは訓練服もボロボロになっており、全員が息を荒げて汗を流している。
 逆に、相手をしているはずのは無傷。ほのかに汗が浮かんでいるものの、表情に焦りはない。
 涼しい顔で彼らの中央で立ち尽くしていた。

 ともあれ、訓練はここで終わり。
 みんなきっと、デュアルデバイスの……というか、が隊長たる能力の高さをわかってくれたことだろう。
 彼の行動やら言動やらが、新人たちの中でもあまりいい印象がなかったようにも見て取れていたから。
 それが特に、ティアナやフォルテから感じられた。

 ……日ごろの行いが悪いんだね。

 なんて、思ってみたり。

「はぁい、模擬戦終了ー! みんなお疲れ様ぁ〜」




 なのはの声が聞こえた。
 やっと終わりだ。ああ帰れる。今日は疲れたさっさと風呂入ってさっさと寝てしまおう。
 アストライアをウエイトフォームであるキーホルダーに戻し、腰に装着。
 着ている服もバリアジャケットから管理局の制服に早変わり。
 ぼりぼりと頭をかき乱して、帰る気はマンマン。

「やー、新人諸君。おつかれさん……明日からまたなのは鬼教官のシゴキが待ってるだろうから、今日はゆっくり休みなよー」
「は、はいっ」

 なんだかんだで、全員がボロボロになっていた。
 特にフォルテとスバルは、の射撃魔法をモロに受けてしまったこともあり、着ていたシャツの裾もボロボロだ。
 そして、後続で攻撃を加えるはずのティアナ、エリオ、キャロは。

「な、なんていうか……あたしらの行動まで、全部筒抜けだったなんて」
「信じられないです……というか、人間業じゃないような」
「(こくこくこく)」

 エリオのつぶやきに同調するかのように、キャロはこくこくこくと高速でうなずいてみせる。
 スバルとフォルテの攻撃を受けながら、その背後で動いていた自分たちを正確に補足して射撃魔法を放って見せた。正確に標的である自分たちを捉えていたわけではないが、いくつも具現していた魔力槍のいくつかは自分たちに向かっていたのだから。

「デュアルデバイスは燃費がすこぶる悪いこと、知ってるでしょ? だから、それをどうにかしようとした結果だよ」

 デュアルデバイスを使うようになれば、みんななるって。

 そんな答えを口にして、は再び笑ってみせる。
 詳しいことはようわからん、なんて言っている言葉にウソなどなく、彼が知識ではなく感覚で魔法を使っているのだと理解できる。

「ま、みんな頑張ってると思うよ。スバルもティアナも、エリオもキャロもエミリアも……フォルテ、君もね」
「え……?」

 フォルテの肩をぽんと叩く。
 彼が自分に対してあまり良い感情を持っていないことはなんとなくわかっていた。
 こんな性格だ。初見の人なら、いい印象を持つ方が少ないだろう。だからこそ、彼は武装隊の中でもヒマな部隊に所属していたのだ。

「デュアルデバイス、使うかどうか迷っているなら……まあムリに使うことはないっしょ。こんな使い勝手の悪いデバイス、使いたいと思う方がおかしい」

 自分が使ってるデバイスなのに、なんてツッコミは誰もしようとすら思わない。
 なぜなら。

『なんでそんなこというんですか。私のおかげで何度、貴方は生き延びてきましたか?』
「わかってるよ。でも今更だろ、そんなのさ」

 相棒でありデュアルデバイスであるアストライア本人(?)が思いっきりつっこんだからだ。
 しかも、使用者であるよりも優位に立って。
 そんなやり取りの中で感じられたのは、が自分の相棒であるデバイスに口で勝てない、ということくらいだった。

『貴方の無茶にどれだけ、私が心労を重ねたと……』
「あーあーわかったわかった。感謝してるよアストライア」
『はぐらかさないでください。今日という今日はとことん話をさせてもらいます。…………タイミングのよいことに、新人たちもいるわけですし』
「うわ、なんてえげつない」

 しかも、まるで仲の良い有人のようなやり取りをする1人と1機に、新人たちは目を点にしていたことは、言うまでもない。

「ともあれ、お前さん方がこれからどう強くなっていくか……楽しみに見させてもらうよ」

 それが楽しみだからねえ。
 失敗もいいし、怒られてもいい。それがどう影響して強くなっていくか。
 人の成長を見ることが楽しみなんて老後の考え方をしている彼だったが、新人たちに背を向ける青年の姿をただ、彼らは見ている他なく。

「ほれほれ、おいしいメシが待ってる。まずは汗、流してきなよ」
『は、はいっ!!』

 そのに声をかけられるまで、行動を起こすことすら忘れていた。



 の背後をついていくように隊舎へ戻る中、エミリアは1人、肩を落していた。
 その手には彼女の愛槍。
 つい今しがたまでキレイに磨き上げられていた彼女の相棒が今や、ヒビだらけの無残な姿になってしまった。
 この状況じゃきっと、次に魔法使ったらあっという間にばらばらになってしまうだろう。

「どーしよ」

 頼んでいるデュアルデバイス、まだ受領できないだろうなあ。

 そんなことを考え、エミリアは小さくため息をついた。
 そして。

「みんな、おつかれさまー」
『お疲れ様ですっ!』

 隊舎で出迎えたなのはを視界に納めて、はエミリア同様小さくため息をつく。


 ――こんなの、もうゴメンだよ?


 そう目で訴えてみれば、返ってきたのは。


 ――残念♪


 ホント、えげつないなぁ。



ちょっと長かったですかね? ともあれ、第05話でした。
今後、彼はなのはの教導を手伝うことになります。
エミリアのデバイスについては、ちょうどいい感じに次へつなげられそうですし。
エリオとキャロがかなり影薄くなっちまいましたが、ただでさえ登場人物の多いこの作品です。
多少の妥協は承知の上です(滝汗。


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