「は〜い、それじゃはじめるわよぉ〜〜?」 『は〜〜〜いっ!』 スラムの一角に作られた十数個のイスと、1枚の黒板。 その前面には、『スラムスクール』とデカデカと書かれていた。 全てのイスには小学校1,2年くらいの少年少女が座っており、その中にはフラットのアルバ、フィズ、ラミも加わっていた。 「あたしはナツミ! いちおー助手! そして……」 にっこりと笑って見せたナツミは、そのまま首を回す。 視線の先にいるのは…… 「深崎 トウヤ先生で〜すっ!」 「…………」 わー、と歓声が上がる中、トウヤはふてくされていた。 青空教室 イン サイジェント 事の起こりは、前の日の晩にまで遡る。 夕食が終わり、談笑をしていたときのことだった。 「……はい、できた」 「トウヤにいちゃんすげーっ!!」 木でできたおもちゃを直したトウヤが、アルバに手渡していた。 着色はされておらず、木本来の色が剥き出しになった、簡素な汽車をかたどっている。 アルバはそれを受け取ると、飛び跳ねながら居間を出て行ったのだった。 「……あれ、どうしたんだよ?」 そう尋ねたのはガゼルだった。 フラットはさして裕福というわけでもなく、むしろ貧乏といってしまった方がしっくりくるほどに経済状況は切羽詰っているのだ。 もちろん、おもちゃを買い与えるほどの余裕などないはず。 あの汽車は…… 「僕が作ったんだよ。この間、アルバの誕生日だったらしいから」 プレゼントという割にはできはよくないけどね、と。 トウヤは苦笑した。 材料は屋根裏部屋の余り木だから、元では0。 「トウヤって、手先が器用な上に雑学に長けてるからねえ」 なんて言っていたのは、ナツミだった。 本格的な特殊メイク(お題『へ』参照)からおいしい紅茶の煎れ方までを熟知している彼は、フラットにおける『雑学王』だったのだ。 「知ってて損はないからね」 なんてさらりと口にしているが、これで高校での成績も上位にいたのだから驚きだ。 「……! なあ。その雑学を人に教えてお金もらえば、いい仕事になるんじゃねえ?」 「おお! ガゼル、ナイスアイディア!!」 「何いってるのさ。こんなの、役に立たない方が多い……」 「そんなことはどーでもいーの! ……やりなさい!」 というわけで閑話休題。 そんな理由から、トウヤは強引にナツミに強引に連れてこられたのだ。 他のメンバーは仕事やらフリーバトルに出かけてしまっている。 だからこそ、ふてくされていたのだった。 ちなみに、今回の授業料は1人10バーム。 破格である。 スラムの住人たちは我が子をこぞって参加させていたのだった。 「ほら、トウヤ!」 「……しょうがないな」 1つ息を吐いて、黒板に白いチョークを走らせた。 やることなすことすべてを無難にこなすトウヤは、当然のごとく絵もそこそこ描ける。 6本の線で綺麗な六角形を形作ると、その途中から枝のような線を引く。 出来上がった、それは。 「これは、雪の結晶です」 そんな一言に、誰もが驚いた顔をしていた。 様子を見ている親たちも、いい加減なことを教えてるんじゃないかと怪訝な表情でトウヤの絵を眺めている。 「雪をう〜んと拡大して見ると、1つ1つがこんな形をしてるんだ」 もっとも、こんな簡単なものじゃないけどね、と付け加え、とんとんと黒板を軽く叩く。 「だから、僕たちのいたところでは、雪の結晶って六花(むつのはな)って言うんだよ」 と、そう口にしたところで、ここはリィンバウムだ。 本当に雪の結晶が六角形をしているのかなど、わかるわけがない。 だから、トウヤはナツミに顔を向けた。 「……なによ?」 「君の出番だよ、助手のナツミ君?」 絶対に溶けない雪を召喚して。 無理難題を言い渡した。 名も泣き世界の召喚術は、狙ったものをピンポイントで喚びだすことなど、滅多にできないのだから。 しかも、彼の望みは存在するはずのない『溶けない雪』。 「…………無理」 「やって」 「ムリ」 「やって」 「ムリ」 「やって」 「ムリ」 (以下エンドレス) 学校をやるなんて言い出した君が悪いんだ、とナツミを説き伏せた。 先生の言うことを聞きなさい、なんてお決まりの一言もつけて。 無色のサモナイト石に必死になって呼びかけるナツミだが、存在するはずもないものを召喚するなど、無理というもの。 「ごめんね。このお姉さん無能だから、ちゃんとした証拠を見せてあげられないんだ」 だからこれで我慢してね、と。 見せたのは、トウヤ自身が事前に召喚しておいた理科の教科書だった。 子供たちはこぞって教科書を眺めて声をあげていたのだが。 「あ、ムノウのお姉ちゃんだ!」 それからしばらく、ナツミは子供たちからそう呼ばれていたのだった。 自業自得。 |
46音お題より、『ゆ』でした。 ナツミ、『ムノウ』の称号を会得しました(爆)。 |
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