「あ、ケイナ。ちょっ……」 「…………」 ギブソン・ミモザ邸、略してギブミモ邸。 ロビーでくつろいでいた蒼の派閥の駆け出し召喚師・マグナは、赤と白の巫女服に身を包んだ女性――ケイナに声をかけたのだが。 「行っちゃったよ……」 彼女が見事にマグナを無視して、ずんずんとどこかへ出かけてしまっていた。 ちらりと見えた顔には、眉間にしわがかすかに寄っていて。 「な、なにがあったんだろう?」 ずいぶんと不機嫌そうだった。 「ほっときなさいな。どーせまた彼が原因なんだから」 「せ、先輩……」 ソファにででんと座り、テーブルの皿に盛られたビスケットをかじりながら、蒼の派閥召喚師にしてマグナの先輩にあたるミモザ・ロランジュが、そう告げた。 ちなみに、ミモザが口にした『彼』とは、ケイナの相棒であり現在のパーティ随一の巨漢である剣士兼冒険者フォルテのことだ。 屈強な体躯に身の丈ほどの大剣を振りかざし、力をもって敵を叩き潰す彼に、メンバーの誰もが、幾度となく助けられてきた…………のだが。 「それがよぉ。俺も聞いてみたんだが、答えてくれないんだぜ? ケイナのヤツ」 今回は何もしてないハズなんだけどなぁ…… いつの間にか現れていたフォルテ本人もミモザ同様にビスケットをかじりながら、考え込んでいた。 彼は、メンバー1の剛剣士にして、メンバー1のお調子者なのである。 「ま、今に機嫌直して帰ってくんだろ!」 不機嫌の理由 「なーに言ってんのよぉ。彼女を怒らせるのなんて、貴方だけなんだから。もっとよく思い出してみなさいな」 「そうやって決め付けるのはよくねーぞ、ミモザの姐さんよ」 互いに気心知れた仲で、フォルテがおちゃらければケイナの強力な裏拳が炸裂する、というのはパーティの中でもお約束と化しているのだから、彼女が不機嫌そうな表情をしていると、たいていの原因がフォルテになるわけだから、ミモザが勘ぐるのも仕方ないのだが、今回ばかりは彼もまったく知らないのだ。 彼女が不機嫌な理由を。 「姉様を怒らせるなんて、言語道断!! そこになおりなさいっ!!」 「ちょっ……をいをいをいをい!? ストップ、ストップだカイナ!!」 いつから聞いていたのかわからないが、いつのまにやら儀式に使う破魔弓をどこからか持ち出してきたカイナが、矢を番えている。 照準はもちろんフォルテだ。 「いーえ、止まりません。姉様がやらないならいっそ……私が殺りますっ!」 「あのぉ……カイナちゃん? 変換間違えて……って、無理だわ。止まらない」 「わぁーっ! 姐さん、そりゃねーよ! ……ってマグナ! お前は何食わぬ顔してそそくさと逃げよーとしてんじゃねーっ!」 「いやだって、俺がいたって邪魔になるだけだし」 「邪魔じゃないっ! 邪魔じゃないから……頼むからコイツを何とかしてくれ!」 フォルテは必死だ。 番えられている矢には矢尻がなく、木が剥き出しになっているものの、当たったら痛いじゃすまないくらいにキリキリと弦が引き絞られている。 そして、背後に怒れる鬼神の姿が見えているカイナ。 「覚悟っ!」 ギリギリまで引き絞られた弦から放たれた矢は、カイナの声と共にフォルテを襲い、逃げようと背を向けていたため、 さくっvv 「んぎゃ―――――っ!!??」 フォルテの臀部へ深々と突き刺さっていた。 …… 「ただいまー……って、どうしたのよフォルテ?」 もうすこし、あと十数秒早く帰ってきてくれればよかったものを。 両手にケーキを抱え、先ほどの不機嫌さがウソのように晴れやかで、満面の笑みを浮かべたケイナがロビーの入り口で大口開けて立ち尽くしていたのだった。 ………… …… 「ああ、さっき? ごめんねマグナ。気づかなくて」 「いや、それは別にいいんだけど……」 両手を合わせて謝罪するケイナから視線を外したマグナは、膝立ちから上半身だけうつぶせて、矢が刺さったままの臀部を天井に向けて気を失っているフォルテを見やっていた。 パーティ1の豪傑が、情けない格好で気絶している。 それが不憫で、苦笑していたのだが。 「アイツはほっときましょ。日頃の行いが悪いから疑われるのよ。でも……」 テーブルに広げたケーキをほおばりながら、ケイナはうつむいているカイナを見やった。 「起こる前に、ちゃんと話を聞いてあげなきゃダメじゃない」 「でも……私てっきりフォルテさんがまた姉様にちょっかい出していたものだとばかり……」 そう。 フォルテが言っていたとおり、彼はケイナに対してちょっかいを出していたわけではなかったのだ。 彼女が不機嫌だったのには、昨日のフリーバトルに原因があった。 パーティ全体のレベルアップを図る、という名目のもと、王城前の高札から適当な物を選んで、ゼラムを出たまでは良かったのだ。 相手は少数精鋭の盗賊団。 数の暴力の名のもとに、あっという間に討伐したのだが、ケイナの放っていた弓矢はそのことごとくが外れ、足を引っ張ってしまっていたのだ。 このところの調子の悪さにイラついていたのが、さっきのケイナだったのである。 気分転換に街を散策していた際に、新作ケーキの試食会をしていたパッフェルとばったり出くわして、ケーキを分けてもらったのだ。 自身の眉間を指差しながら、 「ここにシワ寄せてたら、中るものも中らなくなってしまいますよぉ?」 なんて一言をオマケに賜って。 そのおかげで機嫌は直ったのだが、百発百中だった彼女の矢が外れたのには、日頃気苦労がたえないフォルテの調子のよさも、少なからず関係していたわけで。 つまり、全面的に彼が悪くないわけではないのだ。 ……悪い要因のほとんどが彼の行動にあるわけだけど。 「カイナちゃん。私のことで怒ってくれるのは嬉しいけど、今回はフォルテにちゃんと謝っておくのよ?」 「……わかりました」 そう返事をしたカイナは、未だ動きを見せないフォルテのもとへしずしずと歩むと、しゃがみこむ。 「ごめんなさい、フォルテさん。私が勘違いして貴方に怪我をさせてしまって……」 そして、矢が刺さったままの臀部を見やり、 「あ、この矢……邪魔だと思うので抜きますね」 矢の羽部分に手を添えて、むんずと掴む。 少し引っ張っただけでは抜けないことがわかると、 「えいっvv」 強引に引き抜いていた。 矢が刺さった瞬間と同様に強力な激痛がフォルテの身体を走り抜け…… 「うぎゃ―――――っ!!」 ゼラム中に聞こえてしまうのではないかと思うくらいに、一際大きな悲鳴が上がったのだった。 「か、カイナちゃん……」 「なんか、フォルテに対して怨念みたいなものを感じるんだけど」 「鬼よ……鬼が見えるわ……」 フォルテの臀部、全治1週間。 |
46音お題より、『を』でした。 をいをいをいをい!!なんて、他のサモキャラは使わないと思うんです。 なので、フォルテをメインに据えることにしました。 なかなか酷い仕打ちで、かわいそうな気はしましたが。 |
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