「あ、あのぉ……」 静かな廊下に響く靴音を遮るように、少女は先頭を歩く青年に話しかけてみる。 厳しい厳しい訓練がようやく終わって、心身ともに疲れきっている中での呼び出し。 未だぺーぺーである自分たちに、一体何の用だというのか。 汗だくでキモチワルイ訓練服のまま、少女――エミリアは抱いた疑問を解消するべく、声をかけたわけだが。 「ん〜……?」 なんとも、エミリア以上に疲れたような表情をしていたりした。 明かりが少ないせいか、どことなく顔色も悪い。 だからか。 「だ、大丈夫……ですか?」 つい、心配せずにはいられなかった。 自分はただ、死ぬほど疲れているだけだら別にいい。休みさえすれば、回復するのだから。 それに、訓練そのものだって今日、始まったばかり。 弱音なんか吐いてなんていられない。 そんなエミリアの心配そうな問いに、青年――はきょとんとした表情になると、何も言わずに頭を掻き掻き、ばつが悪げに苦笑して見せる。 「や、特になんともないさ。ただ、今を憂いていたというかなんというか」 「は、はぁ……」 今の自分の立場に。 目に見えて忙しくなってしまった今回の出向の意義に。 それを強いた若き部隊長の高すぎる手腕に。 「ともあれさ。ちゃんと挨拶、してなかったろ……元気そうでなによりだ、エミリア」 突然の不意打ち。 タイミングとしては、まさに絶妙。 初日からしっかりとした挨拶もできないまま、高町教導官の仕切る訓練が今の今まであったのだから。 だからこそはまず、隊舎へ来る道すがら、新人全員の名前と顔を覚えることにした。 さすがにいつものように『面倒くさい』なんて言っていられない立場になってしまったのだから。 それでも、エミリアは。 「……はいっ、さんも!」 出会いはあまり悲しくて、つらくて。面と向かって話をしたこともほとんどなかったというのに。 彼の仕事の上で、少し関わったくらいだったというのに。 自分のことを覚えていてくれたことが、ただ嬉しくて。 「……あー、久しぶりで嬉しいのはよーっくわかったんスけどね」 呆れたような声で横から割って入ってきた声に、エミリアの華奢な身体は驚きにびくりと震えた。 同僚を完全に忘れていた証拠ともいえる反応の仕方に、少年フォルテはため息をつきつつエミリアを一瞥すると。 「俺らを連れてきた目的、そろそ〜ろ話してくれてもいいんじゃないスか?」 エミリア自身、最初に聞きたかった疑問を、に向けてぶつけてきていた。 正直な話、も早いトコ仕事を終えて帰りたかったから、理由も話さずここまで来てしまったのも事実。 目的地はもう目と鼻の先なだけに、早足になってしまっていただろうか? ……なんて、そんなことを考えつつ。 「なに、簡単なことだって」 2人を安心させるように、にかと笑ってみせる。 「お前さんたちは、他の新人たちよりもちょっとばかり特殊だからねえ……ほら、でば」 ようやっと、自分たちの知りたかったことが聞けるとばかりに、聞き耳を立てていた2人だったが。 「ちょ、ちょっと待って待って!!」 背後から聞こえたどたばたという足音と、3人を呼ぶ少女の声でぴたりと止まった。 もまた、出そうとしていた言葉を飲み込んで、視線が声の方向へと向かう。 その先にいたのは、初日からぼろぼろの訓練服に、青い短髪。 走ってきました、とばかりに中腰で荒がった息を整える彼女は。 「……タイミング悪すぎ」 「スバルっち、もうちょっと空気読もうよ」 同僚たちに、白い目で見られたり見られなかったり。 「え〜っ!? なんだよぉそれ〜!」 魔法少女リリカルなのは The Another StrikerS #04 「いらっしゃ〜い♪」 自動扉が開いた先では、2人の女性が満面の笑顔で来訪者たちを迎えていた。 周囲に見える様々な機材は、武装局員として訓練校を出た自分たちにはまったくもってわからないものばかり。 正面に鎮座する台座には小さな宝石が浮かび、なにかの駆動音が小さく、一同の耳に届く。 「私たちのお城へようこそ。未来のストライカーさんたち♪」 ここは、機動六課専用のメンテナンスルーム。 隊長陣を含め、フォワード部隊のデバイスメンテを一手に引き受ける、バックアップの最たる空間であった。 「あ、俺もういいよね? じゃ俺は帰」 「ダメよ。アンタはこのコたちにしてあげることが、山ほどあるんだから」 「……」 うきうきと帰宅準備を始めたに下る、情け容赦ない一撃はクリティカルヒット。 出鼻をくじかれ、がっくりと肩をおとす姿は、誰が見ても残念そうに見えた。 ちなみに、にそんな強烈な一撃を加えたのが、彼の同僚であるシフル・レインズ。デバイスマイスターの資格を最年少で取得し、構造の複雑なデュアルデバイスのメンテすらやってのける、凄腕のエンジニア。 そして、彼女の隣で笑うメガネの女性は、シャリオ・フィニーノ。なのはと新人たちの訓練をサポートする立場であると同時に、彼女もまたデバイスマイスターの資格の持ち主で。 「疲れてるのにごめんネ。2人には、ちょっと話をききたかったの」 シャリオ――通称シャーリーは、シフルとのコンビを尻目にエミリアとフォルテに笑いかけて見せた。 「話っていうのはね、キミたちの新デバイスのことだよ」 「「……はい?」」 今使っているのは、どちらも自作のデバイス。 近代ベルカとミッド。それぞれ違いはあるものの、どちらも素人の作ったものだけあってか、構造にはムラが大きい。 それはスバルのローラーブーツやティアナのアンカーガンも同様だが。 「キミたちは、ちょっと特殊だからね」 スバル、ティアナのコンビとこの2人の違いは、それぞれが持つ考え方にあった。 近代ベルカとミッドの魔法を、ずっと使い続けようとしている2人と、新たな世界へ飛び込もうとしている2人。 どっちがどっちかなど、言うまでもないだろう。 「確認だけど、2人はデュアルデバイスを使いたい、ってことでいいよね?」 「は、はい……」 「そうッスね。まあ、そんなにすぐにって考えはなかったけど」 エミリアとフォルテは、と同様にデュアルデバイスを使いたいと、配属前の面談で強く言っていたから。 だからこそ、メンテナンススタッフのリーダーであるシフルとシャーリーは、を使って2人を呼び出したわけになる。 「もし、これからもずっとデュアルデバイスを使っていくつもりなら、ここで作っちゃおうと思ってるの」 ミッド式とベルカ式の両方の魔法を扱えるデュアルデバイスは、ずば抜けたスペックの高さに比例して、玄人向けのデバイスというのが今の常識。 だからこそできる限り長く使って経験を積むことが、デュアルデバイスを扱う上で必要不可欠なことなのだ。 生半可な希望だけでデュアルデバイスを使おうなど、お門違いもいいところ。 そんな理由があるからこそ、デュアルデバイス専属スタッフであるシフルは今一度、2人に言い放つ。 「約束して……そして、認識するの」 デュアルデバイスを使うなら…… 向こう10年は絶対に他の魔法系統へ鞍替えしないこと。 訓練でも戦闘でも、最初はまず『上手くいかない』ことを前提に考えること。 デュアルデバイスは大器晩成型。著しい成長は見込めないこと。 とにかく、ベルカ式やミッド式のように系統に偏った考え方ができなくなるからこそ、効率のよいトレーニングの仕方が確立していないのが現状だったから。 「すぐに強くなることなんてできない……少しでも早く強くなりたいって言うなら、デュアルデバイスはオススメしないわ」 とにかくまずは、今までと違う環境に慣れること。 勝手の違いを受け止め、適応していくこと。 そしてなにより、焦らず、あきらめない。 デュアルデバイスという未踏のセカイへ足を踏み入れる彼らにまず、必要なのは。 「デュアルデバイスは『忍耐』の象徴。でも、その果てにあるのは……」 シフルはそこで言葉を止め、視線を扉に寄りかかって大きなあくびをするを見やる。 その行動が、すべてを物語っているように2人は感じた。 思い通りにいかない現実に耐え、なかなか伸びない自分に耐え、2つの系統に頭をこんがらがらせることに耐える。それさえ越えた先にいるのは…………自分たちの上司であるその人なのだ。 彼が巷でどのように呼ばれているのか。良くも悪くもそれを知らない2人ではない。 思い描いた理想……とは違うのかもしれないが、 「ん〜……」 フォルテの表情には、どこか釈然としない色があった。 たしかに、訓練校で話を聞いたときにはデュアルデバイスを使いたい、という漠然とした思いがあった。 なにせ、ミッド式ベルカ式にこだわらずに魔法を構成できるのだから。 スペックの高さや機構の複雑さは理解しているし、どっちつかずで中途半端なデバイスであることは認識しているが、それでも純粋に使ってみたい、と思えた。 でも。 「……なあ、シフル。俺、外に人待たせてんだけど」 「もうちょっとだから待ちなさいって! 5分で済むから5分で」 「そんなことばっか言って、結局もう10分以上経ってんだけど」 「仕方ないでしょこっちにも都合ってモンがあるんだから! てか、10分くらいでぐだぐだ言わないの!」 「ええー」 「口答えしない! ……たく、いつまで経ってもお子様なんだから」 先ほどのげんなり表情や、今の光景を見てしまっては、信じようにも信じられない。 そんな感情が彼の中を渦巻いて、はっきりした答えを出せずにいた。 本当にデュアルデバイスを使ってよいものか。使っていくべきなのか。 そもそも、彼は今まで、の武勲というものをまったく、聞いたことがなかったのだ。 だからこそ余計に、真正面から信じられることができなかった。 「フォルテ……?」 エミリアはフォルテの中途半端な表情に小首をかしげる。 彼女はかつて、のあの性格の中に巧妙に隠されている『本質』を目の当たりにしていたからこそ、正面から彼を信じられた。 ――もっと踏み込め、もっと心に入り込め。 今の自分があるのも、彼の一言があったから。 ――彼のように在ろうするなら、それ相応の努力が必要よ。 今の『母』の示した1つの道があったから。 この言葉が、彼を自分にとっての永遠の目標ともいえる存在に昇華させた。 飄々とし、面倒くさがりな性格の裏に見え隠れする彼の『本質』。 それは転じて、彼の過去であった。 親のいない自分、仲のよい友達のいない自分――――たった1人だった自分。 そんな彼が1つの答えを得たのは、まだたった10年ほど前のこと。 「あー…………」 そんな経験がしかし、フォルテにはまったくないのだ。 ただ素質があった。魔法というものにあこがれた。だから、管理局に入局した。 だからこそ、信じられなかった。 自分との力の差を。 しかも、デュアルデバイスの敷居の高さを耳にして、正直な話、揺れていた。 本当にデュアルデバイスを自らの相棒としてしまってよいものかと。 「フォルテ君?」 シャーリーの声にどうしたものかとうろたえた挙句、 「すんません。デュアルデバイスの話はもうちょい……待ってもらえないスかね?」 どことなく、雲行きの怪しい答えを返してしまっていた。 ● ……ようやく、開放された。 ついさっき自分たちを呼び止めたスバルを待たせるころ20分ほど。後5分後5分と言われつつ、随分と先延ばしにされてしまった。 デュアルデバイスに件について、フォルテはシャーリーに「もう少し待ってくれ」と答えを返すと、その後は何も言わずに部屋へと戻っていった。エミリアはというと、なんだかんだでやる気マンマンらしく、今もまだシフル・シャーリーの両名と打ち合わせ。 なんでも、メインとする魔法体系や、戦闘のスタイルを決めねばならないようで。 長くなるからと、自分はようやっと解放されたわけだ。 「お待たせお待たせ。退屈だったろ?」 「いや、別に大丈夫だ……ですけど」 メンテナンスルームの外で待たせていたスバルは、あははー、と空笑い。 初日からつかれきってて、身体は少しでも早い休息を求めているはずなのに、彼女は律儀に待っていた。 「無理に待ってなくてもよかったのに」 「だって、にぃ……じゃなくて、さんと話したかったから」 こうやって面と向かって話をしたのは、何年ぶりだろうか。 母親が死んで、自分も大きなケガを負って、挙句の果てに部署を配置換えされて。 結局、ナカジマ家とはまったくもって疎遠になっていた。 理由はきっと、それだけじゃない。 無意識に、避けていたのかもしれない。行ったときにはなにもかも遅くて、みすみす仲間を死なせてしまった。 その仲間というのも、このスバルの母親。 助けられなくて、目の前で死んでいくのをただ見ているしかできなくて。 「……おろ」 ……不覚。 ガラにもなくくそ真面目なことを考えてしまったじゃないか。 スバルが見ているまん前で、は小さくため息をつく。 「さん?」 「おろろろろ…………あー、まあいいか」 ネガティブ思考はボコボコにして簀巻きにして遠くの海へぶん投げる。 呼吸ができず顔色青い『ネガティブ思考』に情のかけらもなく、苦しくてもかけられる懇願の声をサクッと無視して、全身の筋肉を総動員して天の果てまで投げ飛ばす。 『ネガティブ思考』はどこか脱力するような腑抜けた声を垂れ流しながら、天に輝く星になった。 「懐かしいな……8年ぶりか」 そんな光景を脳内展開しながら、細かいことを考えるのは、もうやめた。 必要なのは今、こうして。 「久しぶりだなあ、スバル」 久方ぶりの再会を喜ぼうじゃないか。 仲間であり、母であった女性の面影を残し、誠実に健やかに成長した少女との再会を。 以前の内気な彼女はまったくもって見られないことに一抹の驚きを感じたのは、つい今しがた。 ―――ちょ、ちょっと待って待って!! かつての彼女では出しえなかった、元気で活発な、大きな声。 訓練で見せたシューティングアーツの技の数々。ひたすらに前を見て走る姿は、かつての仲間を彷彿させる。 そんな彼女は。 「……うんっ!」 心の底から嬉しそうに、笑っていた。 |
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