無限に広がる蒼穹に、ぽつんぽつんと見えるのは小さく白い雲。
 微風が岩場に寝そべるの頬を撫で、髪を揺らした。

 のどかな日常。
 とてもではないが黒い鎧の集団に追われているとは思えない。

 周囲は緑に覆われた湿原。

 そう。
 一行はこの湿原―――フロト湿原へピクニックに来ていたのだった。

「ずっと、こんな日常が続けばいいのにな…」

 過去幾度となく巻き込まれた果てに、彼が得た持論だった。
 何度も巻き込まれて、何度も死線をくぐり抜けつづけて。
 まぁ、今回も巻き込まれたせいでここにいるのだが。

さん、そろそろお昼にしませんか?」
「?」

 意識の飛びかけていたに、影がかかる。
 ゆっくりと目を開くと。

「アメル」

 彼女の大好きなおいもさんを材料としたパンの入ったケースをそばに置きながら、アメルはにっこりと笑ったのだった。





    
世界の定義





 飛びかけていた意識を引き戻して、上体を起き上がらせる。

「あぁ、悪いな」
「お前、こんなトコにきても寝てんだな」

 一緒にいたリューグがそんなことを呟くが、特に気にすることもなく。

「こんなところだからこそ、だろ」

 リューグに向けてそういい放った。
 いただきます、とパンを1つとり口に放り込む。やわらかな食感とほのかに広がる芋の味に舌鼓を打つ。

「それに、寝てたわけじゃないさ」

 頭を掻いて、視線を地面に向ける。
 そう言ってはいるが半分すでに意識は飛んだりしていたのだが、それは秘密。

「ただ今を、満喫してるだけ」

 つかの間の平和。
 は、それをただ満喫していただけなのだ。

「リューグは村人たちの仇を討つために、本当ならこんなトコに来るべきじゃないと思ってるだろ?」
「そりゃ、そうだろ。奴らは村の仇だ。許せるわけねぇ」

 憎しみをこめて拳を握ると、両の眉を吊り上げてみせる。

「君も彼らを追いかけて、彼らも俺たちを追いかけてる」

 それで、結局はぶつかりあうんだ。

 似たような光景を何度も見てきた。
 ぶつかる度にに苦悩し、後悔や悲しみをその表情に貼り付ける・・・そんな光景を。
 任務のためにと私情を押しつぶして戦った人もいた。自由を手に入れたいというささやかな願望の果てに、利用された人もいた。

「戦いが起こるたびに、世界が泣くんだよ」
「世界が…泣く?」
「いきなりなに言ってんだよ。世界が泣くなんて……」
「本当にそう思っているのか、君は?」

 そんな言葉に、リューグは押し黙る。
 真面目な、軽くにらんでいるような視線を彼に向けて、

「世界って、なんだと思う?」

 世界の定義。
 それは誰にもわからないことなのだ。
 リィンバウムの他に隣接する4つの世界と、名もなき世界。きっと、その他にも世界が存在しているのかもしれない。

「俺は、世界って人それぞれだと思うんだ」

 戦いが起こるたびに、どこかで犠牲が出てしまう。犠牲が出れば、その人の世界が消えていくのだ。
 そうなれば、残された人は涙を流す。

「なんでかさ。それがわかるんだよ。もしかしたら、考え方が違うだけなのかもしれないし…」

 俺が化け物だからかもしれないけどな。

 そう言って、苦笑いを浮かべた。



「君も、いま泣いているよ。リューグ」
「は……」

 村の仲間を殺されたから。
 自分の大切な人を、危険な目に合わせる連中がいるから。

 リューグはそう言って顔を向けた彼を見て、目を丸めたのだった。




「でも、貴方は…っ!」
「前に俺が化け物なんじゃないかっていってきたヤツがいたんだよ」

 否定はしないけど、とそう付け加えて、残りのパンを口に放り込んで空を見上げた。

「世界は、人の中にあると俺は思ってる。でも、皆はそう思っていないだろ?」

 目を閉じて、かすかな微風を頬に感じとりながら2人にそう尋ねる。
 2人から答えが返ってくることはなく、

「1人1人違う世界を持ってる。皆違うのに同じだって思い込んでる」

 だから、戦いなんてものが起こるんだろうな。

 いくつもの戦いを生き抜いて、派閥からも危険視されて。
 しかも天性の巻き込まれ体質で、1つの場所にとどまっていられない。



「だから、平和でいられる今を…大切にしたい」



 戦いの悲惨さを、今までの彼の経験が物語っているかのようで。
 なぜか、とても悲しかった。





「悪い。せっかくいい気分だったのに台無しだな、こりゃ」

 再びパンを手に取ると、かじる。

「うまいな」
「ありがとうございます」

 2個目を食べきったところで、は再びごろりと横になった。

 今度は寝るから。

 そう言って、目を閉じたのだった。





「重たい話ですね」
「そうだな」
「きっと私たちでは想像もできないような悲惨なことも、あったんでしょうね」
「……あぁ」

 2人は立ち上がって、寝息を立てるの顔を見やる。
 その表情は、とてもそんな暗い過去を背負っているようにも見えなくて。

「幸せそうに寝てやがるな……調子狂うぜ」

 誰の目から見ても、今の彼は今この時間を大切に生きている。
 戦いのない世界を、誰もが笑って暮らせる世界を心から望んでる。
 そう見て取ることができるだろう。
 それほどに彼の表情は穏やかで。

「いつまでも、くよくよしてちゃいけないのかもしれませんね」
「だが、俺はあの連中を許すつもりはないし、仇だって…とってやるさ」
「リューグ……」

 彼女を守ると誓った。
 なにがあろうと、どんなことがあろうとも、絶対に彼女を守りきってみせる。
 そのためなら、どんなことをしてでも強くなる。


「それが、今の俺だからな」


 悪く思うなよ、と。
 眠りに落ちたままのを見ながら、リューグはそう呟いたのだった。








46音お題より、『み』でした。
本当はほのぼのの予定だったのですが、妙に暗い話になっちまいました。
本当にほのぼのが書けないんだな、と自己嫌悪してしまったくらいです。
すいませんすいません! (さらに自己嫌悪)



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