「うふふ……」

 ここは麻帆良学園女子中等部の女子寮。太陽も西に差し掛かろうとしているおやつどき。
 1つの部屋の真ん中で、1つの人影が嬉しそうに頬を緩ませている。

 名前は神楽坂飛鳥。
 つい1ヶ月ほどまえに転入してきたばかりの少女である。
 ……否。少女というには語弊がある。

「むふふふふふ♪」

 見てくれは少し体つきのいい少女そのもの。
 しかしてその実態は、魔法界でも知名度の高い『白き舞姫』の通り名を持つである。
 彼がいる部屋には彼のルームメイト――もちろん少女たちだが――も住んでいるものの、今の時間帯は彼1人だけ。
 2人いるが、共に部活の真っ最中なのである。
 そんな1人の少年が、まるで綺麗な少女を思わせる顔立ちで目の前の『それ』を目の前に、ただならぬ笑みを浮かべていた。

「まさか麻帆良にがあるなんて思わなかったよ」

 手の平サイズのプラスチックカップに盛られている黄色いそれはまさに、彼にとっての究極。捜し求めていた至高の一品。
 それは。

「世界に10個とない幻のプリン……『セイブ・ザ・クィーン』!! ……あぁ、食べるのが勿体無いっ!!」

 本場イギリスの地鶏卵をふんだんに用い、超一流のシェフが時間をかけて作り上げたカラメルソース。
 広い広い世界の中でも、まさに最高峰のプリンだと言えるだろう。

 そんなプリンを目の前にぷるぷると小刻みに震える手を伸ばしかけ、止めることすでに20回を突破している。
 それほどに貴重なプリンが目の前にあるのだ。食べることすら戸惑ってしまうのは、まさに人間の性といえるだろう。
 しかし、彼も結局は人間。おいしいものを目の前にして、食べないことなどで気はしないわけで。

「ええい、ままよっ!」

 カップを手に取り、びりとふたを取り払った瞬間。

「アスカ殿――っ! 助けてくれでござるっ!!」

 甲賀中忍が血相変えて、ノックすらせずに部屋へと飛び込んできていた。





 
究極の……





 聞けば。

「季節はずれのあれが、群れをなして拙者に襲い掛かってくるでござるよ〜っ!」

 とのこと。
 3-A出席番号20番・長瀬楓。長身にグラマーなボディの持ち主である彼女は、何を隠そう忍者である。
 分身の術とか変化とか、手裏剣投げたり飛んだり跳ねたりする暗殺者である。
 そんな彼女が、一体何を恐れているのかというと。

 …………

 ネギま!読者の諸君ならお分かりだろう。そう……である。
 世界中に多くの種を持つ、雨の日には欠かせない緑色が代表的な。先日、温暖化の影響で天敵ともいえるカビが大繁殖し、その数を爆発的に減らし、将来的には絶滅するのではないかという噂すらあるである。
 彼女は忍者の癖して、何もしなければ何の害もない一生物におびえきっているわけだ。

「…………」

 ふたを剥がしたところで楓を視界に収めたまま静止するアスカ。
 無言でそのカップをテーブルへと置くと、それを待っていたかのように楓がその腕を掴んで。

「ささ、お願いするでござるよ先生!!」
「ぼっ、僕は先生じゃないしーっ!!!」

 風と共に去っていった。



 …………


 ……


 …



「まったくもう……」

 事はほんの数分で終わりを告げていた。
 アスカが連れて行かれた先は、なんと寮の裏にある森。そこには、地面を埋め尽くすほどのの大群がひしめき合っていた。
 その光景には無論、アスカですら怖気を感じて後ずさった。
 ……いくらなんでもおかしな光景である。麻帆良にはここまで大量のカエルがいたのだろうかと。しかもそれらが、まるでエサに食いつくかのように楓にのみ襲い掛かったのだから。
 その後のことは、あまり記憶にない……いや、記憶に残したくなかった。

 一言だけ言うならば……『そこは瞬く間に地獄絵図になっていた』。

 疲れた顔で部屋に戻ると、テーブルには変わらぬ姿のプリンが置かれていた。
 夕日に当たって水気を失っているかと思えばそれもなく、変色すらしていない。……まさに究極である。
 アスカは再びテーブルの前に座り、スプーンを手に取る。すでにふたは開けてあるのだ。あとはすくって口に入れるのみ。

「……うわぁ、ステキだぁ……(TДT)」

 すくったプリンはみずみずしさを失くすことなく、スプーンの上でプルプルと震えている。
 カラメルソースの香りが、アスカの鼻腔をくすぐる。

 ……なんと食欲をそそられる香りだろう。あぁ、今すぐこれを口に入れたいっ!!

 大きく口を開く。
 スプーンの先をゆっくりと口の中へ……入れて……

「アスカはいるか?」

 ……る前にまたしても来客が現れた。
 さらに楓と同様にノックもせず、突然。

「……何か、用事?」
「ああ。悪いが、少し付き合ってもらえないか?」

 真名は、背中にギターケースを背負っていた。


 うう。



 …………


 ……


 …



「なんだよあのくらいの妖怪! 真名1人でも充分だったじゃんか!!」

 アスカは少しばかり怒っていた。
 真名に連れ出された理由。それは『学園都市内に侵入者が出たから付き合ってくれ』というものだった。言われて実際に言ってみれば、それはもー学園の結界に良く入れたなと思うくらいに低級の妖怪。誰が召喚したかは知らないが、迷惑な話である。数だけなら一級品だったのだが、それを全部真名1人で退治してしまったからさぁ大変。アスカは1人、その場でぼーっと立っていただけなのだ。
 仕事を終えてさわやかに汗をふきふき、『どうやら援護は必要なかったようだ。すまなかったな』と一言。無駄足もいいところだった。

 と、そんなこんなでようやく帰宅したときにはすでに太陽は沈み、夕飯時。
 扉を開いて中に入れば、その先ではプリンが待っている。時間がかかってしまったが、あれは究極のプリン。多少ふたを開けっ放しにしたところで、問題はないだろう。
 それだけを考えて、部屋への扉を開けたのだが。

 ……その先には、悲劇が待っていた。

「おいしいわねぇ〜、これ!」
「そうですね。今までに食べたことのないおいしさです!」
「ちょう冷えてないのが残念やったなぁ」
「そうですね。お嬢様のおっしゃるとおりです」
「あわわ、ウチも食べたい……やなくて、さすがにマズかったと思うで。勝手に食べちゃうんは」

 部屋へ入ったアスカが目にしたのは、お客様として亜子に迎え入れられていた明日菜にネギ、そして木乃香と刹那の4人だった。
 最初に目に入ったのは明日菜。その手には。

「大丈夫だいじょ…………」
「アスナさん?」
「どしたん? 具合悪い?」
「顔色を悪くして震えているようですが……」

 小さなカップとスプーンが持たれていた。

 心配して自分を見やる3人の背後を、明日菜は指差す。
 そこには。

「…………」

 1人のあくまが立っていた。
 さわやかなまでに笑っている。それだけを見れば、特に恐怖を感じたりはしなかっただろう………………背後に浮かんだ般若を見るまでは。
 長い髪を逆立て、開かれた目をギラギラとひからせ、思わせるは鬼……いつか戦った大鬼神。

「あわわ……あかん、怒ってる。アスカ怒ってる!!」

 亜子が涙をちょちょぎらせつつ声を上げた。
 明日菜が手に持っているのは、アスカが食べようとしていた至高の一品。プリンの女王。『セイブ・ザ・クィーン』が入っていたはずのカップだったのだから。
 これはアスカのものだったのか、と気付いた時には遅かった。

 亜子は脱兎のごとく逃げ出した。無論、今のアスカには何を言っても無駄なことをいち早く悟ったからだ。そして一番出口に近いこともあり、扉を抜けることができた。
 鉄製の扉を思い切り閉めると、中から聞こえてくるのは断末魔の悲鳴。助けを求める声。
 そんな声に。

「みんな、ごめんな。ウチが弱いばっかりに……」

 目を瞑り涙を流しつつ、呟いた。

「あれ? 亜子なにやってんの?」

 そんな彼女に声をかけたのは、つい今しがた部活を終えて帰宅したまき絵だった。
 自室の扉の前で佇んでいる亜子をきょとんと見、扉の取っ手に手をかけたのだが。

「あかん!」
「ひゃわぁっ!?」

 亜子がものすごい形相でまき絵の手を取っていた。
 驚いた表情の彼女には今の部屋の中の様子を知って欲しくなかったからだ。というか、今入れば間違いなくとばっちりを食うはめになる。
 ……それはマズい。非常にマズい。
 だからこそ、事が終わるまではここにいた方がいい。例え自分が魔法の世界を知っていなくても、間違いなくそう判断していただろう。

「今、この中はひぐらしの
く頃に遡ってるんや。入ったらあかん」
「……は?」
「とにかく、入ったらあかんねん。ほら、しばらくゆーなたちのとこ行こな」
「う、うん……亜子がそう言うならわかったよ」

 みんな、ごめんな……

 堅く閉じられた扉の奥、部屋の中の惨劇を思い、亜子はまき絵を促しつつ目を閉じたのだった。



 ちなみに、部屋の中ではどうなったか。それは、諸君のご想像にお任せしよう。

 とりあえず言えることは、それが、まさに惨劇としかいいようのない光景になっているということ。

 それだけである――




だいぶお待たせしてしまいました。STAY=Dreamさまより、410000Hitキリリクです。
一応、「真名と楓に振り回されるアスカ」というお題の元で書いてみました。
……いかがでしょうか?
なんとなく真名と楓の出番が少ないような気がすると思いますが、スルーしていただけると幸いです。
――って、そんなんばっかな気がしますね(汗。

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