「完成です〜♪」





 麻帆良学園の地下深く。
 場所的には大学部に位置するのだが、この地下研究所を知っている人間は少ない。
 知っているのと言えば。

「あとは、動作実験をするだけネ」

 ここにいる超鈴音くらいだ。
 彼女と、そして私こと葉加瀬聡美は、同じクラスのエヴァンジェリンさんの力を借りて、とある挑戦を開始した。

 その挑戦とは、『からくりプロジェクト』。
 自己学習型のAIを搭載し、エヴァンジェリンさんの魔力を動力とした女性型ロボットの開発プロジェクトだ。
 外殻フレームから内部の歯車1つまで、丁寧に作業をして。
 たった2人でプロジェクトを立ち上げてから、もう1年が経過していた。

「とりあえず、立って歩くくらいしかできないと思いますけど……」

 たった1年でここまでできたのだから、それこそ自分を誉めてあげたい。
 まだしっかりと動作するのかわからないから、もしかしたらうまく動いてくれないかもしれない。

 研究所の中心にあるゆりかごのような特殊な装置に寝そべっているのが、その試作品第1号。
 真っ青な髪の毛に、私が丹精こめて作り上げた真っ白な人口スキン。
 身長は10歳の子供くらい。
 名前は、プロトタイプだから『プロト』。
 可愛げがまったく感じられないけど、まだ試作段階だからしょうがない。

「それじゃ、実験はじめますね〜」

 プロトの眠っている装置の脇、丸いくて赤いスイッチをぽちっと押す。





 …………





「う、動きがないネ……」

 起動を知らせる電子音はなっているのに、目の前のプロトは動きもしない。
 まばたきすら、してくれない。

「失敗だったんでしょうかぁ〜?」
「だ、だいじょぶヨ。まだ中の調整だて不完全ネ。これで動くなんて……」

 そのときだった。



 メキッ



 ヴィィィン……



 何かがひび割れたような音が聞こえたかと思ったら。

「お、起きたヨ……」

 プロトはむくりと上体を起こしたのだった。
 取り繕うかのように胸を張る超だが、頬に冷や汗が伝っている。

 プロトはギギギ、と音を出しながら首をこちらに向けると、


「こコは、ドこですカ……?」


 まだ声を発する機能をつけていないはずなのに、言葉を口にした。





 結局、なぜ動いたか、なぜ言葉を発したかはわからずじまいだった。
 内部の点検もしてみたし、コンピュータのログも調べてみたにも関わらず。
 今も、ここにいる。
 両の足で床に立ち、てこてこと研究所じゅうを歩き回っている。
 この地下研究所はたいして広くないから、好きにさせていた。

「ワたしハ、ぷろとといウのデスね?」

 機械的な、片言な言葉を口にして、プロトは首を傾げる。
 視覚センサーは付けてるはずだから、自分たちのことが見えてはあるはずなのだが。

「ぺぽっ!?」

 ガツン、と壁に激突して悶絶していた。



「ど、どうするネ……」
「そんなこと私に聞かないでくださいよ〜」

 私たちは頭を抱えた。
 実験は成功、のはずなのだが。
 なにかが胸に引っかかる。

「とりあえず、今は現状維持ということで〜」
「それがいいネ」





 それから数日。
 プロトは、まだ元気に動き回っている。
 そろそろエヴァンジェリンさんにもらった魔力もつきる頃合なのだけど。

「ぶぺっ!?」

 今は麻帆良学園の中庭にいるのだけれど、プロトはコケた。
 つまずくものなどなにもないと言うのに、だ。
 どんぶりを1メートルの高さまで両手に積んでハイヒールを履いた状態で足を引っ掛けられても転ばないオートバランサーシステムは装備されているはずなのだけど。

「いててて……」
「大丈夫かネ、プロト?」
「うん、大丈夫だよ!」

 そのわりに、自己学習システムはすこぶる好調らしいが。
 すでに、口調は人間の子供のそれとほぼ変わりないものになっていた。

「なんか、和みますよね〜」
「無駄にすっ転んでるせいかもしれないネ。仕草も初期に比べたら妙に可愛くなてきてるヨ……」


 私たち2人も、最初は変なことをしないようにという監視の意味を込めて行動を共にしていたのだけれど、一緒にいるうちにその時間が楽しくなり始めてきていた。
 言葉どおり、どこか和むのだ。
 昼間は退屈な授業があるから一緒にはいられないが、それ以外の時間は極力プロトと共にいた。





「でも、なんで転んじゃうんだろう……っ!?」




 しかし、そんな時間はそう長くは続かないもの。

 変化は、突然現れた。


「あうううっ!?」


 身体をガクガクと震わせ、ノイズの混じった音声が放たれ、見開かれた視覚センサーも焦点が合っていない。
 オマケに、

「わわわっ!?」

 身体中から白い蒸気を吐き出していた。


「どっ、どうなっちゃったんですかぁ〜っ!?」
「ワタシにもわからないヨ!」

 慌てて駆け寄り、うずくまったプロトの顔を覗き込むと。
 どこか呆けたような表情のプロトは、

「お、思い出した」

 唐突に、そんな言葉を呟いていた。




「私は、鷺沢 命 (さぎさわ みこと)。麻帆良学園女子中等部の生徒です……」





「ぷ、プロト?」

 何を言ってるの、と。
 そう聞かずにはいられなかった。

「私は、プロトという名前ではありません」

 先刻までのものとは違い、どこか大人びた口調でプロトは話す。
 しかも、今までにみせたことのないような微笑まで付け加えて。


 自称鷺沢さん曰く。

「私、どうやら死んで霊になってるみたいです」

 説明を求めると、彼女はそう口にした。
 生前に陰湿ないじめを受けていて、その苦痛に耐え切れず自殺を試みたらしい。
 自宅で首に縄をかけてぶら下がったまでは記憶に残っているのだが、

「なんでこの身体に乗り移っているのかは、わかりません」

 ごめんなさいです、と。
 本当に申し訳なさそうに首を下げた。

「私が私でないときから、一緒にいてくれてありがとうございます。この身体も、もう限界のようですね」
「エヴァンジェリンさんの魔力が……」

 そう。
 プロトの身体はエヴァンジェリンの魔力を動力にしている。
 当然、その魔力が尽きれば自分の意志とは関係なく動けなくなってしまうのだ。

「そういうことだたのか。なに、また頼めばなんとかなるヨ」

 そう口にした超に顔を向けて首を横に振ると、

「もう、大丈夫です。未練は、ありませんから」

 そう言って、再び微笑んだ。

「どうしてですかっ!?」

 私のそんな問いにも、彼女は笑みを崩すことはなく。

「私の願いが、果たされたからです」

 そう答えた。

 彼女の願い。
 それは、とてもささやかなものだった。
 しかし、生前からいじめを受けていて、仲のいい友達もいなかった彼女にとっては得難いもの。

「私の願いは……友達を作ること」

 自我がなかったとしても、学園に行っている間以外はずっと自分と一緒にいてくれた2人は。
 2人にとっては当たり前のことだが、彼女にとってはかけがえのない友達なのだ。
 生前に味わうことのできなかった喜びを、彼女はロボットの身体を通じて感じ取っていた。

「だから、もういいんです」

 その言葉には一点の不安もなく、自分は逝くのだということを彼女は受け入れていた。

「もう、成仏できるカ?」
「超さんっ!?」

 未練もなくなった霊が、いつまでも現世にとどまっていてはいけない。
 科学に魂を売り渡した私でも、そのくらいはわかる。
 ずっと残っていれば、龍宮さんか桜咲さんあたりに強制的に排除されそうだし。
 でも、どうしても納得がいかなかった。

「自我がないときの友達なんて……あなたはそれでいいんですか?」
「私は幽霊ですから、いつかは逝ってしまうものなんです。それに……」

 一呼吸、そこで空気を軽く吸い込むような仕草をすると、

「今、こうして私と話をして、心配してくれています。それだけでもうれしいんですよ」

 満面の笑みを浮かべ、彼女は私に告げた。

「なら、早く逝ったほうがいいネ。プロトの中の魔力が残ってる今の内にネ?」
「はい」

 除霊の仕方なんて、私も超さんも知ってるはずがない。
 ただ雑学として頭の中にあるだけで、実際にやろうとしてもできるわけがない。
 どうしよう、と超さんを見ると。

「だいじょぶネ。見てるヨロシ」

 彼女はそう私に告げた。




 プロトの身体はそっとまぶたを閉じると、その身体が光に包まれた。
 もう夕方だというのに、その光はまるで朱色の空を昼間の蒼天に戻したようで。

「ひゃあぁっ」

 私は思わず目を閉じて、顔を腕で覆い隠した。



 ―――ありがとう……



 そんな言葉を、聞きながら。






 光が収まり、まだまぶしさの残る目をうっすらと開いて周囲を見ると。
 プロトの身体は地面に横たわっていた。
 隣の超はどこからか取り出したサングラスをかけていたようで、目がくらんだ様子は見受けられない。

「あのコ、逝ったヨ」
「そうですか……」

 ちょっと、残念です。

 私は本心から、そう思った。






「そっ、そのあと……2人は、どうしたんですか?」
「3トンもあるプロトの身体を2人で抱えて、研究所まで戻ったそうです」

 涙ぐみながら尋ねてくるネギに、茶々丸は答えを告げた。

「このあと研究所を麻帆良大学工学部に場所を変え、プロトの身体を参考にしつつ、生まれたのが私らしいです」

 茶々丸誕生秘話。
 まさか本人の口からそんな話が聞けるとは思いもしなかった。
 しかも、思わず涙腺が緩みそうな(てかすでに緩みまくり)悲しい話。

 きっと、葉加瀬さんと超さんには口止めされていたことだろう。

「い、いい話よねぇ……」
「ぐずっ……ホンマやね、ウチも泣けてきそうやよぉ」

 ネギの両隣で涙をちょちょぎらせている明日菜と木乃香を尻目に、

「それでは、私はハカセのところへ行きますので」

 今日はメンテナンスの日なんです、と告げて。
 茶々丸は踵を返すように3人に背を向けた。
 ここは3−Aの教室。
 空はすでに赤らみ、太陽が地平線へと沈もうとしている。

 てくてくと廊下を歩き、昇降口から外へ。
 真っ赤な空を見上げた。





 ちなみに。

「プロト〜、ちょっとこっちを手伝ってくださ〜い!」
「は〜い!!」
「プロト、ちょっとこっち来るネ!」
「はいは〜い!!」
「プロト、私が来たぞ。お茶もってこないか!」
「はいはいは〜い!!!」
「エラソウダナ、御主人」

 麻帆良大学工学部の研究所では、葉加瀬や超、エヴァにプロトは思い切りこき使われていた。
 もちろん、自分の身体に霊が乗り移っていたことなど知らない。




「こっちです〜」
「こっち、こっちネ」
「今度は茶菓子だ!!」
「容赦ネーナ、御主人」



「あ〜ん、もぉ! 茶々丸、早く来てください〜!!」



 彼女は、今日も元気だ。




はい、300000Hit記念ネギま!verでした。
実はこの短編、以前「ネギまのベル」さまに投稿したものなんです。
もしかしたら、こちらの読者でも知っている方はいらっしゃるかも知れませんね。
一応作者は同じなので、著作権がどーたらとか、盗作だとかっていうことはないと思います。


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