風が、頬を撫でる。
 空は澄み渡り、果てのない蒼が無限に広がっている。
 そんな清々しい空の下で……

 1人の青年がどんより黒いオーラをまとって、地面から出っ張った岩に腰を下ろしていた。

 少し大きめで白い襟付きのシャツに、紺の長ズボン。
 腰には茶褐色のベルトが2本、ゆるまったままクロスして着けており、空気に晒されている左側のベルトには黒塗りの鞘に納まった一振りの刀。右側には小さなカバンのような袋がぶら下っている。
 髪は黒。前髪は額の真ん中から分けられ、そこからのぞく瞳は黒を基調とした赤い色をしていた。

「はぁ……」

 名前は 。リィンバウムで起こった数々の災厄に立ち向かい、生き抜いてきたゴキブリのような生命力と信じられないほどの凶運をあわせ持つ青年だった。
 そして、天性の巻き込まれ体質であった。
 今、彼が1人でここにいるのも実は巻き込まれた結果だったりする。

 では、今の状況となる数日前に遡ってみよう―――
















〜!」

 叫びながら駆けてくるのは、赤い髪の女性だった。
 白い帽子に同色のマントをはおり、メガネをかけている。

「アティじゃないか。俺に何か用事か?」

 彼女の名はアティ。
 帝国領海沖に位置する『忘れられた島』で教師をし、島の守護者でもある女性だった。
 彼女にはよく似た弟がいるのだが、2人とも同じように教師をしており、ひっくるめて『抜剣者(セイバー)』と呼ばれていた。

 かなり急いでいたのか、肩で息をする彼女を見て、は何があったのかと立ち上がる。

「じ、実は……」

 悪魔王メルギトスとの戦いの際に世界中に撒き散らされた源罪(カスラ)の影響で、島によろうとしていた戦友である海賊一家が海上で立ち往生していると言う話。
 そんな彼らを助けるために、島から誰かが行くことになったのだが、四界の護人である4人は島から出ると戦うことができないし、先生2人も島で仕事がある。
 といった理由から、唯一ヒマを持て余していたに白羽の矢がたったのだ。

「よし、わかった。早速準備するぞ、って……そういえばメイメイはいないんだっけ」

 以前道具や武器などを売ってくれていた酔いどれ占い師メイメイさんだが、彼女は今島にはいない。
 よって、準備もあってないものだったのだ。

「ユエルは?」
「あの子だったら、今はヴァンドールに行ってるのでは?」

 とユエルは、以前の戦いで護衛獣だったメイトルパの亜人ユエルは紆余曲折の末に再会したのだが、再誓約を施してはいなかった。
 ぶっちゃけた話、その方法がわからなかったのだが。
 出会ったときからにべったりだった彼女も、今では自分の意志で行動し見聞を広げている。
 そのため、今島の中にはいなかったのだ。

 アティのそんな答えを聞いて、は「そうだった」と頭を掻く。
 召喚主として、また彼女の友人としては彼女の成長を嬉しく思っている反面、今まで一緒にいたという習慣が抜けず、つい彼女のことを聞いてしまっているのだ。

「アルディラが設計して、ヤッファさんやキュウマさん、他にもみんながが船を作ってくれましたから」

 それに乗って行ってくださいね。

 その言葉を信じきって、意気揚々と船に乗り込み島を出たまではよかったのだが。







「しかし、なんだか荒れてるなぁ……」

 そういや、前からこうだったっけ。

 が島に戻ってきてから、空も海もどことなくおかしかった。
 特に異常があるわけでもないのに波が高かったり、冬でもないのに雪が降ったり。さらに、空は晴れているのに大雨が降って稲妻が轟いたり、頻繁に強い地震が起きたり。
 しまいには島の木々が徐々にだが元気を失っている始末。
 異常としか言えない状況で原因すらわからず、対処のしようがなかったのだ。


「どうわぁっ!?」


 そして、今日も波は高い。


「ぎゃーすっ!?」


 そして、完璧に設計された船に小さな穴が1つ、2つ、3つ。
 さらに浸水。


「沈むっ、沈むっ!!」


 慌てて水を掻きだすが、気休めにもならず、


「ぎゃぁぁぁっ!?!?」


 見事に沈んだのだった。


 そのまま流れ流されて、打ち上げられたのはどこかもわからない海岸で。
 街がないかとさ迷い歩いた結果、余計に迷い元の海岸にすら戻れない始末。




 と。
 そんなこんなで、現在に至っているのだった。
 つくづく運が悪いというか、天性の巻き込まれ体質が発揮されたというべきか。















「まいったなぁ……腹も空いたし、ってか、何日食ってないんだ……?」

 すでに時間すらわかっていない。
 食べ物を何日も食していないというにも関わらず、いまだ自我を保てているというのは賞賛を飛び越えて呆れるほどに強い精神力だ。
 しかし、もう限界は近い。岩に腰を下ろしたところで、すでに動く気力すら失っていた。

「む……?」

 そんなとき。
 は遠目に、不自然なほどに赤い何かを見つけていた。
 目を細め、それがなにかを探るが、ただ赤いことしかわからない。

「もしかして、食い物か!?」

 いや、いくらなんでもありえないだろ。
 天の声が聞こえたような気がするが、限界を超える空腹によりそんなことは聞こえていない。
 かすかな希望に胸を躍らせ、赤い物体のもとへと駆けたのだった。





「クイモノ―――っ!!!!」

 もはや半分壊れてはいないだろうか。
 しかし、人間だれでも空腹になれば食べ物の幻くらい見るだろう。
 赤い物体はもう目の前。
 はそれに飛びついて、それが食べ物であることを確認しようと目を凝らすが、それは。

「本……?」

 なぜにこんなところに本が?

 見渡す限りの草原に、赤いハードカバーで厚めの本。
 数秒のあいだ本を見つめるが、食べ物が出てくるはずもない。

「そういえば、ヤギって紙食えたっけ。もしかして……」

 人間だって、やろうと思えば紙だって食えやしないだろうか……。

 ココまで走ってきたせいで空腹が限界を超えたは、ついに人を超えた究極の行為に走ろうとしていた。
 本を開き、薄く白いページを何枚か掴むとそれを口元へ。
 ……そのときだった。

「おうっ」

 本が光だし、を包み込んでいた。
 どこかで見た展開に、残り少ない自我でとにかく考える。
 考えて、考えて、考え抜いて……


 このまま行けば食べ物にありつけるかもしれない。


 という結論に至った。
 自然と表情が深い笑みへと変わっていく。

「これで生きつなげるぞ―――っ!!」

 そんな言葉を最後に、の姿はその場から跡形もなく消えたのだった。






























「お〜い、誰かいないのか〜?」
「あれ、あれぇ、み、みんな……」
「ひっさしぶり。先生っ!」
「あら、どうしたのよ。青い顔しちゃって?」
「源罪の影響で、立ち往生してるんじゃ……」
「あの、一体なんのことを言っているんですか?」

 実は。
 ここにいる海賊一家は、立ち往生なんぞしていなかった。
 顔色を蒼白にしたところで、もう遅い。

「私が勘違いして……が……っ!」

 今度は、その場にいる全員の顔が血の気が失せていくように青くなっていったのだった。






























「!?」

 数多の多次元世界の根源に位置する根の世界、アヴァター。
 王都のはずれに位置するここフローリア学園はとりあえず今日も平和だった。
 千年に一度おとずれる『破滅』の年であるにも関わらず、だ。
 『夜の蝶、ブラックパピヨン参上!』と殴り書かれたメッセージをせっせと消す少女は1人、突如出現した光の塊に目を丸めていた。

「これは……召喚の光!?」

 すでに夜も遅い召喚の塔に、真白い光があふれ出ていく。
 眩いばかりに光だけが塔の最上階を支配する。

 光が収まるまでには数分の時間を要したのだが。

「え……」

 召喚陣の上には、1人の青年が横たわっていた。

 青年の名は 
 度重なる巻き込まれの果てに、ついに世界まで飛んでしまった青年だった―――







Duel Savior -Outsider-     Prologue







はい。
デュエル夢プロローグの完全版です。
アヴァターでの時間軸は、分かる人にはこれで理解できたかと思います。



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