「今日のゴハンどーしよっか?」
「ボク、おかあさんのつくるりょうりなら、なんでもいーよ」

 そんなボクの答えに、彼女は嬉しそうに笑った。
 彼女―――おかあさんと買い物。
 ボクは彼女と手をつないで、歩道をえっちらおっちら。
 黒くて長い、きれいな髪をなびかせて、彼女は笑っていた。

「あら、うれしいこと言ってくれんじゃないの」
「だって、ボクおかあさんのりょうりだいすきだもん!」

 そんなボクの言葉に、彼女は再び笑顔を見せた。
 太陽のような笑顔。
 そう例えても遜色ないけど、とにかくきれいだと思った。
 もしかしたら、おとうさんもそんなところに惹かれたのかもしれない。

「じゃー、おとうさんのは?」
「おとうさんのは……なんかヤ」
「ハハハッ、たしかに。『男の料理だ!』とか言って得体の知れないモン出して来るからねえ」

 車道に、車はあまり多くない。
 だからこそ、ガードレールが無かったのかもしれないが。
 後にこの場所で、悲劇が起こることなど、知る由も無かった。




    
ボクは、ここにいる。




「ほら、帰るよ!」
「は〜い♪」

 彼女の後を、ボクはひょいひょいとついていく。
 買い物を終えて、荷物を片手に。空いた手でボクの手を握って。
 歩幅が違うから引っ張られる感じではあるが、ボクはそれが嫌ではなかった。

 再び、歩道をえっちらおっちら。
 塀の上に茶色のネコを見つけては捕まえようとピョンピョン跳んでみたり、たまに走ってくる車を指差しては「車だ、車だ」とはしゃいでみせる。
 ボクも、無邪気な子供だったのだ。

「お……」

 季節は夏。
 ふと、静まり返った公園に差し掛かると、彼女は軽く声をあげた。
 視線の先には、数匹のホタルが舞っていて。

「ほら、ホタルだよ。ホタル」
「わ〜、スッゴイね!」

 考えてみればホタルの何がすごいのか。
 1週間という短い命ゆえか、自分達の住まう地域では珍しいからか。

「きれいだね〜」
「うん」

 思わず立ち止まり、見入っていた。
 風情があった。
 夕暮れを過ぎて少しずつ暗くなって、気温もだんだん過ごしやすいものになって。極めつけはこのホタル。
 夏の風物詩だ。
 日本人ならば、そう口にして風情に浸ってしまうのも無理もないかもしれないが。




 それが、いけなかった。




「それっ、それっ!」

 捕まえようと、ホタルを追いかけるボク。
 今までつないでいた手を放して、手を伸ばす。

「……!? っ!!」
「え……」

 気づけば、そこは車道の真ん中。
 あまり車の通らないはずの車道に、運悪く通りかかった1台の車。
 それは、もうボクの目の前だった――――









 ……………






 ………






 ……









 ――――次の瞬間には、ボクは道路の路肩に身体を打ち付けていた。
 車道の真ん中にはいたはずのボクの代わりに、横たわっているのは。

「お、かあ…さん……?」

 買ってきたものを散乱させたまま、動かない彼女。
 ボクは鈍く痛む身体を無理やり起こすと、ゆっくりと近づいていく。

「―――――っ!!」

 近くで知らないおじさんが声をかけてくるけど、そんなの知らない。
 ボクの視界には…彼女しか映っていなかったのだから。

 脇の部分に膝を落とすと、ぐしゃ、という音が聞こえる。でも、それがなんなのか、暗くてよくわからなかった。

「おかあさん、おかあさん…」

 ゆさゆさゆさ。
 いくらゆすっても、起きる気配はない。

 …なんで、なんで、なんで?

 彼女に何が起こったのか、そのときは理解できなかった……否、理解したくなかった。
 そのとき。

「わたし、まだちゃんと生きてる? ……うん、生き、てる。、そこに…いる?」

 突然、声が聞こえた。
 今までゆすっても起きなかった彼女が、目を開けていた。
 しかし、その瞳は虚ろでボクがどこにいるかわかっていない様子。

 …目が見えていない?

 直感的に、そう思った。

「おかあさん…ボクは、ここだよ?」

 肩に両手を乗せて、自分の存在を告げる。
 彼女は苦しそうに、でもうれしそうに弱々しい笑みを見せると、

「よかった…あな、たが、無事で……」

 そう口にした。

「おかあ…さん、ね…も、う…ダメ、みたい……」
「ダメ? ダメって…なにが?」

 わかっていた。
 彼女はもうすぐいなくなると、わかっていた。
 でも、認めたくなかった。

「も…う、いっしょ……に…いて、あげられない…の……」

 軽く咳き込み、ばしゃりと何かを吐き出した。

「ヤダ、ヤダよ…おかあさん!!」
「お父、さんの…言うこと…、ゲホッ、ちゃあんと……聞いて、いい子で…」

 やめて。
 ヤメテ。
 やめてやめテやメてヤめてやめて!!

 そんな言葉が反芻する。
 大好きなおかあさんが、どこかへ行ってしまう気がしたから。
 大事なものが1つ、なくなってしまう気がして。
 わかってはいても、そんなこと言ってほしくなかった。

「ごめ…んね……愛、して…る……」

 彼女はそう口にして、目を閉じた。
 同時に鼓動は停止して、その動きを止める。
 次第に体温を失って、冷たくなっていく彼女の身体。
 子供ながらに……認めてしまった。

 認めたくなかった。でも、もう認めてしまった。

 おかあさんは…大好きだった、おかあさんは……














 もう、戻ってこない。














「うっ、うあぁっ、うあぁぁぅ……っ」

 嗚咽がとまらない。

 ただ、ホタルを捕まえたかっただけだった。
 大好きな人の前で捕まえてみせて、もっと近くで見せてあげたかった。
 「すごいね」って、誉めてもらいたかった。


 ただ、それだけだったのに。


 ぽたん、ぽたん。
 流れる涙に混じって、まるで狙ったかのように雨が降り始めた。
 雨は次第に強まって、彼女から流れ出ていた液体を押し流していく。
 ボクは、流れる涙をそのままに、天を仰いだ。




























「おかあさああぁぁぁぁん……!!!」




























 …………





 ……





 …







 あれから、10年以上もの時が過ぎた。
 今日から『俺』も高校生。

 あなたがいなくなって、塞ぎこんでいた俺をすくい上げてくれたのは、父さんだった。
 強くなれ、母ちゃんを見返してやれ、って叱咤してくれたことは、いまでもよく覚えてる。
 母さん、俺……強くなったんだ。元々は俺の不注意が原因だけど、それでも。
 きっと、驚いてるよね。


 ……心配しないで。
 『俺』は…あなたの息子は、今もここに生きています。
 例え世界が変わろうとも、俺は今もここにいます。


 あのときのように、空を仰ぎ見る。
 無限に広がる蒼穹が視界に飛び込み、否応にも世界の広さを認識させられる。

 大事な人を失って、塞ぎこんでいる自分は……もういない。
 大切な仲間たちとと一緒に、ここにいるよ。



 もう、大丈夫だよ。







「あ……」








 一瞬、あの時見た太陽のようなきれいで、まぶしい笑顔が……見えた気がした。









46音お題より、『わ』でした。
高校に入学した夢主の独白(のつもり)です。
連載を続けていて、すでに忘れかけている方も多いかもしれませんね、夢主の過去話でした。
微妙にですが、3連載78話とリンクさせています。
違う部分もありますが、それは3連載のほうで修正する予定です。

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