電話が鳴った。
 風情ある武家屋敷に、けたたましい音が鳴り響く。
 ここ、家の電話は、いまどき珍しい黒電話である。
 ファックスもコードレスな子機もなく、電話線とダイヤルと受話器で構成された、すでに骨董品に近い。
 そんな古くから使い古された黒電話だが、情報化社会の進んだ現代でも何気に現役。
 他の家々にある後輩たちに負けることなくバリバリ働いてくれていた。

ーっ!! お前出ろ、俺は手が放せねえっ!!」

 大声で叫んだのは、この家の主である。
 何に手が放せないのかは定かではないが、そんな声にのそりと立ち上がったのは家主の息子だった。

「……めんどくさいなぁ」

 ふてくされたようにつぶやく。
 長い廊下を駆け足で移動し、玄関先の受話器をとると。

「はい、もしも……」
「おっそーいっ!!」

 耳を貫くキンキン声が受話器から飛び出して、息子の耳を激しく攻撃していた。



 
遅れてる親子



「いつまで待たせんのよ! あたしだっていろいろあるのにさ、もう切っちゃおうかと思ったわよ! 大体あんたたち親子揃ってぐーたらしすぎなの! もっとしゃきっとしなきゃ……」
「…………」

 さらにこちらからは有無を言わせぬマシンガントーク。
 受話器を遠ざけてもなおはっきり聞こえるその声は、仲のいい知り合いのものだった。

「ねえ、ちょっとき……」

 ……ちん。

 あまりのやかましさに思わず受話器を置いてしまった。
 通話が途切れたため、今頃向こうでは一定の意外に寂しい音が鳴っていることだろう。
 しかし。

 じりりりりりん!!!

「またかよ」

 つぶやき、受話器を取ると。

「ちょっとー、急に切らないでよ。用事があったのに、っていうか急に切っちゃうのはマナー違反でしょ?」

 ……いやその声だけでもーマナー以前の問題だよ、きっと。

 なんて心の中で呟いてみる。
 耳元で聞こえるけたたましい声に嫌気が差し、再び受話器を置こうとしたのだが。

「うわああごめんなさいだからじゅわきをおかないでぷりーず」

 なんかいきなり下手に出てきやがった。

「わかったちゃべってやるからなんだ用事は?」
「句読点くらいつけろぉっ!」

 げんなりである。
 これだから、電話というのは苦手だ。

「ま、いーや。で、用件ってのが……」

 ぷちん。

 また切れた。
 ……いや、受話器は置いてませんよ?
 わかってるけど一応耳元の受話器を確認してみる。
 受話器は持ってるけど、聞こえるはずの音が聞こえなくなっている。

「……父さんか」

 彼の父親である家主が、始めてしまったのだ。
 その方角を見やり、小さくため息を吐いた、そのときだった。

―――ッ!!!」

 ばああああんっ!!

「うおあぁっ!?」

 玄関の扉が勢いよく開かれていた。
 その先で、ぜーぜー息を切らしているナツミの姿が。
 さらにその背後には。

「ハヤト……」

 友人のハヤトが苦笑しながらひらひらと手を振っていた。

「普通に音信不通になるなよ。ケータイ充電しとけよ。そっちにもかけたんだぞ?」

 2人を居間に通すと、まずハヤトがそう告げた。

「仕方ないだろ。父さんがインターネット始めちゃったんだから。携帯は使い方わからんから電源が切れてから充電しないで放置だし」

 は元々、機械オンチなのだ。
 これから必要だといわれて購入した携帯電話も、実はちっとも役に立っていなかった。

「あんたの機械オンチはさておき、固定電話がなんでいきなり切れるわけ? ……受話器置いてなかったわよね?」
「当たり前だろ……っていうか、そういうもんじゃないのか、インターネットって?」
「「………………」」

 ありえない。
 2人はそう思った。
 彼の家はいまどき珍しい、電話線と兼用の回線を用いていたのだ。
 電話とインターネットの2つをたった1本の線で使っているのだから、どちらかを諦めなければ仕方がない。

「だから、そのんなと気のためにケータイ買ったんだろ……」
「別になくたって生きていけるだろ。っていうか、使い方がまったくわからん」

 もはや、彼らが言うことはたった一言だけだった。

「「遅れてる……いや、遅れすぎだ……」」





46音お題より、『ふ』でした。
短いです。そして、夢主家は現代社会から大きく出遅れています。
インターネットがなんとISDNというびっくりぶりです。


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