……ルウがカゼを引いた。 真っ赤な顔でベッドに寝そべり、掛け布団を首下までくるまっては大げさに咳をする。 「ずずっ……あ゛ぁ〜……」 先日、デグレアに偵察に行った、翌日のことだった。 「お〜い、氷水持ってきたわよ〜」 ノックをし、了解を待たずに入ってきたのは、ミニスとモーリンだった。 ベッドの傍らまで歩み寄ると、モーリンは手に持った洗面器を床に置き、中のタオルを絞ってルウの額に乗せた。 「ふぁ〜、気持ちい〜ぃ♪」 「調子はどうだい?」 「ん〜、朝よりはよくなったかなあ」 「ルウは薄着過ぎるのよ。私でさえスッゴイ寒かったのに、ほとんど裸に近いカッコしてるんだもん」 ミニスのそんな一言がルウに突き刺さった。 ルウは普段から露出の多い服を着ている。 派閥に属していなかった一族としての風習なのか、ただ彼女が好んで着ていたのかは知らないが、雪すら待っているほどの寒い中をそんな格好で出歩けば、カゼだって引くというものだ。 「それを言ったら、モーリンだってカゼ引いてるでしょうよお」 「あたいはちゃんと鍛えてるからねえ。寒さなんかにゃ負けないよ」 モーリンは得意げに、かんらかんらと笑ってみせたのだった。 カゼっぴきの野望 「はいはい! それじゃ、ミニスは外に出なよ」 「えー!?」 なんでよお、とミニスはモーリンに詰め寄るのだが。 あえて、「子供はカゼがうつりやすいから」とは言わない。 「ぶーぶー!!」 「むくれてもダメだよ。子供みたいなことしてないで、さっさと出な」 なぜなら、ミニスは子ども扱いを嫌うから。 一人前の大人として接してやれば、彼女はすごすごと部屋を出て行った。 モーリンは、ミニスの信条を逆手に取ったのだ。 「……ごめんね、迷惑かけて」 ミニスが出て行った後で、ルウはそう口にした。 アルミネスの森で召喚獣たちと暮らしていた彼女は、人と接したことがほとんどなかったのだ。 他人に迷惑をかけずに生きてきた彼女にとっては、今回のカゼははじめての体験だった。 言われるがままにベッドに横になっていたのだが、とっかえひっかえ人が来るので、勝手がわからない部分もあったのだが、それ以上にみんなに迷惑をかけてしまっていることに負い目を感じていた。 「気にすんじゃないよ。あたいらは仲間だ。これくらい当然さ」 フォークを切ってきたリンゴに突き刺して、手渡す。 ルウはそれを口の中に放り込むと、しゃりしゃりと音を立てて噛み砕き、飲み込んだ。 「あたしね。こんなふうに人に看病してもらったの、初めてなんだ」 それ以前に病気なんてしたことなかったけど、と付け加え、苦笑する。 「ケガしたときとかは、ペコが介抱してくれてたし」 「そういやアンタ、一人暮らしだったもんねえ」 「言葉は通じなくてもさ。あのコたちとは仲良くやってこれたから、人と接しなくてもいいかなって思ったこともあったよ」 天井をただ見つめつつ、言葉を紡ぐ。 誰かに話しておきたかったのだろう。 今まで人と関わりをもたず、ひっそりと暮らしてきたからこそ。 他人と関わっていくことが、楽しいと気づいてしまったから。 「だからあたし、みんなと会えてよかったと思う」 「……そうかい」 答えこそ淡白だが、どこか嬉しそうに聞こえるモーリンの声。 ファナンの用心棒として下町の住人と深く関わってきた彼女にとっては、人と付き合うことを楽しいと感じてくれたことが嬉しいことなのかもしれない。 「それから、1番の発見はアレ!」 初めて食した瞬間、その虜になってしまった、それは。 「ケーキのあの美味しさ! アレだけでも、森を出てきてよかったって思う!!」 あたし、将来はケーキ屋さんになるんだ! と目を輝かせて豪語するルウ。 初めてファナンに足を踏み入れたときに、パッフェルにごちそうしてもらったのが運のツキだったと言えるだろう。 この世界に、あんなにオイシイ食べ物があるなんて、と。 「それじゃ、早いトコカゼを治して、事件を終わらさないとね」 「もっちろん!!」 「じゃ、コレ飲んでゆっくり寝とこうか」 取り出しましたるは、手のひら大ほどのビン。 薬なのだろうけど…………色が異常だった。 「あ、あれぇ?」 首をかしげるルウと、詰め寄るモーリン。 「何、ウチ秘伝のカゼ薬さ。よく効くよー」 ……いや、なんかおかしいよ、その薬。 「ま、まって……っ、モーリン落ち着いて!」 「フフフフ……つべこべ言わずに飲みな」 しゃかしゃかとビンから1粒の錠剤が出てくる。 普通は白とか山吹色とか。 どの世界でもどうやらそれは同じようだったのだが。 「ねぇ! なんかそれヘンな色してるよ!! なんかどす黒いよそれぇっ!」 その日、ルウの中で何かがはじけたのだった。 |
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