歓声と喧騒。

 今、この場はその2つによって占められていた。
 ここは、帝国領海のどこかにある忘れられた島は鬼妖界の集落内にある大蓮の池。
 池の縁には、島の全住人が集まっていた。

「お、おわぁっ!?」

 ぼっちゃん。

 気の抜けるような声を上げて、鬼人の男性が1人、池へと落下。おぼれていた。


「おぷっ、たっ、助けてくれぇ…俺、泳げないんだよっ!」


 男性は救出係である天使のフレイズによって、なんとか陸へと戻っていった。




 現在この大蓮の池で、『第1回・大蓮JUMP大会』が行われていた。






    
大蓮JUMP大会






 事の発端は、青空教室でのことだった。


「というわけで、あの池の蓮はあのような大きいものになったんです」
『へ〜…』

 アティが生徒たちに言われて、レックスと必死になって池の大蓮を調査をした結果を聞かせていたときだった。
 黒板に蓮の全体図を丁寧に描き、ピシッ、と細い棒の先を当てる。

「じゃあ、どんくらいの重さなら耐えられるんだ?」
「調べた結果だと……カイルが乗って少し沈んでたから、大人1人分、がいいとこだと思うよ」

 挙手をして尋ねるスバルに、レックスは丁寧に答えていった。重さの例えとなり得る物がなかったため、カイル一家や護人たちに協力してもらってやっと調べ上げたので、レックスは得意げに胸を張った。

「そういえばさ。おいら戦いが終わってから、特訓してたんだよ、蓮渡り」

 でも、どうやっても先生たちの記録を抜けないんだよな。

 腕組みをしてスバルが顔をしかめると、先生2人は苦笑いを浮かべた。
 この2人は初めて島に来たときに蓮渡りに挑戦して、今までの最高新記録をたたき出したのだ。ちなみにレックスとアティなら、身軽なアティが若干早かったのだが。
 も何度か挑戦をしてはみたものの、その記録を塗り替えることはできずにいた。

にいちゃんの記録はなんとか抜いたんだけどさぁ……」
「ユエル、やったことないからわかんないけど、そんなにむずかしいの?」
「うん。先生たち、スゴイんだよ。スタートしてあっという間にゴールに着いちゃったんだから」

 蓮を一つ飛ばしで飛んだりとかしてたし。

 パナシェは両手を広げて、尋ねたユエルにその凄さの力説を始める。
 そんな彼を、ユエルは人差し指を口に当てて聞いていた。

「じゃ、明日は蓮渡りの記録会でもやりましょうか?」
「うん、それはいいかもね。毎日座学ばっかりじゃ、退屈だろうから」

 つぶやいた先生2人の言葉に、子供たちは歓声をあげたのだった。

















「しっかし、ずいぶんと大事になってないか?」
「まぁ、みんな大騒ぎが好きだからね」

 誰が口を滑らせたのか、授業の一環として行われるはずの記録会が、島をあげての大会になっていた。
 参加受付として備え付けられた席には几帳面なヤードが座っており、飛び入り参加を募っている。

 とレックスの視線に気付くと、笑みを浮かべて、ひらひらと手を振った。
 そろって手を振り返すと、歓声が上がる。

「ああっ。先生、ーっ!!ほらっ、見て見て。アニキがトップになったよ!!」

 さも嬉しそうにフレイズと同様に池に落ちた人の後始末係りのソノラが2人に近づきながら叫ぶ。
 ゴールを見れば、カイルは嬉しそうに歯を見せてガッツポーズを取っていた。
 記録を測っているのは、「水にぬれると化粧が落ちるからイヤ」と参加をごねたスカーレル。用意した紙に記録を書き込みながら、カイルにねぎらいの言葉を掛けているようだ。

「カイルって、蓮渡り初めてだよね?」
「…さぁ」

 ひそかに練習してたのかもね。

 レックスはそう言うと笑みを浮かべた。
 カイルの後、蓮の上をアティが軽快に飛んでいる。白いマントを翻し、スタッとゴールに着地すると、歓声とともに拍手が巻き起こっていた。

「アティ、好かれてるねぇ」
「なに…、もしかして…妬いてる?」
「何をおっしゃいますかね、この先生は」

 にやにやとを見るレックスを軽くいなし、受け付けへと歩き出す。

も出るのかい?」
「暇だしね」
「じゃあ、俺も出ようかな?」
「レックスは決定事項だろ。最高記録の保持者なんだから」

 きっと、もう参加登録してあるよ。

 の声を聞いて、レックスはきょとんとして動かしていた足を止める。
 彼を見て苦笑しながら、は受付へと向かった。









くんも出るんですね?」
「うん。カイルには劣ると思うけどね」
「大丈夫ですよ。カイルさん、必死だったみたいですし」

 大丈夫ですよ、とヤードは2回目のその言葉を口にした。











 スタート地点に立つ。
 並んでいる蓮と岩を正面にすると、歓声が上がった。

、俺の記録抜くんじゃねえぞっ!!」
「頑張ってくださいね〜!」
「ファイトだ、にいちゃんっ!!」
「ま、適当に気張れや」
「ガクランさ〜ん、ガンバルですよ〜」
「カイルなんかやっつけろ〜」
「ユエルぅ。それ、なんか違うよ……」


 カイル、アティ、スバル、ヤッファ、マルルゥの順番でに声が掛けられ、意味を取り違えたようなセリフを叫ぶユエルにパナシェが突っ込んだ。そんな彼らに視線を向けてひらひらと手を振る。
 カイルとヤッファの声援は、声援に聞こえなかったのは気のせいだろうか?

『用意……スタート!!』

 スタートの合図をしたのはファリエルだった。上げた手を振り下ろしたところで、は地面を蹴った。

















 は軽快に跳躍を重ねていく。

さまのゴール地点への到達確率……90パーセントです」
「あら、100じゃないのね」

 アルディラとクノンは、自分の集落から持ち出した簡易組み立てイスに座り、蓮渡り大会を見ながらの優雅なティータイムを楽しんでいた。
 クノンが出場者の身体データを検索し、蓮の動き、風速などといったデータを踏まえた上での『ゴール地点への到達確率』を算出する。
 算出した確率を元に会話を成り立たせていた。

「はい、残りの10パーセントは不確定要素です。例えば……」









「うわぁっ!?」



 つるっ!

 ぼっちゃん!




「あのような不意の出来事です。運がないですね、さまはその10パーセントに当たってしまったようです」
「クノン…貴女、言うようになったわねえ…」

 蓮の上で足を滑らしたは見事に空中で1回転。そのまま池へとダイブしていた。
 クノンは空中に身体を委ねたを指差し説明すると、アルディラは引きつった笑みを浮かべた。













「しかし、見事に落ちたものですね」
「まったくじゃ。あの落ちっぷりは、実に壮観じゃったぞ」
「そんなこと言われても…あれは不測の事態というものでして…」
「ワシも久々に大笑いさせてもらったわい」
「…ゲンジさん、趣味悪いですよ」

 水をしたたらせながら、は救護場所という名の雑談所へとやってきた。
 池のそばの土を掘り返し、火を焚いていたのだ。土を掘り返した理由は、飛び火を防ぐためである。

 そして、そこにはミスミとキュウマ、それにゲンジの3人がそろって陣取っており、は大笑いしているゲンジを尻目に、濡れてしまった服を乾かすために火の前で腰をおろした。

「ほら。服、脱いで。脱がないと風邪ひくよ」

 そう言いながら、救護係のソノラは落ちた人が身体を拭くための布を差し出した。

「あ、あぁ……さんきゅ」
「さんきゅ?」
「ありがとう」

 お礼の言葉を言い直すと、「べつにいいよ」とソノラは笑った。
 布で顔と頭を拭ってから、服のボタンに手を掛ける。さらに半袖のシャツを脱いで火の前に広げた。



「?…どうした」
「えっ、いや…なんでもないよ、なんでもない…」

 顔を赤く染めたソノラを見て、は首をかしげた。

「そっ、そのぉ…男の身体って見るの初めてってワケじゃないけど、その……」

 両手の人差し指をつんつんと合わせながら、ソノラはつぶやくように声を発した。
 彼女の言うとおり、は今上半身裸の状態。彼の上半身は普通の人よりも比較的細めで、引き締まっていた。
 そして、そのいたるところに無数の傷跡が残っている。島を巡る戦いによってできたものだ。

「自分と同じくらいの年の人の身体って、見たコトなかったから……」
「あ、あぁ、悪いな。ヘンなもの見せちゃって。とりあえず、服が乾くまでガマンしてくれるか?」

 は顔だけをソノラに向けて、微笑んだ。


















「自分たち、忘れられてますね…」
「青春じゃ、若者はいいのう…わらわも若い頃は……///」
「若いモンは初々しいのう……」


 キュウマはそんな2人を見て小さなため息をつくり、ミスミは昔を思い出して頬を赤く染めながら悦に浸り、ゲンジは遠い目で大会の行われている池を眺めていた。


























 結局、大会の優勝者はミスミの雰囲気に耐え切れず避難してきたキュウマとなった。
 何か自分にとって良くないものを振り払うようにただ必死に蓮を渡り、そのときトップに君臨していたレックスを見事に下したのだった。











 ………さすがシルターンの鬼忍。

 島の住人に忘れられていた彼の称号は、このときだけ思い出されていたのだった。















46音お題より、『ぬ』でした。
ミニゲームネタだというのは、見ればおわかりだと思います。
みなさんは、キュウマが鬼忍だということ、忘れてはいませんか?
ちなみに、管理人はこの話を書くまですっかり忘れてました。




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