「よう、パッフェルじゃないか」
……さん」

 街中でバスケットを抱えたパッフェルを見つけたは、ひらひらと手を振りつつ駆け寄っていた。
 まだ朝も早く、人の通りはほとんどない時間帯。
 は鍛錬でもしようかと、こうして街へ足を運んできていたのだ。
 目的地はもちろん、街の出入り口。

「……どうした? 元気ないな」
「いえ、たいしたことじゃないんですけど。……気持ちが乗らなくて」

 まだ全然お仕事してないんですよ、とバスケットの中身を見せつつ、苦笑を漏らしたのだった。





   
夢の先で





 よろしければ、聞いていただけますか?

 その後のパッフェルの一言で、元気がない理由が理解できた。

 昔の夢を見た。
 今は平和な島のみんなを、部下を率いて殺してまわってきた時の夢。
 自分が合図すると、訓練された兵士たちが次々と襲いかかり、罪もない召喚獣たちを音もなく殺していく。
 ナイフを突き刺し、切りつけ、首を引き裂く。
 常に急所に狙いを定め、何人もの人を、召喚獣たちを……いくつもの『命』を奪い尽くした、忌まわしい記憶。

 早く忘れて、吹っ切って。
 目の前の青年や先生たちが言っていたように、幸せにならなければいけないのに。

「昔の夢のせいで、仕事ができそうにないんですよお」

 苦笑しつつ、パッフェルは最後にそう口にしていた。

 過去の罪に苛まれてきた彼女。楽になるには、充分すぎるほどに時間は経ったのに。

 目尻には小さな涙の粒があることを、は見逃してはいなかった。

 居たたまれなくて、放っておけなくて。



「……っ!?」



 は、パッフェルをその両腕の中に納めていた。


「あっ……あああのっ! さんっ!?」
「泣けよ」
「え……」

 彼女の慌てたような声が止まり、強張っていた身体の力が抜けていく。

「悲しかったら泣くといい」
「……でも」
「悲しいのに、泣けない人間なんていやしない。ここで泣いて、今の気分が晴れるなら」

 抱きしめていた両の腕に伝わってくる、小刻みな震え。
 今までずっと、我慢していたのだ。
 過去の罪が感触として残り、夢に見るほどに強く彼女を縛り付けている。

 この場で泣いて、彼女がその罪から逃れることができるなら。

「俺のでよければ胸、貸すから」

 きゅ、とシャツを掴む彼女の手に力が篭もる。

「……っ、いいんですよね? 私、我慢しなくてもいいんですよね!?」
「ああ……もう、我慢しなくて……いいから」

 答えを告げた途端。
 彼女から嗚咽が聞こえ始めた。

「う、うぁぁっ……」

 よっぽど我慢していたのだろう。
 シャツの胸元を握り締めて、縋りつくように。





「あああぁぁぁぁぁ…………っ!!」





 タガが外れたかように、声をあげて泣き出したのだった。





 …………





 ……





 …





「……ありがとうございます。服、シミになっちゃいましたねぇ」
「いいさ。君の気持ちが晴れたなら、その甲斐があったってもんだ」
「もう……」

 パッフェルは泣きはらして赤い目をそのままに、見ほれるような微笑をに向けていた。

 彼女が犯した過去の罪を知っているからこそ。
 組織から切り捨てられたことの辛さと、『組織』という世界しか知らなかった彼女に感じた憐憫。
 そんな要素が、以前彼女を助けた要因でもあったのだ。
 だからこそ『幸せ』そうに笑う彼女を見たときは、本当に嬉しかった。
 哀しげな表情など、見せて欲しくない。

 彼女の今の表情には翳りもなく、沈んでいたのがウソのように晴れ晴れとしていて。
 もう大丈夫だな、と内心で思う。

「それじゃ私、行きますね。お仕事、大急ぎで終わらせちゃわないと!」

 ではでは、さらばですっ!

 そう言って、に背を向けたのだが。



「ちょっと待った!」



 が彼女をその場に押し留めていた。
 その目的は、本来自分が行おうとしていたことを実現するために必要なことで。

「……え?」

 振り返った彼女に。



「俺、道に迷ってたんだよ。悪いんだけど仕事のついでに、街の出口まで連れてってくれないか?」



 すでに、の方向音痴が全方位に展開されていたらしい。
 互いにしばらくの沈黙の後……

「あはははははっ!!」
「わっ、笑わなくてもいいだろ!」
「だって……」

 先ほどまでの雰囲気が一変する。
 頼もしい男性(ひと)だと思ったばかりなのに、いい年のくせして『道に迷った』はないだろう。

 そんな激しいギャップのせいか、パッフェルは思わずお腹を抱えて笑いまくっていた。

「子供みたい……っ、あはははははっ」
「〜〜〜〜〜っ!」











 先生……私は、今日も元気です。













 ―――――幸せです。











46音お題より、『か』でした。
パッフェルの過去。
彼女は性格上、ネガティブになることは無いのかもしれませんが、
これも1つの可能性、ということで。



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