「この……バカ大河―――っ!!」
「を゛ぺろんっ!?」

 どかーん。

 根の世界アヴァターは王都アーグの外れに位置する、王立フローリア学園。
 その最上階から、1人の青年が窓を突き破って滑空をしていた。
 そんな光景を、アーグの街の人々は驚くことなく買い物や商いと、それぞれ励んでいた。
 青年が空を飛ぶことは、さほど珍しいことではない。実は結構な頻度で、彼は飛ぶ。
 最初は街の人たちも驚きやらなにやらで顔を真っ青にしていたが、何事もなかったかのように立ち上がってホコリを払っているのだ。
 そしてそれが何度も続けば、誰だって慣れるもの。

「あー、また大河様が飛んでらっしゃるぞ」
「毎度の事ながら、今度は一体なにをしたのかねぇ」
「ま、アタシたちが気にしても始まらないよ。さて……仕事に戻るよ、あんた!」
「へいへい。わかってますよ」

 そんな街人たちの会話を聞きながら青年はゆっくりと放物線を描き、万有引力の法則にしたがって落下。
 どごぉ、という鈍い音と共に、街中のとある『低位置』へとその頭をめり込ませた。
 まるで岩に突き刺さったエクスカリバーのように直立で、とってもシュール。
 いくら直してもすぐに壊されてしまうから、街人たちもそれを直していた兵士たちももはや諦め、そのままにしてある。
 通りを行き交う人たちも皆、それを避けて通るのが暗黙の了解となっていた。

「つつ……なんだよ、ちょっとした冗談じゃねえか」

 たんこぶのできた頭をさすりながら、むくりと起き上がる青年――当真大河は、実はこの世界では結構重要な人物だったりする。
 ……否、その奔放かつ少しばかり俺様なところが入った性格の持ち主だからか、とても重要な人物のような扱いを受けていない。
 しかしそれを良しとして、思うままに生きる彼は、この世界……ひいては数多に広がる次元世界全ての『救世主』なのだ。
 召喚器トレイターを片手に仲間と共に戦場を駆け抜け、千年周期で訪れる『敵』と戦い、幾多の苦難を乗り越えて、その手に勝利を掴み取った。
 少々乱暴な言動の割に、仲間たち――もとい、思いを寄せる女性たちに振り回される毎日に、街の人たちも同情を感じ得ない状況もあったりして、以外に彼は街人たちに人気があったりする。
 買い物などでたまに訪れれば、軽い会話と共にサービスしたりといった間柄だ。
 自分を避けて行き交う街の人たちを眺めながら、気さくに挨拶してくれる商人たちに挨拶を返しながら、大河は学園への帰路へとついた。

 ……

 さて。
 そんな彼がこの世界の救世主なわけだが、この世界アヴァターにおける『救世主戦争』について、少しばかり触れておこう。
 『救世主戦争』とは、現存する王国軍と敵――“破滅”との大規模な戦争を指す。
 “破滅”とは、簡単に言えばモンスターの軍勢だ。
 破滅の民と呼ばれる人間たちが先導し、世界を滅ぼさんと攻めてくる。
 そんなモンスターたちに対抗するために遣わされるのが、異世界から召喚される『救世主』である。
 その名は伝説の武器『召喚器』を駆使し戦う者を指し、その存在が毎回複数存在するため、『救世主候補』と呼ばれていた。
 そんな候補の中から、赤と白の『導きの書』の精霊が、それぞれのにとっての救世主を選び出す。
 世界そのものを成り立たせている赤と白。その2つの力は対立しており、その均衡が崩れれば、世界の存在そのものが崩れてしまう。
 支配因果律を司る白の力と、命の心を守る赤の力。その2つの力に認められた者こそが、真の救世主として世界を

 ……しかしそれは、ただの伝説に過ぎなかった。
 救世主とはすなわち、神の代行者。神に代わって世界を創り変える、ただの破壊者にすぎなかったのだ。
 赤と白の書の精霊に認められた救世主候補は、神によって与えられた力を振るって破壊の限りを尽くし、まっさらな状態にしたのち、2つのうちのどちらかを選ぶ。
 赤か、白か。
 過去、“破滅”が幾度となく攻めてきた際、自分が世界を決めるという使命の重さに耐え切れず、救世主は命を絶ってきた。
 敵を殺し、味方を失くし、それでもその使命から逃げることができない救世主が命を絶つことで、救世主戦争は新たなループへ突入する。
 それがちょうど、千年周期で起こるのだ。
 
 そんな悪循環を打開したのが、史上初と言える男性救世主候補である彼、当真大河とその仲間たちだった。
 数々の強敵を打ち破り、神の与える快楽をも跳ね除けて、彼はまさに救世主となったのだ。
 未来永劫、“破滅”は来ない。
 そんな現実が、世界中の人々に本当の笑顔をもたらしていたのだ。

 閑話休題。

 じゃれてくる子供たちの攻撃をひょいひょいと躱し、歩を止めることなく。
 大河の足は学園へと向かう。
 元々は救世主の誕生を阻止するために建てられた学園だったが、“破滅”が消滅した今、人が気楽に門を叩ける修練の場となっていた。
 先ほど彼を吹っ飛ばしたのは、先の戦いの仲間である赤い髪の女性だ。
 少しばかりつんけんした性格の持ち主で、出会ってからこっち、彼との対立は日常茶飯事。
 最近は少しずつ減ってきてはいるものの、仲が悪いわけではないのがまた不思議だ。

「師匠〜っ!」

 大通りを離れて、学園へと続く道を闊歩していた彼は、1つの声に呼び止められた。
 緑の髪をショートに切りそろえ、黒い装束に身を包んだ女性――ヒイラギ・カエデ。彼のかけがえのない仲間の1人だ。

「よおカエデ、鍛錬か?」
「そのとおりでござる。街の平和を、人々の安全を……そして師匠の身辺を守るため、我らは日夜鍛錬に励んでいるでござるよ」

 えっへん、とカエデはその豊かな胸を張った。
 史実上最後の救世主戦争から1年経っている今、彼女は王家の……ひいては王都の安全を守る警備隊の顧問という立場にいた。
 顧問だからこそ自由が利くわけで、普段から彼女は鍛錬と称して学園の近辺に出没する。
 しかし、いざ戦闘となると先陣きって敵を倒すその凛とした姿に、王都の女性がホの字なのを彼女は知らない。

「熱心だな、相変わらず。少しは休んでんのか?」
「休息も戦士には必要不可欠。無問題でござるよ」

 そう答えてカエデは笑う。
 今の彼女は、鍛錬が楽しくて仕方ないのだろう。
 相手もおらず、たった1人なのだが、なんでも楽しくこなしてしまうのが彼女の美点だった。

「しかし、ちょうど良いところにおられたでござるな、師匠」

 ちなみに、彼女は大河を師匠と呼ぶのには色々と理由があるのだが、そこは後々にて書き綴ることとしよう。

「ちょうどいいって……何がだ?」
「いや、その……実は、折り入って頼みが」
「大河君! またリリィに飛ばされたって聞いたけど大丈夫!? ……って、大丈夫みたいね」

 よかった、と息をつくこの女性は、学園の隣に新たに建てられた教会の司祭を務めているべリオ・トロープだ。
 金髪にメガネ、空色の僧服という出で立ちの彼女は、実は二重人格の持ち主だ。
 大河が召喚された直後に彼はその事実を知り、まぁ色々と奔走しつつもこの2つの人格は和解、共存を果たしていた。
 ちなみにもう1つの人格は、ここ最近現れたことはない。『ブラックパピヨン』と名乗っていた彼女は、ベリオの人格と融合を果たしたのか、そのあたりは未だ不明だ。
 最近無意識にムチとか持ち出している彼女を見ると、融合したんじゃないかって思えるわけだが。

「いつも悪いな、ベリオ」
「いえいえ、もう慣れました」
「ひどいでござるよベリオ殿〜、拙者の一世一代の大勝負だったというのに!」
「ごめんなさい、カエデさん。大河君がまた飛ばされたっていうから心配で……」

 そう。
 彼女は教会の司祭であると同時に、治癒魔術のエキスパートなのだ。
 破滅との戦いでも、彼女に幾度となく助けられた記憶が大河の中にはある。
 だからこそ、彼が飛ばされるたびにこうして駆り出されるのだが、最近頑丈になったせいか治癒する必要がほとんどなくて、欲求不満気味……らしい。

「……ちょうどいいや。お前ら、これからメシでもどうだ?」

 飛ばされて、ばったり出会った。
 時間的にもお昼時で、食事を摂るには申し分ない時間帯。
 2人に断る要素はなく、足並みそろえて食堂へと向かったのだった。

 食堂は、人でごった返していた。
 この学園で学ぶ学生たちが食事を摂ろうと、我先にと突撃しているのだ。
 そこそこ広い食堂だが席はほとんど埋まっており、残念ながら座って食べられそうにない。
 毎度のことながら同時にため息を吐いてみるが。

「お」

 唯一、空いている席があった。
 1つの机をたった1人占領し、高く積まれた皿たちが、そこに彼女がいることを物語っていた。
 大河は2人を促して、その席に近づく。

「リコ」
ふぁらあらふぉんひひははふたーこんにちはマスター
「ちょっとオルタラ、食べながらしゃべらないの。はしたない」

 席には先客が2人いた。
 2人とも同じ顔、同じ体格をしているが、双子、というわけではない。
 彼女たちはリコ・リスとイムニティ。
 元・導きの書の精霊たちだ。リコが赤、イムニティが白をそれぞれ司っていたのだが、先の戦いで人間としての第二の人生を送っている。
 第二の人生、とか言ってしまうと年寄りっぽく聞こえてしまうが、見た目とは裏腹に彼女たちは精霊として幾千、幾万という時を生きてきた。
 大河からすれば、2人とも『可愛い女の子』なのだが。

「リコ殿、イムニティ殿。すまぬが拙者たちもご一緒してよろしいか?」
おふぃおんふぇすもちろんです
「だから食べ物を口に入れたまましゃべらない!」

 相変わらず、お世話しされての間柄らしい。

「あ、お兄ちゃんだ」
「よお。繁盛してるみてえだな」

 カウンターごしに、見慣れた黒髪。
 大河の妹、未亜だった。
 見慣れた元の世界の制服の上からピンクのエプロンを身に付けた彼女は今、フライパンを片手に奮闘中。
 元・白の主として救世主戦争を共に駆け抜けた彼女は、この食堂の料理人として働いていた。
 もちろん、危険が迫れば救世主候補の端くれとして戦うが、今の状況は彼女たっての希望だった。
 この数ヶ月、食事をする間も惜しんでの労働のおかげで食堂は安泰、料理の腕もめきめき上達。大河も兄として鼻高々である。
 ちなみに、白の主というのはイムニティに認められ、契約を交わした救世主候補のことを言う。
 赤と白は互いに対立関係にある。つまり、互いに別の主と契約を交わした場合、どちらかが死ななければ救世主となれないことになる。
 つまり、リコと契約を交わしたのは大河だったこともあり、ヘタをしたら兄妹で殺し合うハメに陥るところだったのだ。

「ベリオさんとカエデさんも一緒なんだね。これからお昼?」
「ああ。さっき、リリィにまーた吹っ飛ばされてな。その帰りだ」

 リリィ、という名前に未亜は軽く頬を膨らませつつ顔をしかめる。
 彼女がこういう顔をする場合、自分に対して言いたいことがあるのだと大河は理解していた。同時に、長い説教の合図だとも。
 ある意味、家族の――血を分けた兄妹だからこその特権である。

「おに……」
「ああー! 未亜、俺急用を思い出した!」
「え?」
「じゃ、またあとでなー!」

 カエデとベリオをその場に置き去り。
 リコとイムニティにすら目もくれず、大河は学園内を走り抜けた。

「……お昼、食べるでござるか?」
「……そうしましょうか。未亜さんも、どうですか?」
「そうですね。あと少しでシフト終わるから、ちょっと待ってて」

 結局、女3人で慎ましやかに食事を摂った。

 与えられた自身の部屋へ行くために、寮の中を駆け抜ける。
 豪華な装飾の施された廊下は掃除が行き渡っているのかピカピカ。床に自分の姿が鏡のように映し出されているほどに綺麗だった。
 そして、それは同時に。

「どわっ!?」

 とっても滑りやすいので、間違っても走ったりしないように。
 ……と言うまでもなく、大河は期待にこたえていた。
 階段を上るために90度の曲がり角を曲がろうと踏み込んだ足が見事にすべり、止まらない。
 しかし、彼はこう見えて幾多の逆境を潜り抜けてきた男。そう簡単に転んでもやらない。

「ぬぅっ」

 ぐぐ、とすべる足に力を込める。摩擦を増やして勢いを少しでも殺すためだ。
 そして同時にもう片方の足も床を思いっきり踏みつける。
 そりゃもー、めり込まんばかりの勢いで。
 氷の上で急ブレーキをかけた自動車よろしく、すべる大河の勢いが徐々に弱まっていく。
 壁に激突する寸前にようやく停止。事なきを得ることができ、流れた汗と共にため息を吐いた。

「あら、ダーリンじゃない。こんなところでどうしたの?」

 正面に位置する階段上から現れたのは、彼の戦友の1人だった。
 白い紙にウサギの耳のようなピンクのリボン。
 裂けた短いスカートの中から伸びる脚線美は美しく、褐色の肌が健康的な印象をかもし出す。
 微笑を浮かべた彼女は大河の状態を察して、

「ダメよ大河君。廊下は走ったら危ないわ」

 まるで子供を悟らせるかのように人差し指を立てて、そうのたまった。

「……以後気をつける。で、お前こそこんなところでなにやってんだよルビナス?」

 まだ少女といっても過言ではない体型の女性だが、それもそのはず。
 彼女はホムンクルス――つまるところ人造人間という存在である。
 千年前、前回の救世主戦争でリコ――オルタラに見出され、同時に白の主となったかつての仲間を止めるために赤の主となった救世主候補である。
 錬金術の使い手で、最古の召喚器『エルダーアーク』と共に大河と戦った戦友である。
 千年間保管されていたこともあって、ゾンビのようにポロポロと手が取れたり足がもげたりするわけだが。

「私は……」

 口ごもり、大河の顔を見てはポッと頬を赤く染める。
 何をしていたのかは……ぜひ察してください。

「そういえば、さっきまたリリィさんを怒らせたでしょ?」
「べ、別にそんなんじゃねえよ。アイツが勝手に勘違いしてるだけだ」
「ホントかしら?」
「ぐ……」

 リリィ、というのは大河を学園の最上階から吹っ飛ばした張本人である。
 大河の――そしてルビナスの戦友であり、世界最高の魔術師として名高いミュリエル・シアフィールドをも超える魔術師、と謳われている女性だ。
 燃えるような赤い髪と凛々しさを強調している切れ長の眼が印象的な、少しばかり気性の荒い女性である。
 ……もっとも、気性が荒いのは大河限定なのだが。
 しかし、そんな性格の彼女だってそう簡単には怒ったりはしない。
 原因があってこその怒りなのだ。
 その原因がなんなのか―――読者の諸君ならばわかることだろう。

「何があったのかは知らないけど。とにかく、ちゃんと謝っておかないとダメよ?」
「へいへい。わかってますとも。アイツを怒らせたままにしたら後が怖い」
「あらら。そんなこと言っていると、また吹き飛ばされてしまうわよ?」
「うへぇ」

 吹っ飛ばされることを心底嫌がっている大河を見て、ルビナスは微笑む。
 彼女の内にある魂がそうさせているのかもしれないが、自身にある感情自体が目の前の青年を愛しく思っているのだ。
 ルビナスは千年前の赤の主。なら、その彼女がなぜこうして生きているのかというと、首にかかっているロザリオに魂を封じておいたからだった。
 自らの身体を使って当時の白の主を封印し、救世主としての資格を奪うために講じた手段の結果。
 彼女の魂だけがホムンクルスの身体に残り、大河を心底好いていた。
 その影響の現れである。ときたま大河を『ダーリン』と呼ぶのがその証拠だ。
 そんな彼女の魂『ナナシ』も、大河にとっては大事な戦友であった。

 ルビナスと別れた大河は、一気に寮の屋上まで駆け上がる。
 そこにでんと建っているプレハブの小屋が、彼の部屋……彼の城だった。
 少しばかり古いものの、住めば都。今となっては他の部屋に住むなど考えられないほど。
 蝶番の軋む扉を意気揚々と開いてみるとそこには。

「…………」
「あら、おかえり大河」

 赤がいた。
 まるで自分が来ることがわかっていたかのように、ベッドの縁に陣取っている。
 いかにも「不機嫌です」といった顔で、颯爽と立ち上がる。

「り、リリィ……」

 ゆっくりとした足取りで大河に迫る女性こそが、彼を吹っ飛ばした張本人リリィ・シアフィールドである。
 ミュリエルを母に持ち、魔術の手ほどきを受け、召喚器『ライテウス』を受け継いだ魔術師。
 彼女もまた、大河の戦友だった。
 黙っていれば男が寄ってくるような整った顔立ち。しかしそのこめかみには青筋が浮かんでいた。

「どーせここに戻ってくるだろうとは思ってたけど、本当に来るなんてね」
「た、たりめーだろ。ここは俺の部屋だぞ。帰ってくるに決まってんだろ」

 一歩ずつ、ずりずりと後退。
 近づかれたが最後、なにをされるかわかったモンじゃない。
 だからこそ、逃げの一手を狙うためにも、彼女を自分に近づけさせてはならないと。
 大河の本能が警鐘を打ち鳴らしていた。

「少しは反省した?」
「……だから、お前の勘違いだって言ってるだろ。別に俺は何もしてない」
「…………本当に?」
「しつこいな。この状況で嘘なんか吐くかよ」

 大河の証言に腕を組み、数刻。
 小さく息を吐き出すと「仕方ないわね」と呟きつつ顔を上げた。
 そこには怒気が一切消え、リリィの顔になっていた。
 同時に大河の首に両手を回す。
 胸元に柔らかな感触を味わいながら、彼女の赤い髪をいとおしげに梳いた。

 今までに大河と会話を交わしてきた女性たちは皆、大河を心から愛していた。
 リコとじゃれついていたイムニティはどちらかといえば元・マスターである未亜よりなのだが、その未亜が大河を好いているのだからもはや意見のしようもないらしく、半ば諦めている。
 逆に大河も、彼女たちを愛していた。史上初の男性救世主候補として共に戦い、愛しいという気持ちを抱き、皆を守るために奮い立った。

「もう、あんなことしないでよね」
「だから、単なる事故だって言ったじゃないか」
「よりにもよってお義母様と……」
「話聞けよお前」

 実は彼女、母にしてこの学園の学園長であるミュリエルに大河が手を出したと友人づてで聞いて、怒りを覚えていたのだ。
 学園の最上階――学園長室でも同じような形で口論が続いたのだが、結局大河の話なんかお構いなしで攻撃、吹っ飛ばしたわけだ。
 その友人はたまたま学園長室に用事があって出向いてきたのだが、少し開いた扉の先で大きな音を聞き、覗いてみると、紺色の服と真紅のドレスが重なっていたのを目撃したのだ。
 独特な紺色の服は大河の一張羅。真紅のドレスはミュリエル。そう関連付けるのはもはや常識といっても過言ではなかったため、ミュリエルの義娘であるリリィに報告したわけである。
 その大きな音というのは、学園内に進入してきた一匹の子犬を捕まえて連行したのだが、元気すぎるその子犬が暴れだし、捕まえようと2人で奮闘した結果、足をもつれさせて大河がミュリエルを押し倒す形になってしまったのだ。
 ……なんとまぁ、ありがちなシチュエーション。
 もちろん、大河だってドキドキしなかったわけじゃない。
 ミュリエルは自身よりも年上で、少年1人分くらいの年齢の差がある。それでも、とても綺麗なのだから。

「言ったろ? 俺は、お前たちがいるから頑張れた。お前たちがいたからこそ、ここにいるんだ」
「う……」

 嘘偽りではない、大河の気持ちそのもの。
 そんな一言にリリィは言い返す言葉を持ち得ず、頬を赤く染めつつも軽く膨らませた。

「それ言われちゃったら、もう許すしかないじゃない……」

 今の時間だけ大河を独り占めできると、彼の身体を強く抱きしめた。


 ●


「しかし、ケンカのタネが尽きないでござるな、あの2人は」
「言われてみればそうよね」

 カエデとベリオは、料理を口に運びながらそんな会話をしていた。
 大河が召喚されてからこっち、幾度となく2人のぶつかり合いを見てきた彼女たち。
 ケンカするほど仲がいいとは、これまたよく言ったものである。

「師匠ももう少し落ち着きがあればいいのでござるが」
「まぁ、あれが大河君の持ち味だし、彼のそんなところが私たちは……」
「う……」

 結局、そこへ行き着いてしまえばなんだって許せるような気にもなってしまう。
 ……浮気はさておいて。

 ベリオは内に存在するもう1人と向き合う機会をもらった。
 カエデは血の克服に、まるで我が事のように尽力してくれた。
 それぞれの暗い過去を吹き払ってくれたのが、大河なのだ。
 感謝してもしきれないし、だからこそこれほどまで愛しいのだと自覚できる。
 ただ。

「救世主戦争の終結から、何かを忘れている気がするでござるよ」
「あら、偶然ね。実は私もなの」

 思い出せそうで思い出せず、それでいて自分たちにとってなにか大きなことだったかのように胸にぽっかり穴が開いているかのような。
 その原因がわからないからこそ、それが何であるのか知りたい……それでいて、知ることが怖い。

「それでしたら、私も同じです」
「リコさんも?」

 両脇に大量の皿を重ね、満足そうにお腹をさするリコも同様にうなずいた。
 自分たちの誰もが、何かを忘れている。
 かけがえのない何かを……とても大切な何かを。
 それは、この場にいない未亜やリリィ、そしてルビナスも。
 その忘れている『何か』が気になり、同時にいいようのない不安感に駆られていた。
 そしてその不安感は、王宮のとある部屋にいる人物も。


 ●


「ふむ……」

 王宮の女王執務室。
 豪華な装飾の施された煌びやかな部屋の中心で、1人の少女が難しい顔でうなっていた。
 桜色の髪に豪華なドレス。
 睨み付けるように見つめる1枚の紙。

 彼女の名はクレシーダ・バーンフリート。通称クレア。
 千年前から続くバーンフリート王家の末裔にして、現在のアヴァターにおける最高の指導者――女王だった。
 アメジストの如き紫の澄んだ瞳は紙に羅列された文字に釘付けになっており、その不自然さに頭を抱える。
 ……そう。
 書かれていることがあまりにむごく、人の所業とはとても思えなかったのだ。

「あ゛ぁ〜〜〜〜っ!!」

 ひとしきりうなってみてなお、考えも推測も浮かばず、クレアは考えることを放棄した。
 豪華なイスを倒さんばかりの勢いで立ち上がると、彼女の5倍をゆうに超える高さの窓を開け、涼やかな風を浴びる。
 1人で考えることも、もはや限界といえた。
 頬を撫でる冷たい風が、ワケワカラナイことで沸騰した頭を冷やしていく。
 これほどまでに不自然で、劣悪な事件だ。女王としても放っておけないし、なにより街の人々が非常に危険だ。
 実際、数人がすでに―――

「うむ……爺!」
「は、ここに」
「大河を……救世主たちを城へ集結させよ! 事は一刻を争う。速やかに私の前へ寄越してくれ!」

 ―――余りにも無残な姿で殺されているのだから。


 ●


 夜も深く、人々が寝静まっている王都アーグ。
 普段見ることのできない月の色に、人々は最近街中で流れている噂に身を震わせていた。

 赤い月と同時に起こる、1人の剣士による連続猟奇殺人事件。
 普段は金に輝く月が真紅に染まった時、その剣士は現れる。
 見慣れない服装に、抜き身の刀。
 標的と見定められた人間は一瞬のうちに斬り刻まれ、バラバラに解体される。
 腕、身体、足。その全てをもはや復元不能なまでに細かく刻まれる。それは、もはや身元すら解明できないほどに。
 背後にかかる赤い月で犯人の顔まで確認できない……否、見た人間は皆殺し。
 情報がまさしくゼロ、といった状況。
 そんな中で唯一確認できているのは、その月以上の赤に染まった瞳の色だけだった。
 街中の人間が家の中で身体を縮こまっている中で。

「キャアァァァッ!!」

 1つの悲鳴が、街中にこだました。
 同時に飛び交う人の形をしていたモノ。
 3分割された指、骨ごと分断された腕。分断された腹部から重力に引かれて流れ出てくる内臓すらも鋭利な切り口を残し、倒れたそれはおびただしい血を流す。足はもはや見る影もない。
 皮膚が剥がれ落ち、肉片が周囲一帯に飛び散り、赤の染み付いた骨が転がる。
 すでにそこは、人間のいるべき場所とはいえなかった。
 強いて言うならば……………………そこは地獄だ。

「クククク……」

 携えた武器を伝い落ちる赤い雫をぺろりとなめとって、その黒いシルエットはわらう。
 そのシルエットは目の前の人間だったものを見下ろして、さらに哂う。目の前に転がってきた唯一原型の残していた首を容赦なく踏み潰す。

 ぐしゃり、という耳障り音が周囲に響き渡る。

 返り血を少しも浴びていなかったそのシルエットは、足元にへばりついたナニカを忌々しげに地面に擦り付けると、背後の屋根に飛び乗る。
 その背後には―――


「さぁ、始まりだぜ……」


 赤く、あかく、アカイ。


「真なる“破滅”の宴がな……」


 鮮烈なほどに紅く、巨大な月が浮かんでいた―――








 Duel Savior -Outsider-

 Another Story

 -ENDLESS THE WORLD- 前編












というわけで、宣言どおりDuel夢アナザーの始まりです。
少しばかり表現が過激なところがありますが、そのあたりはご了承ください。
プロローグというか予告は日記の小話をそのまま流用しようかと思ってます。
今回は前編でしたが、中編と後編も随時更新していこうと思いますので、
次を読みたい! と不覚にも思ってしまった方は、しばらくお待ちを。

また、Duel夢を読んでいないままこちらを読んでしまった方は、
先にそちらを読んだほうが色々と都合がいいと思います。


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