「……参ったな」

 青年は1人、表情に険しさを宿しつつグチっていた。
 正直な話、命の危険性すらある今の状況。
 周りは見たこともない鎧を着込んだ兵士たちに囲まれ、四方八方から攻撃を繰り出される始末。
 思い切れば切り抜けられるほどの巨大な力を有しているとはいえ、その力は彼らを確実に死に追いやってしまう。
 ……それだけはダメだ。
 さらに自分にそう内心で言い聞かせて、片手に抱えたピンクの生き物を抱えなおした。


 ●


 それは、突然の出来事だったのだ。
 青年――という名の男性は、故郷の仲間……自身の母代わりをしてくれている女性に、1つの頼まれごとをされたのだ。

「実はのう……スバルたちからの連絡が途絶えたのじゃ」
「は、はぁ……」

 便りがないのがいい便り、なんて言葉もあるのだから、もう少しどっしり腰を据えていればいいのに。
 頭から角を生やした女性は一見落ち着いて見えるものの、内心ではスバルという名の自身の息子が気になって気になって、きっと夜も眠れないのだろう。
 ……たった2人の家族だから、仕方ないのかもしれないが。
 『見聞の旅に出る』なんて豪語しだした彼を、彼女は笑顔の中にどこか寂しそうな表情で見つめていたのだから。

「心配なのはわかりますけど、もう少し待ってみませんか?」

 もちろん、見聞を広めるというのは大事なことだと思う。
 過去の一連の旅を終えて、は人間として成長することができた。
 目的があっての旅だったが、その中でもかけがえのない仲間や、大事な思い出ができた。
 もちろんいい思い出ばかりではない。
 目を開けていられないほどに直視できない思い出や、血塗られた思い出もひっくるめて。
 彼にとっては大事な思い出だった。
 自分の感じた思いを、誰かも感じて欲しかった。だから、スバルの……スバルたちの旅を応援した。
 ……それがまた、このような形で自分に返ってくるなどとは思いもしないまま。

「週に一度、連絡をするように言っておいたはずなのじゃが、もはや2ヶ月も音信不通……由々しき事態なのは自明の理であろう?」
「…………」

 小さくため息。
 彼女の親バカぶりにも呆れたものだが、大事な家族を心配させるスバルもスバルだ。
 信頼できる友人だって一緒についていっているはずなのに、一緒になって心配させて。

「パナシェの両親からも打診があったのじゃ。もはや一刻の猶予もならん」

 真っ直ぐにを見詰める女性。
 もはや、彼には事態に抗う術が存在しなかった。
 諦めたかのように大きくため息を吐き、

「……で、俺にどうしろと?」
「決まっておる!」

 というわけで、仲間の海賊一家の船で帝都へ赴き、地図と方位磁針を両手に帝国領内を彷徨っていたわけだ。
 1日かけてようやく帝都を脱出し、3日目の晩。
 事件は起こった。

「はぁ、俺も旅に慣れちゃったよな……」

 燃え盛る焚き火を前に、1人ごちる。
 長年の相棒たる刀を自身の横に寝かせて、自分も同時に寝そべった。
 視界いっぱいに広がる星空。
 あの世界の星空もこんな感じだったか、ともう何年も帰っていない、故郷の世界に思いを馳せる。
 傀儡戦争から7年ほどは経っているだろうか。
 島の時間はゆるいから、彼はさほど年をとっているように見えないが、これでももう24だ。
 ……先日、適当に決めただけなのだが。
 結局、彼の中での旅は1年ほど。
 その間に時間を飛び越え、幾度となく大きな戦いに巻き込まれ、ようやく手にできた平穏。

「このとれいゆ、って街まで、明日中には着けそうだな…………って」

 地図を広げて、現在位置と目的地までの距離を確認。
 ミミズをのたくったような文字で『トレイユ』と書かれた街は、帝都からそれほど離れていない。
 近場から手当たり次第に調べていこうと、一番近いこの街を選んだのだ。
 街から出て少し歩いたところで、今日は野宿。
 直線距離なら、明日中には着けるだろう。
 ……何もなければ、だが。

「なんか、嫌な予感がする」

 そんなささやかな思いも。

「ああ、空からなにか落ちてきそうだな〜……」

 結局。

「って、ホントに落ちてきてる!? 冗談だろ!?」

 彼の体質の前にあっけなく消え去ってしまうのだ。

「おわわわわぁぁぁぁっっっっ!?!?」


 ……


 落ちてきたのは、流れ星かと思いきや。
 地面に大きなクレーターを作りつつもヒビ1つはいっていない、抱えるほどの大きさの卵だった。
 砂塵は柔らかく吹く風に乗って彼方へ消え、金色こんじきに光り輝く卵。
 なにか曰くがありそうな、厄介ごとが嫌いな人間ならば尻尾巻いて逃げ出さんとするだろうが。

「あー……今から逃げちゃ、ダメ?」

 彼は見事に、そのタイミングを逃してしまっていた。
 周りには誰もいないし、今のこの状況で見てみぬふりは彼にはできそうにない。
 ……ある意味、損な性格だった。
 諦めの混じった息を大きく吐き出し、大きく抉れた穴を覗き込む。
 その瞬間。

「お゛ぉっ!?」

 何かが彼の顎を襲っていた。
 強烈な衝撃と共に、は背後へ吹き飛ぶ。
 目から火が出たかのような、意識の飛びのく感覚。
 そんな中で飛びかけた意識を呼び戻して、背中から地面に着地して肺の中の空気が吐き出された。
 に強烈な一撃を見舞ったその正体は。

「まぶし……」

 卵と同色の光を纏った、1体の生き物だった。
 しかし光は数分のうちに消えうせて、気がつけばピンクのうろこに覆われた子竜がそこにはいた。
 なぜ子竜だとわかったのかと言えば、一目見た瞬間にビビッときたのだ。
 言うところの、『直感』『第六感』というものだった。
 子竜はの顔を覗き込むと。

「ピギィッ!」
「んの゛っ!?」

 いきなり、飛び掛ってきていた。
 ……否。飛び掛っているのではなく、抱きつこうとしていたのだ。満面の笑顔で。
 その抱きつこうとする勢いが強すぎて、の鳩尾に小さな身体が見事に決まったのだからさぁ大変。


 ……


 その後、その子竜に『ミルリーフ』という名前をつけてあげた。
 ミルリーフは妙にに懐いているが話をしようにもしゃべることができず、仕方ないのでそのまま連れて行くことにしたのだが。
 その判断が、冒頭の状況につながることになる。

「ミルリーフ。君は一体、彼らに何をしたんだろうな?」
「ピギィ?」

 必死の形相で攻撃を仕掛けてくる兵士たち。
 その攻撃を刀でいなし身体をひねって躱し、なんとか事なきを得ていた。
 元はといえば、彼らが悪いのだ。
 いきなり「その竜の子をよこせ!」なんて言ってきたのだから。
 理由を尋ねても返ってこないからなおさらで。
 何か裏があると誰でも理解できるだろう。

「しかし、これじゃ探し人どころじゃないよな……」

 最近平和すぎて、稽古をサボり気味だったのがここにきて仇になっていた。
 正直な話、身体に違和感がある。
 どこか重みがあって、その重みが自身の動きを抑制している。
 それが直接的な原因になっているのか、少しばかり斬り傷を多くもらっている。
 シャツの裾が裂け、頬を剣先が掠り、胸元を狙った刺突撃をギリギリで躱す。
 単純に破壊ならば楽にできるだろう。
 しかし、むやみに人を手にかけるのは彼の在り方に反する。
 『誓い』という名の呪縛から逃れたとはいえ、長年の彼の思いが消えることはない。
 だからこそ、自身の持つ巨大な力を振るってしまうことは憚られた。

「……のやろっ!!」

 鈍い音と共に、1人の兵士が宙を舞う。
 気を乗せた強烈な蹴撃。身体を深く屈めて、ひとおもいに蹴り上げたのだ。
 この大人数を1人で相手にしているからか大量の汗が滴り落ち、それでもなおその動きは止まらない。
 敵の行動を封じることを第一として行動を始めたのだ。
 足元を狙って足払い。すっ転んだ兵士たちを横目に、

「逃げるが勝ちっ!!」

 脱兎のごとく逃げ出した。
 ……が。

「我々からそうも簡単に逃げられると思うなよ、若造!」
「っ!?」

 の進行先に、1つの巨体が立ち尽くしていた。
 巨大な戦斧を上段に構え、長い前髪で隠れた眼光は鋭い。
 裂帛の気合と共に戦斧が振り下ろされ、地面を深く抉っていた。
 死を目前に冷や汗が流れ落ちる。

「ちっ……しくった」

 唯一の逃げ道を失い、は眉間にしわを寄せた。


 ●


 さて。
 ところ変わって、ここは宿場町トレイユのはずれに位置する宿屋『忘れじの面影』亭。
 色々な事件が重なって、今では召喚獣たちの溜まり場になりつつあった。
 ……まぁ、それを容認しているのがこの宿屋の店長を勤めるライと、その妹フェア。
 若干15歳にして、この宿屋兼料亭のこの店を切り盛りしてきたやり手の2人だ。
 銀髪に紫がかった青い瞳。
 小柄な2人だが、その心のうちはとても大きく、強い。
 『平凡な毎日を送る』なんて小さな夢を掲げていても、自分たちが関わったものから逃げ出すことはない。
 実際、今も大変な事件に関わっていたりする。
 その元凶ともいえるのが、彼らの後をちょこちょことついて回る子供2人だ。
 青いのがリュームで、緑のがコーラル。
 共に流れ星と勘違いした上に目の前に落っこちてきた卵の中身で、彼らを父、母と言ってはついて回っていた。

「よっ……と、お〜いフェア! メシできたから盛り付け手伝え!」
「はいは〜い!」

 今はお客さんも途切れたお昼時。
 自分たちと意外に多い同居人、そして先ほどまで接客を手伝ってくれていた幼馴染姉弟へのまかない昼食の時間が、ようやくやってきたのだ。
 同居人たちのほとんどはすでに食事の盛られたテーブルを前に腰掛けており、いないのはサプレスの天使リビエルだけだった。

「コーラル、ちょっと行ってリビエル呼んできてくれ」
「・・・わかった」

 緑の服を纏ったコーラルは、普段から感情というものを余り見せない。
 表情にも大きな変化はなくて、それでもなおライの頼みを聞いているのは、彼を人として信頼しているからこそだろう。
 あるいは、子供は父の言うことを聞くものだと認識しているのだろうか。
 2階へ続く階段をトントンとリズムよく登っていくコーラル。
 彼が中腹まで上って行ったところで。

「たっ、たたたた大変です大変ですたいへんです!!」

 ばぁん、と勢いよく扉を開いて、メイド服に身を包んだ女性がばたばたと店に飛び込んできていた。
 必死になって走ってきたのだろう。息は荒く、珠のような汗が頬を伝っている。

「そんなに急いでどーしたのよ、ポムニット?」

 そんな必死な彼女に、きょとんとした表情で尋ねたのは長い金髪の少女だった。
 リシェル・ブロンクス。
 ウサギの人形があしらわれたピンクの帽子がトレードマークの、父が金の派閥の召喚師という生粋のお嬢様だ。
 しかし、彼女の性格は『お嬢様』を一足飛びで飛び越して、少しがさつな女の子として、街の人間たちには認識されていたりもするが。
 なんでも、父親みたいになりたくないという強い思いがあるのだとか。
 彼女の父、テイラー・ブロンクスは金の派閥の召喚師で、街の実力者。
 しかしリシェルはそんな父親をあまり好いているようではないらしい。
 彼女曰く、

「いっつもいっつもお金の勘定ばっかり! あんな大人になんかなりたくない!」

 だ、そうだ。
 リシェルは今、前菜にと出された野菜スティックを口に含んでいたのだが。

「ま、街の外に剣の軍団の方々がっ!」
「ぶっ!!」

 ポムニットという名のメイドさんが発した一言に、口の中のものを向かいに座っていた彼女の弟ルシアンに向けて、思い切り噴出したのだった。

「汚いよ姉さん!」
「確かにあたしが悪かったけどさ。そんなコト言ってるヒマないでしょルシアン!」

 そう。今は汚いからどうだと議論しているヒマはないのだ。
 剣の軍団とは、彼らと敵対している組織の1つだ。リュームとコーラルを巡って何度か交戦してきたのだが、未だに彼らを必要とする理由を聞かないまま、ずるずると今まで引きずっていたりする。
 そんな彼らが動く理由など、自分たちからすればたった1つしかないのだ。

「セイロン」
「あぁ、間違いない。おそらく、最後の御子殿を狙っているのだろう」

 メイトルパはセルファン族で弓の名手でもあるアロエリと、シルターンの龍人で格闘技……特に蹴り技を得意とするセイロン。
 極度の人間嫌いのアロエリと、一見何を考えているのかわからないセイロンだが、彼らとさらに先ほどのリビエルを含め、隠れ里『ラウスブルグ』を束ねる御使いたちだ。
 そんな彼らが言う『御子』というのが、リュームとコーラルのことだったりする。
 ラウスブルグを守護していた、今は亡き守護竜の子供たちなのだ。
 将来のラウスブルグを担う彼らだからこそ、御使いたちは彼らを守るためにここにいるわけだ。

「みなさん!」

 真剣な表情で、急ぎ足で階段を下りてきたのがリビエルである。
 彼女は御使いたちの中でも一番の新米らしいのだが、その中でも特に責任感の強いサプレスの天使だった。

「コーラルさまからお話は聞きました。最後の御子さまが襲われていらっしゃると!」

 人一倍責任感が強いからこそ、こういう場面で黙ってはいられない。

「こいつらの仲間が近くにいるんだろ? だったら助けに行かねぇとな」

 エプロンを椅子の背もたれに引っ掛けながら、ライは言う。
 元々面倒見のいい性格だ。自分たちと同じ境遇にある存在を放ってはおけないのだろう。
 自身を見上げていたコーラルの頭を撫でつつ、まだ出会って間もない仲間たちを見回す。

「ポムニットさんは、ミントねーちゃんとグラッドの兄貴を呼んできてくれ。俺たちは先行してっから」
「了解しました!」

 ポムニットは力強くうなずくと、店を飛び出した。
 自身の武器である剣を手にとって、ライは笑う。

「兄ちゃん……」
「わかってるって。どうせ、お前だってほっとけないんだろ?」

 そんなライの一言に、フェアは笑みを見せる。

「では、参ろうか……最後の御子殿を迎えに、な」

 セイロンのそんな一言で、一同は店を飛び出した。




    
サモンナイト 〜果てなく輝く楽園で〜

    プロローグ





というわけで、結局はじめてしまった4連載です。
主人公ズは無論2人、竜の子3人。
更新そのものは2連載後になりますが、とりあえずプロローグだけ(苦笑。


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