夜の帳が、海鳴市に訪れた。 12月も中盤にさしかかり、寒さも厳しくなったこの時間。とある公園に人影があった。月明かりに照らされ、鮮やかな色を際立たせる複数の人影。 赤、金、朱、青。そして、その人影よりも背丈の低い影がもう1つ。 「悪いな、突然」 その人影が、声を発した。 月明かりによってあらわになるその顔は、まだ年端も行かぬ子供のもの。しかし貼り付けられた笑みはむしろ、成人間際の大人の表情と変わらない。 普段は飄々と、掴もうとしても掴めない風のような雰囲気をかもし出す彼の笑みが、今は普段のそれからは想像もつかないような緊張感が漂っていた。 貼り付けられた笑みの中に爛々と輝く黒の瞳はしかし、笑っていない。むしろ、鋭い眼光を色持つ人影に向けられている。そしてその刺すような視線に、彼ら……彼女らは驚きを得る。 それは、覚悟を決めた者の目。見て、聞いて、感じて。考えに考えを重ねて考え抜き、自分だけの答えにたどり着いた者の目。 その目に、4つの人影は目を見開いた。 「……いや、いい」 「っ!」 赤――シグナムが少年の言葉に答えを返す。 笑みを浮かべたままの彼の言葉の節々に感じる緊張感が、それほどまでに彼を真剣にさせているのだとわかったから。 普段彼に食って掛かっている朱色――ヴィータもまた、口を挟むことをためらっていた。目の前の自分よりも若干高い背丈の少年が、どことなく自分たちの将と同じ『気』をかもし出していたからか。あるいは、普段と180度違う少年の雰囲気に呑まれてしまっているのか。 忌々しげに軽く歯を立てる。 雰囲気に飲まれつつある自分に。そして、自分に言葉を返してくるはずの少年の、あまりの変貌ぶりに。 「それよりも、何の用だ。我々をこのような場所に呼び出して?」 青――獣形態のザフィーラがトーンの低い声を出す。 少年のただならぬ雰囲気が、彼をそうさせた。そうせざるを得なかった。 今、自分の目の前にいる少年はいつもヴィータの暴言を完膚なきまでにスルーしまくっている、そして主のためにと手を貸してくれている少年とは違う。 獣としての本能かあるいは、騎士――守護獣としての第六感か。どちらにせよその強い感覚が、強く強く警鐘を鳴らしていた。 だからこそ、彼は言葉の真意を探るために、本題に入った。 もうすぐクリスマス……いや、はやての命の漠然とした制限時間。書の完成を最優先に行いたい自分たちの立場を知った上で、その行動に待ったをかけたその真意を。 「……まず、1つ。俺らの拠点が管理局の次元航行艦に移ったよ。これから、捜査網はより厳しくなる」 今まで滅多になかった、管理局側の変化。情報を流すという約束を守り、彼はまずその言葉を口にした。 無論、 「局の中でも指折りの殲滅力を誇る魔導砲、アルカンシェルを積んでな」 彼女たちにとって脅威になるであろう大型砲の搭載も報告する。少年も詳しいことは知らないものの、その威力がどれほどのものかは想像がついていた。 そして、アルカンシェルはただ闇の書の主を消滅させるためだけに使うということも。 過去の事例が事例だけに、管理局側はそうせざるを得なかった。 広い広い1つの世界が消えるのを阻止するならば、たった1人の人間を消滅させる。永久封印ができない闇の所だからこそ、それ以外の手段は存在しないのだ。 「……でも、俺が言いたいのはそんなことじゃないんだよ」 病院で見て、本人の口から聞いて、今後の行動方針を考え、決めた。 そしてまだ、彼女たちの口から聞かねばならない。確実性の高いソースから得た、闇の書――夜天の魔導書の真実についてを。 しかし、それ以前に。 「君らさ……本当にはやてのこと、考えてあげてるか?」 彼女たちの行動の根底にいる1人の少女が今、なにを思っているのか……その思いそのものを彼女たちが知っているのか。 少年――はまず、それだけが知りたかった。 魔法少女リリカルなのはRe:A's #36 「我々が……?」 その問いは彼女たちにとって、まさに愚問とも言えるだろう。優しいはやてが今、闇の書の侵食によって苦しんでいるのだ。そしてそれを救い出すために今、彼女たちは動いている。 ……それがはやてにどれだけ寂しい気持ちにさせているのか、知りもせずに。 「なにふざけたこと言ってんだよ? アタシらちゃんと、はやてと一緒に……」 「本当に?」 「……え?」 ヴィータの答えをさえぎって、は視線を彼女へと向ける。向けられた涼しげな視線にたじろぐ。 さらに思考を過去へとめぐらせてみれば、自分たちは本当にはやてとずっと、一緒にいたのだろうかと疑問が浮かぶ。 「本当に、ちゃんと、はやてと一緒にいると? 」 「た、たりめーだろ!?」 ヴィータのそんな答えを聞いて、は視線をシグナム、シャマル、ザフィーラへと向ける。刺すような視線に肩を竦めた。それをは肯定と取ってか、表情に影が宿る。彼の問いにうなずいた……否、うなずいてしまった彼女たちはやはり、はやての気持ちを少しもわかっていなかったのだと確信してしまったから。 「闇の書の本当の名前、知ってるか?」 「え……本当の、名前……?」 シャマルに、そんなことを問うてみる。 突然質問を振られてうろたえるシャマル。そんな様子を気にすることなく、むしろいたたまれない表情で身体を縮めてしまう。 言葉が帰ってこないところをみるに、きっと闇の書に本当の名前が存在していることすら知らないのだろう。 彼女たちは闇の書の主を守る守護騎士。その存在イコール書そのもの。 それならば、と1つの考えが結論に至り、無限書庫でのユーノの報告どおりだと思わず苦笑。 ―――ああ、そうか。 「もう……終わりだね」 「……なに?」 そう。終わりだ。 まったく、何で今までこんなことに付き合っていたんだろう。 「はやての気持ち……君らはこれっぽっちもわかってない」 彼女たちの言葉を聞いて、はやての言葉をも耳にしたにはもはや、取るべき行動はたった1つだった。 「なにを、言っているの?」 「闇の書は壊れてる。もう直すのは不可能。そして、君らが必死になって溜めてきた闇の書のページはぜ〜んぶ、破壊のために使われる。その力ははやての身体を喰い破って、そんでもってこの世界はおしまいさ」 「それはありえない。我々は闇の書そのものだ。間違いはない!」 「その認識自体、すでに間違っているものだとしたら……シグナム、どうよ?」 その言葉に、シグナムは押し黙る。信じていたものを根底から否定されて、あまつさえ自分たちの行動が世界の破滅への引き金になると少年は言う。彼の言動が今まで行ってきた行動以前に、彼女たちの存在をも否定した。 それこそ、彼女たちの逆鱗に触れないはずもない。 「やはりお前も……我らの願いを理解してはくれないのだな」 シグナムの表情に殺気が宿る。羽織ったコートに炎が灯り紫電の甲冑へと変じる。 右手に剣を、左手に固く握られた拳を。 すべてを知る彼に今、この場から離れてもらうわけにはいかない。 「少しでも、信じた私がいけなかったのかしら」 「すまぬが……お前を管理局に帰すことがもはや、できそうにないな」 シャマルのその手にペンジュラム、身体を淡い翠が覆い、ドレスのような装飾すら施された甲冑に包まれる。 いつものおだやかな表情はなく、険しい顔がの目に映っていた。 そしてザフィーラも。獣から人へ、両の手には拳が固く握りこめられて。 「アタシは……っ!」 ヴィータの小さな口に歯が立てられ、金槌を模したキーホルダー状だったそれは一振りの鉄槌へと変わる。 そしてどこか煮え切らない表情のまま、身に纏う服が真紅のドレスへと変わっていく。 もはや話し合いの余地はない。 しかし、言っておきたいことがないわけでもない。 彼女たちの主があれほど苦しんで、自分に向けてあれほどの慟哭をぶつけてきた。その事実を知らせなければならない。 彼女たちはそれを、知る必要がある……いや、知るべきだ。 「はやてが苦しんでるのに……はやてが泣いてるのに!!」 彼女たちが闇の書のページを集めれば集めるほど、はやての病状が悪化の一途をたどっている。 つらいこときついことを、頑なに隠してしまう性格だから。もっと、しっかり見ていてあげねばならなかった。しかし、目の前でそれぞれの武器を手に取った彼女たちは、それすらもできなかった。彼女の侵食を防ぐためにと、世界中をを飛び回っていたから。 主のために、主を蔑ろにするなんて。 「……最悪だ!!」 『Stand by Set UP!!』 シンプルなアクセントのある、白いバリアジャケットへ服装が変わる。そして、その手には細身の剣。 もし、言って泊まらないというのなら…… 「力づくでも、止めてやるよ―――!」 「もう、退けん。退けないところまで、来てしまったのだ……ならば、前に進む以外に道はない!!」 展開する結界。外部との連絡を封じるため、シャマルがクラールヴィントを操り念話を防御。そして、シグナム、ヴィータ、ザフィーラの3人は。 「はああああっ!!」 「邪魔、すんなぁ―――っ!!!」 「おおおっ!!」 己の責務を……いや、己の願いを成就させるために……たった一つの願いのために、剣を取った。 そしてそれは、も同じ。 結果はただの自己満足。自分勝手な願いであれど、彼女に自分と同じような思いをさせたくはない。そう、4人の守護騎士たちと出会う前のような思いを。広い家にたった1人。小さな世界とは言えど、はやてにとってはどれほど大きな世界だろうか。 せっかく、何の前触れもなく舞い降りてきた幸せを享受したい。そう思うのは、はやてだけじゃないだろう。もまた、それは同じ。……もっとも、そんな幸せが目の前にやってきたことなんか一度もなかったりもするのだけども。 実際、彼女たちの気持ちはわかる。 しかし問題なのは、その手段だ。どんな手段もいとわず、犯罪まがいの行動をとってでも書を完成させると。何者かの手によって改変された書のページだけを、ただただ集めると。 でも、その行動が肝心のはやてを寂しがらせてしまっては、元も子もない。 管理局に助けを求めろとは言わない。言ったところでかなり危険な部類にランキングされている闇の書だ。上層部だってその力に恐れて、四の五の言わずにはやてごと封印してしまうだろう。 だからこそ彼女たちは管理局にきづかれないように動いて、完成まで後一歩というところまで来たのだ。シグナムの言うとおり、後には退けないところまできてしまった。 だからもう、やることはたった1つ。 自分たちが今までしてきたことを、最後まで貫く。騎士としての誇りすら捨てた彼女たちの、それは騎士としての最後の気概だといえるだろう。 「アストライア、今回は遠慮しないからね。最初から飛ばしていくぞ!!」 『何を言いますか。私はいつでも全力全開ですよ……!』 小ぶりの刀身が風を纏う。 寂しさも、怒りも悲しみも。すべてを吹き飛ばさんとは1人、4人を前にアストライアを振り構えたのだった。 |
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