「待ちなさーい!」 ギブソンミモザ邸…略してギブミモ邸。 そう呼ぶと「なんであたしが後なのよ!」と叱られるのだが言いやすいのでこのまま。 その邸内を、二つの人影が見え隠れしていた。 「バルレルがっ、バルレルがぁーっ!!」 追いかけられていたのは悪魔の少年、バルレルだった。 そして、彼を追いかけているのは胸元にバツの字の目立つ服を着た少女で。 「ケッ!テメエに捕まるほど、俺様はバカじゃないんだよ!!」 捕まえられるモンなら捕まえて見やがれ!! まるで挑発するように、ふよふよとバルレルは飛んでいく。 その表情はなんだか楽しそうで。 少し飛び上がったところで身体を反転させると、屋根の上に着地したのだった。 思いを馳せる悪魔が1人、ここにいた。 「ふぅ、これでやっとゆっくり酒が飲めるぜ」 そう言って、バルレルは懐から一升瓶を取り出す。 小さい身体のどこにそんなモン隠してたんだ。 などと聞きたいところだが、以前彼は一升瓶2本を懐に隠し持っていたという前科持ちである。(オリジナル43話参照)。 キュポン、という音と共に蓋が取れ、待望の酒を喉に通した。 「っかー、やっぱうめェな!でも……」 ぐいと口から漏れでた酒を拭って、空を見上げる。 その先に見るのは、遥か遠い異世界。 「飲むならやっぱりビールだろ」 実は彼、名も無き世界で『ビール』という酒に魅せられ、飲みまくっていたのだ。 彼曰く、 コッチの酒よりずっとうめえ。 とのことらしく、また飲みたいなぁ、などと思いを馳せていたのだ。 「バルレルくーん!」 「んぁ?」 テラスを除けば、自分を探す少年の姿が見えた。 彼の名はレシィ。 メイトルパはメトラルの少年で、彼と同じ主を持つ召喚獣であった。 しかし、彼はどう見ても羊にしか見えないので、バルレルはそう呼んでいるのだが。 「ンだよ、羊。俺に用事かよ!?」 「あぁっ、いました。バルレルくんいましたよトリスさんーっ!!」 『トリス』という名前に、バルレルは顔を引きつらせる。 自分を呼ぶ声に答えたのはまずかったということをここできっちり理解して、逃げる準備を始めた。 …準備といっても酒の蓋をしめて、懐に戻すだけなのだが。 「なーんーでーすーとー!?」 光の速度で彼女はテラスへ姿を現した。 キキーッ、とまるでレーシングカーよろしくブレーキをかけると、「どこっ!?」とレシィに詰め寄っている。 「やべぇな。速いトコここを離れねェと…そうだっ♪」 「あっ、ああああそこですぅーっ!」 レシィはトリスの形相に怯えつつもバルレルのいる屋根を指差すが、すでにそこに人影はない。 「あ、あれれ?」 「…逃げたわね……」 ふるふると肩を震わせ、レシィとバルレルの主人(のはず)の少女は言う。 ギロリと邸内へ視線を向け、中へと消えていく。 向かいの窓の端から戻っていく彼女を観察して、三角屋根の反対側に隠れていたバルレルは大きく息を吐いた。 「ったく、あぶねェあぶねェ」 「あぁっ、バル…むぐぅっ!?」 「うるせェよ羊。静かにしやがれ」 テラスに下り立ち、声をあげようとするレシィの口を抑えて邸内へ視線を向けるのだが、そこにはだれの気配も無い。 涙をちょちょぎらせながらコクコクとすごい速さでうなずく彼を見てすこしあっけに取られたが、ゆっくりと手をどけてやる。 「ひどいですよぉ。ボク、トリスさんに叱られちゃいますっ」 「いいか、俺のことはアイツには黙っとけよ」 安心して酒も飲めやしねェ。 それだけ言うとバルレルは再び屋根へと上がり、酒瓶を取り出した。 「あのぉ、ボクも一緒していいですかぁー?」 そう言って、レシィは返事も待たずに屋根によじ登ろうとする。 さすが少年、見事なやんちゃっぷりである。 普段の雰囲気から、そんなことするヤツじゃないと思っていたのだが。 バルレルの彼に対する第一印象が崩壊した瞬間だった。 「…勝手にしろよ」 上ることに必死のレシィに向けて、そう言った。 …必死になりすぎて聞こえていないが。 もともと彼が嫌いなのは人間であって、彼のような召喚獣ではない。 そんな彼でもバルレルにとって嫌な性格をしていたのだが、邪険にする気がバルレルにはなかった。 酒をあおり、溜まった空気を吐き出す。 「やっぱ、ビールがいいんだがなぁ…」 「え?びいるってなんですか?」 「お前、なかなか上ってくんの速えじゃねェか……」 「ボク、木登りだけは得意なんです!」 自信あり気な表情で、ガッツポーズをしてみせる。 「それで、びいるってなんですか?」 「酒だよ、酒」 昔、知り合いと飲んだんだ。 そう言って、バルレルはさらに酒をあおる。 「知り合いって、召喚獣さんですか?」 「………」 ずいぶんと踏み込んでくるじゃねェか。 彼からしてみれば興味本位なんだろう。 バルレル自身も酒の席で起こったことなどほとんど覚えていないが、リィンバウムの酒をいくら飲んでも顔色1つ変えない青年が脳裏に浮かぶ。 彼の数少ない人間の(はぐれだけど)友人だ。 「ニンゲンだよ」 「……!?」 自分たちの主人に対して、かなりそっけない応対をしてきたバルレルだ。 レシィも彼の友人が人間だとは思いもしなかったのだろう。 驚きの表情が前面に出ていた。 「ソイツ、名も無き世界からのはぐれ召喚獣でよ。俺様はな、実は名も無き世界に行ったことがある」 酒が入ると、やはり饒舌になってしまう。 ヤベェな、などと思いつつも、言いたいことがどうしても口に出てしまう。 「ビールもそこで飲んだんだが、それがまたうめェんだ」 テメェみてェなガキにはわからねェがな。 そう言ってケケケと笑う。 「ソイツ、実験で利用されてた俺を助けてくれたんだよ」 ――― これで最後だ。彼にかかっている誓約を解除しろ。 ――― なんか奢ってやるから。それで今回のことは手を打ってくれ。 ――― 本当なら主がいるはずなのに、それすらいない俺たちはどうなるというんだ!? ――― きっと、また会える。その時は、また酒盛りしような! そんな彼の言葉が、次々と浮かんでは消えていく。 もう10年以上前の話だ。 普通に生活を送っていたなら、子供の1人や2人いるころだろう。 もっとも、『悪魔』バルレルの見たところ、彼は巻き込まれ体質のようだからどうなっているかは知ったことではないが。 「バルレルくんがニンゲン嫌いなのは、その実験のせいなんですね」 意外です、とずいぶん失礼なことをいう目の前の羊。 それも酒の席だという理由で聞き流してやる。 それ以外ならしばき上げているところだ。 「召喚獣をただの道具と思わず、対等に接してきやがる。しかも、他人本位で究極のお人よしだ」 「……なんか、ある意味すごい人なんですね」 「テメェも会ってみればわかるだろうがな」 会おうにも会えない。 自分は誓約に縛られているし、向こうは向こうでドコにいるかすらわからない。 また喚ばれたんだから、もう1度会いたいと願うのは我侭だろうか? 「我ながら……っ、女々しいよな、ったく」 酒瓶を真上まで持っていき、中の液体をすべて胃へ流す。 「バルレルくん、その人のこと好きなんですねっ!」 「な…っ」 なんてことを言うか、この羊は。 こともあろうに、この俺様があの野郎を好いていると。 「ばっ、バカかテメェはっ!あんな野郎、好きなわけねェだろうが!!」 「野郎ってことは、男の方なんですね」 「うっ、うるせェよこの羊がっ、この羊がっ!!」 バルレルはもともと赤い顔をさらに赤くして、レシィの頭をとにかく殴る、殴る。 「うあああんっ。痛いっ、痛いですよバルレルくんっ!?」 自分が声を荒げてしまったせいか、レシィが声をあげたせいか。 「見・つ・け・た・わ・よ、バルレルくん……vv」 恐る恐る、声の主を見やれば。 黒い炎を背負った、召喚主の少女が引きつった笑みをこちらに向けている。 「ひぃっ!!」 黒いオーラに恐れをなして、レシィは悲鳴をあげる。 「に、ニンゲン……」 ニンゲン。 本名はトリスという名だが、バルレルは彼女をそう呼ばない。 なぜなら、彼女はバルレルの嫌いな人間だから。 「もう逃げられないわよぉ……vvv」 死ぬ。 絶対死ぬ。 彼は、そう直感した。 悪魔なりの第六感というヤツだろうか。 飛んで逃げればいいのだろうが、酒が入って思うように動けない。 「食べ物の恨み…思い知れェ―――!!」 「ギャ―――っ!?」 実は彼女、後で食べようと取っておいたケーキをバルレルに食べられたから怒っていたのである。 腰から戦闘に使う杖を取り出して、先端でゴルフのスイングよろしくバルレルを思い切り、何度も殴り飛ばしたのだった。 このあと、バルレルの話に出ていた青年が2人のおまけを引き連れてギブミモ邸を訪れるのだが、それはまた別の話。 |
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